作品タイトル不明
79 番外編33 アナのいない夜
今日は子供だけのお泊まり会の日らしい。
らしい、というのは、シリウスの預かり知らない間に決定していたからにほかならない。
しかも宿泊先はジョシュア王子の子供部屋。
その事実だけでもう気が重かった。
「あなのりゅっく」
サフィニアがアナのブラウニーリュックに衣類や日用品を収めていくのを黙って眺めていると、アナがちょっと警戒しながらリュックを抱きしめた。
「あなのよ?」
ララとブラウニー展からしばらく経つのに、アナはまだシリウスがブラウニーリュックを取ると疑っているらしい。
「取らないから、安心しなさい」
「パパも、パパの、かって」
どうやらシリウスがマイブラウニーリュックを買わない限り安心できないらしい。
機能性があれば考えてもいいが、これは完全に子供向けなのだ。一泊分の衣類を入れたらもういっぱいなのである。買ったところで使い道がない。なにより年齢制限をゆうに超えている。
「パジャマとタオルと、後は……」
サフィニアが準備を済ませる横で、手持ち無沙汰のシリウスは、ジェノベーゼとカプレーゼを持ち上げてアナに問いかけた。
「ジェノベーゼたちは持っていくのか?」
「じぇのべーぜだけー」
どうやらカプレーゼは留守番らしい。ぬいぐるみの参加は一匹までというルールがあるのかもしれない。あまりぬいぐるみを持って来られてもあちらが困るからこれは仕方ない。
ジェノベーゼが別れを惜しむようにカプレーゼを見つめているが、目と鼻の先にある城に一泊するだけで、今生の別れではない。一晩寝たらまたすぐに会える。
「……しかし、本当に子供だけで大丈夫か? 夜、寂しくて泣いたりしないか?」
「なかないのー。あな、つよいこでしょー?」
「強い子でも泣くときは泣くものだ」
子供なので寂しくなって泣いてしまっても構わないが、王太子妃に迷惑をかけないかどうかだけが気がかりだ。
なにかしでかしてもフォローしてくれるよう、ジェノベーゼに念押ししておくことにした。
大人が介入できない以上、ぬいぐるみにすべてを託すしかない。
しかしシリウスの懸念をいまいち理解できていないジェノベーゼは、不思議そうな目をしている。これはあまり当てにはできないときの顔だ。万が一の際にはなにか踊って気を引いてくれればいいからと、追加の念押しをしておく。
いつも城で寝泊まりしているシリウスでは説得力に欠けるのかもしれないが、シリウスが城に泊まるのと、アナが泊まるのとでは、大きく意味合いが異なってくる。
シリウスが寝泊まりする王太子の執務室や仮眠室は、王族の居住区ではないのだ。
まだ幼い子供だからこそ王族の私室に入れてもらえるわけで、これが数年先だったら通らなかっただろう。その事実だけでジョシュア王子の妃にされかねないので、シリウスとしても許可しなかった。
だからといってジョシュア王子をバロウ家に泊められるかと問われたら、警備の面で厳しいと言わざるを得ず。
アナが家に招いて気軽にお泊まり会をできる友人はシュシュくらいなものだろう。
すべての準備を終え、持ち物チェックも済ませたアナが、ブラウニーリュックを背負うとぴょんと立ち上がった。
「あな、いってくるのー」
シリウスの不安などよそに、アナは満面の笑みだ。
友人のいないシリウスには、人の家に宿泊することのなにが楽しいのかさっぱりわからない。気を遣って疲れるだけのような気もするのだが、アナは違うらしい。
「忘れものはない?」
枕とジェノベーゼをそれぞれの腕に持ったアナは、サフィニアへと、うんー、とうなずく。着替えと枕とジェノベーゼさえあれば、とりあえずお泊まりに際して問題はないだろう。
「ママがついて行かなくても大丈夫?」
「こどもだけなのー」
親たちは完全に締め出されるらしい。
いつも自分は大人だと言い張るアナも、今日は子供であることを存分に認めて満喫している。
王太子妃の侍女たちが子供たちの世話をしてくれるらしいので、大人が完全排除されるわけではないが、それでも心配なものは心配だ。
「あまり周りに迷惑かけないように、気をつけて行ってきなさい」
帽子をかぶせて、娘を執事長へと託した。
執事長はアナから枕を引き受けて小脇に抱えると、シリウスとサフィニアのふたりに向き合った。
「それではアナ様をお城まで送って参りますね」
「ぐれぐれもよろしく頼む。一応、あちらで待機できるよう話はつけてあるから」
不測の事態に備えて、執事長には城に滞在してもらうことになっている。普通ならそう簡単に許可など下りないはずなのだが、元騎士団副団長の肩書きは今でも有効で、近衛たちの仮眠室のひとつが借りられた。実は退職の手続きのミスなどで、まだ騎士団に籍だけ残っていたりしないだろうかと疑うくらいに、すんなりと。
アナはにこにこしながらシリウスとサフィニアへと手を振り、それから執事長と仲良くその手を繋ぐ。ご機嫌で出かけていく娘の後ろ姿を眺めながら、いつの日かユーリにエスコートされながらパーティーに出かけ行くようになるのか……と思ったら、不覚にもしんみりとした気持ちになってしまった。
心情を察したのか、背にふれたサフィニアの手が、いつもよりもさらに優しかった。
アナのいない食卓はあまりにも静かだ。
サフィニアも食事中によく話す方ではなく、シリウスは言わずもがな。
それでも、ひとり黙々と食事をするときに比べたら、十分過ぎるくらい場の空気は和やかだ。
ひと言ふた言、言葉を交わして、また食事を進め、しばらくしてからまた会話する。内容は主に娘についてである。
「夕食はあちらで出してもらえるのだったか?」
「食事も入浴も、王太子妃様つきの侍女のみなさんが見てくれるそうです」
「それならひとまず安心だな」
王族に仕えている者たちだ。手厚く対応してくれるだろう。そんな優秀な人材を使わせてしまって大丈夫なのかは疑問だが。
そのままゆったりと食事をして、少しだけ仕事を片づけ、入浴してから寝室へと向かう。いつもならベッドの真ん中で寝ているか飛び跳ねているアナがいないことを不思議に思って、シリウスはドアを潜ってすぐのところで、思わず立ち尽くしてしまった。
アナがいる生活に慣れ過ぎて、日常の要所々々でアナの不在に直面する度に、心になんとも言えない空虚さのようなものを感じてしまっている。
ベットの真ん中をじっと見ながら動かないシリウスの気持ちを、サフィニアが代弁してくれた。
「アナがいないと、やっぱり寂しいですよね」
アナのいないベッドに座り、本来アナの枕のあるその場所を見つめるサフィニアの瞳にも切なさがある。
シリウスは仕事柄、アナと一緒にいられる時間の方が少ないが、それでも、サフィニアや執事長をはじめとした使用人たちと一緒に家にいることを知っていたから、夜でも安心して離れていられた。それなのに自分たちはここにいるのに、アナが家にいないというだけでどうしても落ち着かない。執事長がついているとわかっているのに、落ち着けない。
「夜になって、泣いていないかが心配だな……」
「みんなと遊んでいる間は元気でしょうが、夜中に目が覚めたら……泣いてしまうかもしれませんね」
そこはジェノベーゼに期待するしかない。
アナが泣いたらさすがにぬいぐるみのふりをしたままではいられないだろう。踊ったり目をちかちかさせたりしながら、あらゆる技を駆使してアナの涙を拭い去るに違いない。
「もしかすると、夜中に目が覚めないようある程度疲れるまで遊ばせてから、寝かしつけるかもしれないな」
「でしたら今晩はぐっすり眠るかもしれないですね」
一度も起きることなく朝を迎えてくれるに越したことはない。
「むしろこちらが眠れなくなりそうだな」
「そうですね」
「……」
「……」
ふと、沈黙が降りた。
よく考えると、アナがいない今晩はサフィニアとふたりきりで眠ることになるわけで。
そう気づいた瞬間、さっきまでとは違う、妙に落ち着かない気持ちになってきた。
これまでもふたりで別室に移動したりしながらアナの妹計画を進めんと努力してはいたが、こんな風に完全にふたりきりということはなかった。
屋敷にアナが不在でサフィニアとふたり寝室にいるなど、本当に、結婚直後の初夜のとき以来ではないだろうか。
意識してしまうと勝手に体温が上昇して心拍も跳ね上がる。
シリウスの動揺が移ったのか、サフィニアも胸を押さえて浅く呼吸を繰り返していた。
「少し、外を散歩するか?」
「そ、そうですね」
夜風に当たれば妙な気分も収まるだろう。
しかし庭に出てすぐシリウスは後悔した。使用人たちの手によって、雰囲気作りのための飾りつけが見事なまでになされていたのだ。
橙色の灯りがぼんやりと揺れる星型のランタン。木の枝に点々と吊るされているのだが、果たしていつ作業したのか。昼間はなかったはずなのに。みな仕事の優先順位がおかしいのではないだろうか。
なにごともぬるい仕事をしないところがバロウ家の使用人らしくはあるが、気持ちを鎮めるために外に出てきたというのに、雰囲気を高められても困るのだ。
とはいえすぐに戻るわけにもいかず、サフィニアはサフィニアで星型のランタンを喜んでいるので、存分に満喫してもらいたいという気持ちへとぐらりと天秤が傾いた。
きちんとサフィニアのツボを押さえている使用人たちは使用人の鑑ではあるが、それにしても優秀過ぎる。
ベンチへと腰を下ろし、他愛ない話をゆったりとした心地で交わすが、サフィニアの穏やかな表情の中にはわずかな揺らぎがあり、わかりやすくネックレスにも触れている。
「不安か?」
「……少し。アナの世界が広がって、たくさん友達ができることは素直に嬉しいです。でもそのうち、わたしと一緒にいる時間よりも、こうして友達と遊ぶ時間の方が長くなるのだと思うと、やっぱり……寂しいですね」
子供は成長して、少しずつ親の手から離れていく。それを喜ぶ気持ちと同じくらい、言い表せない寂しさが胸に残るものだ。
ベンチに置いていた手に、サフィニアの指がかすかに触れた。
冷たかったはずの手が、触れた先から熱を持つ。そっと指を絡めると、応えるように結ばれ、頰が緩みかけたので慌てて引き締めた。
「……あまり、夜風に当たるのもよくないな。部屋に戻るか」
「……はい」
なんとなく手は繋いだままで、足は自然と親子三人の寝室ではなく、夫婦の寝室へと向かう。そうするのが自然というように、言葉もなく。
パタン、とドアが閉まり、ベッドに並んで腰かける。
その段になっても、話題の中心はやっぱりアナだった。
「アナが無茶をしていなければいいが」
「枕を投げたり、ベッドで飛び跳ねたりするくらいではないでしょうか?」
それはほとんどいつものアナだが、王族相手にそれでいいのか。
執事長が控えてくれているので、よほどのことがない限りシリウスたちが呼び出されることはないだろうが、万が一のことがある。
シリウスは咳払いをして、ややぎこちない口調で妻へと尋ねた。
「……その。念のため、起きて待つ、か?」
「……そ、そうですね」
それが一晩中語り合うという意味でないことがわからないほど、どちらも子供ではなかった。
子供たちは今頃、パジャマ姿でおしゃべりを楽しんでいるのだろうか。もしかするともう遊び疲れて、ぐっすりと眠っているかもしれない。それぞれのぬいぐるみたちと一緒に。
そんなことを想像して気持ちを落ち着けると、シリウスは壊れものを扱うように、そっと妻を胸へと抱き寄せた。
「途中で呼び出されるかもしれないが……いいか?」
今やそれが当たり前の流れになっているので、気負わずに問いかけることができた。
サフィニアが、恥じらいながらもこくりとうなずく。拒絶されないことはわかっていたが、意思の確認は必要だ。妻だからと無体は強いたくない。
自然な仕草で触れるような口づけを交わし、それが次第に深くなり、ゆっくりとベッドに折り重なる。
シリウスだけを映す潤んだ瞳が、唇からこぼれるあまやかな吐息が、この腕にあるぬくもりが、そのすべてが愛おしい。
きっとこの先、彼女以外の人に同じ気持ちを抱くことはないだろう。
(……今だけは)
この瞬間だけは、サフィニアだけを見つめていたい。
もし今、アナがホームシックで泣いて大変なことになっている、という伝令が城から届いたとしても、きっと驚きはしない。即座に意識を切り替えふたりで迎えに行けるだろう。シリウスとサフィニアは、アナのパパとママだから。
だけど、少しだけ。
もう、少しだけ。
このまま妻と愛し合っていたいと、願う。
指を絡ませたまま繋がった手が、きゅっと握られ、シリウスは腕の中の妻へと集中した。
「……愛している」
「わたしも、愛しています……」
見つめ合うとそれだけで満たされて、思わず笑みがこぼれた。
想いが重なり合った頃には、月がわずかに傾いでいて。
それでも懸念するような騒動はなにもなく。
ランタンの灯りがちらちらと揺れる窓の外は、風の音すら相変わらず静かなままで。
なにごともなく、ふたりきりのはじめての夜がゆっくりと更けていった。
「パパーー! ママーー!」
「危ない危ない!」
ブラウニーリュックを左右にひょこひょこ揺らして全速力で駆けて来たアナが、シリウスの足へと飛びついた。
「急いでどうした、寂しかったのか?」
なかなか顔を上げないアナの心情を察して、シリウスは小さなその頭を褒めるように撫でた。
やはりひとりでお泊まりは寂しかったのだろう。それでもひとりでお泊まりできた。これもひとつの成長だ。
アナを抱き上げて室内へと移動し、ソファに降ろすと、アナを挟むようにシリウスとサフィニアもそれぞれ両隣に腰かけた。
言葉少ななアナを心配するサフィニアが、ブラウニーリュックを背中から下ろしてやりながら優しく問いかける。
「楽しくなかった?」
「たのしかったー」
これにはアナも心からの笑みで応えた。
そこはやはり心待ちにして期待していただけあった楽しかったらしい。
それでも、たった一晩でも、親元を離れて過ごしたのだ。寂しくないはずがない。シリウスとサフィニアが逃げないようにか、小さな手がそれぞれの袖をぎゅっと掴んだ。
「おしろ、パパいなかったの」
ここにいるのだから、城にはいないだろう。いたらそれは偽物だ。早急に捕えなくてはならない。
「お城にパパがいなかったから寂しかったの? 泣いちゃった?」
「あな、つよいこなの。ないたの、げぼくしゃんなの」
焦った様子のアナが強がっていることはわかるのだが、同時に聞き捨てならない情報も出てきた。
「泣いたのか……」
「あな、ちがうの。げぼくしゃんなの」
アナは一生懸命否定する。アナも泣いていそうな反応だが、王太子が泣いていたのも本当なのだろう。
子供の前で恥ずかしくないのだろうかといつも思うが、その羞恥心があるのなら奇声を上げて廊下を疾走したりはしない。
「おへやのねー、おそとで、わんわんしたの」
王太子妃によってドアの外へと閉め出された王太子が廊下で泣いている絵がぱっと浮かんだ。あまりに容易だったせいで、事実か確認する前に現実として記憶に定着してしまったほどである。
「わんわん。わんちゃん」
「……」
予想と違ったかもしれない。
(……もしかして、犬の泣き真似をしたのか?)
犬なら仲間に入れてもらえるとでも思ったのだろうか。本当に羞恥心をどこに置き忘れたまま大人になってしまったのだろうか。
「殿下のことは、いい。みなと仲良くできたか?」
「あのねー、まぶがねー?」
友人たちとの話題になると、アナは嬉しそうにあれこれと話はじめた。
ベッドで転がっておしゃべりをしたり、窓から星を見上げて流れ星を探したり、ぬいぐるみたちとごっこ遊びを楽しんだり……あっちへこっちへ話が飛びながらも、アナが本当に楽しかったということがしっかりと伝わってきた。
アナの膝に抱えられたジェノベーゼは、パジャマパーティーの思い出をともに振り返りながらも、離れていたカプレーゼと感動の再会に瞳を煌めかせている。
そのカプレーゼはというと、いつの間にかサフィニアの膝の上に乗っており、アナと一緒にぬいぐるみ仲間たちと楽しんできたジェノベーゼを、広い心で迎え入れていた。
「熟睡できたか?」
「じゅくせーしたー」
「熟成ではなく、熟睡。よく眠れたのか、ということだ」
「ねんね」
「そうだ。夜中に起きたりしなかったか?」
「おきたー」
「起きたのか?」
よく大丈夫だったなと、シリウスはサフィニアと目を見合わせる。
「よるねー、じぇのべーぜがねー、おどったのー」
ジェノベーゼの尊い尽力のおかげで、アナは泣かずに寝直せたらしい。ジェノベーゼはしっかりとぬいぐるみの務めを果たしてくれたようだ。
「びっくりなの」
「そうか」
アナは神妙な顔つきでジェノベーゼを見下ろした。
「ばれえ、だったの」
(それは夢だな)
物理的にジェノベーゼがバレエを踊れるはずがない。その四肢では色々と無理がある。
ジェノベーゼ自身も初耳というように目を丸くしているので、本当にアナの夢の中のできごとなのだろう。よく寝た証拠だ。
サフィニアがジェノベーゼをじっと見つめて、「バレエ……?」と、訝しげに首を傾げているのに対してだけは、ちょっとだけ目を三角にしていた。
相変わらずサフィニアには少しだけ当たりが強いが、カプレーゼの手前、理性的なぬいぐるみを心がけて気持ちを抑えている。
ぬいぐるみに理性があるのがおかしい気もするが、そこは今さらだ。
そのカプレーゼはというと、サフィニアの膝が気に入ったのか、動く気配はない。
ジェノベーゼとカプレーゼに気を取られていたせいで、シリウスは完全に油断していた。
「パパ、ねんねした?」
「えっ!? あ、いや……」
動揺でそれ以上言葉が続かない。
もしや目の下に隈でもできているのかとシリウスが狼狽していると、アナは屈託なくにこっと笑った。
「あな、いないから、さみしかったでしょー?」
「あ、ああ、そういう……」
確かに一睡もしていないが、よくよく考えれば普段から徹夜は当たり前の職場にいるのだ。むしろ隈のある状態こそアナの見慣れた平常時の顔である。
片手で目元を覆ってため息をつくと、きょとんとしたアナが顔を覗き込んできた。
「パパ、ないちゃった?」
「いや、泣いてはいないが……」
「パパ、なきむししゃんね」
仕方のない子ね、とばかりにシリウスをよしよしするアナに苦笑していると、今度はサフィニアの方を向いた。
「ママも、ないちゃったでしょー?」
どうしてもアナがいなくて寂しくて泣いたことにしたいらしい。
「うん。ママはアナがいないから、泣いちゃうくらい寂しかった」
「やっぱりー」
アナはサフィニアにも、仕方のない子ね、とばかりによしよしする。
「きょうはねー、あな、あそんであげるからねー、ないちゃ、めっ、よ?」
今日はアナに遊んでもらえるらしい。
「じぇのべーぜとねー、かぷれーぜとねー、あとねー、いもうともなの!」
「「!?」」
シリウスとサフィニアは顔を赤くして、ぱちりと視線を交わすと、さらに上昇する頰を隠すように慌ててそれぞれ別方向へと逸らした。
妹はまだ……いない、と思う。
……おそらく。たぶん。
動揺を誤魔化すようにサフィニアがカプレーゼをとことこ歩かせはじめ、シリウスはアナから拝借したジェノベーゼをすいすいさせた。ジェノベーゼは怪訝そうにシリウスを見やりながも、素直にすいすいさせられている。
両親が揃ってぬいぐるみで遊びはじめたと思ったらしい娘は、わかりやすく拗ねた。
「あなもなのー!」
ぷんすこするアナの膨らんだ頰に、シリウスはジェノベーゼの鼻先を、サフィニアはカプレーゼの鼻先をそれぞれ軽く触れさせた。
「ちゅーなのー!」
ぬいぐるみたちからのキスに、ぱっと破顔したアナはすぐに機嫌を直した。単純な娘だ。
アナは返却したジェノベーゼとカプレーゼをとことこさせて遊んでいたが、瞼が少しずつ降りていることに気がついた。昨晩夜更かしをして、まだ眠気が残っているのだろう。
サフィニアが自分の膝を枕にするようにうとうとしはじめたアナを横たわるので、シリウスは場所を開けるためサフィニアの反対隣へと座り直した。ついでにアナにブランケットを体にかけておく。
サフィニアに優しく撫でられていると、アナはすぐに寝息を立てはじめた。彼女は愛おしげな表情で、ジェノベーゼを抱きしめて眠る娘の額にかかった髪をそっと横へと流す。
そんな妻の肩を抱き寄せ、娘の健やかな寝顔を見下ろしながら、シリウスもそっと心を和ませたのだった。