軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

5話:森のお祭り*4

そして、お祭りも終わって、翌日。

僕は馬小屋のあたりで、馬に囲まれつつ、鳥と一緒に昨日のお土産を食べつつ、フェイと話していた。

……ちなみに、鳥だけど、なんで昨日のお祭りに出なかったか分かった。この鳥、お祭りってことで供えられたお供え物を独り占めしていたんだよ。お祭りの空気だけで僕が元気になっていたぐらいだから、お供え物にはそれはそれは多くの祈りが込められていたらしくて……それをたっぷり食べた鳥は、なんか、今日、羽毛の艶がいい。ちょっと小憎たらしい。

フェイは鳥がつやつやしている理由を聞いて大笑いしていたけれど、それから話がラオクレスとゴルダの領主の人とのやりとりに移ると……流石にちょっと、渋い顔をした。

「あー、そっか。成程なあ……ラオクレス達の、元の職場、かあ……」

フェイは頭を掻きつつ、自分が発した言葉を噛みしめるようにますます苦い顔だ。うん。だよね。そういう顔になるよね。

「そういうことならあそこの悪政も納得がいくぜ。要は、一時期とはいえ、殺されるような奴を領主に据えてた領地、ってことだろ?で、現ゴルダ領主は元々のゴルダ領主とは無関係の家柄の奴引っ張ってきて領主に据えて、ってんだもんなあ、うん……」

そういえば、今のゴルダ領の領主さんは、苗字がゴルダじゃなかった、気がする。あれは、ゴルダ家じゃない、っていうことだったのか。そっか。

「ゴルダは金が採れるっつったろ?だから、まあ……王家とか他の貴族とかに狙われたんだろうな」

フェイの話を聞きつつ、ますます暗い気持ちになる。ゴルダ領のことも、ラオクレスのことも、考えるとどうにも、落ち込んでしまう、というか。

「……ラオクレスに嫌なことを思い出させてしまったかもしれない」

そして何より、ラオクレスに嫌な思いをさせたな、と、思うので、ますます落ち込む。

「あー……ま、そんな落ち込むなよ、トウゴ。な?お前は何も悪くねえって」

うん。僕が落ち込むのはお門違いだってことは、分かってるよ。けれど、なんとなくぼんやりしていてちょっと暗い面持ちのラオクレスを朝から見てしまっているから……勝手に、申し訳なくなっている、だけで……。

「気にしてもしょうがねえさ。過去に起きちまったことは変えられねえ」

「うん……」

「……とは言っても、気になっちまうよなあ。うん。そうだよなあ、分かる。分かるぜ、トウゴぉ……」

……フェイにぽんぽんと肩を叩かれながら、僕は幸福だなあ、と、思う。こうやって一緒に『気にしてもしょうがなくても気になっちまうよなあ!』ってやってくれる人が居るっていうのは、すごく、幸せなことだ。

「ありがとう。フェイ。なんだか元気出てきた」

「ん?そうかぁ?俺、何もしてねえけど……ま、いいか。お前が元気になったっつうんなら」

ラオクレスじゃなくて僕が元気になってもしょうがないんだけれど……いや、そういうことを言っていてもしょうがない。うん。気遣ってもらって、励ましてもらって、僕は元気が出た。だからよし。

「ま、ゴルダの領主も、今更何かするってんでもねえだろ」

「うん」

後は……過去に起きてしまったことをどうこうするんじゃなくて、これからのことを、どうこうしよう。

「すまない。フェイ殿、トウゴ君。失礼するよ」

僕が意気込んでいたら、控えめに、かつ堂々と、マーセンさんがやってきた。

……マーセンさんを見て、僕の頭の中に昨日の路地裏の光景が思い出されてしまって、その……多分、ちょっと、挙動が不審になった、と思う。マーセンさんが僕を見てちょっと不思議そうな顔をしているし、フェイが『どうした?』って言ってる。いや、その、何でもないよ……。

「ん?俺に用事か?」

「いや、その、トウゴ君に聞きたいことが……」

「は、はい。なんでしょうか」

何だろうか。聞きたいことって……ま、まさか、昨日のことについて?

どきどきしながらマーセンさんの言葉を待っていたら、マーセンさんはちょっと困った顔をしつつ……聞いてきた。

「エド……ええと、君のラオクレスの様子が、少しおかしくてな。何か、知らないだろうか」

あ、そっちか。よ、よかった……。

とりあえず、マーセンさんにも昨日のことを話した。要は、ゴルダの領主の人とちょっと話して、そこでゴルダの領主の人とラオクレスがちょっと嫌な空気になった、というか……。

上手く説明できたかは分からないけれど、マーセンさんはおおよそを察してくれたらしい。成程なあ、と言って、腕組みして、ため息を吐いた。

「それなら納得がいく。どうにも沈んでいるように見えた、というか……まさかあいつが二日酔いというわけでもないだろうし、と」

……もしかして本当にそれ、二日酔いだったりしない?彼、結構飲んでたけれど。

「まあ、あいつは誰よりも責任感が強いというか、うじうじと悩む性質というか……そういう奴だからなあ」

マーセンさんはそう言って、ちょっと頭を掻いた。

「……私なんかは、もう、あの日のことは割り切って生きていけるようになってしまったのだが。まあ、どちらが正しいとも言えないか」

そう話すマーセンさんの顔を見ている限り、『割り切って生きていけるようになってしまった』とは到底言い難いんじゃないか、と思う。そういう顔をしてる。悩んでいるような、苦しんでいるような、そういう。

「私の方がまだ、こういうことには慣れている。あいつより、ほんの数年だが、齢も上だ。経験が多い。だから……私が引き受けるべきだったと、それだけは、強く、今も、思っている」

マーセンさんが独り言じみてそう言うのを聞いて……何を『引き受ける』べきだったのか、思い当たってしまう。

「……引き受けるべきだった、っていうのは、その、人を殺すことを?」

マーセンさんは、ちらり、と僕を見て、ちょっと迷うような様子を見せて、それから……頷いた。

「ああ。そうだな。当時の領主を……私達の主の、あの愚かな弟を……殺そう、と提案すべきだったのは、やはり、私だった」

何か、隠されているような気がした。何かな、と考えて……それにすぐ、思い至る。

「あの、ラオクレスは、人を2人、殺しているん、ですよね」

僕がそれを言った途端、マーセンさんは、はっとしたような顔で僕を見た。

「……あいつが話したのかな、それは」

うん。そうだ。ジオレン家の人達に攫われてしまう少し前に、ラオクレスが話してくれた。大丈夫だ。覚えてる。

「ははは……そうか。あいつが、君に、それを」

「うん」

「そうか。それは……よかったなあ。いや、勿論、トウゴ君が、ではなく、あいつが」

僕じゃなくてラオクレスが?うーん……いや、話してもらえてよかったのは、僕の方だけれど。

「成程な。君は相当、あいつの心に潜り込むのが上手かったみたいだ。あの堅物が君のことを『2人目の主だ』と紹介してくれた時には一体どうしたかと思ったが」

マーセンさんはちょっと笑って、そして、ちょっと寂し気な表情を浮かべて、座ったまま、地面を見つめた。

「……罪のない市民を殺してしまったんだ。事故だった。ただ、剣をちらつかせて脅して、帰すつもりだった。だが、脅しに屈せず、むしろ、不意打ちのように突っ込んできたその人を、あいつは……まあ、故意でなかったとしても、殺してしまった、と、いうことになる、のだろうな」

どういう状況だったのかは、なんとなく、分かった。

……ラオクレスのことだから、事故みたいなことを自分では『殺した』と言ってしまうのだろうな。

「ほんの一瞬の間違いが、取り返しのつかないことにだって、なり得る。ただ一秒、剣をどちらへ動かすかだけで決まってしまう運命もある。それを咎めることが正しいことだとは、私には思えないが……」

マーセンさんは大きな体を丸めるようにして、深く俯いた。

「……気にするな、と言ってやることもできない。挙句、もう1人、殺させてしまった。今度は、事故でもなんでもなく、明確な意思の元で」

それからしばらく、僕らは馬小屋の屋根の下で、馬と鳥に囲まれながら、ぼんやりしていた。

ぼんやり考えて、ぼんやりと、深く、悲しい。

どうして取り返しのつかないことってあるんだろう。世界中のありとあらゆることが全部、どうにかして、取り返しがつけばいいのに。

「……僕に、何かできることはあるだろうか」

ただ、どうしようもなく悲しいのをどうにかしたくて、できることなんてもう何もないって分かっていても、そう、聞いてしまう。

「そうだな……」

マーセンさんはちょっと驚いたような顔で僕を見つめて……それから、穏やかな笑顔を浮かべて、僕の頭をぽすぽす撫でた。

「君がそう思って傍に居るだけで、俺達は十分、嬉しいんだ。君が思っている以上に」

……うん。

まあ、つまり、僕には何もできない、ということ、なのだけれど……。

「じゃあ、僕、ラオクレスに会いに行ってくる」

「ああ。是非、そうしてやってほしい。……あいつはどうやら、君の顔を見ると元気が出るみたいだから」

マーセンさんに見送られて、僕は早速、ラオクレスの家の方へ走った。

「ラオクレスー」

ラオクレスは、薪割りをしていた。無心に。……なんか、とんでもなく大量の薪が割られて、積まれている。こんなに割らなくてもいいんじゃないかな、これ……。

「どうした、トウゴ」

僕に気が付くと、ラオクレスは斧を振り上げる手を止めて、訝し気に僕を見る。なのでそこに近づいていって……ええと。

「……おい、どうした?」

「ええと……」

会いに行こう、と決めたものの、用件を決めていなかった。馬鹿か、僕は。

「……特に、用事は無いんだけれど」

「……ああ」

結果、なんとも間抜けなことを言う羽目になる。

「あの……なんとなく、今日は一日、あなたの傍に居ることにした」

僕がそう言うと、ラオクレスはきょとん、として……息を漏らすように笑った。

「そうか」

「うん。そうです」

なんだか恥ずかしいなあ。でも、ラオクレスがちょっと元気になった顔をしているから、まあ、いい、のかな……。

「描くのか」

「あ、うん」

「そうか。まあ、好きにしろ」

ラオクレスは僕の頭をぽすぽす撫でて、また薪割りに戻っていく。僕は……。

……うん。少し悩んだけれど、でも、描くことにした。元々、僕にできることは無い。だから、まあ……せめて、僕らしくいよう、と、思って。うん。

薪を割るラオクレスを描いていると、段々落ち着いてくる。

僕は只々ラオクレスを描いて、ラオクレスは薪を割り続けて……そして、先に動いたのは、ラオクレスだった。

「トウゴ」

「あ、うん」

絵を描くことに夢中になってしまっていた。危ない危ない。主目的を忘れちゃいけない。僕は慌ててラオクレスを見上げて返事をする。するとラオクレスはちょっと可笑しそうに笑って、ちらり、と、森の木の向こう側を見て……それから、僕に、聞いてきた。

「隊長と何か、話したのか」

……それから、大体、マーセンさんに聞いたことを話した。

罪のない人を殺してしまったことについては事故みたいなものだった、とか、そういう。……マーセンさんがどう思っているのかについては、僕が言うべきことじゃないと思ったから話さなかったけれど。

「そうか」

一通り話して、ラオクレスは特に表情もなくそう言って頷く。

……厭、だよなあ。ラオクレスからしてみれば、自分の犯罪歴を漁られているようなもの、だ。自分が忘れられない、ずっと悔やんでいるものを掘り起こされるのって、絶対に、いい気分じゃないだろう。

「……そんな顔をするな」

けれど、僕の顔を見て、ラオクレスは僕が考えていることを大体察してしまったらしい。小さくため息を吐いて、それから今度は僕の頭をわしわしやり始めた。

「気にしていない。隊長と話したのだろうと思ったのは、お前の態度がおかしかったからではなく、向こうの木の陰から覗いてきていたからだ」

……あ、マーセンさん、気にしてたんだ。そっか。成程。僕が顔に出やすいってわけじゃなくて、そういう……。

「まあ、それはそれとしてもお前は相当顔に出やすい性質のようだが」

あ、でも僕は顔に出やすいらしい……。

それから改めて、ラオクレスはちょっと、話してくれた。

「前にも言っただろうが、俺は当時の領主を殺したことについては間違ったことをしたとは思っていない。とっくに割り切ったことだ」

「……うん」

そうだね。前にも、聞いた。それで、その時も僕は、何て言っていいのかよく分からなくなった。

「もっと上手くやる方法もあったのかもしれん。だが俺はそれを知らなかった。殺す方が確実だとも思った。……何だかんだ、すぐに何かを変えたい時には暴力が一番手っ取り早いからな」

ラオクレスは、ぎらり、とした粗野な笑い方をしてそう言う。……すぐに何かを変えたい時には暴力が一番手っ取り早い。うん。それは……分かるよ。思うところは沢山あるけれど、でも、理屈は分かる。

彼がそういう理屈を採用せざるを得なかった事情も分かるし、そのぐらい追い詰められていたっていうことだって、少しは、分かる。

「……だが、罪は罪だ。罰は当然、受けるべきだな。……罪のない市民を1人、殺してしまったことについては、尚更だ」

ラオクレスはそう言って、もそ、と、また僕の頭を撫でる。すっかり髪がぼさぼさになってしまっているけれど、それは今はどうでもいいや。

ただ、ラオクレスが申し訳なさそうな、そういう顔をしているのが、なんだか嫌で、でも、それが嫌だって思うのはあまりにもエゴイスティックで……。

「まあ……そういうわけで、俺はこういう奴だ。お前が気にすることは何もない……いや、当然、俺が犯した罪については気にせざるを得ないだろうが……おい、どうした」

でも、どうにも我慢できなくなって、どうしていいか分からなくなって、僕はラオクレスをぐいぐいやって近くの切り株に座らせる。何も言わなくても、ぐいぐいやっただけでラオクレスは椅子に座らされてくれた。

そうやって身長差をカバーしたら、僕は、ラオクレスの隣に立って……頭を撫で始めることにした。

「……お、おい、トウゴ」

「うん」

「これは……何だ?」

「うん。なんだか撫でたくなってしまって」

ラオクレスは珍しく、随分と狼狽した様子だった。さっきまでの話の内容が吹き飛んでしまったような、そんな顔をしていて……それがなんだかちょっと嬉しくて、悪戯心がむくむくと湧いてきてしまう、というか……。

「トウゴ」

「もうちょっとね」

更に撫でる。撫でる。撫でる。

……いつも僕が撫でられてばかりだから、偶には僕が撫でてもいいだろう。それになんだか、こうしたい気分だった。いつも僕を子ども扱いしてくるんだから、こういう時は逆転したっていいだろう。下克上、下克上。

ラオクレスの鋼のような色のちょっと硬い髪を、毛並みにそってのんびり撫でながら、思う。

あなたは悪くないよ、と、言いたい。

それを言うだけなら簡単だ。

……でも、僕がそれを言ってもしょうがないし、そもそも、僕がそういうことを言う資格は無い。多分、それを言ってもいい人はラオクレスが殺してしまった人本人だけで、その人はもう、この世に居ないわけだから。

だから、僕は、僕が言ってもいいことを以てして、責任感と後悔と、色々な思いでぐちゃぐちゃになっているのであろう彼を元気づけたくて、でもそれすらも、自分勝手かもしれなくて……。

「僕は、ラオクレスが僕の所に来てくれてよかったって、思ってるよ」

だから僕はただ、僕に許された言葉で、それでいて、本当の本当に真実で本心な、こういうことを言うしかないんだ。

……もっと何かできたらいいのにな、と、思う。けれど、これが僕にできる精一杯だ。

「……トウゴ」

他に何ができるだろうか、と考えながら、ラオクレスの頭をゆったり撫で続けていたら。

「分かった。分かったから、そろそろ勘弁してくれ……」

段々ラオクレスの耳が赤くなってきて、遂にはラオクレスが『降参』と言うように両手を小さく挙げた。

「……嫌だった?」

「いや、嫌では、ない、が……何故、撫でた」

僕を見上げるラオクレスの顔は……さっきみたいな顔じゃない。少しは元気、出た、のかな。

「何で、って……急にそうしたくなってしまったというか、他にできることが思いつかなかったというか……あの、ごめん」

どきどきしながら撫でる手を止めて、そっと、ラオクレスの頭から退かす。

するとラオクレスは、今度は僕の頭に手を伸ばして、僕の頭を数度撫でた。なんだなんだ。

僕の頭をなで、なで、とやって……ラオクレスは、成程な、と、よく分からない納得をした。なんだ。何に納得したんだ。

「お前は、嫌か」

「え?」

「その、撫でられるのは」

……うん。まあ、その、ちょっと子供扱いされているような気がするから、それはちょっと嫌なのだけれど。

でも、うーん……。

「嫌じゃない、よ」

「そうか」

ラオクレスは、さっきよりずっと活力が感じられる苦笑いを浮かべた。

「俺も、急にそうしたくなってお前の頭を撫でることがある。お前に撫でられるのも、然程、嫌ではなかった。まあ……お前が何を考えて俺を撫で始めたのかは分からんが、1つ確かなことに、俺達は、口下手な類らしいからな……」

ちょっとくすぐったそうな苦笑いの果て、ラオクレスは……言った。

「まあ……お前の勝ち、だな。ああ」

そっか!やった!なんだかよく分からないけれど勝った!僕は勝ったぞ!やった!