軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

とってもブルー

帝都ウルリッヒの地下迷宮で 屍呪之王(しじゅのおう) を解呪してから、メルのご機嫌は斜めだった。

別に漏らした訳ではない。

ヨイコの尊厳を守るためにもハッキリとさせておくが、エーベルヴァイン作戦に於いて妖精打撃群司令官は漏らさなかった。

カボチャパンツは無事だった。

興奮の余り、カウントもせずに『瀉血』を繰り返したので、体内血流量が落ちて尿意は消えてしまった。

ついでに意識の方もヤバくなったので、帰りはアーロンの抱っこだった。

だがしかし…。

イケメンエルフの兄さんに抱っこされたから、機嫌を損ねている訳でもない。

そもそもメルは意識朦朧として、アーロンに抱っこされたことを欠片も覚えていなかった。

真面目に、真剣に、 屍呪之王(しじゅのおう) からハンテンらしき存在を救出できなかった件について、どんよりと気落ちしていたのだ。

メルの思い描いていたハッピーエンドは、笑顔のラヴィニア姫がハンテンを抱いてスキップしているビジョンだった。

「はんてん…」

あの不細工なチビ犬が欠けてしまうと、喜び半減どころか、ダイナシデアル。

たぶん、おそらくは、 屍呪之王(しじゅのおう) を形成していた妖精たちも精霊樹によって回収され、充分に回復したなら元気に飛びまわったりするのだろう。

当初の計画通り、妖精打撃群は要救助者を確保した。

それはそれで大団円だ。

だけれど、ラヴィニア姫にハンテンと呼ばれていた小犬の精霊は、跡形もなく消えてしまった。

毛の生えていない、ピンクの不細工な犬は、もう居ないのだ。

あのとき精霊樹の枝にせかされて、メルが昇天させてしまった。

もし仮に、瀉血による解呪を 屍呪之王(しじゅのおう) に施していれば…?

実戦にタラレバは通用しない。

セーブもコンティニューもリトライもない。

現実はRPGと違って、冷酷だった。

(あーっ。申し訳ねぇー。ホント、申し訳なさすぎぃー!)

三百年間も一緒に過ごした犬である。

只の駄犬とは訳が違った。

(僕なんか、トンキーが焼き豚にされただけでキレるよ…。それなのに、三百年もハンテンだけをお供にしてたラヴィニア姫に、『その場のノリで、やっちゃいました…!』なんて、言える筈ないでしょ…)

メルはラヴィニア姫に合わす顔がなかった。

〈メル…。大丈夫…?どこか具合でも悪いの?〉

ミケ王子が心配そうに声をかけてきた。

〈どうして、そんなに悲しそうなの…?〉

〈ミケ王子…。わたし、旅に出たいなぁー。それでもって朝露のように、ひっそりと消えてしまいたい〉

メルはソファーに寝転がって、天井を見つめた。

天井には青空を舞う精霊や妖精たちが、描かれていた。

美しい絵だったけれど、メルの心には響かなかった。

〈ボクはメザシが食べたいよ。今日の分がまだでしょ…。消えるのはあとにして、メザシを焼こうよ〉

〈ミケ王子の、食いしん坊…〉

〈メルには、言われたくないね!〉

猫パンチ一発とは言えども…。

地下迷宮でピンチから救ってくれたミケ王子に、ぞんざいな態度は取れない。

仕方なくソファーから起き上がったメルは、約束のメザシをマジカル七輪に並べて、せっせと焼くのだった。

メルの落ち込みように反して、クリスタとアーロンのご機嫌は最高潮だった。

アーロンはラヴィニア姫の部屋を宮廷に用意したり、魔法医師のユリアーネを手伝ったりと忙しく日々を過ごし、完全にメルを放置していた。

『スヤスヤと眠るラヴィニア姫を近くで見守りたい…!』

臆面もなく、そう言い放つアーロンは、時間が許す限りラヴィニア姫の部屋に居座った。

こうした事情があったので、アーロンとメルは接触する機会を持たなかった。

だからメルも、アーロンの浮かれっぷりを知らずに済んでいた。

だけどクリスタは…。

クリスタはメルの保護者を自認していたので、ずっと一緒だった。

そしてクリスタもまた、千年に渡る苦悩から解放された反動で、陽気な姐さんに変貌していた。

それだけ『調停者』の責務が、重かったのだろう。

「メルちゃぁーん。どうしたのかなぁ~?そぉーんな、不機嫌そうな顔しちゃって…。ほぉーら、かわいく笑ってごらん。にっこり笑おう…♪」

「ウがぁー!やメェー!」

メルは物理的に笑顔を作らせようとするクリスタの手から、必死になって逃げだした。

許可も得ずに、頬っぺたを引っ張らないで欲しい。

(ちっ…。うざったい…!)

メランコリックな女児に、他人に対する寛容性など求めるべくもない。

いや、端から求めてはイケナイ…!

それなのに、すっかり緊張が解けてしまったクリスタは、グズグズの酔っぱらいみたいなしつこさで絡んでくる。

近くに居れば、一時たりともメルを放っておいてくれない。

「そぉーんな顔してると、擽っちゃうぞ!」

「キャァー。やめれぇー!」

メルにだってクリスタの嬉しい気持ちは理解できたけれど、一緒にはしゃげない事情があるのだ。

ハンテンの存在は、これまでの犠牲を考えたらちっぽけかも知れない。

でもメルには、ちっぽけだからこそ無視できなかった。

前世の自分を重ねてしまい、じんわりと泣けてくる。

(僕は…。見捨てるのも、見捨てられるのも、イヤなんだ…!)

消えてしまったから忘れるとか、とんでもない話だった。

「わらし、ぶるーヨ!」

脱力、失望、五月病…。

取り返しのつかない喪失感が、小さな 幼女(メル) を打ちのめす。

「クィスタさま、はヨォー。うち、帰ろ!」

メルはメジエール村に帰りたかった。

アビーにしがみついて、思いっきり泣きたかった。

「後始末が済んでいないから、もう少し待ってね。今後のことをウィルヘルム皇帝陛下やフーベルト宰相と相談しなければいけないし、フレッドたちの件も確認しておかないと…!」

またもや、大人の都合だ。

ウスベルク帝国の事情なんか、どうでも良かった。

メルの知ったことではない。

「もぉー。わらし、ひとりで帰ゆヨ…」

「無理を言わないの…。そうだ、メルー。メルはまだ、帝都を観光してなかったでしょ。あたしが、案内して上げる」

「カンコー?」

「メジエール村に帰るにしても、お土産とか買わなきゃ…。きっと、アビーやお友だちだって、楽しみにしてると思うよ」

クリスタはメルを膝にのせて、楽しそうに語った。

「カンコー。そえっ、楽しいかぁー?」

「勿論でしょ…。メルが欲しいモノ、なんでも買ってあげます。頑張った、ご褒美ね。好きなものを好きなだけ食べていいよ。一日中、ブラブラしましょう…」

「ほぉー。食べあゆき、ええのォ~♪」

沈みっぱなしだったメルの気分が、ちょっとだけ上向いた。

(はんてんの供養に、ヤケ食いってのは悪くないかも…。動けなくなるほど食べたら、少しは元気が出るかも知れない)

そんなふうに考えるメルだった。