軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

40 孤児院のシシリィ・マイリィ4

「お顔をお上げください。そしてどうかお座りください」

静かな院長の声に、ソフィは従った。

スッと院長はソフィのサロンの広告を出し、指で一か所を差す。

「ここには『治療のためにはそれを負ったいきさつを全て正直に話してもらわねばならない』とあります」

「……はい」

「シシリィは何を語りましたでしょう」

「……」

言葉を選んでいるソフィに、院長は悲し気に眉を下げた。

「『蓮の花のあざを持つ、反乱軍に倒された国の王女』でございますね」

「……はい」

そっと院長は眼鏡を外し、疲れたように眉間を押した。

「あの子は、本当に、真面目な子なのです」

そうして院長は語りだした。

シシリィ、マイリィが孤児院の前に捨てられていたのは、冬の寒い朝のことだった。

ときどきあることである。ここアラストラ孤児院は比較的規模が大きく、積極的に多くの仕事を受けているため、一般の人の目に留まる機会も多い。

子供を育てることのできない親が、孤児院といえばあそこにと思い出すのだろう。やせこけた腕に赤子を抱いてこの子をお願いしますと頭を下げる女、おかあちゃんがここに行けって言ったと母親の手紙とともに現れる兄弟、ノックの音に外に出れば、ぽつんと捨て置かれた子供。

正式な手続きを踏まずに預けられるそういう子供たちを、アラストラ孤児院は受け入れていた。

「皆様健やかで、しつけがしっかりなされておいでなのもわかりますわ」

「あいさつは基本でございますゆえ」

少しマーサのような雰囲気を醸し出して院長がきりりと言った。

「裸足のシシリィはまだ赤子のマイリィをぎゅっと抱っこして、門の前に立っていたのでございます。当時4歳の子供が、泣きも騒ぎもせず、職員が起きてくるのをじっと待っていたのでございますよ」

寒いよ入れてよ、と騒いでいい歳の子が

いつからそこにいたのかは知れないが、足と手の指の先を紫色にして白い息を吐きながら門が開くのをじっと待っていたのだという。

「わたくしは子を捨てる親を恨まないことにしております。人には様々な事情がございます。生きるために、生かすために子を手放さねばならないこともありますでしょう。それでもあの仕打ちはあんまりでございました。なぜ孤児院の門を叩き、これこれこうでと事情をお話しになって預けないのです。何故手紙も持たさずに置いていくのです。凍えるような寒さの中に、何故裸足の子供に赤子を背負わせ置いていけるのです」

静かに言う、温厚そうな院長の喉に筋が立った。

「不勉強で申し訳ございません。親が生きていても、こちらに預けることができるのですか」

『孤児』院なのだからきっと親がいない子しか入れないのだろうと思っていたソフィは思わず質問をした。そっと院長が息を吐いた。

「わたくしどもの広報不足は重々承知しております。あまりにも子が集まりすぎても運営が立ち行かなくなるというわたくしども側の都合もあってのことでございますが、我が孤児院は貧困等の理由で育てられなくなった子も、お預かりしております。ただし三年以内に引き取りにいらっしゃらなければ、子の行く先はわたくしどもの手に委ねられ、養子先や奉公先はわたくしどもの判断でさせていただきます。三年で正式に『うちの子』となるのです」

『アラストラ孤児院の子なら』と、受け入れてくださる奉公先も増えてきておりますのよと院長は少しだけ誇らしげな顔になった。

小さな子にはしつけを、大きな子には学問を、手に職を。

仕事の合間合間に教え、衣食住を整え教養を身につけさせ、その適正に合った場所へと導く。

「何十年もかかってようやく形になってきたところでございます。領主様のお力添えも大変にありがたいことでございました。子供たちは仕事をし、何が自分に合っているかを考えます。大人たちは仕事をする姿を見、この子ならばと見込みをつけます。多くの子がこの院を出て、立派に社会人になっております」

話が逸れて申し訳ありません。と院長は茶を含んだ。

シシリィは初めの一年間、言葉を発しなかった。

口がきけない子なのだと思って接していた職員はある日、シシリィがマイリィに昔話を聞かせているところに遭遇する。

それが例の『蓮のあざのある王女』の話であった。

わたしたちは王女なのよマイリィ

しっかりお勉強して、しっかりこじいんのお仕事をして、けらいのお迎えを待つのよ

はずかしくないレディになるのよ

「骨と皮ばかりの体に、服とも呼べないようなぼろの布を巻いて門前に捨て置かれた子供たちなのです。作り話なのは誰にでもわかりました。ですが誰も咎めませんでした。『王女なのよ』とふんぞり返って威張り散らすなら咎めもしましょうが、あの子は誰よりも真面目に、真剣に勉強にも仕事にも取り組んでおります。あの子の磨いた廊下や窓はそうとわかるくらいピカピカです。唯一残された親の手紙を宝物にする子、残されたハンカチを抱きしめて離さない子。それと一緒です。あの話は4歳の子が考えるにしては難しすぎます。きっと母親が寝物語に語ったのでございましょう。それを抱きしめて糧にする親のない小さな子供を、必死で生きようとするあの子を、どうして、いったい誰に責められましょうか」

ふう、とわずかにため息を吐き、院長はスッと姿勢を正した。つられるようにソフィも背筋を伸ばす。

「あの子たちの火傷の跡を治していただけるというのであれば、わたくしどもは貴方様を歓迎いたします。どんなに性質のいい子供でも、人というのは残酷なほどに外見を見るのです。あんなにも幼いものに、耳をふさぎたくなるような心無い言葉をかける大人もおります」

ふっと院長が眉を寄せた。

「この立場にある者にはあるまじきこととわかっています。ですが、あえて申し上げましょう。あの日その場所に裸足で立っていたあの子に、誰よりも床と窓をきれいにするあの子に、わたくしは誰より幸せになってもらいたいのです」

深々と頭を下げた。

「クッキー大人気でしたよ」

「よかったわねえ」

ぺちゃんこになった布の袋を肩にかけ、なぜか髪の毛までぐちゃぐちゃになったレイモンドが機嫌よく言う。

「わたくしはあやとりをいたしました。可愛らしい子ばかりでしたわ」

クレアが微笑んでおっとりと言う。

孤児院を出て馬車のある場所までゆっくりと歩いていると、行きに女性のいた路地に出た。

気になってのぞき込むと、あの女性が、地面に這いつくばるようにして喘ぐように息をしている。

「大丈夫ですか!?」

思わず声をかけたソフィに、バッと彼女は振り向いた。

「あ……」

顔を上げソフィを認めた女性が、這うようにソフィに近づいた。

ホラーである。

レイモンドとクレアがソフィの前に立つ。

「あ……あ……文を」

「文?」

首を傾げたレイモンドが女性をのぞき込む。

彼女の火傷だらけの手のひらに、質の悪い茶色い紙の破片が握られている。

真っ黒に何かを刷り込まれ、石にこすれたのか穴が開いている。

震える彼女の右手から木炭のかけらが落ちた。

そうか、とソフィは気が付いた。

彼女は喘いでいたのではない。地面に置いた紙に、炭で文字を書こうとしていたのだ。

「……文を、わたくしに出そうとしてくださったのですね?」

「はい。で、ですが指がひ、引き攣って、うまく書けなくて」

恥じるように紙を胸に抱き、震える女性の目からやがて涙が落ちる。

「ほ、施しを頂戴した上に図々しくも……私のような者が行っても、ご迷惑になると知りながら、どうしても、諦めがつかなくて」

ぐうう、と女性は泣いた。

声を上げることすら迷惑になると思っているのだろう。必死で嗚咽を飲み込んでいる。

頬の垢を涙が流し、そこだけ肌の色があらわになる。

手同様、ひどい火傷のあとがそこにもあった。

「お屋敷は遠いのです。ご飯もご満足に召し上がっていないあなた様のおみ足では、何日かかるやもしれませんよ」

クレアがおっとりと言う。

「は…這ってでも、這ってでも参ります」

「這ってあそこまで行ったら擦り切れて死んじゃうよ」

「擦り切れても参りますので……」

クレアとレイモンドが振り返ってソフィを見た。

二人と目を合わせ、ソフィはしっかりと頷く。

女性に歩み寄り、ソフィはその手から紙をそっと抜いた。

「確かに受け取りました。ですが今日はもう遅く、サロンに戻るころには夜になってしまいますので」

続くのは断りのセリフだと思ったのだろう。女性の顔がぐしゃりと歪んだ。

「よって本日サロンは出張で行います」

「なんか椅子になるようなもん持ってきます」

「わたくしは何かおなかに入れるものと飲み物を探してまいりますわ」

ぽかんと女性がソフィを見上げる。

にっこりとソフィは微笑む。

「ソフィ=オルゾンと申します。お話を聞かせていただけますか」