軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

頭が上がらない相手

エリクを退治するために、メルがあちらの世界へ出掛けている間、ユグドラシル王国の玉座は空位となった。

どうせ直ぐに戻ってくるのだからと何もせずにいた精霊たちであるが、 暫(しばら) くすると統率者が居ないのは具合が悪いのではないかと考えるようになった。

そこで、『この際だから異世界文明から学んだ民主主義をやってみよう!』と無責任な提案がなされ、選挙と呼ばれる盛大なお祭りが開催された。

結果、大統領に選出されたのは、チャックルと言う名の小人族だった。

トップ当選した理由は、見た目がカワイイからである。

精霊議会で決まったアレコレが上手くいかなかった場合、チャックルが責任を負わされて新しい大統領に挿げ替えられる。

精霊たちが解釈した民主主義制度とは、そのようなものであった。

因みに、民主主義と王権のミックスなので、最も偉いのは妖精女王陛下である。

妖精女王陛下がすべき役目は、すべてチャックル大統領に押し付けられた。

なのでメルがこちらに帰ってくると、もうしなければいけない仕事はなくなっていた。

フェアリー城は、おいたをしたメルの反省房となったのである。

「あそこには帰りたくないでおじゃる」

そのような悪印象からか、妖精女王はフェアリー城に精霊たちを迎えて行われる、新年の挨拶をボイコットする気まんまんだ。

儀典長のクラウディアとメルは、今のところ冷戦状態にあった。

「何も言わず、だまぁーっておれば、森川家でショウガツを過ごせるデショ!」

「いやいや、捜索隊が組織されるって……。ユグドラシル王国の行事を妖精女王がすっぽかしたら、絶対に叱られるよ」

「そんときは、アヒルさんを持って異国へ逃げマス」

「なんだかなぁー。こそこそと隠れたり、国外逃亡したり、それでもメルは妖精女王なの……?」

「…………」

メルは不愉快そうな顔で、口うるさいミケ王子を睨んだ。

新年行事の挨拶なんてものは、面倒臭いから全力で拒否なのだ。

正月はモチを焼いて雑煮を食ったら、後は寝て過ごすに限る。

炬燵(コタツ) で塩センベイとか、サイコーじゃないか。

「そもそも、わらしと一緒にオコタに刺さって一歩も出歩こうとせんネコに、なして説教かまされなぁーアカン!?」

「だってボクは、妖精女王じゃないもん」

「くぁあぁぁーっ!腹立つわ」

ミケ王子に言い負かされたメルは、 炬燵(コタツ) に埋まって寝ころんだまま、畳をバンバンと叩いた。

実のところ新年ぐらいはフェアリー城に顔を出し、妖精女王の尻拭きで青色吐息になっているチャックル大統領を 労(ねぎら) うべきだった。

何となれば、先日の聖夜イベントが災いし、ベルーナ神聖王国を筆頭に他二国から、侵略と内政干渉に抗議する書状がチャックル大統領のもとに届けられていたのだ。

当初、粛々と行われるはずだった性悪特権者の断罪が、『それではつまらんもん』と妖精女王によって勝手に変更された挙句、国の威信がどうたらと言う話にまで発展してしまった。

『身内の恥をコッソリと始末してくれるなら、まあ文句は言わずに置きましょう』と、そんな密約が先方との間にあった訳だが、何もかも台無しである。

チャックル大統領は書状を目にしてから頭を抱え、ウンウンと唸っている。

ミケネコメール便のスペシャル速達は、イナヅマの如し。

お値段高めだが、めちゃんこ速い。

既に妖精女王陛下の身勝手な振る舞いは、クラウディアの耳にも届いていた。

「いやー。この状況で国家行事をすっぽかすのは、本当にマズいと思うよ。クリスタに内緒でリーチェを連れ出したのも、やばいって」

ミケネコ便の社長として全てを知るミケ王子は、小さな声でぼやいた。

遠回しにだけれど、ちゃんと忠告はした。

これで友情分の義理は果たしたことにしよう。

「本当のことなんて言えなヨォー」

ミケ王子は不機嫌になったメルをあやすのが、大の苦手だった。

◇◇

「こんにちは、メルさんいらっしゃいますか?」

森川家の玄関に、斎王ドルレアックが立っていた。

市女笠と道中着を纏った、巫女装束である。

「おぉ、斎王さま。どうされましたか?」

「酔いどれ亭で、こちらにおいでだと聞きましたので……」

「ジュディーもおるやん」

ボッチ人魚のジュディットが、大荷物を背負い、斎王ドルレアックに付き従っていた。

「やあ、メル。おひさ」

「まあまあ、玄関先は寒いで……。二人とも中で話そうか」

外気は身が凍るほど冷たい。

メルは斎王ドルレアックとジュディットを森川家に招き入れた。

「実はメルさんが不在の間に、タルブ川でウナギを育てました」

「……はっ?無理デショ」

「ミジエールの歓楽街に暮らす者たちは、水に由来の精霊ですから、そこは如何様にも」

炬燵(コタツ) に刺さり、優雅に茶を飲む斎王ドルレアックの顔は、ちょっとだけ得意そうだった。

「まじか……」

「う・な・ぎ……!?」

メルとミケ王子が、驚きに目を丸くした。

「でさー。あたしはイカ焼き屋を廃業して、ウナギのかば焼き屋になったんだ」

「エェーッ!ジュディーが……?」

「だってメルちゃん、あたしのイカ焼きを食べないで、ウナギの屋台に行っちゃったじゃん」

まあ確かに……。

そんなこともあったかと、メルは腕組みをして頷いた。

「それで……?」

「それなりに試行錯誤はありましたけれど、ウナギ漁をできるようになったのでご報告に……」

「罠で捕獲した、立派なウナギを持ってきたんだぞ。泥を吐かせて 捌(さば) いて、 櫛(くし) を打つところまで終わらせといた」

「まじか……」

朗報である。

冬のウナギは脂がのっていて、美味いと聞く。

「ご家族は……」

「あーっ、出かけとるよ。もう直に、帰ってくるでしょう」

「年の瀬だから、そうそう出かける用事もないでしょ。何か深刻な事件でもあったのかな?」

ジュディットが心配そうな顔で首を傾げた。

「ちゃう、ちゃう。事件なんぞないわー。お母たまが、お節介な人じゃけー。近所に、おせち料理を配って回っとる。父と兄も、荷物を担がされてお手伝いじゃ」

「おせちって何?」

「あちらの世界で、新年を祝う特別な料理デス」

「メルさまは、ご母堂のお手伝いをしなくて、宜しかったのでしょうか?」

「フッ……。おんもは寒いデショ」

「ニャッ!」

メルとミケ王子は機転を利かせて 炬燵(コタツ) の中に隠れ、難を逃れたと言う話だ。

「ウナギを焼きたいから、お台所を借りたいんだけど……」

「あーっ。それな。台所はお母たまの聖域ですけん、帰ってくるまで待って……」

「ジュディット、お待ちしましょう」

「んー?」

ジュディットは、何となく納得できない様子だ。

厨房が主婦の聖域だと言われたところで、野生のボッチ人魚にはピンと来ないのだろう。

どうせ母親の由紀恵に許可を得ても、ジュディットが森川家の厨房を使えるとは思えなかった。

技術的な問題ではない。

あそこは、やばい陰気が籠った場所なのだ。

すっかり慣れてしまった森川家の家族でもなければ、秒で逃げ出したくなる。

「まあ、えーわ。料理の手順もあるやろし、厨房を覗いてみるとエエ」

「やったー。見せて、見せて」

「これ、ジュディット。図々しい真似は控えなさい」

「斎王さま。これは見せといた方がエエから、ジュディーの好きにさせたって……」

メルは 鷹揚(おうよう) な仕草で、斎王ドルレアックの叱責を 遮(さえぎ) った。

森川家の家屋敷を建築するさい、ユグドラシル王国異文化研究所は総力を挙げて事に当たった。

その甲斐あって、森川家は現代日本人にとって住み心地のよい住居となった。

台所に設置された調理器具も、日本と比べて遜色がない仕上がりだ。

「うひゃぁー。すごい。ぴかぴかだ」

「お母たまは、汚れが許せん心の狭いヒトなのです」

「ボク、メルのお母さんに睨まれていると思うよ」

「ネコの毛も、許せないヒトですけー」

「ニャァー。ボクは、厨房に入らないからね」

ミケ王子は台所の入り口で立ち止まり、待機姿勢を取った。

メルと同じで、由紀恵が大の苦手なのだ。

決して、虐められたわけではない。

むしろ苦手に感じるのが申し訳ないと思うくらい、可愛がられていた。

それでもダメなことはある。

「どうやって使うか分かんない調理器具ばかりだ」

「あちらの世界を真似て作成された、最新の魔法調理具ばかりですけん」

「ふーん」

ジュディットが、あれやこれやに触れて感心する。

なんちゃって魔法流し台に魔法炊飯器、なんちゃって魔法コンロやレンジ。

その他、すべて魔法に依存するスペシャルな調理器具ばかりだけれど、使い勝手は日本のシステムキッチンと変わらなかった。

設定を選択して、スイッチポンだ。

「メルさん。ここ……」

「おっ、さすがは斎王さま。気づいたようですね」

「足を踏み入れた途端、いきなり視界が暗くなりました。これは陰気ですか?邪精霊の精神攻撃などとは、比較にならない強さですね」

「お母たまの聖域ですけん。長居は無用でございます」

「メルー。メルー。あたし、頭が痛いんだけど。眉間が重くて、ズキズキするー。風邪を引いちゃったのかな?」

「ジュディー。それは風邪じゃないデス。厨房から出れば、治るでぇー」

樹生を産んだ由紀恵は、精霊樹オリジンが己の 分身(わけみ) を作るために見出した魄の塊だ。

魄とは、言うなれば魂の器なのだ。

それだけでも、樹生の母親が只者であるはずはなかった。

「お母たまは、おっかねぇーヒトなのです」

「噂だけは耳にしておりましたが、これほどとは……」

精霊たちより陰気に影響される妖精は、森川家に寄り付こうともしない。

よって、この家屋敷は魔石を使う魔道具で溢れている。

メルも妖精たちに助けを借りられず、妖精パワーさえ使用できない有様だった。

「お母たまの説教を食らうと、洒落にならんからのぉー。陰気倍載せドン!ですから……」

その強烈な陰気は、黒太母に憑りついた疫病神たちを軽々と凌駕するレベルにあった。

勿論、ユグドラシル王国に暮らす精霊たちは、由紀恵を前世に於ける妖精女王陛下の母として崇拝していた。

だがしかし、由紀恵の発生させる陰気が純粋な脅威になっているのも、否定できない事実である。

精霊たちにしてみれば、由紀恵が陰気を暴発させないように、いついかなる時にも快適に過ごしてもらわなければ困るのだ。

「あるぇー?ホントだ。厨房から出たら、頭がすっきりだよ」

「そえ。わらしのお母たまに言うては、アカンど」

「そうなの……?」

「お母たまが悲しゅうなると、ドンドン陰気が濃ゆくなるで……。そらぁーもう、死ぬほど後悔するわ」

「ジュディットは私が黙らせます」

「それがエエ」

結局、ウナギのかば焼きは、ハナレの厨房で焼くことになった。

メルの避難場所として、ハナレが用意されているのだ。

小さな竈も二つある。

そうこうする内に外出していた家族が戻り、斎王ドルレアックとジュディットは挨拶に向かった。

「ユキエさま。はじめましゅて、斎王と申します。非才ながら、エウフ族の長を務めておりましゅ」

「あたしはジュディット。もとは人魚だよ」

「あらあら、これはご丁寧に……。私はメルの母で、由紀恵と言います。もっとも、母だったのは、メルの前世ですけれど……。オホホッ」

斎王ドルレアックは由紀恵との挨拶で噛み、平静を装うのに多大の精神力を消耗した。

「どや、わらしのお母たま。どえれぇ怖くねぇ!?」

「はわわ……。ご母堂の背に、恐ろし気な陰鬼が見えます」

「 慧眼(えげん) の能力者には、そんな風に見えるんかい。あっちやと 禍津神(マガツカミ) とか呼ぶんやろな」

「ほっ、放っておくのですか?」

「触らん神に祟りなし言うてな。知らん振りをしとくのが一番じゃ。見えていると覚られたら、面白がって構い倒される。人、それを祟りと呼びます」

「…………!?」

冗談ではなかった。

見えているのに、見えていない振りをするのは、とんでもない苦行だ。

「斎王さまとジュディットさんは、海苔モチを召し上がるかしら?」

「は、はい。頂きます」

「食べるー」

斎王ドルレアックは、怖くて由紀恵と視線を合わせられない。

こうなると、何も知らずにモチを頬張るジュディットが 羨(うらや) ましくて仕方なかった。

恐ろしい姿の陰鬼に伏せていた顔を覗き込まれたときには、腰を抜かしそうになった。

「オモチ、美味しーね」

「それは良かったわ。オカワリをお持ちしましょう。斎王さまも如何ですか?」

「はい。とってもおいしゅうございました。オカワリを頂きます」

能天気なジュディットを横に 侍(はべ) らせ、薄笑いを浮かべながら緊張と恐怖にプルプルと震える斎王ドルレアックだった。

由紀恵と共に厨房へ向かう陰鬼を見て、ほっと胸を撫で下ろす。

その瞬間、陰鬼が振り向き、ニヤリと笑った。

「フヒッ!」

知られてはならない、知られてはならない。

あの鬼に、見えていることを気づかれてはならない。

この緊張感に耐えられるのだから、やはり妖精女王陛下は特別なのだ。

斎王ドルレアックは、メルをチラ見してから深く頷くのだった。

「メルちゃん。途中でタリサさんに会ったのだけど、ユグドラシル王国の新年会に出ないといけないんですってね」

「ふぇ。そっ、それはぁー」

「儀典長のクラウディアさんが、必ず出席してくださいって仰っていたそうよ」

「さいですか……」

「お正月なのに、妖精女王って忙しいのね。大変だろうけど、頑張りなさい」

「も、勿論でありますぅー。お母たま!」

今のところメルを従わせることができるのは、由紀恵のみ。

森川由紀恵……。

ユグドラシル王国に君臨する、自覚なき女帝である。

「ボクの言うことを聞かない癖して、お母さんには逆らえないんだな。そんなだから、いつまで経っても赤ちゃんなんだよ」

ポソッと呟く、ミケ王子であった。