軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

人で溢れた観光名所

帝都ウルリッヒは、他の追随を許さぬほどの大きさを持つ都市だった。

そして膨大な数の戸籍喪失者たちを遊民居住区域に抱えている。

ウスベルク帝国人民の資格を持たない人々は、大陸の各地から流れて来た食いつめ者である。

そんな寄る辺ない人々が帝都ウルリッヒに住み着いてしまったのは、ウスベルク帝国の遊民保護制度によって生活を保障して貰えたからだ。

雨風をしのげる住居が与えられ、遊民同士で子供を育てることも許された。

働く自由が与えられ、働かずに遊んでいても生活費を支給される。

まさに天国だった。

こうした運営資金は、ウスベルク帝国の民から徴収された税金で賄われた。

遊民となるのは、とても簡単だった。

帝都ウルリッヒの遊民管理局事務所に申し込み、遊民資格受給者の証明となる魔法紋を手のひらに刻印してもらうだけだ。

その魔法紋が隷属の魔法術式である事実は、徹底して隠蔽されていた。

秘密を知るのは、皇帝陛下と数名の上位貴族のみである。

帝都ウルリッヒで暮らす遊民たちは、自分が贄として生かされている事実を知らされていない。

そして 屍呪之王(しじゅのおう) が解呪された今、帝都ウルリッヒの遊民保護制度は廃止されようとしていた。

ウィルヘルム皇帝陛下は遊民居住区域を犯罪の温床と見做していたし、遊民保護制度がモルゲンシュテルン侯爵家やミッティア魔法王国に利用されている事態を重く受け止めていた。

この意見には 調停者(クリスタ) やフーベルト宰相も同意を示したので、近く大掛かりな対策が講じられるだろう。

「なあ、フレッド。おれたちは、いつになったら村に戻れるんだ?」

「うーん。当分は無理だろうな…」

フレッドは事務所の壁に遊民居住区域の詳細地図を貼りつけながら、狩人のワレンに答えた。

「長期戦になるなら、アンタは一度アビーのところに顔を見せておくべきだぜ。女をほったらかしにするのは、バカな男がするコトだ」

「なるほどねぇー。メルのこともあるしなぁー。お気遣い痛み入るよ…。事務所の周辺をざっと掃除したら、交代でメジエール村に戻るとしよう」

「それがいい…」

ヨルグとワレンが頷いた。

「さっそく腐り切ったエリアの、大掃除を始めるんですね…。こいつは、大変な仕事になりそうだ…」

レアンドロは壁に貼られた地図を眺めて、楽しそうに笑った。

「ああっ。ようやっと事務所を立ち上げたんだ。取り敢えずは、ご近所様に挨拶まわりをせんとな…」

「挨拶まわりって、先ずは炊き出しかよ…?」

ウドがフレッドに訊ねた。

「そう…。盛大に、宴会でも開くとするか」

フレッドたちは遊民居住区域に巣食った悪党たちを順繰りと排除していくつもりでいた。

屍呪之王(しじゅのおう) が消えて、帝都ウルリッヒは生まれ変わる。

それは避けようのない未来だった。

◇◇◇◇

帝都ウルリッヒのミドルタウンには、毎日のように大勢の人で賑わうグラナック市場が開かれている。

グラナック市場は帝都ウルリッヒを訪れる者たちが、必ず立ち寄る人気のスポットだった。

メルとクリスタはアーロンが用意した馬車に乗って、その市場を訪れた。

ミケ王子も一緒だ。

メルの小脇に抱えられて、無理やり連れて来られた。

いつものように黒いドレスを纏ったクリスタは、馬車を降りるとメルの左手を引いて歩きだした。

「メル…。手を離したらダメです。迷子になってしまうから…」

「うん、分かってゆ!」

クリスタに連れられて人ごみを進むメルは、女児用のメイド服を着ていた。

メルの右腕には、ミケ王子が抱えられていた。

〈うへぇー。こんなに集まって、人間はなにが楽しいの…?〉

〈うん…。人が多すぎるヨネ〉

〈ボクたち、潰されそうだよ…。ここに居たら、命が危険だね!〉

〈でも…。抱っこしてないと、ミケ王子は踏まれちゃうでしょ〉

〈そうじゃないよ、メル…。『なんで連れて来たのさ?』と、ボクは問いたい!〉

メルとミケ王子は、暫し見つめ合った。

〈確かに…。ミケ王子を連れて来たのは、間違いでした。キミ、すごく邪魔くさい〉

〈本気で怒るよ…!〉

ミケ王子が不貞腐れた。

メルはミケ王子に留守番をさせるのが申し訳なくて一緒に連れて来たのだけれど、どうやら余計なお世話のようだった。

(ミケ王子のことはともかくとして、これは酷いよ!)

グラナック市場の雑踏に揉まれて、メルが泣きっ面になった。

クリスタはメルの手を引いて、ズンズンと市場を進む。

人の群をモノともせずに、真っすぐに足を運ぶ。

小さなメルとミケ王子は、二人して周囲の人々にムギュッと潰された。

〈来なけりゃ良かった…〉

〈もっと早くに、気付くべきだよ〉

〈ずっと、これが続くの…?〉

〈他に、どんな未来が想定されるのさ?〉

後悔の念が、ジワジワと込みあげてくる。

人の波が視界を遮るので、メルは市場を見物できない。

これでは買い物を楽しむなんて不可能だ。

ここにはストレスしかなかった。

どこがご褒美なんだよ。

「こんなとこ、イヤじゃー!」

メルがキレた。

メルたちは、人で溢れかえる市場から脱出した。

「はぁはぁ…。わらしー。ごほぉーび、要らんわ!」

「ほんと、ゴメンね。小さい子には、ちょっと厳しかったよねェー」

「イジメか…?」

メルが上目遣いでクリスタを睨んだ。

ミケ王子もクリスタを睨んだ。

「そうだ…。気分を変えて、美味しいモノでも食べに行きましょう!」

「なんで、イジメゆの…?」

「うにゃ…!」

「違うから…。ワザとじゃないから…」

馬車に戻ったクリスタは、もう少し静かな商業区域へ案内するよう、御者に頼んだ。

人気の観光スポットは、あきらめるしかなかった。

メルがヒステリーを起こして、妖精たちまで暴れだしたら大変な騒ぎになってしまう。

意味もなく、リスクを抱え込む必要はなかった。

今日は遊びに来たのだから…。

メルたちを乗せた馬車は、迷うことなくアップタウンへと向かった。

御者が選んだのは、高級商店の立ち並ぶ瀟洒な通りだった。

偉ぶった貴族たちが、暇を持て余して集う場所だ。

「ここは、ルベルモン通り…?確かに人は少ないけれど、とんでもなく排他的な区域じゃないの…!」

クリスタは御者に苦情を述べた。

「問題ございません。店の 主人(オーナー) には、わたくしめが話をつけて参ります」

御者が穏やかな口調で、クリスタを宥めた。

(オーナーに話をつけるって、こっちには野生のちみっ子とケダモノが居るのよ。テーブルマナー以前の問題ですから!)

クリスタが美しい顔を引きつらせた。