軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

騎士団長任命式 2

子どもたちは、お昼ごはんを食べてお昼寝をしている。

旦那様の執務室に行くと、書類と手紙が積み上がっていた。

「簡単な書類は処理が終わって報告書のみ。ここにあるのは、処理済み決裁待ち、旦那様の判断を仰ぐ必要がある物、そして手紙ね」

「慣れているな……」

「ええ、いつも私で処理できる物は処理してましたから」

辺境伯領に早馬を寄越さねばならないほどの火急の用件はなかったようだ。

「……この急ぎの箱から確認しましょう」

「ああ……」

旦那様がなぜか驚いたような顔をしている。何か意外なことがあっただろうか。

「では、二手に分かれて。旦那様ではないと処理できない物はお渡ししますので」

そこではたと気がつく。

旦那様が不在の間は、執事長に確認して執務室の机を使わせていただいていたのだ。

私が書類作業をする机がない。

「戦場に届く確認書類が思いの外少ないから、セイブルが対応してくれているのかと思っていたが……君がここまでしてくれていたとは」

「出過ぎた真似かと思っていたのです」

「いや、感謝しかない……少し待っていてくれ」

出過ぎたことだったのかもしれないと気を揉んでいたが、旦那様はすぐに椅子を手にして戻ってきた。

そして、大きな執務机の前にある椅子をずらし、その椅子を置いた。

「あの……?」

「机は広いのだからここに座るといい。確認もしやすいだろうし――それとも嫌か」

「嫌ではありませんわ!」

私は素早く席に着いた。

旦那様がふっと口元を緩めた。

魔剣と聖剣までピカリと光った。

「……っ、これだけの書類ですから、すぐ取りかからないと」

「……ああ、そうだな」

急ぎの書類の中で旦那様の判断が必要な軍部関連の物はお任せして、重要度は低いが期限が近いものから取りかかる。

「……」

神殿の修繕に寄付の願いが来ている。

この程度の額であれば、私に与えられた予算で払える。

それから、屋敷の屋根の修繕。

これも、もらった予算で事足りる。

――私に与えられた予算が潤沢で良かった。

手にしていた用紙がすっと取り上げられる。

「え?」

「なるほど……これが君に渡したはずの予算の行き先か」

旦那様がまじまじと書類を見つめた。

「エミラ」

「……勝手に寄付をしてはいけませんでしたか?」

「いや、君が対応してくれて助かった。だが」

「……だが?」

「君のための予算は、君が欲しいもののために使ってほしい。そのつもりで用意していた」

私に与えられた予算は本当に多いのだ。

……このお金は、屋敷内や寄付など女主人として必要なのあれこれを処理するために使うものだと思っていた。

――五年前を振り返る。

そういえば、執事長は『そちらの予算を使わなくとも』と何度も止めてきていたし、ドレスを買うよう勧めてきていたかもしれない。

「多すぎて、私の個人用の予算だなんて逆にわかりませんでした」

「……説明不足だったと再認識した」

だが、確かに旦那様の妻であれば王城に招かれることもある。

双子がいるということを言い訳に王都の社交界に参加せずにいたが、相応しい衣装やアクセサリーを揃える必要があったのだ。

「相応しい格式のドレスやアクセサリーを購入いたします」

「まだ、勘違いしているようだな」

不意に頬に手が置かれた。

ゆるやかに旦那様の方に顔を向かせられる。

距離が近い。旦那様の長いまつげが目に入り、心臓がドキッと音を立てる。

「城に行くドレスは社交用の経費で支払う」

「仕訳が違っていたのですね」

「違う。この予算は君が幸せに自由に生きられれば良いと……」

旦那様の瞳の中に、驚いた顔をした私が映っている。

旦那様は私に興味などないと思い続けていた五年間。

自分がいつ死んでしまうかもわからない戦場へ向かう直前、残す私にそこまで配慮していたのだ。

説明は、確かに足りなかったのかもしれない。でも、十分説明するほどの時間が私たちにはなかった。

――戦場への手紙は厳しく検閲される。

誰の目に触れるともわからない手紙に、事細かな屋敷内の問題を書くことは憚られた。

だから、せめて戦場にいる旦那様が心穏やかにいられるようにと、子どもたちの様子や日常の温かな一コマばかり書いていた。

不意に、温かい唇が重ねられた。

目を瞑りそびれた。

慌てて目を瞑ると旦那様のまつげが、私のまつげに触れた。

唇が離れる。旦那様の唇が震える。

「君は、今、幸せか?」

その言葉からは自信が感じられない。

最近わかってきた旦那様の性格。

仕事中は凜々しく自信に満ちているだろうに、彼は案外自己肯定感が低い。

私は背伸びして旦那様の首に腕を回し引き寄せた。

今度の口づけは私から。触れるだけの口づけだけれど……。

「幸せです……大好きな旦那様の妻でいられるから」

「……そうか」

旦那様は耳まで真っ赤になって、私から視線を逸らした。

「書類を処理するか」

「え、ええ……」

――ヒューヒューッ!! と私たちを囃すように、室内が赤とアイスブルーの光で賑やかに照らされる。

刃こぼれしてしまった魔剣も少し休んで元気になったのだろうか。

私は頬の熱さを誤魔化すように、旦那様に倣って書類に視線を落とした。