作品タイトル不明
妖精女王の休日
その日、 小竜公(ドラクル) は口実を設けて、妖精女王陛下の宮殿を訪れた。
他の長たちに知れたら、間違いなく『抜け駆け』と 誹(そし) られる行為だった。
ユグドラシル王国の精霊祭まで、妖精女王陛下はおこもりだ。
お披露目の日を楽しみに待つのは、精霊議会で話し合われた決定事項である。
『誰が一番早く、 拝顔(はいがん) の栄に浴するのか?』
その答えが、『皆一緒に』であった。
「まあ、しかし……。ミッティア魔法王国の現状について、女王陛下に報告せずばならぬのだから……。これは致し方あるまい」
ユグドラシル王国 国防総省(ペッタンコ) から転送されてきたレポートを小脇に 携(たずさ) え、 小竜公(ドラクル) が頷いた。
精霊会議では通用するはずもない、不出来な言い訳である。
たとえそれが如何に重要な書類であろうとも、 伝言鳥(メッセンジャーバード) に託せばよいだけの話なのだ。
「侍女殿。ドラクルが、 国防総省(ペッタンコ) からのレポートをお届けに参ったと、陛下にお伝え願いたい」
妖精女王陛下の間は、リビングメイル二体とつんけんした侍女によって守られていた。
侍女は 地霊(ノーム) の属性を強く持つ、小柄な娘だった。
その性格は頑迷で、融通が利かない。
「レポートであれば、わたくしが陛下にお渡しします」
「直接、お届けして。陛下のご意見を伺いたい」
「………………」
小柄な侍女は、首を縦に振ろうとしなかった。
怖気も見せずに、じっと 小竜公(ドラクル) の顔を見上げていた。
竜族は人化の術を使っても、大きく 厳(いか) つい外見をしている。
それが 小竜公(ドラクル) ともなれば、その雰囲気は人の形をした暴力だった。
だが扉の管理を任された侍女は、微動だにしない。
愛想はないけれど、実に優秀なドアキーパーである。
「ああー。せめて陛下に、取り次いで欲しいのだが……」
「他の長老方は、この件を 御存知(ごぞんじ) でしょうか?」
妖精女王陛下の世話係に 抜擢(ばってき) された侍女が、冷たい口調で訊ねた。
「うおっほん。これを……」
小竜公(ドラクル) は懐から取り出した小さな革袋を侍女に押し付けた。
革袋には、金貨が五枚ほど入っていた。
50万メルカだ。
革袋を覗き込んだ侍女の顔が、へにょっと緩む。
貴金属の輝きは、ノームの頑迷さを蕩かす特効薬だった。
「ドラクルさま。少々お待ちくださいませ。只今、陛下にお伝えします」
「よろしく頼む」
「お断りになられたときは、諦めて下さいまし」
扉に向かった侍女が振り向き、 小竜公(ドラクル) に釘を刺した。
「分かっておる」
小竜公(ドラクル) は鷹揚に頷き、口角を上げた。
妖精女王陛下の立場にあろうと、相手は道端で手鼻をかむような少女だ。
何なら、つい先日までは単なる村娘である。
「むっ。この考えは、 些(いささ) か不敬であるか?」
一瞬、そうした考えが頭の 隅(すみ) をよぎるが、即座に否定する。
侮(あなど) りではない。
これは親しみの情だ。
野蛮だ粗暴だと、常日頃より周囲から 詰(なじ) られることが多い 小竜公(ドラクル) である。
急遽、マナーの特訓を受けさせられている妖精女王に、我が身を 顧(かえり) みての同情はあった。
部屋に軟禁され、行儀作法の勉強ばかりで、 嘸(さぞ) かしうんざりしていることだろう。
多少でも息抜きになるのなら、来客を断るような真似はすまい。
「ドラクルさま。陛下が、お会いになるそうです」
案の定、戻ってきた侍女は、妖精女王の許可がおりたことを 小竜公(ドラクル) に伝えた。
「メル陛下。この度は拝謁の栄誉を預かり、恐悦至極に御座います。私は竜族を率いる長、ドラクルと申します。お見知りおきを」
女王の間に通された 小竜公(ドラクル) は、大仰に腰を折り、宮廷風の挨拶をして見せた。
「うむ。どらくるか……。公は運が良い」
「はっ?」
「以前にも、 南風(ノトス) とか、 湖の乙女(エレイン) とか、いろんな連中が訊ねてきたけれど、容赦なくクラウディアに追い返された」
「はぁ!?」
どうやら抜け駆けを試みた精霊は、 小竜公(ドラクル) の他にも大勢いるようだ。
「今日は精霊祭の準備があるとかで、クラウディアは儀典長の仕事が忙しいらしい。わたしは自習を言いつけられておるが……」
「はい」
「やめにした」
「………………」
「苦しゅうない。ドラクル公、面を上げよ」
「ははっ!」
御対面である。
「ふむ。よき面構えであるな。竜族の長らしく、なんとも強そうじゃ!」
「………………」
褒められたのだから礼を述べるべきだが、 小竜公(ドラクル) は妖精女王の 佇(たたず) まいに圧倒されて言葉を失った。
『メル陛下と比べたなら、自分はペットの蜥蜴に過ぎん』と、瞬時に覚ってしまったのだ。
妖精女王は可憐で美しく、それ以上に圧倒的な 崇高(すうこう) さを纏っていた。
たかが臣下の身で同情するなど、おこがましいにも程がある。
小竜公(ドラクル) は深く恥じ入った。
太陽は草木を必要としないが、草木は太陽を必要とする。
言うまでもなく、万物を照らす太陽が妖精女王であり、草木は精霊だった。
霊格の低い精霊たちは気づかないかも知れないが、高位の存在であれば分かるはずだ。
実際に、 小竜公(ドラクル) にはハッキリと分かった。
「ありがたき、お言葉」
「ドラクル公よ。ちと堅苦しいぞ。気を張らずに 寛(くつろ) ぐがよい」
「ははっ」
寛げと言われてもである。
「報告書に目を通そう」
そよ風に乗るような優雅さでドレスの裾を翻し、スッと近づいた妖精女王は、 小竜公(ドラクル) の手からレポートを取り上げた。
その際、妖精女王の吐息を耳元に感じて、 小竜公(ドラクル) は身を硬くした。
愛らしい顔のサイドで細く編まれた白銀の髪が、頬を掠めた。
近い。
近すぎる。
見る見るうちに、 小竜公(ドラクル) の顔が赤く染まった。
「くっ……」
これではまるで、思春期の少年だ。
エンシェントドラゴンなのに。
妖精女王の本質は、尽きることない生命力だと言われている。
その影響か、数百年に一度しか訪れない、古竜の発情期が呼び起こされてしまった。
竜族の個体数減少は、暗黒時代を経てから深刻な状況にある。
妖精女王の御前でなくば、今すぐ雌のもとへ飛んで行きたいくらい気分が 昂(たかぶ) っていた。
「フーム。神の声は、民衆の扇動に効果があったようですね。だけど、為政者どもの守りは堅い」
「そのようです。反乱は鎮圧され、犠牲者の数も多いと報告にありました。少なからず、死者も出ております」
「これでは駄目だ。民は丸ごとユグドラシルで引き取りたい。犠牲は増やしたくありません。大規模転移門の魔術式が完成したら、ウスベルク帝国騎士団を連れて打って出るとしましょう」
「その時には、我らも」
「竜族の力添えですか……。頼もしいこと」
妖精女王は扇を広げ、口元を隠した。
目を細めて微笑む様子には、何とも言えぬ色香があった。
「はっ。我ら、必ずや陛下のお役に立ち申します」
「この話は、ここまでとして……。折角なので、公の意見が欲しい」
「何でしょうか?陛下のためであれば、骨身を惜しみませんぞ」
「そう意気込むことはありません。料理の味見です」
「………………」
ここまで来て 漸(ようや) く、テーブルに並ぶ料理を目にした 小竜公(ドラクル) は、恐縮して縮こまった。
「おっ、お食事中とは気づかず。とんだ無作法を致しました」
「食事は済んでいます。これらの料理は、厨房に作らせた試食です」
「試食ですか???」
何の試食だと言うのやら。
意味が分からなかった。
「公には、こちらを試食して頂きたい」
「えっ……?しかしですな、陛下。基本的に、我らは食事を必要としません。好奇心から人族の料理を口にしたこともありますが、良いと感じたことなどなく」
「人族の料理ではありません。精霊のために用意した、特別な料理です」
「精霊の……」
「これぞ魔法料理です」
妖精女王が、したり顔で頷いた。
こうなればもう、嫌でも食べるしかなかった。
「それでは失礼して、頂かせて貰います」
「ぐちゃぐちゃ言うとらんで、さっさと食え!」
「ん……!?これは……」
又しても 小竜公(ドラクル) が、感動で言葉を失った。
美味しい経験などしたことがないので、この喜びをどう言葉にしたら良いか分からなかった。
「こっちの料理も食うてみ。ヒャッホォーになって、鼻血を吹くらしいで」
「ヒャッホォーですか……?」
「パライソマンバの蒲焼じゃ。コイツに噛まれたら、一発らしいわ。闇の森で捕まえるのに、ほとほと苦労したで……。ホレホレ、男ならガツッと行ったらんかい!」
「うっ……」
これまでの長い生涯を通して、 小竜公(ドラクル) は初めて美味しいを知った。
数百年ぶりで、精力もビンビンに 漲(みなぎ) った。
こうなれば、後は若い雌竜のもとを訪れるだけである。
◇◇◇◇
その頃、アビーと幼児ーズは、精霊たちの町を観光していた。
「お店が沢山ある」
ディートヘルムは目を丸くして、建ち並ぶ露店を眺めた。
市場の雑踏には、角が生えた男性や尻尾のある女性が、ごく普通に歩いていた。
「賑わいが凄いけど、人じゃないな」
「それはそうだよ。だってここは、精霊たちの国だもん」
ダヴィ坊やの発言にミケ王子が頷く。
どちらを向こうと奇妙な姿の精霊ばかりだ。
でも、これだけ不思議が溢れかえっていると、逆に慣れてしまう。
それが又、とても不思議に思えた。
「数え切れないほど店が並んでいるのに、どこにも料理屋が見当たらないわね」
「アビー小母さん。ここで店を出したら儲かるとか、考えたでしょ」
「ところがどっこい。精霊は人間みたいに、食事を必要としないんだって……」
ワクワク顔のアビーを見て、ラヴィニア姫とタリサが笑った。
「エェーッ!?そうなの……」
どの露店にも用途不明の品物が所狭しと陳列されていたが、肝心の食料品はない。
アビーが密かに期待していた食べ歩きは、叶わぬ夢と消えた。
「残念だなぁー」
マルグリットは、風もないのにクルクルと回るカザグルマを見つめていた。
「マルグリットちゃん。どうしたんですか?」
「あー。妖精さんたちが、カザグルマを回しているんです」
ティナの質問にマルグリットが答えた。
「この町、クルクルと回るものが多いですよね」
ラヴィニア姫が相槌を打つ。
「おう、確かに。さっきも、デカイ風車を見たぞ」
「あのキンコン鳴っていたやつね」
ダヴィ坊やが眺めていた風車は、タリサも気になっていた。
すらりとした細い塔の上で、ゆっくりと回る風車は、どこかしら違和感があった。
「おそらく、それも妖精さんたちが回しているんです」
「へー。あの風車は、妖精さんの 玩具(おもちゃ) か」
「そうそう。でもって、風車の回転から動力を得ているんです」
マルグリットは、メルから教わった知識を披露した。
確か、ハツデン装置とか言っていた。
そこから生み出された力は、遠く離れた場所に伝えたり、蓄えることができるらしい。
多分おそらく、そのような話だったと思う。
マルグリットも、メルの説明を理解している訳ではない。
メルだって、詳しいことは分からないのだ。
何しろ樹生は、学校の授業を満足に受けることができない、病弱な生徒だった。
フレミングの法則なんて、右手か左手かも覚えていなかった。
ちゃんと習ったかどうかさえ、記憶にない。
なので専門的な原理などは、優秀な妖精さんたちに丸投げだ。
「メジエール村と同じね。 杵(きね) で石臼を突いて、粉ひきに利用したりしているんでしょ」
タリサが腕組みをして、偉そうに言い放った。
そうしてから、違和感の正体に気づく。
あの細い塔では、石臼を置くスペースがない。
そう。
メジエール村と同じではなかった。
ユグドラシル王国では、この回転運動から電気を得ていた。
ここは魔法と電気のコンセントが当たり前のように混在する、摩訶不思議な町だった。
因みにトイレは水洗で、温水洗浄便座が設置されている。
メルの家でトイレを借りたことがあるメンバーは、宮殿でも事なきを得た。
「そう言えばさー。宮殿のトイレって、おかしくない?持ち運びできない据え付けのオマルなんて、あたし初めて見たよ。どうやって後始末をするのかしら」
「えっ!?」
マルグリットが驚きの表情でアビーを見上げた。
残るメンバーも、アビーの台詞を聞いて凍りついた。
「アビー小母さん。あれはオマルじゃありません」
ラヴィニア姫が説明しようとして、気まずそうに口ごもる。
「んっ。どういう事……」
「えーっと、あれはですね。用事を終えたら、水で流すんです」
「よく分からない!」
水洗トイレを知らずに、気まずい思いをしたのは、アビーだけであった。
クラウディアの勧めがあり、アビー、ディートヘルム、マルグリットの三名は、家族として妖精女王の寝室に泊った。
マナーの教官が特別に許可した、つかの間の家族団欒である。
クラウディアだって、叱るばかりの鬼ではない。
メルの頑張りは認めているのだ。
因みにアビーがした後でトイレに入ったのは、妖精女王陛下だった。
メルはコテンと首を傾げ、チベットスナギツネみたいな顔になり、無言で貯水タンクのレバーを回した。
そしてアビーには、ほとぼりが冷めた頃を見計らい、きちんと説明しようと心に決めた。