軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

25 癒師クルト=オズホーン

その客は文もなく、無遠慮に訪れた。

「ここを通りたくばわたくしを殺してからお進みください」

扉の先から聞こえたマーサの物騒な声に、お客様に頭を下げてからソフィは席を立った。

「どうしたの、マーサ」

「お嬢様」

厳しい顔をしたマーサが振り返る。

その先には背の高い、20代の中頃と思われる男が立っていた。

黒髪を実用的に短く整え、形の良い額をさっぱりと出し

それぞれきちんと整った目、鼻、口が何かの手本をなぞるように正確に配置された、やたらと真面目そうな顔立ちである。

その男はソフィを認め、一歩歩みを進める。

「あなたがこの『サロン』の主ですか?」

「はい。ソフィ=オルゾンと申します」

男の手にはくちゃくちゃになったのを伸ばされたソフィのサロンの広告が握られている。

「国王陛下直属第5 癒師団(ゆしだん) 所属、3級癒師のクルト=オズホーンです。この『サロン』なる場所で不正な行為が行われていないか確認させていただきたい」

マントについた身分証と思われる金属のプレートを掲げ形式的に名乗り、男は扉に手をかけようとした。

「お待ちください!」

ソフィが身を挟み後ろ手で扉を抑える。

「何か見られて困ることでも?」

顔が近い。

黒曜石のような瞳は、ソフィの顔を間近に見ているにも関わらず動揺の色もない。

「只今は診療中で、中にはご衣裳を身に着けていない女性がおられます。

独身の女性が殿方にむき出しの肌を見られて、お嫁に行けなくなったらどう責任を取ってくださいますの、クルト=オズホーン様」

なるべく柔らかくソフィは言った。

国王陛下直属癒師団の癒師

天上のお役人様である。

しかも10級から1級までの階級のある癒師においてこの若さで3級ということは、相当なエリート。

怒らせて得になることは何もない。

わずかに男は動揺した。

「……なるほど」

「ソフィさん、あたしゃ夕飯の準備があるんで、これで失礼していいかね」

ガチャッと内から扉が開き、老婆が顔を出した。

扉の前にいた男を認め、老婆は嬉しそうに笑う。

「まあ、いい男だねえ。あたしがあと50歳若けりゃ口説くのに」

ひゃっひゃっひゃと笑いながら、じゃあねありがとねと手を振って去っていくのは本日のお客様だ。

たちのよくない風邪にかかり半年ほど寝付いたが先日見事復活

寝付いた際にできてしまった床ずれがいつまでも癒えず、かゆくてなんとも切ないので治してほしいと訪れた。

「……独身の女性?」

「未亡人ですので」

さっと部屋の中を確認し、ソフィは男に向き直った。

「どうぞオズホーン様。マーサ、新しいお茶をお願い。ええ、扉は開けておいて」

「……なるほど」

以前王家から返ってきた『お祈りメール』の紙を男はじっと見つめた。

「それとこちらはサロン開設の際に王家にお出しした上申書の写しです。こちらに関しては特にご返信をいただきませんでしたので、応ということと受け止めさせていただきました」

『しわが治せるか』の回答とは別便で王家にも一応サロンを開設する旨上申済だった。

王家に『先祖返り』として正式に認められず遇されない、ほんのちょっぴりの魔力しかない人間は普通に町にいる。ちょっとした炎の力で火をつける料理人や、ほんのちょっとの風で髪を払う散髪屋。人を傷つけるためではない魔力使用は、不法ではない。

「理解しました。先日ここと同じような手法で人を集め、壺などを高額で売る悪質な『サロン』が摘発されたため、同様のものかと思い確認させていただきました」

「お役目ご苦労様でございます」

ソフィはしとやかに礼をする。

男はじっとソフィを見ている。

「ところで」

「はい」

「『化物』はどこにいるのですか」

キョロキョロと不思議そうに男が辺りを見回す。

「あなた様の目の前でございますが」

「?」

男はきょとんとしている。

からかっているのだわ、とソフィは思った。

ずいとソフィが身を乗り出した。

きっと身を引くだろうと思ったからだ。

「わたくしが化物嬢ソフィでございます」

「皮膚が炎症を起こしているだけのただのお嬢さんに見えるのですが」

少しも身を引かず大真面目な顔で間近にソフィの顔を見つめたまま男は返した。

近い

身を引くのも負けたような気がし、そのままの体勢で二人は相対する。

メンチを切り合う不良同士のような図である。

「そもそもなぜ広告をまいてまで皮膚を癒す必要があるのです?命にかかわることではないでしょう」

くそ真面目な顔で言われた。

イラっとする。

「人によっては命にかかわるのです。尊厳にかかわるのです。人と違うというだけで人扱いすらされなくなる人間がこの世にはおるのです」

ソフィは間近い男のつるんつるんの肌を見た。

整った顔立ちを見た。

この人は外見で困ったことなど一度もないに違いない。

エリートで、若くてこのお顔であればさぞおモテになることだろう。

なんだろう

ムカムカする

イライラする

なんだかとっても頬を引っぱたきたい。

「ソフィ嬢、こんなに近づいてはあなたの婚約者に怒られます」

「お気遣いいただきありがとうございます。おかげさまで先日破談になりましたわ」

嫌味か

柔らかく対応しなくてはと思うのに、ソフィの態度はつんつん固くなる。

ソフィは身を引いた。

「そうですわね、わたくしもあなた様の奥様に怒られてしまいますのでやめにいたしましょう」

「私は独身です。おそらく一生」

「ご謙遜を」

よりどりみどりで決まっておられないだけでしょうと言いかけさすがに飲み込んだ。

「いえ、私は男も女もただの肉と骨を皮が包んだものにしか思えないのです。私にとっては治す対象ですので」

「……」

「ついでに言えば美醜もわからない。同じ機能のものが少しずつ場所を変えて並んでいるだけなのに、いったい何が優れていて何が劣っているというのか、皆目わかりません」

「……オズホーン様、失礼ですが『変人』とお呼ばれになることは?」

「出会って三日以内には皆」

「ああ……」

おいたわしい、とソフィは思った。

神はこの方に能力を与えたもうた分、人間としての何か大切なものを与え忘れておゆきになったのだろう。

マーサが運んでくれた茶を男の前に置く。

質素なスコーンも並んだ。

「王家直属の癒師の方がなぜこの街に?」

「一年限りの期限付きで派遣されました。ここは船の出入りもあり規模の大きい 癒院(ゆいん) がありますから、『現場を見て人を学んで来い』と言われました」

「なるほど」

3級に上がるほどの腕なのだから、きっと彼は良く人を治すのだろう。

だが

そこから上に上がるにはきっと何か、何とも言えないところがちょっとずれているのだ。多分。

周りの人も苦労しているのだろうなあとソフィは何となく察した。

「ところで」

「はい」

「本棚を拝見してもよろしいでしょうか」

「どうぞ」

「失礼」

部屋の奥にある大きな本棚の前に男は立った。

今までここを訪れた誰も興味を示さなかった場所なので、ソフィはうれしくなる。

「『回体芯書』の下巻?」

男が驚きの声を上げた。

「お目が高くていらっしゃいますわ」

うふふとソフィは頬を染めた。

海の向こうの医療先進国で発行された医療にまつわる最新の本である。ため込んだ小遣いを社員に託し、買ってきてもらったばかりの本だ。まだ6回しか読んでいない。

この世界の医療の水準は、日本には及ばない。

だが知らない薬草や、魔術との混合治療により日本にはなかった手段で病や傷を治す技がある。

じっとソフィは男を見つめた。

本好きが読みたい本を見つけてしまったときの

その胸の高鳴り

今すぐにでもページをめくりたいという渇望

ブルブル体が震えるその感覚を

ソフィは身に染みてよく知っている!

だからつい言ってしまった。

つい、だ。

「……お貸しいたしましょうか?」

「よいのですか?」

パアッと男の顔が明るくなった。

あら、そんな顔もできるのねとソフィは思った。

「ではついでにこれもつけましょう」

迷わずにソフィの指が一冊の本の背表紙を優しく抜き出し、男の持つ本の上に重ねる。

医学書と違う安っぽい一般的な紙質の本だ。

「これは?」

「ヒュッテン・シャー=ロック著の、『トロール街道ヒザクルネ』。下々の生活を面白おかしく、こっけいに描いた男芸人の旅の話ですわ」

クスリとソフィは笑う。

「少し頭のお固めな方にはぴったりの教科書かと」

ふっと男も笑った。

「お気遣い感謝しますソフィ嬢。必ず返しに来るとお約束したいのですが、出来かねますので保険にこれを置いていきます」

マントを留めていた銀細工のブローチをソフィに握らせる。

宝石などはついていないが、細工の細かいいかにも高そうなブローチだ。

「よろしいのに」

「いえ、返しに来たくとも命を落とせばできませんので、お持ちください」

「癒師の任務とはそんなにも危険を伴うのですか?」

「街にいる分には問題ないでしょう。ですが緊急の召集で戦地やダンジョンの討伐の補佐に入ることもあります。冒険者ほどではありませんが、命の危険は常にあるのですよ」

「そう……」

目を伏せ、手の中のブローチを見つめた。

「ではお預かりします。でも大切な本なので、きっと返しにいらしてくださいませ」

「努力します」

顔を上げると、男はじっとソフィを見ていた。

この人は人をやたらとまっすぐ見る。

「きっとですよ。ブローチは読めませんもの」

「努力します。本日は突然失礼いたしました」

男が去っていく

手の付けられていない茶とスコーン

手の中のブローチを、ソフィは立ち尽くしたまま見つめていた。