作品タイトル不明
040.セイジのなんてことのない一日(前)
朝というにはやや遅い時間。
セイジは身体を起こしながら、目と思考が開ききらないまま、頭を掻く。
(ここ二日、 怒濤(どとう) だった気がする……)
ネームド退治に、翌日はネームド料理配信だ。
もっとも、配信を終えたあとは用意した牛タンフルコースにお酒を解禁したので、そのまま夜までずっとツカサと飲んでいた。
(さすがに飲み過ぎたか……)
二日酔いというほどではないが、明らかに酒が原因だろう気怠さはある。
あるいは、配信を始めてからずっと忙しい日々だったのが原因かもしれない。
(今日はオフにするか)
布団を 除(の) けて、首筋を 撫(な) でながらベッドから降りる。
(とりあえずシャワーで目を覚ますか。
メシは……出かけた先で、ランチってところかな)
そうしてセイジは緩慢な思考のまま、着替えを用意して浴室へと向かうのだった。
自宅を出たセイジは、電車に乗って少し大きめの駅へ。
最寄りの駅前にも商店などはあるが、必要最低限の店しかないのだ。
しっかり買い物をしようとすると、少し足を伸ばすしかない。
駅から出てスカイナードを歩き、ショッピングモールへと向かう途中で、空を見上げる。
雲一つない青空というのは気持ちが良いが、そこから降り注ぐ太陽の熱はだいぶ暑い。
(安物でもいいから、夏用の長袖を買っておいた方がいいか。
去年はダルくて買い物をサボったが、あとになって買っておけば良かったとダルくなったくらいだしな……)
痛いぐらい日差しが強い日は、半袖よりも長袖の方が涼しく感じるのだと去年学習したのだ。
それを思うと、本格的な夏が来る前に買っておきたい。
額に滲む汗を拭いながら、セイジは気怠げな足取りでショッピングモール『ラッテン』へと入っていく。
まずは最上階にあるフードコードだ。
ちゃんぽんの大盛りに、期間限定トッピングである拳サイズの豚チャーシューの塊を追加。 セットで店オリジナルのタレで食べる TKG(卵かけご飯) (大盛り)も頼んだ。
それをさっさと胃に収めて六分目を作ると、食器を返却する。
その際、ちゃんぽんのお店の隣の粉モノ店のカウンターが目に入った。
シマエナガモチーフのキャラクターモノとコラボをしているらしい。
そのアクリルスタンドと目があったので動きを止めてしまったが、さして興味があるワケでもない。
(まぁシマエナガそのものは、別に悪くないと思うが)
白い粉チーズがたっぷりかかった真っ白なたこ焼きを雪塗れのシマエナガと言い張るのはアリなのだろうか? などとどうでも良いことを考えながらエスカレーターを降りていく。
このままエスカレーターで降りていき、ファストファッションのお店の階で降りる。
同系統のお店が二種類あるが、こだわりなど特にないセイジは、とりあえず先に降りれる方に向かう。
そして目に入ったのはシマエナガだった。
(ここもか)
別にキャラクターコラボというワケではなく、期間限定のシマエナガデザインシリーズというのをやっているだけらしい。
そんな期間限定品の特集棚に並んでいた、薄手の長袖が目に入る。
白を基調として、言われればシマエナガを思わせる気がする黒いラインの入っただけのシンプルなものだ。
裾(すそ) の右下辺りに、申し訳程度に小さなシマエナガがいるが、特に目立つようなものでもない。
(夏向けに、日光を遮る加工をした涼しく通気性の良い生地……悪くないか)
探す手間が省けた。
そう思い、セイジは白いそのシャツと、同じデザインで黒と白の割合が反転した色違いのモノを手に取った。
「あとは適当に部屋着用というか寝るときの用Tシャツか」
ちょうど良いから新しいのを買おう。
定番のTシャツ売り場に向かう。
色んな柄が並ぶ中、薄い灰色の生地に黒いラインが入ったもの手に取る。
サイズは確認したがデザインは特に見ない。どうせ部屋着だ。どうしようもなくダサいデザインだったとしてもさしたる問題にならない。
そうしてレジでお会計していると、対応してくれた店員が何やら小さな袋を手渡してきた。
「シマエナガキャンペーン対象3点お買い上げでしたので、こちらをプレゼントしています」
「3点?」
シマエナガのラバーストラップを受け取りながらも首を傾げる。
別の店員が横でセイジの買ったものをたたみ直しているのを見て合点がいった。
「ああ……あれもシマエナガだったのか」
部屋着として買った灰色のTシャツも対象だったようだ。
黒いラインだと思っていたものは、シャツ全面に描かれた大きなシマエナガの絵だった。
(まぁ問題はないか)
ラバーストラップも貰えるなら貰っておこう。
興味はないが、知人で欲しがる人がいるならあげればいい。
会計を済ませ、店をあとにして二階まで降りる。
スカイナードに出ながら、外の暑さに目を 眇(すが) めた。
(次は隣の 駅ビル(キグナス) 一階のドラッグストアだな)
消耗品の補充がしたい。
歯磨き粉とシャンプーがそろそろ切れそうだったはずだ。
そうしてドラッグストアにいくと、普段使っているシャンプーのパッケージにシマエナガが描かれていた。
(この町は、シマエナガに支配されているのか……?)
やや本気でそう思うも、他の商品を見てみれば別にそういうワケでもない。
単に、自分が使うものが偶然シマエナガになっているだけなのだろう。
(まぁビジュアル的にマスコットにはしやすい姿してるしな……こういう被り方をするコトもあるか)
あの愛らしい姿が人気であることは、セイジとて知っている。
(通常パッケージのモノはなさそうだし、仕方ないか)
パッケージ違いだけで中身はいつものシャンプーなのだから、気にする必要もないだろう。
それと、いつもの歯磨き粉を手に会計に行ったら、専用のシマエナガデザインショッパーに入れて貰った。恐らくはシマエナガデザインボトルのシャンプーを買ったので、これになったのだろう。
(袋であるコトに変わりないから、別にいいか)
ドラッグストアから出て、時計を見る。
十五時に近い時間だが、おやつが欲しくなるほどお腹は空いていない。
(戻って、商店街で食料の買い出しして、今日は終わるか)
少しカフェでお茶を飲むのも良いかと思ったのだが、それだって地元の駅前で可能だ。
駅ビルの二階へと向かい、改札の近くの出口から出る。
改札に向かって歩いていると、正面から歩いてきた女性に声を掛けられた。
「あれ? セイジさん?」
「ん? ああ――ミマか」
恋雀(レンジャク) 美摩(ミマ) ―― 窟魔(クツマ) ムルの名で、企業所属のダンジョン配信者をやっている知り合いだ。
「カントリークラブのダンジョンといい、今日といい――実はご近所さんだったりします?」
「かもな」
軽く挨拶を交わすと、ミマはちょいちょいと手招きをしながら、壁際へと移動する。
確かに、ちょっとしたやりとりをするにも、人の邪魔になるな――と思ったセイジは、ミマの手招きに素直に従う。
「改めて、この間はありがとうございました」
「気にするな。こちらとしても成り行きみたいなモノだった」
「それでもです。偶然とはいえ直接お礼を言えて良かった」
「律儀だな」
「性分――かも?」
「なるほど。悪くない性分だ」
セイジが小さく笑った時、ミマが何かに気づいたようにセイジの手元を示す。
「ところで――セイジさんってシマエナガお好きなんですか?」
「あー……いや、これはいつも買ってるモノを買ったら、キャンペーン中だったらしくてな」
そう答えてから、ちょうど良いとセイジは閃いた。
「そういうミマはどうだ?」
「シマエナガですか? 好きですよ」
ニコニコと笑って答えるので、本当に好きそうだ。
ならば――とセイジは、服の入っている紙袋からラバーストラップを取り出した。
「同じようにキャンペーンでこれをもらったんだが……いるか?」
「あ、『 JI-YOU(ジ・ユウ) 』のヤツですよね? 全5種コンプしてるので大丈夫です!」
「……五種もあるかこれ。しかもコンプ……?」
もしかして、この子は好きとかじゃなく完全にシマエナガ推し系なのではないだろうか。
「でも対象3点って結構良いお値段しちゃうと思いますけど、買ったんですか?」
「あー……何も考えずに買ったらキャンペーン対象だった」
「ドラッグストアならわかりますけど、服とかでそうなります……?」
コテリとミマは首を傾げる。
そう言われてしまうと、反論がしづらい。
「もしかして、実は好きなのにちょっと照れて隠そうとしてます?」
「いやそんな事実全く無いが?」
真顔で返すのだが、ミマは楽しそうに疑わしげな眼差しを向けてくる。
考えてみるとそう誤解されてもしかたがない状況だと気づいた。
だが、ここから誤解を解く方法があるのだろうか。
「まぁそれはそれとしまして――もし良かったら、一緒にお茶とかどうです?」
「それは構わないが……ファンとかはいいのか?」
「プライベートだから大丈夫ですよ。顔出し配信しているとはいえ、一部の人たちほど人気が高いワケじゃないですしね」
そういうものか――と思って、セイジはうなずく。
「キミに問題ないなら、付き合おうか」
「やった!」
どちらにしろ、少しお茶はしたいと思っていたのだ。
それに、自分の配信に変なのが湧くのは、珍しいことではない。
あれから三ヶ月はたったのに、未だに窟魔ムルのファンを名乗る者から変なコメントがついたりしている。
Warblerの 囀り(ワブ) の方にも、変な 返信囀り(リプライ) はついている。
セイジは、それらを気にも止めていないのだが。
(そう思えば、今更だしな)
ミマ本人も問題ないというなら、付き合うのもいい。
「実は行きたかったお店があるんですよ。そこでいいですか?」
「ああ。構わない」
そうして、ミマに連れられてセイジは、駅ビルから連絡橋で繋がる商業ビルの一階に連れてこられた。
目的地はそこにあるスフレパンケーキのお店のようだ。
(……メニュー、面白そうだな。コーヒーだけにするつもりだったが、何か頼んでみるのも悪くない)
パンケーキセットの一覧を眺めていると――
「期間限定もありますよ」
「ああ。ありがとう」
――ミマに、別紙のメニューを手渡された。
「……シマエナガのマエナちゃんコラボメニュー……」
「キャンペーンアイテムも欲しいんですけど、純粋にここはパンケーキ美味しいんで、このマエナちゃんのWチョコケーキとか、絶対美味しいです!」
「そ、そうか……」
そう答えながら、セイジは内心で盛大に顔を引き攣らせた。
(やはり――この町、シマエナガに支配されているのでは?)