軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

37 孤児院のシシリィ・マイリィ1

『ふたりぶんやけどをなおしてください (シシリィ6さい、マイリィ3さい・こども)』

「6さい」の子が書いたにしては、イザドラの字よりも数倍立派なその手紙は

可愛らしく大人たちの胸を打った。

『職業』はきっとたいへんに悩んだのだろう。こすっては消して黒くなったそこに、最後に『こども』と書いたそのけなげさがいとおしい。

いつもよりもどこか浮かれて部屋の準備をした。レイモンドも腕によりをかけたらしく、たっぷりのクリームにイチゴの乗った大きなケーキが用意されていた。

りりり、ん

可愛らしくクレアのベルが鳴る。

ドアを開けて入ってきた姿のあまりの小ささにソフィの胸はきゅんとうずいた。

『6さい』のシシリィは『3さい』のマイリィの小さな手をぎゅっとつないで、扉の前から動けないでいる。

さらさらの薄茶色の髪を、二人そろっておかっぱに切りそろえ

質素な綿の服からは、ほっそりとした白い腕が伸びている。

明らかな血のつながりを感じさせる揃いのガラス玉のような大きな水色の瞳は

姉のシシリィのものはソフィに、妹のマイリィのものは大きなケーキに

片や怯えとそれを打ち消すための勇気に、片や純粋なる食欲とともに向けられている。

「こんにちは。ソフィ=オルゾンでございます」

礼をとったソフィに、しっかりと背を伸ばし、シシリィは礼儀正しく礼を返した。

「シシリィです。アラストラ孤児院の子です。こちらは妹のマイリィです」

まだケーキを見つめたままの妹の背をそっと押す。

妹はわけのわからないまま姉に従い、ぺこりとお辞儀をさせられる形になった。

「よろしくお願いします」

孤児院

そう、6歳の子なら手紙を書くのは当然保護者であるべきだった。

年長さんか、小学一年生だ。そんな子供がソフィの広告を見つけ、自ら手紙を書き、本日時間通りにここに訪れしっかりとあいさつをした。

なんというしっかりとした子だろう。

――しっかりとしなくてはならなかった子だろう。

初対面でいきなり抱きしめそうになってしまった手と気持ちを必死で抑え、ソフィは優しく微笑んだ。

なお本日は包帯をグルグル巻きにしたうえ顔にベールを二重にかけている。ちいさなお客様をなるべく驚かせたくないという、苦肉の策であった。

「ソファにお座りになりませんか? 皆でケーキをいただきましょう」

妹のマイリィが野生動物のようにはっふはっふとケーキを飲み込んでいる。

姉のシシリィは妹の無礼さを咎めたいのと妹の幸せそうな様子がうれしいのとで、どうしたらいいかわからずおろおろと妹とソフィを見比べている。

「どうぞお気になさらないでください。こんなに美味しそうに召し上がっていただいて、うちの料理人が喜びます。シシリィ様もどうぞお召し上がりになって」

妹の様子を見守るのに精いっぱいで自分のケーキを食べていないシシリィにソフィは勧めた。

こくんとうなずき、そっとフォークでケーキを口に運んだシシリィが目を見開いた。

「おいしい……」

うふふとソフィは笑った。

「そうでございましょう」

頬を染めて、シシリィは皿の上のケーキを見つめる。

「おいしくて、きれいです」

「ありがとう。本日はお好みも聞かずにケーキをお出ししましたが、シシリィ様にはお好きなお菓子はありまして?」

がちがちに緊張している少女の心を溶かしたくて、ソフィは聞いた。

シシリィはもじもじと体を動かし

さらに頬を赤くして

実に幸せそうに笑った。

「ドーナツのまんなかが好きです」

――なんと哲学的なことか。

なおこの世界のドーナツも真ん中には穴が開いている。どこの世界にもちゃんと生地を爆発させずに揚げるための工夫ができる賢い人はいるのである。

ドーナツの真ん中が好き

まるで禅問答である

6歳の子にこんななぞかけをされるなんてと楽しくなってふふふとさらに笑うソフィの顔を、じっとシシリィが見つめた。

「……どうして、ばけものと書いたのですか? ソフィ様はおやさしくてきれいです」

「……ありがとう。今は隠して見えないけれど、わたくしの顔は人と違うのです」

なおじっとシシリィはソフィを見つめる。

重ねたベールのその先を、見透かすことができるのではと思うほどの純粋な瞳だった。

「わたし、ばけものというのは、ずるくて、汚くて、意地悪なものだと思っていました」

「……いいえ。なかにはそういうものもいるかもしれないけれど」

そっとソフィは手を伸ばしシシリィの頬を撫でた。

「正直で、きれいで、優しいのに。『姿が違うだけ』ただそれだけのものを『化物』と呼ぶ人はいるのです」

わたくしが正直できれいかはまた別の話でございますわよとソフィは笑った。

じっとソフィはシシリィを見つめた。

その幼いつるんとしたたまごのような白い頬と

その反対側の焼けただれた赤茶色い頬を

じっとケーキにかぶりつくマイリィを見つめた。

姉と反対側の頬を同様に焼かれた幼いぷっくりと丸い頬を。

『化物』

きっとその言葉をぶつけられたことがあるのだろう、悪意を持って。

「『化物』はきっとそれぞれの心の中にあるのです。何を『化物』とするかはそれぞれの心が決めるのです。わたくしはわたくしを見てそう呼ぶ人が多いことを知っていますし、サロンに注目してもらえるようにわざと『化物』を名乗っておりますが、わたくしはわたくしを化物とは思っておりません。人と姿が異なるだけの人間です。誰がわたくしをなんと呼ぼうとも、わたくしはそう信じております」

ほたほた、とシシリィの頬を涙が伝っていた。

ぎゅっと抱きしめたい。そう思いながらもこらえ、ソフィはそれをそっと撫で、ハンカチを出してぬぐった。

「お手紙で治したいとおっしゃっていた火傷のお話をお聞きしたく存じます。シシリィ様」

「はい……」

ごくん、とシシリィが唾を飲み込んだ。

「これは……」

「マイリィたちお姫さまなのよ!」

「え?」

ケーキに夢中になっていたはずのマイリィがいつの間にかぱくつくのをやめ、クリームをぺったりとつけたままキラキラとした目をソフィに向けていた。

「ねぇねぇも、マイリィもお姫さまなの。お城が焼けて、なくなっちゃったからこじいんでけらいのお迎えを待ってるのよ」

「……」

困惑してシシリィを見ると、ぎゅっと眉を寄せ、青い顔で床を見ている。

「ねぇねぇもマイリィもお姫様のお花のあざがあるのよ。お姫様のしるしなのよ」

見て見て、とマイリィが二の腕を出した。

やせてはいても子供らしくぷっくりとしたやわらかなそこに、確かに蓮の花のようにも見える赤いあざがある。

ほらほらねぇねぇもとマイリィに言われておずおずと同じ場所を見せたシシリィにも、不思議なことに同じ形のあざがあった。

「……お話を聞いても良いですか?」

俯くシシリィに、ソフィは優しく問いかけた。

シシリィ、マイリィはさる国の王家の第一王女、第二王女として産まれた。

裕福に、幸せに育ったシシリィ4歳、マイリィ1歳のある冬の日

王位簒奪を狙う反乱を起こした家来が城に火を放った。

火事に気づいた王妃が寝ていた二人を抱えて秘密の通路から逃がそうとするも、寸前に天井から落ちてきた火のついた梁に体を挟まれてしまう。

王妃は顔を焼かれ泣き叫ぶ腕の中の二人を励ましながら、背中に乗った燃え盛る梁をその細い手を焦がしながらどかし、なんとか二人を通路の入り口に押し込み

『シシリィ!マイリィを連れて逃げるのです!』

そうシシリィに命じ、もう自身は助からないと悟った彼女は、自らが逃げることは諦め扉に手をかけた。涙し、微笑みながら

『愛しているわ……どうか強く生きて。あなたたちの幸せを、母はいつでも、どこにいても祈っています』

こどもたちが心を残さず行けるように扉に外から鍵をかけた。

泣く赤子のマイリィを抱っこし、走った先の出口でシシリィは家来の一人に再会する。城に長年仕える、忠実な老執事だ。

簒奪を狙う反対勢力の数は意外に多く、純粋な王家の血を継ぐ2人の姫が生きていると知られれば必ずや2人は殺される。誰が敵で誰が味方かわからない今は王家の血を守るため、国を離れ2人を安全な場所に身を隠すしかない。

王はご無事だ。力を蓄え、王位を取り戻した暁にはきっと迎えに行くと

老執事は2人の姫の怪我を治療し、身を隠しながら旅をして、伝手のある遠い国の孤児院に2人を預けた。

いつか迎えに参ります。その蓮の花のあざこそが王女のしるし――

と、消え入りそうな小さい声で語られるシシリィの話をつなぎ合わせ大人の言葉に変換するとそういうことであった。