軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

73 番外編27 ララとブラウニー展(おまけ)

展示を隅々まで見尽くし、すっかり機嫌を直したアナに、シリウスは再度、物販であれこれ買わされた。

執事長の両肩は大量の紙袋が下げられ、サフィニアには紙袋が増えるごとに呆れられ、疲労に比例するように薄くなっていく財布に、言葉数すら少なくなっていたシリウスは、ここで思わぬ邂逅を果たした。

真っ先に気づいて駆け出したのはもちろんアナだ。

「ゆーり!」

ユーリは見覚えのある友人をふたりを連れて、真剣に商品を吟味している。そんなユーリの無防備な横腹に、アナは歓喜の声を上げて飛びついた。

「わっ、アナ!? 来てたんだ!」

「あな、きたのー!」

「すごい偶然だね! 来ているとは思ったけど、これだけ人が多いから、会えるとは思わなかった」

かれこれ数時間、シリウスたちは展示を行ったり来たりしているのだ。ばったり出くわしてもまったく不思議ではないくらいの滞在時間は経過している。

展示のスタッフにも、物販のスタッフにも、顔を覚えられてしまったほどなのだ。

今や熱狂的なファンの一家だと囁かれ、スタッフから一目置かれてしまっている。

知り合いに会ったら少々気まずいなと思っていたシリウスだが、ユーリは別だ。

この絵本をはじめにアナへと送ってくれたのはユーリなので、もちろんここにユーリがいることはおかしくはない。おかしくはないのだが……その手にあるララのリボンはおかしい。

シリウスのブラウニーリュックよりはおかしくないのは間違いないが。

どうする気なのかと思いながら眺めていると、ユーリはそのリボンをアナのツインテールに当てがった。

「ちょうどよかった。アナは赤のリボンと緑のリボン、どっちがいい? 赤だとアナの髪色に映えないかな? この緑だとジェノベーゼの目の色に近いからいいかなと思ったんだけど、赤も捨てがたくて」

どうやらそれはアナへのプレゼントだったらしい。そのことにひそかに安堵しつつシリウスは娘たちのやり取りを静観する。

「あな、じぇのべーぜとおそろー」

「じゃあ緑にしようかな」

ユーリがそう言って買い物かごに収めると、そこにちゃっかりと収まっていたブラウニーリュックと目があった。ユーリももれなく買うらしい。

ユーリなら年齢的に問題ない。シリウスは完全にアウトだが。

アナはユーリの友人ふたりに一度視線を向けてから、またユーリへと戻して、にこっと笑った。

「ゆーりの、まぶ」

「うん。そうだよ」

相変わらずひとりずつ紹介はしないユーリに、ふたりとも諦めているのか、肩をすくめるだけだ。

前回は制服だったのでわからなかったが、片方は貴族の子息がお忍びで街を歩くときのような服装をしており、もう片方は庶民らしい服装をしていた。

学院には平民でも試験で優秀な成績を収めれば入学可能だが、貴族の子息たちとの折り合いは基本悪く、こうして仲良く連れ立って出歩いているのは稀なことのように思う。

ユーリは身分を気にするような子ではないので、単に気が合ったのだろうが、シリウスのときも貴族の生徒と平民の生徒の間で諍いが絶えず、そこには深い溝があった。

同じ生徒とはいえ、平民を見下す貴族もいれば、貴族に舐められないよう反発する平民もいる。

教室でよく些細なことでいがみ合い、マウントを取り合い、教員の前では取り繕った笑みを浮かべながら、水面下ではギスギスした空気が漂っていた。

……まあ、シリウスが一瞥するとなぜかどちらも口をつぐんだので、在学中に大きな争いには発展しなかったのだが、それは特殊な事例だろう。

「最近の学院は平和になったのだな」

王太子が、優秀であれば身分など関係なく側近候補としてそばに置いていたので、その頃から学院の生徒たちの意識も変わったのかもしれない。当時の王太子のそばにいた者たちは、今も側近として仕えている。過労死寸前の職場であるが、引き立てられたことに感謝しているから誰も辞めようとは思わないのだ。死なない限りは。

優秀な者たちが手を取り合い、切磋琢磨し、国を発展させていく。王太子の目指す理想の形が学院に引き継がれているようで嬉しい。

うさぎによる癒し効果もあるかもしれないが、そこを褒めると学院長が図に乗るので黙っておく。

しみじみとするシリウスに、しかしユーリの友人たちは怪訝そうな顔で囁き合っていた。

「平和……か?」

「ある意味、平和的解決だったと言えなくもないとは思うけれど?」

「は? あれが?」

「……いや、まぁ、結果的には」

どういう意味かとユーリを見ると、苦笑しながら友人たちへと目を向けた。

「僕のクラスも、入学初日に揉めていましたよ。ちょうどこのふたりが」

ふたりはバツが悪いのか口をつぐんだ。

「仲良く見えるが」

「今は仲良しです」

ユーリがにこりとする後ろで、「は? 仲良し……?」「まぁ、うん……どうだろう?」というひそひそ声。お互い認めはしないが、その様子は確かに仲はよさそうだ。

なにがどうなったらそう丸く収まるのだろう。クラスにシリウスのようなはぐれ者でもいたのだろうかと思っていると、アナがユーリを見上げて、得意満面に拳を突き上げ言った。

「なぐりあいっこ!」

(さすがにそれはないだろう)

「うん、そうなんだ」

「!?」

にっこりしながらとんでもないことを言ってのけたユーリに、すかさず友人たちから冷静な訂正が入る。

「いや、殴ってはない」

「殴り合ったらどうかと提案されたのは事実だけど、殴ってはいない」

それはそうだろう。彼らの言い分は尤もである。暴力沙汰など最悪退学処分だ。

会話を聞くに、こういうことらしい。

ユーリの教室も例に漏れず、貴族と平民の派閥に割れて、入学当初から些細なことで激しい口論が繰り広げられていた。

そんな中、我関せずひとり気ままに読書を楽しんでいたユーリ。

すでに言いたいことは多々あるものの、シリウスも似た経験を持つので、血は争えないということで一旦納得しておくことにした。シリウスは本を盾にして他人から距離を置いていただけだが、ユーリは純粋に本の続きが読みたかったのだろう。そういう子だ。

そうして読書に没頭するユーリを置き去りに、対立する派閥の争いはエスカレートしていく。

貴族派閥と平民派閥は平和的に勝負をして、どちらがこのクラスの支配者であるか決めることに合意したものの、肝心の勝負のお題がなかなか決まらない。

そこでひとり、中立に属していたユーリに審判役が回って来てしまったのは、ある意味当然の結果だった。

ユーリは最初、困りながら辞退を申し出たらしいが、ユーリ以外だと誰を指名しても所属する派閥に有利なお題を出すことは目に見えている。

悩むユーリは開きかけだった本へと目を落とし――はっと天啓を受けた様子で顔を上げると、一切邪気のない晴れやかな笑顔でこう言ったらしい。

「じゃあ、殴り合いっこで!」

そこで両派閥とも思ったという。

あ……一番逆らったらまずいのはこいつだ、と。

あまりに澄んだ瞳で殴り合いを期待するユーリを前にみな戦意を削がれ、両派閥の代表だった彼らは、つまらないことで争っていたことがばからしくなったという。

そこからなんとなく三人で一緒にいるようになり、ときに意見をぶつ合うこともあるが、概ね良好な関係が築かれているらしい。

「殴り合うことで友情が生まれるって本に書いてあるのを見たときは半信半疑だったけど、本当だったよね」

「ねー」

ジョシュア王子と殴り合いっこをしてまぶになったアナと、クラスの諍いで殴り合いを提案して仲裁したユーリが、仲良く顔を見合わせる。

ともに暮らしていたら性格や思考が似てくるのもわかるのだが、アナとユーリはたまに会うだけの関係なのに、なぜここまで似るのだろう。血の繋がりはないはずなのに。本の影響が計り知れない。

そもそも一体どこの本に、そのような力技な友情関係の結び方が書いてあるのだろうか。とりあえず『ララとブラウニー』シリーズでないことだけは確かだ。サフィニアではないが、シリウスも一字一句、効果音すら記憶している。

シリウスが考え込んでいる間に、ユーリとアナの会話が『ララとブラウニー』へと移行していた。

「『ララブラ』は早く続きが読みたいけど、考察するのも楽しいよね。考察できるのは新刊が出るまでの間だけだから、待っている期間も貴重だよね」

絵本で考察……と、ユーリの友人たちはやや引き気味だが、アナははじめて聞いた言葉を前に、不思議そうに首を傾げている。

「こーしゃつ? なあに?」

「簡単に説明すると、『ララとブラウニー』シリーズについて深く考えることだよ。これまでの話の流れや、ララの言動に加えて、幼少期の生活環境や家族、周囲との関係性を鑑みつつ、五歳のお姫様であるララが次にどういう行動を取るのかの予測をしたり、作者の癖を見極めながらこの先どんな展開を用意しているのかを考えたりするんだよ」

ユーリの本に対する探究心がシリウスの想像をはるかに超えていた。

絵本慣れしていないシリウスには考察どころか先読みも難しい。絵本の定石を知らないが、『ララとブラウニー』が普通の絵本の定石に当てはまるのかは疑問ではあるが。

「アナはどう思う?」

「はっぴーえんど」

それを聞いたユーリが破顔する。

「ハッピーエンドは絶対だよね!」

ユーリの考察的にも、ハッピーエンドだけは決まっているようだ。

果たしてあの話は幸せに終われるのだろうか。五歳の子供とポニーが毎度とんでもない目に遭わされているのに。どう決着したとしても、どこかしらに遺憾や蟠りが残るのではないだろうか。

シリウスは、子供たちのやり取りを一歩引いた位置から見守るサフィニアにそっと訊いてみた。

「先の想像がつくか?」

「そうですね……さすがに結末の想像はつきませんが、ちらほらと伏線が張ってあるので、それが全部回収されると嬉しいです」

にこりと微笑むサフィニアを、しばし呆然としながら見つめる。

(どこに張ってあった、伏線)

「『ララとブラウニー』は絵の中に伏線が隠されていたりもして、ちょっとした宝探し気分を味わえて大人でも楽しめますよね」

サフィニアはアナに何度も何度も繰り返し読まされたことにより、絵の中に隠された伏線にまで目がつく境地に達していた。

「『ララブラ』は伏線多めですよね」

ユーリがサフィニアに同意する。

妻と甥っ子の仲がギスギスしているよりずっとましではあるが、このなんとも言えない疎外感。

ちらっと見やった執事長は、伏線など初見時から承知とばかりの澄まし顔だ。

伏線に気づいていなかったのは自分だけだったかもしれないと焦りながら思い返してみたものの、シリウスにはどれが伏線なのかひとつもわからなかった。なぜなにも疑いもせず、普通の絵本だと思ってそのまま受け止めていたのか。

ララとブラウニーに試練を与え続ける作者のことだ、読者への挑戦を隠していてもおかしくない。

シリウスは帰ってから読み返そうとひそかに決意した。

「伏線……」

「ふうせん?」

「風船ではない。伏線」

風船がほしくなりかけているアナの頭を撫でながら、ユーリが提案した。

「今度一緒に伏線を探そうか?」

「おたから?」

「うん。絵本の中で宝探しみたいなものだね」

アナはユーリと今度の休日の約束をしてご機嫌だ。風船のことなど忘れて、早速シリウスとサフィニアに自慢する。

「ゆーりとねー、おたから、しゃがすのー」

「そうか」

「うらめしー?」

「恨めしい、ではなく、うらやましい、だろう?」

恨めしくもなければ特にうらやましいわけでもない。それよりも伏線が知りたい。

「見つけたらすぐに知らせなさい」

子供の視点からでしか見えないものも、きっとあるはずだ。

アナはにこにこしながら、うんー、とうなずいたところで、ユーリがいいことを思いついたとばかりに、ぱっと笑みを浮かべて言った。

「絵本を読み返すよりも、今から展示を見た方が早いかも! アナ、もう一回展示を見に行こうか?」

「いくー!」

もう一回どころか、もう十回は見ているはずのアナは、まるで一回目かのようなきらきらした顔でユーリとしっかり手を繋いだが、さすがに子供たちだけで行かせるわけにはいかない。

執事長は荷物が大変なことになっているので、そうなると必然的にシリウスとサフィニアがついて行くこととなり、展示スタッフにはもう何度目かの生温かい眼差しで送り出された。

喉元過ぎれば熱さを忘れるならぬ、入り口を過ぎれば羞恥を忘れる。シリウスも子供たちに倣い、無言で伏線探しに励んだのだった。