軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

20 男爵令嬢アラシル3

鏡の前でアラシルが固まっている。

「……これ、私?」

「ええ、美しいでしょう」

にっこりとソフィが微笑んだ。

鏡の中にはすっかり化粧を終えたアラシルが映っている。

目じりに赤みのあるブラウン、頬にホットオレンジ、唇にワインレッドの紅

上品に、ほんの少しずつ丁寧に乗せられたそれぞれの色は、青みがかったアラシルの白い顔を、クールに、かつ女らしくさせている。

「あなたには薄いピンクのようなふんわりした色は馴染まないの。きりっとした深みのある大人の色こそあなたを引き立てるのよ。悪いけどこれはわたくしの私物だからお売りできないわ。町の化粧品屋さんに行って、正直に何もわからない、全部欲しいとおっしゃいなさい。相手はプロなんだからきっと親切丁寧に、似合う色や塗り方、流行の化粧を教えてくれるわ」

「……ありがとう……ソフィさんもお化粧をするの?」

いいえ、とソフィは首を振った。

「わたくしは何を塗っても茶色だし変な汁で流れてしまうもの、意味がないわ。父が『若い女の子に大人気』という触れ込みに踊らされて、お土産に買ってきたのよ」

使えなくて残念だったけど、役に立ってよかったわと付け足した。

「でもとても上手だわ」

「前にちょっと人にお化粧をする機会があったのよ」

ほほほとソフィが笑った。

『前』が前世で、老人ホームでお婆さん相手だったことを、アラシルは知る由もない。

手つかずの化粧の粉が、アラシルのために削られたことにアラシルは眉を下げる。

「ごめんね」

「いいのよ」

気にせずソフィはアラシルのごわごわの長い髪をほどく。

「これは『伸ばした』じゃなく『伸びちゃった』のでしょう?ばっさり切っておしまいなさい。お風呂上りによく乾かして、とかして、香油を刷り込めばきっとさらさらの美しい髪になるわ。あなたお小遣いはがっつりため込むタイプでしょう?」

「……使うところがなかったのよ」

「今こそ使うときよ。服もこの際新しく仕立てるか仕立てあがっているものを売っているお店に行くべきよ。あなたの好みも大事だけど、ここでもプロの意見に従ったほうがいいわ。何も知らないというのなら知っている人に習うしかないの。素直に聞いて、やってみて、それでもどうしても合わないというのなら自分で工夫なさればいいのよ。初めはまずわかっている人に聞くことよ」

「はい」

素直にアラシルが頷いた。

よろしいわとソフィが微笑んだ。

ごわごわの髪に、ソフィは櫛を通す。

「ねぇアラシルさん」

「なぁに」

「確かに花のような女性は殿方に好かれるけれども、人生の春の時期は短いわ。結婚したあとの秋の時期、冬の時期をともに過ごすべきは、日陰をじっと耐えながら人を支えられる強さがある女性だと、気がついている賢い男性は必ずいるわ」

結婚は始まりなのだ

他人同士が初めて共同で生活をする

恋人同士のように甘い空気を継続できるソフィの父母のような関係は稀だろう

「4年。最もうかれて楽しんでいい娘の時代を、文句も言わずに母親の介護に費やした我慢強い娘さんを愛したい、共に在りたいという賢い男性が3人の中にいることを願うわ。苦労、悲しみをどうか怒りに変えないで。自分を貶める場所に居続けないで。皆にちやほやされる必要なんかない。ただ一人あなたを、大切に思ってくれる男性の傍らで、どうかあなたらしくい続けて欲しいの」

鏡の中のアラシルが、眉を歪め唇を噛み締めている。

「どうしたのアラシルさん、お顔が変だわ」

「貴方は失礼だわ。それにお顔が変なのは貴方だわ。泣くとお化粧が取れちゃうから我慢しているのよ」

「失礼だけど賢明だわ。ああそうだ、お手も治したほうがいいかしら」

「いいえ」

アラシルが首を振った。

「すべてをお話ししたうえで、私とこの手を好いてくれる人を、私は探すの」

「大正解だと思うわ」

プルプルと震え

うわーんと結局アラシルは泣いた。

半年後、アラシルから文が届いた。

あのあとアラシルは3名と見合いをし、結果

二回り年上の田舎貴族に嫁いだという。

40を過ぎて見境もなく10代の令嬢たちに見合いを申し込むなど、なんたる田舎者、愚か者、エロ爺と裏で少女たちから散々罵倒されていた田舎貴族の男性は

会ってみればとても落ち着いた、筋骨隆々のダンディな男性だった。

なんでも若い頃に奥様と子供を出産で同時に亡くし

それ以来ずっと独り身を通していたのだが、家督を譲る予定だった甥を事故で失い、家の継続のためどうしても子を儲ける必要が生まれたのだという。

彼の治める北の田舎の領地は冬はすっぽりと雪に覆われ、寒さも厳しく、娯楽など狩りくらいで若い女性にとっては何もないに等しい。

恥を忍んで令嬢方に絨毯爆撃的に見合いを申し込んだものの

きっと難しいだろうと考えていたところに18歳のぴちぴち初婚のアラシルが応じたことに、一同とても驚き喜び、諸手を上げてあたたかく迎えてくれた。

夫となった彼はアラシルの今までのことも

その荒れた手も

子供の小遣いほどの持参金も、貴族としての教養のなさもすべて飲み込んだうえで

雪にすっぽりと覆われた屋敷のなかで

礼儀作法を、ダンスを、言葉遣いを教え

手に優しく油を塗りこんで

暖炉の傍らで厚い本をおだやかに読み上げてくれるという。

燻製のお肉がとてもおいしいので、いずれ名物として売り出そうと考えている、とのことである。

『わたくしはこの地で日々新たなることを学び、

報われる苦労があるということの喜びを噛み締めております。』

かたくなさのとれた流れるような文章が、美しい筆跡で文を彩る。

『わたくしは夏にしか日の光が当たらないこの地で

日々領地の人々の幸せのために励む夫を支える

滋養に満ちた、やわらかな苔にならんと欲します。

あの日のソフィ様は、

突然投げ込まれた暗闇の深さに絶望し、

目も眩むほどの怒りに我を忘れて憤っていたわたくしの心に差し込んだ

あたたかな、一条の光でございました。

あの日、わたくしのことを

あきらめないでくれてありがとう。

わたくしはこの地で貴方を想い

貴方の幸せを心から願っております。

親愛なる友に感謝を込めて。

アラシル=ノースマン

追伸 髪がきれいになったのよ。機会があれば遊びに来てね』

そっと優しく文をたたみ

ソフィは文を胸に抱きしめ微笑んだ。