作品タイトル不明
22話:後退した季節*2
木の実をもう2つほど食べさせられて元気にさせられた後、僕はなんとか這いずって、ライラの方へ向かった。
……ライラは僕から少し離れた位置で寝かされていた。
水晶のベッドの中、花に囲まれて眠っているライラは……その、死んでしまっているみたいにも見える。生きているかんじがない。
「……ライラ」
呼んでみる。でも、ライラの反応は無い。
手首を握ってみたら、弱弱しく、脈があるのが分かった。大丈夫だ。死んでる訳じゃない。大丈夫だ。
……ただ、ライラは起きない。
僕が起きたのに、ライラはまだ、起きないらしい。
「ライラも魔力切れ、だよね」
「そうだな」
フェイは僕らの様子を見に来て、そこで難しい顔をする。
「魔王に星模様が描き加えられて、無事、魔王が溶け残って、元気にまおーんまおーん鳴き始めて……その辺りで、ライラと鳥がばったり倒れちまってさ」
「鳥も!?」
「ちゃんとライラの下敷きになって寝始めたから、流石だなあと思ったぜ、ほんと」
どこから何を言えばいいのか分からない……。
「ええと、鳥は?まだ起きない?」
「いや?鳥は1週間で起きたぜ。7日目にどこから持ってきたのか、月の光の蜜まみれになって神々しく光り輝きながら飛んできた」
あ、そう……。なんとなく想像がつく、というか……。
「で、ライラなんだけどな。まあ、医者に診てもらったけど、魔力切れ、ってことで……多分、この場所が一番魔力の補給にいいだろ、ってことで、トウゴと一緒にここで寝かすことになったんだ」
フェイはそう言いつつ、ライラの前髪が風で乱れているのをそっと直した。
「ま、トウゴが起きたんだから、ライラももうじき起きるだろ」
そう言いつつ、フェイは心配そうというか……。
……分かるよ。僕だって、心配だ。
その日から10日、僕は龍と一緒に水晶の小島で寝泊まりした。そこで少しずつ体を動かす練習をして、なんとか自力で少し歩けるようにまで回復したら、やっと龍の許しが出たので家に帰る。
「あら、トウゴ君……お帰りなさい!」
「ただいま。クロアさん」
鳥に運ばれて家に帰ったら、家の前にクロアさんが居た。クロアさんは僕に駆け寄ってきて、ぎゅ、とやってくれた。いつもなら落ち着かない気分になるところだけれど、今は少し落ち着く。多分、クロアさんが僕をぎゅっとやって落ち着いているからじゃないかな。
「……帰ってきてくれて、嬉しいわ」
「うん。ご心配をおかけしました」
クロアさんはもう一度強く、ぎゅ、とやると、それから僕を放して……むにゅ、と、僕の頬をつまんだ。いたいいたい。
「全く、本当よ!心配したんだからね!」
「ほへんははい……ははひへ……」
クロアさんはそのまま僕の頬をむにゅむにゅ引っ張って伸ばして遊んだ後、やっと放してくれた。ああよかった、これで普通に喋れる。
「……全くもう。トウゴ君って、魔力切れになってると、ふわふわ坊やの欠片もなくなっちゃうんだもの。見てて寂しかったわ」
そっか。それは何よりです。ふわふわ坊やじゃない方が僕としては嬉しい。
「寝てる時は何になってるの?」
なのでそう、聞いてみたら……。
「うーん、なんというか……男の子っぽくはないのよね。いえ、人間っぽくない、っていうか……ああ、やっぱりこの子、精霊様なんだわ、っていうかんじで。だから、うーんと、そうねえ……眠り姫?」
でも姫はふわふわ坊やより嫌だよ!遺憾のい!不満のふ!……あと、心配かけてごめんなさいの、し。
クロアさんにむにゅむにゅやられている間に、そっと、ラオクレスが様子を見に来ていた。でも律儀にクロアさんがむにゅむにゅやり終わるまでそわそわしながらクロアさんの後ろで待っていたから、クロアさんはラオクレスを振り返って、くすくす笑いながら場所を譲る。ラオクレスはちょっと気まずげにやってきて……僕の頭を撫でた。
「……お帰り」
「ただいま」
ちょっと強めに頭を撫でられて、挨拶して、ラオクレスとはこれでやりとり終了だ。言葉は少ないけれど、彼とはこういうやりとりの方がなんとなくいい気がする。
「あれ?ラオクレスも髪、伸びた?」
「そうよ。彼、フェイ君の真似してたものだから」
「……偶々切り忘れていただけだ」
それから、ラオクレスも髪が伸びていた。最初に奴隷屋さんで見た時以来の長さだ。これはこれでいいね。よし。後で描かせてもらおう!
それからリアンとカーネリアちゃんとアンジェの3人組に行き会って、「ばーかばーか!」「ばーかばーかだわ!心配したんだから!心配したんだから!」「トウゴおにいちゃんお帰りなさい!」と個性豊かな歓迎を受けて、フェイと行き会って「おー、やっと帰ってこれたか。お帰り!」と背中を叩かれて、そして鳥に埋もれさせられた。
「ところでリアン、大きくなった?」
僕は鳥に埋もれながらリアンを観察。なんだか大きくなった気がする。
「そうよ!リアンは大きくなったのよ!そして私はそれより大きくなったわ!」
「ほんとだ」
1年弱の時間は結構長かったみたいで、その間にリアンもカーネリアちゃんも身長が伸びたようだ。ただ、成長期の時期の違いで、今はカーネリアちゃんの方が身長がちょっとだけ高いように見える。でもきっと、そのうちリアンが追い抜くんだろうな。がんばれリアン。
「……ところで、ライラねーちゃんは、まだ?」
そんなリアンが、そっと、心配そうに僕にそう聞いてくる。
「うん。まだみたいだ」
水晶の小島でリハビリする傍ら、数分おきにライラを覗きに行っていたのだけれど、ライラはまだ、目覚めない。僕が起きたんだから彼女だって起きてもいいと思うのだけれど、まだ起きない。
「……そっか」
「ライラ、早く起きてほしいわ……」
……うん。
僕も鳥も起きたんだ。魔王だって無事に縮んだし、夜の国についてもぼちぼち上手くいっているらしいから……後は、ライラが起きるだけだ。
……早く起きないかな。
それから数日。
僕は支え無しでもなんとか自力で歩けるようになっていて、それで、水晶の小島に花を持って行くことにした。
……レネの真似だ。うん。ほら、フェイが『ちょっと楽しかった』って言ってたし、どんなものか、自分でもやってみようと思って。
水晶の小島に着くと、ライラはそこで今日も寝ていた。身じろぎ1つしない。本当に死んでいるみたいに眠る。魔力切れって、傍目には結構怖い。
僕はライラの周りに花を置いて、それから、じっとライラを観察する。
……観察しても、何も変化がない。すごいな。デッサンの練習にはいいけれど、あまりにも動かなすぎて、静物デッサンと大して変わらない。
あと、印象が全然違う。
勝気な藍色の瞳が閉じられて、ちょっと皮肉屋な口調の言葉も一切聞こえなくて、ただ、死んだように眠られてしまうと……ライラらしくない、というか。
クロアさんが『ふわふわ坊やっぽくない』って言っていたの、分かる気がする。今のライラは、すごく綺麗だけれど、すごく静かで、すごく寂しい。
……しばらくそのまま、ライラを眺めて、ライラを描いて、またライラを眺めていた。
「寂しいなあ」
口に出してみたら、ますます寂しくなってくる。
……結局僕は、日暮れまでずっと、水晶の小島に居た。
翌日も、リハビリがてら、水晶の小島に歩いて行って、そこでライラを観察する。
ライラは昨日となんら変わらない姿勢でそこに居た。……すごいなあ。
魔力切れになっている人は、脈は本当に弱いし、息もほとんどしていないような状態……仮死状態、っていうんだろうか?冬眠状態?まあ、とにかくそういう状態なので……とても心臓に悪い。今日もライラが生きているか、確認してしまった。
……なんとなく傍に居たい気持ちもあるのだけれど、でも、ここで何もせずにいるのも落ち着かない。なので自然と、僕はスケッチブックを取り出すことになる。
ライラは動かないので、好きなだけ描ける。……けれど、幾ら動いても描きにくくてもいいから、早く起きて、動いてくれないかな、と、思う。
そのまましばらくライラを描いていたら、その内鳥が飛んできた。
パンを持ってきてくれたので僕のお昼ご飯かな、と思ったら、鳥が自分で食べ始めた。こ、このやろ。
しょうがないので僕のご飯は今日も魔力たっぷりの実だ。……最近はすっかり魔力も戻って、戻っていないのは体だけなのだけれど、でも、龍は執拗に僕に魔力の実を食べさせてくるし、僕が食べたり飲んだり寝たりするのを忘れて描いていると、唐突にお腹の中、弄ってくるし……。
……そうして僕が魔力の実を飲んでいると。
まおーん。
……魔王の声がして、魔王が鳥の羽毛の隙間から顔を出した。
あっ、そこに居たんだ……。
魔王も欲しがったので、魔王にも魔力の実を分ける。魔王は魔力の実の味がすっかり気に入っているらしくて、一口飲んで、まおーん、と嬉しそうに鳴いた。……ただ、魔王は一口でお腹いっぱいになってしまうらしいので、残りは全部僕が飲むことになるけれど。
魔王はお腹いっぱいになって満足したらしく、今度は僕のスケッチブックと鉛筆を取って、そこにお絵かきを始めた。
……魔王は僕がそういう姿で描いてしまったからか、短い手足の猫みたいな二足歩行の謎の生物の形をしていることが多い。いや、でも、その実は不定形らしくて、時々てろてろと形が崩れていたり、唐突に尻尾が数本伸びてきたり、色々なのだけれど……。
そんな魔王は今、両足を投げ出して座って、短い手でスケッチブックを支えて……尻尾で鉛筆を握って、描いている。しかも時々、消しゴムを使う時にはもう1本尻尾が生えて、それを使っている。
やっぱり魔王は変な生き物だ……。
「……あれ、ライラを描いてるの?」
魔王のスケッチブックを覗き込むと、魔王はなんと、ライラの絵を描いていた。……ただ。
「ライラに……抱き枕にされる自画像?」
魔王が描いていたのは、見たままのライラではなかった。
ライラが起きて……魔王を抱き枕にしている絵だった!
魔王の絵を見て、僕は、気づく。
「……僕が起きているライラを描けばいいのでは」
そうと決まれば早速、画材を取りに行く!
僕は一度家に戻って、水彩画用紙と水彩の道具一式を用意して、すぐに画用紙を水張りする。
「あら、トウゴ君。何か絵を描くの?」
「うん!ライラを描く!」
途中でクロアさんに会ったのでそう返事をしつつ、画材一式を持って水晶の小島へとんぼ返り。そこですぐにライラの絵のラフを描き始める。
今回描くのは、構図はほとんど見たままの状態のライラ。寝ている状態のライラだ。
ただ、片手が動いていて、顔が少しこちら側を向いていて、目がじっとこっちを見ているような。それでいて、ちょっと笑っているような。そういう絵にする。
……ライラらしい顔っていうと、僕を揶揄ってる時やちょっと呆れた時、或いは笑ってる時とか、絵を描いている時の真剣な顔なんかが思い浮かぶのだけれど……なんとなく、ライラは目が覚めた時、ちょっとライラらしからぬ柔らかい表情をするんじゃないかな、と思った。
だから、微調整を繰り返しながら、納得のいくまで表情を作り込んで……下描きに移る。
その頃には水張りした画用紙が完全に乾いていたので、そこに、ラフを参考にしながら下描きを描き写していく。細部はここで調整。
……そうして僕はその日の内に一気に下描きまで終えて、いざ着彩、というところで龍にまた虐められてしまって、そのまま鳥に魔王と一緒に運ばれて、家に帰らされてしまった。
あの、最近、ラオクレスみたいな人が増えていないだろうか……。
翌日、目が覚めたらすぐ水晶の小島に行く。……ライラはまだ目覚めていない。だからこそ、僕はまた絵を描く。
今日から着彩。……ライラと言ったら藍色なのだけれど、あんまり寒色ばかりで描くと寒々しい印象になってしまうから、意識して暖色を使うようにした。冷たい色は、ライラの瞳の色だけだ。
周囲の水晶も、なんとなく黄色や薄紅色で描く。時々、陰になっているところはほんのりと紫やミントブルーを足す。全体的に彩度は高め。華やかにいきたい。それでいて、派手にならないように、淡い色合いで。あくまでも明るく、暖かく、柔らかく、そして春らしく。
……とりあえず、全面に下塗りを終えた。今回はぼんやりと虹色めいた滲みを白く残したいところ以外の全てにぶちまけて、その後から物の色を足していく方法にする。ヒヨコフェニックスを描いた時と似た描き方になる。
「おい、トウゴ。そろそろ飯を食え」
「あ、うん」
丁度いいところでラオクレスが来てくれたので、そのまま僕は一旦休憩。どうせ下塗りが乾ききるまでは次に進めないから、丁度いい。下手に弄ってしまうと折角の滲みが薄れてぼやけて消えてしまうから。
「じゃあ、また来るから」
起きないライラに声をかけて、僕は休憩に行くことにした。
昼食を食べたら、また描く。次は物の色の下塗り。肌の色や髪の色をどんどん塗っていく。下地を塗りながら、それが乾かない内に影になる部分に濃い絵の具を置いていけば、自然と滲んでグラデーションができる。
……そうして夕方になる頃には無事、下塗りが終わった。
「……おい、トウゴ。大丈夫か」
「え?うわ」
そして気づくと、ラオクレスがすぐ傍に来ていた。びっくりした。
「ごめん、ぼーっとしてたみたいだ」
「……お前もまだ病み上がりだ。無理をするな」
無理をしているかと言われると、別に無理はしていない……いや、でも、ちょっと疲れた。勿論、魔力が、というよりは、体が。ずっと同じ姿勢で画用紙に向かっていると、どうしても、体に負担がかかる。それで疲れる。
……体調、早く万全に戻したいな。絵を何時間描いていても大丈夫なようになりたい。
それから、早くライラも元に戻したい。それで、一緒に絵を何時間でも描けるようにしなくては……。
その夜は、ちょっと特別な夜になった。
「とうごー!」
なんと、レネがやってきた!
「レネ!久しぶり……っていう感覚は僕にはないんだけれど、ええと、久しぶり」
「とうご!とうご!とうごー!」
レネは僕にぎゅうぎゅうくっついて、遂にはぽろぽろ涙を零し始めてしまった。な、泣かせてしまった……。心配かけたなあ。申し訳ない。
「もう起きたよ。大丈夫だよ」
レネが落ち着くまで、しばらくレネを抱きしめ返しつつ、寄ってきた魔王に僕らまとめて尻尾で巻かれつつ、そのままで居た。
……そうしてレネが大分落ち着いてくると、翻訳機を装備して、早速、文字を見せてくれた。
『心配しました。もう起きないんじゃないかと思いました。ずっと寂しかったです。またお話しできて嬉しいです!』
『僕も嬉しいです!心配かけてごめんね。』
僕らは文字でやり取りをして、それから……レネはきょろきょろと辺りを見回して、また、文字を書く。
『ライラはまだ起きていませんか?』
ライラはまだ起きていないよ、ということを伝えて、それから、僕が絵を描いていることも伝えた。
明日一緒にライラと絵を見に行く約束をして、その日、レネは僕の家に泊まった。
「ふりゃ」
「それ聞くの、ちょっと久しぶりの気分だなあ……」
「ふりゃー?」
「うん。ふりゃー!」
まだ冷えの残る春先だから、2人で一緒に毛布に包まると中々居心地がいいね。
そうして、翌朝。レネと魔王と一緒に、水晶の小島へ行く。
そこでは龍がいつものようにとぐろを巻いていて、僕の描きかけの絵があって、そして、ライラが寝ている。
「らいら……」
レネが寄ってきて、ライラを覗き込む。ライラはまだ、眠ったままだ。それを見て、レネはしょんぼりした顔をすると、持ってきた花をライラの周りに飾り始める。
「じぇうぇーう……」
そして、レネは心配そうにそう言うと……ちゅ、と。ライラの額に、口付けを落とした。
レネが離れると、そこに魔王がてくてく歩いて行って、尻尾の先で、ふに、とライラの額を触った。……あ、もしかしてそれ、僕にもやってた?僕、なんか起き抜けに柔らかくてあったかいものが触ったような気がしたんだけれど、それ、魔王の尻尾だったらしい。
『魔力切れにはそれが効くんですか?』
一応、レネにそう聞いてみる。するとレネは頷いて、文字で返事をしてくれた。
『はい。魔力を分け与えれば少し、魔力切れが早く治るんじゃないかと思いました。』
そっか。成程。魔力切れには、ああいうの、効くのか……。
……うん。
レネや魔王が見ているところでやるのは恥ずかしいので、とりあえずそのまま絵を描き始める。
今日は影の色を置いていきながら、全体のバランスを整えていく日だ。レネは僕の手元を見ながら、感心したように「てぃあーれ……」と呟いていた。その横で魔王はいつものように、まおーん。
そのまま数時間するとラオクレスが呼びに来たので、僕らは一度、戻ることにして……。
……レネと魔王が先に行ったのを見てから、ちょっと、ライラに近づく。
ライラは相変わらず、眠ったままだ。うん。ええと、改めてこうして見ると、なんだか気恥ずかしいというか、その、見ているのが申し訳ないというか、そういう気分になってしまうのだけれど……気にしていたら何もできない。
よしいくぞ、と気合を入れてから、そっと、ライラの額に口付けた。レネにやった時と同じようなかんじで。
……気休めだよなあ、と思いつつ、でも、これで少しでもライラが早く目覚めてくれたらいいな、とも思いつつ、そんな気持ちで、そっと、ライラから体を離して……。
「……ん」
……あれ。
「んう……?」
「ら、ライラ?」
ライラがちょっと身じろぎした。あと、ちょっと声を漏らした。眠たげな声は言葉にもならないようなものだったけれど、でも、それでも十分にすごいことで……。
「ライラ。ねえ、ライラ」
「んー……ん?」
……更に、瞼がゆっくり動いて、藍色の瞳が覗いたのなら……それは、とんでもなく、すごいことだ!