軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

16話:妖精洋菓子店*7

それから、翌日。また、花束の人が来た。なので、石膏像がとおせんぼしている間に店員が入れ替わって、彼はまた、石膏像達によるお会計でとぼとぼ帰っていった。

そして、翌々日。また、花束の人が来た。なので、また石膏像。あ、この日は石膏像を増量した。花束の人は6体の石膏像に囲まれてお会計だった。

更に、翌々翌日。また、花束の人で石膏像。

……そして、翌々翌々日。

「……来なくなったわねえ」

「まあ……だろうな」

花束の人は、来なくなってしまった。

「変ねえ。お菓子の味は何も変わってないのに。全く……」

クロアさんはそう言いつつ、くすくす笑っている。楽しそうで何より。

「あーあ、来なくなったの、ちょっと残念だわ。あいつがラオクレス達に囲まれてお会計してるの見るの、私、結構好きだったんだけど」

ライラはそう言ってにんまり笑っている。うん。僕もあの光景、ちょっと好きだった。石膏像の魅力が存分に出ていたと思う。

「ま、よかったわ。これでリアンとアンジェも安心してお店に出られるし」

「俺もこれなら安心だよ。あいつ、アンジェのこと、変な目で見るんだ!俺のことも!」

「うん……ちょっと怖かった」

リアンとアンジェはそう言いつつ、周りの石膏像達によしよしと撫でられている。この石膏像の皆さんは、リアンとアンジェを弟と妹みたいに、或いは友達の子供とか、そういう風に大事にしてくれている。妖精達も気に入る訳だ。

「これも皆さんのおかげ。本当にありがとう!」

クロアさんはにっこり笑って、石膏像達と1人ずつ、握手していった。それに石膏像達はまんざらでもなさそうな顔をしている。……まあ、石膏像だって、綺麗な人には弱いよね。分かるよ。

「それから、トウゴ君も」

クロアさんは最後に僕の手をきゅっと握った。

「素敵な騎士たちを連れてきてくれて、ありがとう」

うん。僕は何にもしていないけれど……でも、クロアさんが嬉しそうだから、僕も嬉しい。

「礼を言うなら、俺達もだ」

それから、マーセンさんが僕の前に立つ。その後ろに、ざっ、と他の石膏像達が並ぶ。

「仲間達を救い出してくれて、本当にありがとう。この恩は、生涯あなたに仕えて返していくつもりだ」

「そ、そんな。僕、あなた達を買っただけです。だから、その……もし僕に何か返したいっていうのなら、そのお金の分だけ返してくれれば、それでいいです」

しどろもどろに返しながら、僕、こういうの向いてないな、って思う。人の上に立つっていうのが、多分、向いてない。人が沢山居たら、その上に立つんじゃなくて、皆で手を繋いで横並びとかの方が向いてる。

「そうか……。無欲な方だ」

マーセンさんはそう言って、1つ、ほう、とため息を吐いて、それから、ラオクレスに向き直った。

「エド。お前は随分と運が良かったんだな?この主君は確かに、善い方らしい。それに、どこか浮世離れしているというか……」

それ、ふわふわしてるって言ってる?

「……ふむ。なら、トウゴ君」

「はい」

マーセンさんは少し屈んで、僕に目線を近づけて、ちょっと笑って聞いてくれる。

「我々は、何をすればいい?今後もこの素晴らしい菓子屋の警備かな?他にも仕事があれば、何でも言ってほしい」

「ええと……」

……他の、仕事。何でも、言ってほしい、って……。

「……本当に、何でも?」

「ああ。何でも、だ」

確認してみたけれど、マーセンさんは揺るぎ無い。

「あの、じゃあ……」

ちょっと申し出るのが恥ずかしいような気持ちになりながら、僕はちょっと迷って、でも、ここで迷うのは勿体ないよな、とも思うので、思い切って、言う。

「描かせてください!」

「……本当に変わった御仁だなあ」

「ああ……」

「エド。お前が『風が吹くとふわふわ飛んでいきそうになる』と言った理由が何となくわかったぞ」

なんというか、描いている間、僕の悪口みたいなのが飛び交っているのだけれど、でも、そんなこと、気にしていられない。だって、僕の目の前には石膏像がたくさん並んでいる!描かなきゃならない!こんなに石膏像があるんだから描かなきゃならない!

「ところで、トウゴ君は俺達のことを『石膏像』と呼ぶが……」

「こいつなりの敬称のようなものらしい」

「ああ、彫像並みの肉体、という意味か」

あ、うん。親しみと、肉体美への尊敬と称賛を込めて、石膏像。

マーセンさんは納得したように頷いて……それから、ちょっと感慨深げに、言う。

「俺達ほぼ全員が掬い上げられて、住処まで頂けてしまって、菓子屋の警備だの、絵のモデルだの、こう、ふわふわした仕事をするようになって……妙な感覚だ」

ふわふわした仕事って何だろう。何でもふわふわって言っておけばいいって思われてないだろうか。これ。

とりあえずクロッキーに付き合ってもらって、休憩に入る。慣れない内は、10分動かずにいるだけでも結構辛いはずだから、まずはクロッキーから石膏像達にモデル慣れしてもらおうと思ってる。けれど、これだけ人数が居るから、時間が掛かりそうだ。でも頑張って全員モデルにしていきたい。目指せ、モデル集団。

休憩に入ったところで、クロアさんがお茶を淹れてくれた。石膏像の皆さんはお茶を飲みつつ、あとはアンジェが運んできた妖精のお菓子を楽しんでいる。妖精のお菓子、試作品らしい。見たことが無いパウンドケーキみたいなやつだ。木苺が入っているのか、ピンクのマーブル模様になっていてなんだか可愛らしい。

そんな休憩を楽しみながら、石膏像の皆さんは、楽しそうにしている。生き生きとしている、というか。その生き生きのおかげか筋肉にも張りがあってモデルとしても抜群、というか。

「こんな生活ができるなんて思ってもみなかったなあ」

「ジオレン領の奴隷屋で生涯を終えると思ってたんだけどな」

「まさか買い手が付くとはな。しかも俺達全員まとめて!」

石膏像の皆さんが賑やかなのを見て、ラオクレスが目を細めて笑っている。……彼らにとっては今のこの談笑風景が、前の主人に仕えていた時の日常に近い状態なのかもしれない。

そう考えると、彼らを集められてよかったな、という気持ちになる。彼らが幸せそうな顔をしているのが、嬉しい。

……ただ、そんな時。

「後は、インターリアが見つかればな……」

マーセンさんがちょっとため息を吐いた。

「インターリア、さん?」

僕が聞き返すと、マーセンさんは頷いた。

「仲間はこれでほとんど揃った。何人か、新たな主を見つけてそこで幸せに暮らしている、と聞いている奴らもいるんだが……インターリア、という女騎士の行方は、分かっていなくてね」

マーセンさんはそう説明して、またため息を吐く。

「インターリアは確か、ジオレン家に雇われていたはずで……しかし、ジオレン家は何かごたごたがあったらしくてね。どうにも、彼女の行方も知れなくて……」

そっか。インターリアさん……まあ、そうだよなあ。

「ああ、彼女達、出奔中だから……」

僕が納得して頷いてそう言った途端、マーセンさんも他の石膏像の皆さんも、ぎょっとした顔をした。

「し、知っているのか!?」

「え、あ、はい」

僕が答えると、マーセンさん達は全員、『信じられない』みたいな、喜びの表情を浮かべた。

「……今、インターリアはジオレン家の娘とヒヨコフェニックスを連れて、旅をしているところだ」

「もしかしたら、もうフェニックスもヒヨコじゃなくなってるかもしれないけれど」

「そうだな。……俺はあの丸いのも嫌いではなかったが」

「それ、うちの鳥に言ってあげたら喜ぶと思う。あの鳥も丸いし……」

僕は、ちら、と窓の方を見つつ、言ってみた。いや、あの鳥のことだから、窓の外に居てもおかしくないな、と思ったから。いや、鳥、居なかったけれど……。

「……そうか。よく分からないが、とりあえずインターリアは、幸せにやっているのか」

マーセンさんはそう言って、脱力したように椅子に座りこんだ。

「ははは、不思議なものだなあ。我々はトウゴ君に関わって、皆、よい方へ流れていくらしい」

「そうだといいんですけれど」

僕にそんな力は無いけれど、運よく、皆が幸せになれたらそれはとても嬉しい。うん。

「インターリアさんもその内、この森に帰ってくると思います。彼女のご主人様が、この森をちょっと気に入ってくれたみたいなので」

カーネリアちゃんもインターリアさんもヒヨコフェニックスも、元気かなあ。

ちょっと懐かしく思いつつ、再会できる日はそう遠くない気がして、僕はなんとなく、また嬉しくなった。

この世界に来てから、僕、嬉しいことばっかりだ。絵を描けるのもそうだけれど……人と関わることでこんなに嬉しくなれるなんて、思ってなかった。

それから僕は、お菓子屋さんに入り浸るようになった。何故って、理由は簡単だ。石膏像を描くため。

「楽しそうねえ」

「うん」

楽しい。すごく楽しい。だって、こんなに立派な石膏像なんて、そうそう居ない。そもそも元の世界には生きた石膏像なんて居なかった。こんなに素敵な人達がこんなにたくさん居るこの世界って、本当に素敵だ!

クロアさんは僕を見て、くすくす笑う。

「トウゴ君が楽しそうだと、私もなんだか楽しくなってくるわ」

クロアさんはそう言って、にっこり笑って、僕をじっと見つめる。

……見つめられて、その澄んだ翠の瞳があんまりにも綺麗で……僕はクロアさんの目を見ていてちょっとぼんやりしかけたことに気づいて、慌てて、強く意識を保ちながら、クロアさんを見つめ返した。

「……誘惑しようとしたって駄目だよ」

「あら、見破られちゃった?」

うん。分かるよ。クロアさんの誘惑の魔法はもう何度目かだから。ちょっと抗議の意を込めてクロアさんを睨んでみると、クロアさんはころころ笑い出した。「そういう顔も素敵ね」だそうだ。うーん……。

「私、この森で暮らしてる間に誘惑の魔法の腕、落ちたかしら……。トウゴ君に誘惑の魔法が上手く効かないのは分かってるけど、効かせる前に見破られちゃうなんてね」

そして一頻り僕をからかった後、クロアさんはちょっと悩み始めた。いや、クロアさんの腕の変化じゃなくて、僕の人間中退とかそういうのの方が大きな原因じゃないかと思う。

「でも、あの、クロアさん。花束の人よりはずっと上手だよ」

「そりゃあ、あんな男よりはずっと上手でしょうけれど……あら?」

クロアさんはそこで、訝し気な顔をする。

「何?あいつ、トウゴ君のことを誘惑しようとしたの?」

「多分……」

よく考えたら、あの、すごく嫌だ。だって僕、男なのに。……あ、僕、本当に女の子だと思われてたのか。そっか……。あの人、目が節穴だ……。

間違われないように、僕、もっと鍛えた方がいいかな。石膏像になるのは無理だろうけれど、もうちょっと肉がついてた方が……。

……そんなことを考えていたら、目の前で、クロアさんがちょっと、険しい顔をしていた。

「……クロアさん?」

そっとクロアさんを覗き込んで声をかけてみたら、クロアさんは、迷うように顔を上げて……。

「……もしかしたらこれ、結構大事になるかもしれないわ」

そう、言った。