軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

27 野菜屋ヤオラ2

「母の遠い親戚で、都会から疎開してきたのです。同じ13歳とは思えないほど大人っぽくて、洗練されていて、綺麗で」

アンジェリーナ=ベルガメリ

「名前まで綺麗で」

キラキラとした光に包まれているようだった、と

ヤオラは遠くを見るような目で言った。

『こんなの人間が住む場所ではないわ』

母が畑に出たあと、お金持ちの家のお嬢様だというアンジェリーナは、大きな鞄を降ろすのすら嫌だと言わんばかりに綺麗な眉を歪めた。

『あなたのその服、何? どうしてここの人たちは雑巾を着ているの?』

ひどい言葉を放ち続けるアンジェリーナのピカピカの唇を、ヤオラはポーっとして見つめた。

こんなに綺麗な人を見たことがない。

こんな綺麗な声を聞いたことがない。

そんな様子のヤオラに、はあ、とため息をついて

『頭まで鈍いのね。可愛そうな人たち』

やれやれ、と首を振った。揺れる髪がキラキラするのを目で追っていた。

「口ではそんなことを言っておりましたけど、アンジェはアンジェで、つらい立場だったのですよ」

小さい家は部屋が二つしかない。

ヤオラの横にベッドを置いて休むアンジェリーナは、夜になると泣いていた。

聞いてはいけないような気がして耳をふさいでいた。どうして泣くのかは聞かなかった。

畑仕事はしたがらなかったので無理にはさせまいと、日陰で休んでもらっていた。

日陰で日傘を差し、本を読んでいる姿も綺麗だった。

『キャア!』

叫び声に、何が起きたのかと慌てて駆け付けたヤオラに、アンジェリーナが抱きついた。

目を白黒させているヤオラに、彼女は震える指で知らせる。

『ヘビ!』

『なあんだ』

指の先にいるのは、よくいる灰色の毒のないヘビだ。

はあ、とヤオラは安堵の息を吐いた。

『なあんだはないでしょう! 早くどうにかしてよ!』

『そんなら』

思い切り足を引き

ヤオラはヘビを、思い切り蹴とばした。

長い体がくねりながら、高く高く上がり、どこかに消えていった。

「いつも取りすましているアンジェが、ポカーンとした顔でヘビの飛んでいったほうを見ていて、その顔がおかしくって」

あっはっはとヤオラが笑った。

笑われたアンジェも顔を赤らめ、クスクスと笑う。

『あんなに飛んだわ』

笑いは大きくなる。

『あなた、嘘でしょう? ヘビがあんなに、ぴょーんって。普通ヘビは飛ばないのよ!』

明るい太陽の下で、ヤオラについていた泥をつけたまま笑うアンジェリーナを

笑うともっときれいだなあと思いながらヤオラは見ていた。

それから徐々に打ち解けていった。

もともとヤオラはアンジェリーナが好きなのだ。アンジェリーナがその盾を外してくれば、二人の友情を邪魔するものはなかった。

大きなつばのある素敵な帽子をかぶったアンジェリーナとピクニックをした。大きな戦争をしている中、村にはその炎の切れ端も見えず、空はどこまでも青く平和だった。

『美味しいわ』

ヤオラの母が作ったサンドイッチを、森の中の大きな岩の上でアンジェリーナは美味しそうに食べた。

『粗末なもんだけど、お嬢様の口に合う?』

『お嬢様じゃないわ。わたし妾の子だもの』

からかうように言ったヤオラに、ぽつんとアンジェリーナは言った。

なびく金色の髪が綺麗だった。

『母は囲われ者なのよ。父は高価なお土産を持ってくるけれど、よその家庭のお父さんなの』

当時のヤオラにはその意味がわからなかった。お父さんは家に一人ずついるのが普通だと思っていた。

『近頃父が私に目をつけ始めて、母はヒステリックになったわ。今回のこれだって、父から私を遠ざけるための口実なのよ』

若さだけで相手を惹きつけようとするからダメなのよ、と続けて呟くアンジェリーナの横顔は、とてもヤオラと同じ年の少女のものには見えなかった。

何も言えずに沈黙していると、スッとアンジェリーナが立ち上がり、歌い出した。

シャラの花を抱こう

揺れる髪に挿そう

シャラの花の色を

シャラの花の香りを

二度ない夏に歌おう

一夜で消えたシャラの花の色を

一夜で消えたシャラの花の香を

この胸に抱きこの髪に挿して歌おう

二度ない夏に歌おう

「天上の声でした。本当に、澄んで、綺麗で」

目の前で美しい少女が歌っているのを見ているかの如く

ヤオラは目を潤ませた。

その夏の森の中に還っているようだった。

「胸に染み入るような、素敵な歌ですわ」

「えっ?」

ソフィの合いの手に突然現実に引き戻されたかのようになってから、ヤオラはフム、フムと口を動かした。ちなみに何も食べてはいない。

ヤオラの目の焦点がぶれる。

「ええと……」

目の前のお茶をじっと見つめた。

「……どこまで話しました?」

「夏の森のピクニックで、アンジェリーナ様が素敵なシャラの花の歌をお歌いになったところまでですわ」

微笑みながら、ソフィは言葉を差すのを控えようと決めた。

ああそうだったわね、とヤオラの顔が明るくなる。

ふーふふー、と、先ほどの歌のメロディをハミングする。

目を開けたヤオラは、話を見失う前の、13歳の少女に戻っていた。

「舞台女優になりたい、とアンジェが言ったから、私は絶対になれると答えました。舞台女優が何か知っていて? と笑われて。知らなかったけれど私はアンジェは何にだってなれると思っていました。アンジェが望むものが手に入らないわけがないと思っていました。だってアンジェは本当に綺麗で、神様が一生懸命作った女の子だと信じて疑っておりませんでした。そんな子が望む夢が叶わないわけがないと思っていました」

そうやって友情を深める中

その夏の一番暑い日に、それは起きた。

「その日は村のお堂を掃除する係で、アンジェと一緒にせっせと岩を磨いていました」

山の上にあるそこまでは長い長い階段を上らねばならず、ついたときには二人とも汗だくだったが、村全体を見渡せる景色の良さに歓声を上げるアンジェリーナの顔を見て疲れも吹っ飛んだ。

土地の神様を祀るお堂は一枚岩を削って作られていて、酔っぱらった木こりが斧で切りつけたとたん斧の歯が粉々になったという逸話のある、すさまじく固いものだった。

空から降ってきた大きな岩を削ってつくったのじゃと偉そうに講釈を垂れる村長に、『そんな固ェもんを、何で削ったんだよ』と聞いた悪ガキがげんこつをされていたが、確かにそうだなあとヤオラはむしろ悪ガキに感心したものだった。

いったいいつからそこにあるのか、ひとつのひび割れもなく黒々とそそり立つお堂は、観音開きの扉がついており、大人3~4人が入れるかというくらいの小さいものだ。

各家の交代制だが、今は老人しかいない家も多いので、ヤオラの母が積極的に番を買って出ていた。

ひとしきり磨き終えてふ、と村の景色を見たヤオラは、おかしなものを見た。

黒い渦が遠くから、大きな波のように村を飲み込もうとしている。

ぞわっと鳥肌が立った。

何かはわからない

だが

あれはいけないものだ

全身の毛穴から汗が噴き出した。

『アンジェ!』

井戸の水をたらいに移そうとしているアンジェリーナの腕を思い切り引っ張った。

『何?』

『走って! お堂に入って! 早く!』

声のかぎりに叫ぶヤオラに戸惑いながら、その恐ろしい勢いに押され走り出した。

『あっ』

アンジェリーナが転んだ。

離れてしまった手を、アンジェリーナが蒼白の顔で見ている。

ヤオラだけならあと数歩でお堂の中に入れる。

振り向いたアンジェリーナの方の後ろに恐ろしい渦が迫っているのが見える。

ぐっと息をつめて、ヤオラは戻った。アンジェリーナの体を抱き上げお堂に向かい、彼女を投げるようにして入れてから扉を閉めようとした。あと少しというところで、ほんのわずかの細い隙間から流れ込んできた『何か』に顔をえぐられた。

「気が付けば暗いお堂の中、アンジェの膝の上でした」

顔からは大量の血が流れ

アンジェリーナはそれを泣きながら押さえていたという。

アンジェリーナに肩を貸してもらい外に出た二人は

『無』を見た。

「何もありませんでした。何も。木も、畑も、川も、家も、人も、何もなかった」

ぎゅっと眉を寄せ、手を震わせるヤオラに、やはり、とソフィは思った。

第三次パルミアの大戦

悪魔のような兵器を使った、最悪の戦争。