作品タイトル不明
18話:地の底からこんにちは*4
「じゃあ、管狐。悪いんだけれど、根っこを案内してあげてほしい」
それから、管狐に一通り説明して、お願いした。
ガラス細工の花は、毒の位置が分からない。だから根っこをどこへ伸ばしていいのかも分からないので……根っこを管狐に運んでもらって、毒の樽まで辿り着いてもらうことにした。
ガラスの花の根っこは、グラスファイバーみたいに細かな繊維が合わさって光を乱反射して、ふわふわした白。それを運ぶ管狐もまた、真っ白。
そんな白くてふわふわしたもの達は、地面の隙間へと潜り込んでいった。
僕はその間、水晶の湖の木の実を描いては出して、管狐の帰りを待っていた。
管狐のことだからきっと上手くやってくれるだろう、とは思うのだけれど、それでも、心配なものは心配だ。もし何かあったらどうしよう。
……そして、長いような短いような時間の後。
こん、と元気に鳴き声が響く。
管狐が戻ってきた!
「お帰り!」
管狐は僕が手を伸ばすと、駆け寄ってきて……僕の手の上ではなく、僕の袖の中へと潜っていった。くすぐったいくすぐったい!
いや、でも我慢だ。管狐は僕の袖とか裾とかに潜り込むのが好きなんだから、頑張ってもらった以上、多少は我慢……いや、それでもくすぐったいものはくすぐったい!
管狐は遠慮なく袖の中を進んで、そのふわふわの尻尾で僕の脇の下を存分にくすぐって、それから胸の前を通って襟から出てくる……と思いきや首をぐるりと一周してまた戻っていって、今度は反対側の袖に向かって、そこでまた存分にあちこちくすぐって……それでやっと、ズボンの裾から出てきた。うう、遠慮がない……。
「おい、トウゴ。何か出てきたぞ」
「えっ」
でも、管狐にくすぐられている間にこっちに変化があった!
ラオクレスが示す先……ガラス細工の花は早速、毒を吸い始めている!
吸われた毒は、丸底フラスコみたいな形の蕾の中にどんどん溜まっていく。そして、ある程度溜まったら、どろり、とそれが吐き出される。
毒が吐き出される先に桶を描いて出しておいたので、そこに毒が溜まっていった。
「……すごい臭いだなあ、これ」
「まあ、呪いの材料が多分に含まれているわけだからな」
「呪いって臭いの……?」
毒は、なんというか……『毒!』っていう見た目だ。どろりとして、真っ黒で、それで、刺激臭というか、酷い臭いがする。ずっとこの臭いを嗅いでいたら頭が痛くなってくるやつだ。
それは嫌なので、僕は早速、空っぽの桶を描き始める。
桶を単純な形に描いておいたのが幸いして、空っぽの桶を描くのにはそんなに時間が掛からなかった。あんまり何も考えなくても、魔力画の要領でさっと描けてしまう。
そして、空っぽの桶を描いたら……上手く毒が消えてくれた!やった!
これで僕も毒の処理を手伝えるっていうことが分かった。ならば早速、やるしかない!
「ちょ、ちょっと、トウゴ君。大丈夫なの?あなた、さっきからずっと木の実を出していたじゃない」
「うん。大丈夫」
クロアさんが心配そうにしてくれるので、それには『大丈夫』とアピールするためにちゃんと返事をして……また吐き出された毒を処理するべく、僕はまた、絵を描き始める。
そうして次の一杯分が消える。よし、この調子で、いけば……。
……ただ。
「……おい、どうした、トウゴ」
「うう……なんか、ちょっと、具合が悪い……」
……この毒、消すのに、すごく、疲れる……。
3回目からは、桶を空っぽにするんじゃなくて、桶の毒をただの水に変えてしまうことにした。そしてその方が、かかる労力が少ない、っていうことも分かった。
けれど、結構……結構重労働だ。
今なら分かる。この山の精霊様が毒をずっと処理していなかった理由って……多分、処理、してたんだよ。ただ、自然の浄化の速度って、もっとずっとゆっくりで、そのゆっくりの速度で毒を浄化していても間に合わない速度で毒が生産されてしまっていた、っていうだけなんじゃないかな。
そして、自然に行われるべき浄化の速度を遥かに上回る速度で毒の処理をしようと思ったら、それは当然、自然の摂理に反するものであって、ものすごく労力が必要で、ましてや、この毒、結構、その、処理するのに魔力を持っていかれてしまうので……辛い。
「おい、トウゴ。そろそろ休め」
「いや、まだ……ここで休んでいても仕方が無いよ。なんとか、間に合わせなきゃ……」
けれど泣き言なんて言えない。ここで頑張らないと、レッドガルドの人達が毒にやられてしまうかもしれない。そんなの、絶対に駄目だ。僕は森の精霊だ。あの森も、森をずっと守ってくれていたレッドガルドの子達も、レッドガルド領の民も、全部守らなきゃいけない!
6杯目の毒を処理したところで、ふと、ラオクレスが僕の隣にやってきた。
なんだなんだ、と思っていたら……ラオクレスは僕を持ち上げてしまった!
「え、ちょっと、待ってよ!」
「もう寝ろ。見ていられん」
ラオクレスはそう言って、僕を鳥の上に乗せた。羽毛に埋もれる!
……ちなみに鳥はさっきからずっと寝ている。寝ているから、僕がその上に寝かされても特に気づく様子もなく眠り続けている。暢気だなあ……。
「……ゴルダの山の精霊よ」
そして、ラオクレスは花に呼びかける。花はラオクレスの呼びかけに応えるように、ちょっと首をもたげた。
「少し、休んでいてほしい。それから、こいつも休ませてやってはくれないだろうか。あなたにもトウゴにも、そろそろ休息が必要だろう」
花は、ちょっと迷うように揺れながら、それから、そっと、鳥の上の僕に、葉っぱを乗せた。……掛布団?
「あの、ラオクレス。僕、まだ」
「お前は寝ろ」
こんな時にまで寝かしつけなくったっていいだろ、と思って抗議しようとしたら……。
「あらあら、トウゴ君。何のために私達が居ると思ってるの?」
そこへクロアさんが笑ってやってきた。
鳥の上の僕に笑いかけてくれる彼女の笑顔は……夜のパーティの時の笑顔だ。
「毒の処理が間に合わないなら、間に合わせる方法が2つ、あるでしょう?」
……うん?
「1つは、毒の処理速度を上げる方法。これは今トウゴ君がやってくれたわね」
ええと……うん。花だけに任せていてはあまりにも申し訳ないから、ちょっと手伝ってる。でも、全然、これじゃあ足りなくて……。
「こういう時は、2つ目の方法を取りましょう」
「2つ目?」
「そうよ」
情けないことに、僕はこれ以上の速度で毒を処理することが難しそうなので、クロアさんの『2つ目』の方法の発表を、縋る気持ちで待つ。
……すると、クロアさんはどこまでも優しく、それでいてどこか好戦的な笑顔で、言う。
「2つ目は、時間の制限を延ばすこと。……こういう時は、あなたばっかり頑張る必要は無いの。相手にちょっと困ってもらえばいいのよ。混乱して、その処理に追われれば、それだけで半日ぐらいは時間稼ぎできるはずだわ」
「ちょっと困ってもらえば……?」
「ええ。そうね、毒の樽の1つが、ちょっと漏れたりとか」
「えっ」
それは……確かに、相手の気持ちになってみたら、一大事だ。大事な大事な毒の樽が壊れて、中身が漏れだしたら……安全性にも問題がありそうだし!
「毒は火にくべるものでしょう?なら、多少漏れても問題ないわよね?」
「まあ……直接触らない限りは大丈夫だと思うが」
「そう。良かったわ。なら今、ちょっと行って、毒の樽の1つくらい、破壊してくる」
クロアさんはそう言うと、颯爽と歩いて去っていこうとする!
「だ、駄目だよ!あ、うわ、動けない……鳳凰!管狐!頼んだ!」
僕は慌ててクロアさんを止めようとして、でも、僕は鳥の上で、しかも葉っぱの掛布団付きの状態なので、慌てて鳳凰と管狐に出てきてもらって、彼らにクロアさんを止めてもらった。
「でも、トウゴ君。これ以上適格な時間稼ぎって、無いと思うのよ。侵入者がやってきて毒の樽が1つ壊れて中身が漏れた、っていう時に、『もしかしたら他の樽は既に空っぽになっているかも』なんて考える奴はそうそう居ないわ。それに加えて、リアンと鸞が安全にここへ到着するための目くらましにもなると思うのよ。ね、いいでしょ?」
それは……確かに、そう、かもしれない。
リアンと鸞が、今、こっちに向かって来ている。クロアさんならともかく、リアンは別に、密偵のプロっていう訳じゃない。あくまでも、ちょっとすばしっこい子供、というくらいだ。
だから、リアンは……もしかしたら、この鉱山に入るところを、誰かに見られてしまうかもしれない。
そういう意味では、クロアさんがひと暴れして、人の目をそっちに引きつけておく、っていうのは有効なのかもしれないけれど……。
「……でも、駄目だ」
やっぱり駄目だ。
僕がそう言うと、鳳凰と管狐が容赦なくクロアさんに纏わりついた。
「ねえ、クロアさん。樽を1つ壊して毒を漏らす、っていうのには、賛成する。確かに効果的だ。……でも、それをクロアさんがやってしまったら、結局はレッドガルドの関与を疑われることになる」
「私以外がやったとしても……何なら、もし、こちらの精霊様がやったとしても、レッドガルドに罪を被せようとすると思うけれど」
「それでも、目に見える標的が居るのと居ないのとじゃ、違うんじゃないかな。クロアさんが矢面に立つ必要は無いよ」
クロアさんの言うことは分かる。
樽が1つ壊れて中身が漏れる、って、結構なアクシデントだし、そういうアクシデントがあれば、毒を運び出す作業も一時中断、ってなるだろうし。
けれど……それだけだと、結局はクロアさんが見つかってしまう。流石に、見張りが誰も居ないっていうことはあり得ないし、クロアさんがちょっと行って樽を壊してくるなら、絶対に侵入者の存在には気づかれてしまうだろうし……。
クロアさんは鳳凰と管狐に纏わりつかれて、諦めたように僕の傍へ来てくれた。管狐はクロアさんの襟巻きになって満足げだ。ラオクレスの首は巻き付き心地が悪いらしいけれど、クロアさんの首は巻き付き心地がいいらしい。
「もう。皆そろってふわふわなんだから」
「悪かったよ、ふわふわで」
ふわふわ坊やだろうが何だろうが、それでも僕は、クロアさんが陽動に回るのには反対だ。
だから……。
「あくまでも、こっそりやればいいんだ。誰にも気づかれないように、『気づいたら樽が1つ、歪んで漏れてた』っていうくらいの、あくまでも人為的なものじゃなくて事故だ、って言い張れるくらいに。……例えばさっき、地震があったよね。あれのせい、ってことにしてしまうのはどうだろう」
丁度いいことに、さっき、地震があった。ええと、花が根っこを伸ばした時にちょっと揺れたよね。この世界は地震にあまり慣れていないらしいので、こういうの、本当に丁度いい。
つまり……事故。地震でちょっと樽が壊れてしまいました、って言い張れるのが、一番いい。
「ねえ、管狐。また一つ、仕事をお願いしてもいいかな」
それで……僕らには、密偵クロアさんも居るけれど、それに負けないくらい隠密行動が得意な仲間が、ここに居るんだよ。
「樽を1つ、ちょっと壊して来てほしい。中身がゆっくり漏れる、っていう程度でいいから」
管狐は、こん、と元気に鳴いて、穴の中へと潜り込んでいった。
……洞窟の入り口からじゃなくて、壁の隙間からこういうのが出てきて樽を壊していくっていうのは、流石に予想外だと思うんだよ。
「あーあ、結局、暴れ損ねたわねえ……」
クロアさんは管狐の尻尾の先が隙間の中へ消えていったのを見送って、ちょっと溜息を吐いた。
「久しぶりに楽しめるかと思ったんだけれど」
「ごめん……」
クロアさんはきょとん、として僕を見て、それから、ひょい、と鳥の上によじ登ってきて、くすくす笑って僕の額をつついた。
「馬鹿ね。荒事が無ければそっちの方がいいに決まってるわ」
そう、だろうか。クロアさんの表情を見る限り、ちょっと残念そうというか……。
「まあ……久しぶりにちょっと暴れたい気持ちはあるけれどね」
ああ、やっぱり。クロアさんは暴れたい気持ち、か。うん……。
「ごめんなさいね、トウゴ君。私、ラオクレスやフェイ君よりもずっと攻撃的な性質なのよ」
そんな気はしてたよ。
王都でゴルダの領主の人を追いかけた時も、クロアさん、楽しそうだったし。……大分森っぽくなったとはいえ、それって別に、クロアさんが密偵の仕事を嫌いになったっていうことではないんだよなあ。
多分、クロアさんはこういう仕事、好きなんだと思う。それって別に、悪いことではないと思うし、僕が口を出すところでもないし。うん。こういう顔をしているクロアさんも素敵だから、別にいいと思う。
うん。やっぱり、クロアさんには森があった方がいいっていうのと同じように、クロアさんにはこういう仕事も必要なのかもしれない……。
それから少しすると、ぴょこん、と、管狐が飛び出してきた。
こんこん、と元気に鳴いて、鳥の上に上って僕のところまで戻ってきて、早速、僕のズボンの裾から潜り込んでくる。くすぐったい!くすぐったい!
……管狐のこのはしゃぎっぷりを見る限り、どうやら上手くいったらしい。管狐をズボンの中から引きずり出して、抱え直して、腕の中に抱いて撫でてやりながら、僕は花に聞いてみた。『毒の樽、いい具合に1つ漏れてますか』と。
……すると花は、まためしべで僕の額をつついてくれる。途端に流れ込んでくる風景は、毒の樽が並んだ空間。そこで働く人間達から見て一番手前の列の、一番端っこ。
そこの樽が……ほんのりと歪んで、そこから、鉱物の粉らしいものやどろりとした液体らしいものが混ざった何かを、とろとろと漏れ出させていた。
粘つく液体は、広がっていくのにもう少し時間が掛かるだろう。まだ、毒の部屋で働いている人達は気づいていない。でも、どこかでは必ず気づくはずだ。何せこの毒、すごい臭いだし……。
「上手くいったのか」
「うん。多分ね」
ありがとうね、と管狐を撫でると、管狐はふさふさの尻尾をぶんぶん振って、こん、と元気に鳴く。そして、今度は僕のシャツの袖から潜り込んできた。そんなに君は筒状の隙間が好きなのか……。
「なら、少しゆっくり休め。毒の処理はゆっくりやればいい」
「うん。そうさせてもらおうかな……あ、でも、桶から溢れてしまったらどうしよう……」
「……あといくつか、桶と蓋を出してから寝ろ。貯めておく」
ラオクレスに言われるがまま、僕はいくつか、大きな桶とその蓋になるようなものとを描いて出す。
「あ、そうだわ。トウゴ君。眠たいところ申し訳ないのだけれど、ちょっと宝石、出して頂戴。そこの壁にあるやつを真似て欲しいのだけれど」
ついでにクロアさんに言われるがまま、僕は岩石にくっついている宝石の原石を母岩ごと描いて出す。
……すると、なんだか少し安心してしまったのか、或いはこれで疲れてしまったのか、情けないことに、ちょっと眠くなってきてしまった。いい加減、鳥の羽毛と花の葉っぱとでぬくぬく温められて、眠くなってきてしまったというのもある……。
「ええと……じゃあ、その、お休みなさい」
「ああ。お休み」
見張りをしてくれるラオクレスには申し訳ないけれど、今のうちに眠らせてもらおう。それで、起きたらすぐ、浄化作業を頑張ろう……。
そのまま2時間くらい、眠らせてもらってしまった。結構ぐっすり眠ってしまって、起きたら頭がすっきりしていた。
……そして、起きたら2つ、大きな変化があった。
「あ。ラオクレス!トウゴが起きた!」
僕が起きてすぐ聞いたのは……リアンの声だ!
「リアン!着いたんだ!よかった!」
「ん。来てやったんだから感謝しろよな」
リアンの傍には、ゆったりとまどろんでいる鸞と、その横で眠るように丸まった火の精が居た。どうやら、火の精がリアン達を迎えてここまで連れてきてくれたらしい。
それと同時に……クロアさんの姿が、見えなかった。
「あの、クロアさんは?」
「ん?俺が来た時には居なかったけど……」
リアンの言葉を聞いて不安に思いつつ、ラオクレスの方を見ると……ラオクレスはちょっと気まずげな顔で、頬を掻いた。
「……『町で上手くやってくる』だそうだ」
……うん。
そうか。まあ、ええと、クロアさんだから……何か考えがあるんだろうし、上手くやるんだろうから、心配もしてないけどさ……。
そっか、僕が寝る前に描いて出した宝石、『町で上手くやってくる』ための物資だったのか。成程……。
「トウゴ。そこにご注文の品、積んどいたから。適当に食えよ」
「ありがとう!助かるよ」
リアンが僕のシャツの裾を引っ張りながら示してくれた方には、鸞が背負ってきてくれたらしい包みがある。早速、包みを開けてみると……そこにあったのは、僕がさっきまで描いていたものと同じ。水晶の湖の木の実だ!
よし、これで花を元気づけられる!
……のだけれど。
「……僕も1つ貰おうかな」
「そうしておけ」
僕もなんだか、喉が渇いた……いや、喉じゃない部分が渇いた?魔力が枯渇している?なんか、そういうかんじなので……木の実を1つ、貰うことにした。果汁を飲み干したら元気が湧いてきたから、やっぱりこの実、すごいと思うよ。
早速、僕と花は毒の浄化作業を再開した。
それと同時に、鳥やリアンや蛾達は花の根本へ行って、木の実を割っては花の根元に撒いてくれた。
あんまり一度に飲んだらお腹たぷたぷならぬ根っこたぷたぷになるかもしれないので、ある程度加減しつつ。
木の実の中身をたっぷり飲んで、花はどんどん元気になった。
花びらが艶々して、毒を吸いあげる速度も随分上がった、というか。
……花のことに僕らより詳しい蛾達が、木の実を花に与えるタイミングを教えてくれた。要は、根っこたぷたぷにならないペースがどれぐらいかを教えてくれている訳なのだけれど……それによって僕らは、花にとって一番具合がいい補給ができるようになった、と思う。多分。
それと同時に、僕も木の実で魔力の補給をしつつ、毒を水に変えていく。……元気が出てからの僕は絵を描くことを楽しむ余裕も戻ってきて、水の表現を楽しみながら作業することができた。
桶の中で波紋が生まれた水面の揺れ動き方や、そこにできる陰影なんかは、描いていてとても楽しいモチーフだ。ガラスや鏡面の金属と同じくらい、揺れる水は描いていて難しくて、そして楽しい。
……そうして、夜になった頃。
僕と花はひたすら毒を浄化し続けて、ラオクレスが毒の桶を空の桶と交換してくれたり、鳥とリアンが花や僕に木の実を与えてくれたり、蛾達が宙を舞って僕らを励ましてくれたり、静かながらちょっと賑やかな、そんな時間が過ぎていって、着実に毒は浄化されていく。
それと同時に、僕と花は着実に疲弊していったし、魔力を継ぎ足しても癒えない乾きのようなものに蝕まれていく。
「おい、トウゴ。顔色、悪いけど……」
「うん。大丈夫だよ」
リアンは僕を見て心配してくれるけれど、その気持ちだけでも十分だ。
なんとか、朝ぐらいまでには毒を浄化し切ってしまいたい。ほんの少しだって、毒物が使われることのないように、ここで……。
……そして。
「あれ……何か、聞こえねえ?」
「え?」
ふと、リアンがそう言うので、僕も耳を澄ませる。
耳以外の感覚も研ぎ澄まして集中すると……なんだか、人の気配が近づいてきている、ということが分かった。
「クロアか?」
「ううん……森の子じゃない」
何だろう。森の子じゃない誰かの気配が、こっちに近づいてくる。
僕らが警戒しながら人の気配を待っていると、徐々に声が聞こえるようになってくる。
……声は、「本当ですよ!こっちに青い鳥と、ちょっと不自然なくらい小奇麗なガキが入っていったんです!精霊だとか、そういう奴だったのかもしれませんぜ!」とか、「表の騒ぎはそいつのせいか!?」とか、「何にせよ、こんなところに潜りこむような奴は口封じしなければ!」そんなようなことを騒ぎ立てている。
「……俺、つけられてた?」
声を聞いて、リアンが青ざめる。
きっと、自分のせいでまずいことになった、と思っているんだろう。
大丈夫だ、と言いたくて、でも、それを言える状況じゃないことも分かっているから、僕は黙って、リアンの手を握って安心してもらおうと頑張る。
……そんな僕らの、前方で。
「……クロアは何をやっているんだ、全く」
ラオクレスはため息交じりに立ち上がる。あくまでも、リアンに責任は無い、と主張するような言葉は、妙にどっしりと落ち着いて、僕らを少し安心させる。
「まあ、俺にも活躍の機会を提供してくれたことについては、文句は無い」
ラオクレスは剣と盾を手にして、洞窟の入り口へ進んでいく。
ぎらりと輝く剣。鎧に包まれた大きな体。
「これは俺の得意分野だな」
……何よりも頼もしい騎士が、僕らを背に庇って、身構えた。