軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

46 癒師クルト=オズホーン4

「ソフィ様」

それはもう就寝前、本を読んでいる時間だった。

初冬の空気は冷たく、清浄に澄んでいる。

「クルト=オズホーン師がお見えです」

「どうなさったのです、このような時間に」

「夜分に申し訳ありません。本日は本をお返しするのと、これを預かっていただけないかとお願いしにまいりました」

「これ、とは?」

マントについた身分証の金属プレートを、オズホーンがパチ、と折った。

ソフィは丸く目を見開く。

「意外と力持ちですのね!」

「真ん中の金具が外れる仕組みになっているのです。身分証を兼ねた認識票、いわゆるドッグタグです」

「……戦地に向かう兵士が身に着けるものですわ」

認識票(ドッグタグ)

たとえ遺体が原形を留めないほど損壊しても、個人の判別ができるようにと

多くの兵士が身に着ける金属のプレートだ。

ソフィは呆然とオズホーンを見つめた。

「はい。東の村にドラゴンが出没したということで、召集がかかりました。癒師班の現地責任者として後方支援を行います」

「……」

「たとえ私が死んでも認識票の片割れを持つ人に、補償金が支払われます。私は3級癒師ですので割と高額です。普段は両親の墓にかけていくのですが墓は王都ですし、なんだか今回は皆がするように誰かに預けるということをしたくなりました」

「……どうしてわたくしなのですか」

「理由の一つとしては、知人があなたしかいないからです」

「悪いこと聞いちゃったわ」

オズホーンがプレートをソフィに差し出した。

震える手でソフィはそれを受け取った。

夜の冷気に当てられ、ひんやりと冷たい。

「……帰ってきてくださる?」

「努力します」

そう言ってオズホーンは去ろうとする。

「お待ちください」

ソフィは本棚の横の棚の引き出しを開けた。

「これを」

「これは……」

オズホーンは渡されたものをじっと見た。

白いハンカチに

ぽちんと

「亀ですね」

「はい、亀です」

「これは斬新な」

ふつうはきれいな花などが刺繍されるだろう場所に、緑色の亀がいる。

「長寿と、固い護りのお守りです。間に合ってよかった。決して生き急ぎそうなお方にもっとのんびりされてもよろしいのですよという深い意味は込めておりませんのでどうか深読みなさらないでね」

「わかりましたありがとう。なくさないようにします。ところでソフィ嬢、好きな男性のタイプは」

「長生きするひとです」

「手厳しい」

オズホーンがハンカチを丁寧にたたみポケットにしまう。

「今日は本はよろしいの?」

「高価な医学書は、返せないと困りますので。『トロール街道ヒザクルネ』だけまだお借りしていてもよろしいでしょうか」

いくら読んでも先に進めないのでいくらでも時間がつぶせるのだという。

「……帰ってきてくださいね」

「努力します」

簡潔にオズホーンは答えた。

そしてソフィを見てふっと笑った。

「そんな顔をしていただけるとは思わなかった。あまりご心配なさらないでください。癒師は後方支援ですので、岩でも飛んでこない限りそうは死にません。『この戦争が終わったら俺結婚するんだ』というつもりでがんばります」

「それダメなやつだわ!」

「上司がそう言えば縁起がいいと」

「あなたその方に嫌われていらっしゃらない?」

「わかりません。ただ一度『こんな傷を治すのにそんなに時間がかかるのか』と言ったことはあります」

「絶対に嫌われてるわ!」

「戻りましたら取りに参ります。無くしたり滲出液をつけたりしないでください」

「失礼だわ!」

フンスと怒るソフィの顔を、面白そうにオズホーンが見つめる。

「思ったよりも気分がいいものですね」

「何がですの」

「心配されること、『帰ってきてほしい』と言われることが。私は両親が死んでから誰かにそうしていただくのは初めてです」

「……」

オズホーンは普段通り、ソフィをまっすぐに見る。

「帰れるよう努力します。認識票の預け先は事前に国に登録いたしますので、私に何かあればあなたに文が届くでしょう。ご面倒ですがよろしくお願いします」

「わかりました。文よりも、元気なお帰りをお待ちしております」

「はい、努力します。ところでソフィ嬢」

「婚約者はおりませんわ」

「そうですかそれはよかった。笑っていただけませんか」

「?」

「私はあなたの泣き顔ばかり見ています。笑った顔を思い出したい」

やはりまっすぐに彼はソフィを見つめた。

泣きそうになった

でも笑った。

きっと変な顔だったに違いない。

ふっとオズホーンも笑った。

「覚えました。では、夜分に失礼いたしました。夜明け前に街を発ちます」

「いってらっしゃい。お帰りをお待ちしております」

そうしてオズホーンは去っていった。

手の中の冷たいプレートは

握りしめるソフィの熱で温かくなり

すでにちょこっと変な汁と、彼を見送ってから落ちた涙がついていた。