軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

18 男爵令嬢アラシル1

アラシル=ノルビ(18歳、女)

治したいもの:ニキビ

古めかしい便箋に四角く固くきっちりと書き込まれた手紙は、領内の男爵家からのものであった。

りん、りん、りん

夏の果物も出始めて、今日はレイモンドがフルーツたっぷりのタルトを焼いてくれた。

若い女性向きに華やかに飾られたテーブルに満足しながら、ソフィはお客様を迎えた。

「初めまして、ソフィ=オルゾンと申します」

「……アラシル=ノルビと申します」

湿ったように返ってきた言葉に顔を上げる。

思いつめたような、じいっとした視線がソフィを舐めるように上下し

最後にむき出しのソフィの顔を穴が開くほど見つめ

ふっ、と唇をゆがめて暗く笑った。

いつものようにソフィの顔を包帯でグルグル巻きにしようとするマーサを、今日ソフィは止めた。

隠しても仕方のないこと、かえって隠さないことで相手が話しやすくなることもある。

得体の知れない『化物嬢』のサロンに来てまで治したいと思うような皮膚がある人にとって、ソフィの奇病はむしろ、『自分はここまではひどくない』という安心が与えられるものになるかもしれない。

なにより隠したい跡をさらけ出し、過去を語らなければならない客に、もうソフィは自分の皮膚を隠したくなかった。

そのソフィのむき出しの顔を見て笑ったのだ。彼女は。

ほっそりとした顔を真っ白に塗りつくし

頬にピンク色を信じられないほど同じ場所にまん丸に乗せ

荒れた唇に桜色だったのだろう白みの浮き上がった紅を塗りたくっている。

瞼は何を思ってそれを乗せたのか、キャベツのような黄緑色だ。

櫛も通していないような紫がかった黒の髪は伸び放題に伸び、しめ縄のような一本の三つ編みになって死んだ大蛇のごとくぐんねりと背中に垂れている。

白い粉を厚く塗っても隠し切れないニキビ跡の凹凸と、赤くなっている吹き出物、角栓の飛び出たところから出る汁が痛々しい。

「マーサ湯を持ちなさい! クレア! お母様からオリーブの油とシャボン、ポトマの化粧水を一式借りてきてちょうだい!」

「「はっ」」

二人が駆け出しほぼ同時に戻ってきた。

呆然と立ち尽くしているアラシルを、ソフィはキッとにらみつける。

「そのおてもやんのような毒を洗い流します。話はそれからですわ」

じりじりと三人に迫られ部屋の隅に追い詰められ、アラシルはキャーと悲鳴を上げた。

「そうそう、てのひらの中で丸を書くようにふわふわに泡立てるのです」

「こ……こう?」

「もっとふわふわに! きめ細やかに!」

「はい!」

オリーブの油で顔の様々な色を落とし、ずいぶんさっぱりとした顔になったアラシルがシャボンを泡立てている。

「そうそう、お上手ですわ。そうしましたらそれをお顔にふんわりと……あー! ゴシゴシこすってはなりません! ふんわりと包み込むようにするのです!」

「だってこすらなきゃきれいにならないじゃない!」

「強くこすったら逆効果ですわ! 普段どんな洗顔をされているのです!」

「えっ水でゴシゴシと」

「信っじられませんわ!」

キャーキャーワイワイと二人してアラシルの顔を洗う。

やがて泡を湯で流し終え、さっぱりした顔をアラシルは柔らかな布でぬぐった。

「ふう」

「休んでいる暇はございませんアラシル様! 洗い終えたら直ちに化粧水をつけるのです! 一秒でも早く! ああゴシゴシしてはなりません顔全体に広げて手のひらの熱で浸透させるのです!」

「どうつけたって一緒でしょう!」

「一緒なわけございません! 皮膚は基本、こすらない! 毎日優しく『手当』するのです」

「『手当』……」

ソフィの言葉におとなしくなったアラシルが、手のひらのとろみのある化粧水を顔につけ、優しく包むように手を当てた。

貴族の少女とは思えないほどの、荒々しい荒れた手であった。

「……いいにおい」

目を閉じ素直に言ったアラシルに、ソフィは微笑む。

「オルゾン家で卸している商品です。販売価格の7掛けでお譲りするわ」

「お金取るのね!」

キャーキャーワイワイ

仕上げのオイルを塗り終え、ようやく二人はソファに腰を下ろした。

「さっぱりしたわ」

「それはそうでしょう」

顔の原型もわからないほどに塗りつくしてあった化粧を落とせば、アラシルは年よりも若干大人びた、上品な顔立ちの少女であった。

今まさに出来立てのニキビと、きっと過去につぶしてしまったのだろうニキビの跡が、青白いほどの白い肌に、凹凸とまだらな色を作っている。

「いつもあのようなお化粧をされているのですか?」

「いいえ、普段はお化粧をしないの。したこともなく……仕方がわからず、知り合いの真似をしたつもりだったのだけど加減がわからなくて。……誰もお化粧の仕方を教えてくれなかったから」

じっと手の中のお茶を見つめた。

そうして彼女は話し出した。

アラシルは貧乏男爵家の一人娘に生まれた。

名ばかりの貴族で屋敷は狭く、古く、そしてとにかく金がない。

母が元気なころはそれなりにほかの貴族との交流もあり、母の実家を介してのちょっとしたぜいたく品の商売も行っていて華やかなところがないでもなかったが、母が病に伏してからはただただ貴族の看板を保つために財産を食いつぶしやせ細るだけの、町人にも劣る生活となってしまった。

給金が低いのでろくな召使が入ってこない。昔からいる者でも、優秀な者から離れていく。

床に就き人の手がなければ食事も排泄もままならない母の腰に大きな床ずれができたのを見たアラシルは、母の世話を自ら買って出ることにした。

「そのとき私はまだ13歳でした。13歳の子供が抱きかかえられるほどに、母は軽くなっていたの」

学校もあったがとりあえず婿になる相手も決まっているし、上級学校まで行っておけばよいだろう、と15で卒業してからは家事手伝いと称し家のことを一手に引き受けた。もうそのころには召使を雇う余裕すら家にはなかったからだ。

掃除、洗濯、炊事に介護。昼も夜も休む間もなくこなしながら、あわただしく毎日を過ごしていた。

「身なりにかまう余裕も、そもそもどのように構ったらいいのかもわからなかったの。とにかく母の世話をするのに精いっぱいで……」

アラシル17歳の日

いつも通り母を起こしに行ったアラシルは、母がその命の炎を燃やし尽くしたことに気が付いた。

呆然としながら

「思ってしまったの……ああ、ようやく終わった、と」

ぽたりとしずくが落ち、アラシルの持つティーカップの表面が揺れた。

そっとソフィはアラシルの背中をさすった。

10代の女の子とは思えないほど、痩せた背中だった。

思ってしまったことだろう。当たり前だ。

人のお世話は大変なのだ。

常時自分以外の人のペースに合わせて生活しなくてはならないのは辛いのだ。

若い娘さんが青春を捨て、4年間も身を削って介護した。

貴族の娘が、手をあれほどに荒らすほど一生懸命に。

母の死を悼めなくなるほど、彼女は苦労したのだ。

しゅんと鼻を鳴らしてソフィはハンカチで目をぬぐった。

「ご愁傷様です。お母様もアラシル様もよくがんばりましたわ」

「ありがとう。……母の亡くなった翌月父がこう言ったわ。『アラシル、お前の新しいお母さんと妹だよ』と」

「展開が早いわ!」

父が連れてきたのは実に美しい親子だった。

宝石商の未亡人だという『母親』は子を産んだ女とは思えないほどに艶めき、赤い唇を常に微笑みの形に上げて父の心をわしづかみにしていた。

『妹』は春の光のような少女だった。白い肌にうるんだような大きな水色の目、けぶるような淡い金のふわふわした髪の毛を持っていた。

『仲良くしてね』

そう言って微笑む『母』の目にあざけりが浮かんでいることにアラシルは気づいていた。

ぼうぼうの髪の毛、筋張ったガリガリの体。

ボロボロの肌と手をした、貴族の教養すら身に着けていない『姉』を見て

妖精のような『妹』が唇をゆがめて笑うことに気づいていた。

「母の部屋のものはすべて運び出され、妹の部屋に。夫婦の寝室には新しい贅沢なベッドが運び込まれました。……母の部屋は、私が結婚した後は私たち夫婦の寝室になるはずだったのに」

君のお母様の喪が明けたら、結婚しよう

そう言い交わしていた婚約者ビヨルンの言葉だけを頼りに結婚準備をすること数か月

「ある日妹が言ったわ。『お姉さま、私ビヨルン様の子供を妊娠したの』と」

「こんちきしょう!」

バッスンとソフィはクッションを殴りつけた。