軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

6 船長シルバー

「お父様、いいかしら」

入った父の執務室が、なにやらしんみりとしている。

「あらシルバーさんごきげんよう」

「おう嬢ちゃんか。大きくなったな」

筋骨隆々な丸刈りの男が、無遠慮な野太い声をかける。

オルゾン家の一商船の船長を務める、元海賊だ

もちろんソフィの見た目など気にせず、迫力のある遠慮のない言葉をかけてくるので、以前のソフィはこの人が苦手だった。彼の大きな声が聞こえると、さっと物陰に身をひそめたものである。

が、今は特に何も感じない。割とお歳だと思うけど筋肉モリモリでペカペカ黒光りしている元気な人だわと普通に相対していられる。

「お話のお邪魔をしてごめんなさい。出直しますわ」

「ああいいんだもう終わったしな。仕事の話も、くだらねえ話も」

「くだらねえ話?」

ちょっと聞きたいわと週刊誌を愛読していたおかん部分が反応した。

「おっ聞きたいか? 聞くも涙語るも涙とはこのことよ」

「ハンカチを用意いたしますね」

そしてシルバーが語るには

海賊船ごと捕縛されしばらく服役したシルバーは、釈放され行く当てもなくぼんやりと海を見て過ごしていたところを美しい女性に拾われ家に転がり込んでヒモになり、港で荷物運びの仕事に就き結婚し、子供二人に恵まれた。

働きながら遠い目で海を見つめ続ける夫の姿に何を思ったか彼女が当時設立したてのオルゾン家の求人を突きつけ、今すぐご応募なさいましと尻を叩いて応募させ、見事に就職。

今は押しも押されもせぬ大商社の船長様である。

歳を取ったので陸にいる時間も長くなり、独立した娘たちもときどき家に遊びに来て、週末はよいじいじとして過ごしているという。

「よかったですねえ」

まだハンカチの出番はない。

「妻に似ていい娘に育ってくれた。こないだ町にできたっていうでけえ共同浴場の予約券を俺の分まで持ってきてくれてな。おれの足の古傷がいてえのを心配してくれてのことよ」

出来立ての共同浴場の話はソフィも知っていた。

どこぞのお金持ちが趣味にあかせて作った豪華な民間施設で、男女別、さまざまな色とにおいのついた数種類の湯があり、なかではなにやら素敵な飲食もできるという。

結構な入場料を取るにも関わらず大人気すぎて人が溢れたため、現在は予約制になっているとか。

「まあうらやましいこと! お孫さんとお風呂ですか」

にこにことソフィは笑った。

かつては広い海を船で駆け抜けた海賊が、孫を肩に乗せて色とりどりの湯治というところがなんとも可愛らしくほほえましい。

「ところがだ」

「はい」

バッとシルバーがシャツを脱ぎ捨てた。

キャッとソフィは一応顔を手で覆った。なお指はしっかり目のところが開いている。

おばはんである。

「これがあるやつは入れねえんだと」

「なるほど……」

シルバーの黒々とした背には、立派な骸骨……ただしなぜか豊満な乳房がついた、入れ墨があった。

「追い出されるおれにじいじと入ると孫が泣いて泣いて……せっかく取った券がもったいねえからと妻と娘夫婦と孫だけで入ってもらったんだが、家に帰ってからしんみりと泣けてなあ。自分で望んで入れたもんだから後悔はねえが、ここにきて孫を泣かせるはめになるとは思わなかった。嬢ちゃんは男に惚れても名前の墨は入れるなよ」

「気を付けます」

「許さんぞ!」

バアンとテーブルを叩きながら言ったのは父である。想像だけで憤慨している。

「シルバーさん」

「ん?」

「それ、取っちゃいます?」

「老体から生皮剥がす気か嬢ちゃん」

「いいえ」

ソフィはにっこり笑った。

結局出番のなかったハンカチをしまった。

「墨を入れたときのお話を聞かせていただけますか?」

「なんてことだ」

父が固まっている。

目の前には黒光りするシルバーの背中があった。

「なんてことだ!」

父が動揺してシルバーの背中をきゅっきゅきゅっきゅとなでなでしたのち、なぜかほっぺをスリスリし始めた。

シルバーはげええええという顔をしている。

「どうなったんでえ社長よ」

「ツルツルだ! ツルツルのピッカピカだぞシルバーよ!」

「そりゃすげえ」

「全部消えましたよ。良かったですねえ」

ソフィが手鏡をシルバーに手渡し、大きな姿見と合わせ鏡にして確認させる。

「こりゃすげえ。俺は40年ぶりに自分の背中の皮を見たぜ」

「はい」

お孫さんも喜ぶわとソフィは幸せな気持ちになった。

微笑むソフィを、シルバーがじっと見つめている。

「嬢ちゃん」

「はい」

「しばらく見ねえうちに、いい女になったな」

にっとシルバーが笑った。

「ありがとうございます」

しとやかにソフィは礼をする。

「もう俺から隠れるのはやめたのか」

「ばれてましたか」

当然だとシルバーが笑った。

大きな手がソフィの頭をつかむようになでた。

「ありがとうよ」

「お孫さんによろしくお願いいたします」

上機嫌のシルバーが、笑いながら部屋を出ていく。

スリスリするものがなくなった父とソフィが残される。

「お父様」

「はいっ」

「お願いがございます」

「はいなんなりと」

「サロンを開きたく存じます」

「はい喜んで!」

父が壊れた。