軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ヤル気スイッチ

メルは精霊樹の家でベッドに寝転がり、タブレットPCを立ち上げた。

森川家からの定期連絡が、メールボックスに届いたのだ。

「ウォーッ!?アニキに彼女ができよったですと……」

アビーに 扱(しご) かれ、幼児ーズの仲間たちに見張られ、少しも心が休まる余裕のないメルは、苦虫を嚙み潰したような顔になった。

自分が苦労しているときに兄の幸せを祝福できるほど、メルの性格はよろしくない。

なので激しくおっぱいを揺らして、 憤(いきどお) った。

「なになに……。わくわくエルフチャンネルのファンと、オフ会をしたー?」

その席で和樹は金髪美女から猛烈なアタックを受け、なし崩し的にカップルとなったようだ。

メールの文面は『エミリアがあーした、こーした』で埋め尽くされ、読むに堪えない。

「ムムムッ……。 惚気(ノロケ) よって、アホかぁー。そんなん詐欺に決まっとるやん!」

幼少期から自らの愛らしさを武器にして、近所のオヤジたちに 媚(こ) びまくっていたメルである。

良くも悪くも、男はサイフだという女のリアリティーを 確(しっか) りと身に着けていた。

それは明らかに偏見なのだが、このケースに限り正答だと言えよう。

ただし目的は情報であって、マネーではない。

媚びと色気で和樹を 篭絡(ろうらく) した 金髪美女(エミリア) は、ブライアン・J・ロングの放った工作員だった。

だがメルの立場では、そのような裏事情を知る 由(よし) もない。

それ故にメルは、エミリアが和樹の思うような女ではないと予測しながらも、その重要度を低く見積もった。

「ムキィーッ!こっちは、自分のことで大変なんじゃ。アニキの愚行なんかに、いちいち付き合っておれんわ」

ベッドの上でジタバタするメルに、マルグリットが声をかけた。

「メル姉さま。お外が何やら騒がしいです」

「はぁーっ。今度は、なんやねん?」

ユグドラシル王国からの迎えだった。

「何ね。あれは……?」

「大勢いますね」

メルとマルグリットは窓から身を乗り出し、いつにない中央広場の賑わいを眺めた。

「あちゃー。カボチャの馬車やん!」

「大きなネズミが 牽(ひ) いています」

「あかん。シンデレラが、おかしなことになっとる」

「し・ん・で・れ・ら?」

「そういうお話があるんじゃ。後で教えたるわ」

メルは行列の中に儀典長クラウディアの姿を発見し、精霊樹の家から飛び出した。

何となれば、クラウディアこそが現在のメルを苦しめている大人化の元凶に思えたからだ。

更に付け加えるなら、クラウディアが親しげな様子でアビーと話し合っていたからだ。

「おい、オバハン。この指輪を返す。今すぐに外してんか!」

「こらっ、メルちゃん。オバハンって……。そんな言い方をしたら、クラウディアさんに失礼でしょ!」

「まぁまは、ちょっと黙っていてくらはい」

いつになく切羽詰まった表情で、メルが言った。

「メルさま。その指輪は妖精女王陛下の権威を証明する、特別な魔法具でございます」

「なぬっ?」

「外すなど、とんでもありません」

「はぁーっ!?」

「聡明なる陛下であれば、既にお察しのことと思いますが……。本日わたくし共は、宮殿にて陛下の受け入れ準備が整いましたので、お迎えに上がりました」

クラウディアは、メルの剣幕をどこ吹く風で受け流した。

「むっ、迎えって……。わらしをカボチャの馬車に乗せる気か……。あの妙ちくりんな馬車に……」

「お嫌でしょうか?」

「当り前じゃ。わらしは、ここに住んどるねん。こっから離れんぞ!!」

「それは残念です」

「分かればエエんや。さあ、この指輪を外さんか」

「では、失礼させて頂きます」

クラウディアの手にしたタクトから魔法の光が溢れ、村娘のようなメルの衣装を豪奢なドレスに変えた。

「ほえっ。何じゃ、これは……!?」

このドレスを纏うことで、妖精母艦メルの戦闘能力は豪華客船と変わらぬレベルまで低下した。

メルに不安や不快を感じさせず、一瞬にして抵抗力を奪う、特殊な 魔法装備(ドレス) だった。

「さあ、あなたたち。手はず通りに……」

「 畏(かしこ) まりました」

クラウディアに頷いて見せた数人の侍女たちが、メルを取り囲んだ。

どの侍女も背丈があり、驚くほどに 逞(たくま) しい。

だが侍女たちの美しさは、逞しさによって損なわれるものではなかった。

淑やかな仕草でメルを捕まえ、笑顔を絶やすことなく反抗を封じる。

「おっ、おっ。おまーら、何さらすんじゃい!?」

「今日から、メルさまには宮殿で暮らして頂きます。お披露目までに、日にちがございません。行儀作法の特訓でございます」

「ゴラー。やめんか、おどれら……。放せ。放さんかい!!まぁま、助けて」

「………………」

どのような約束がクラウディアとの間で交わされたのか、アビーは拉致されんとするメルに無言で手を振った。

その顔には、朗らかな笑みさえ浮かんでいた。

アビーと手を繋いだディートヘルムも、小さく手を振っている。

「マジか……」

メルは屈強な侍女たちに担ぎ上げられ、カボチャの馬車に放り込まれた。

バタンとドアが閉ざされる。

「うわーん、こっから出せぇー!」

妖精パワーでドアを蹴とばしても、カボチャの馬車はびくともしなかった。

ヒラヒラとしたドレスのスカートが足に 纏(まと) いつき、メルの淑女らしからぬ行いを咎めた。

「どうして……。どうして、ドアが開かないのー!?」

「どうせ逃げようとなさるのは分かっておりましたから、それなりに対策をさせて頂きました」

「迎えとか言ったくせに、護送用の馬車かですかぁー」

「囚人や猛獣ではあるまいし、護送用などと滅相もございません。メルさま専用に 誂(あつら) えた、可愛らしくて丈夫な馬車です」

「あーたらは、その可愛らしい馬車とやらに、わらしを監禁するんかい!!」

「時間に余裕がございませんので、妖精女王陛下の教育係として、極々当然の処置にございます」

「うそぉーん」

何のことはない、お迎えの体裁を整えたドナドナである。

「メル姉、大丈夫なのか……?」

「そんなの知らないわよ」

苛々とした様子のタリサが、ダヴィ坊やの問いを突っぱねた。

「落ち着いたころを見計らって、メルちゃんの様子を 窺(うかが) いに行けば良いと思います」

「だよね。わたしたちにも、ご招待の手紙が来てたし」

ティナとラヴィニア姫は、ユグドラシル王国の招待に応じるつもりでいた。

「………………」

マルグリットは状況の変化を肌で感じ取り、危険が去ったことに気づいた。

不機嫌で狂暴な 魔獣(メル) は、有能な調教師の手に 委(ゆだ) ねられた。

もうこうなってしまえば、チクリ魔が誰であるかなど些末な問題に過ぎなかった。

「クラウディアに感謝」

中央広場から遠ざかるユグドラシル王国の行列に、深々と頭を下げるマルグリットだった。

◇◇◇◇

迎えの一行が宮廷に到着するまで、ほぼ一日の行程があった。

かつて呪われし荒れ地であったユグドラシル王国に入り、レンガで舗装された道をカボチャの馬車が走る。

まだ宮殿のある町は遠いけれど、街道には妖精女王陛下を歓迎する精霊や亜人たちが並び、緑色の旗を振っていた。

旗の緑は、精霊樹の葉を表している。

コンコンと馬車のドアがノックされた。

「なんね?」

半日以上も馬車に閉じ込められ、すっかり退屈していたメルはノックに反応を示した。

「ご覧ください陛下。陛下を歓迎する民たちです」

「ほぉーっ」

クラウディアに言われて、真っ黒な窓に顔を貼り付ける。

そうすると 僅(わず) かではあるけれど、外の様子を窺い知ることができた。

エルフ耳に、小さな声も聞こえてくる。

沢山の民が旗を振り、『妖精女王陛下バンザイ!』と叫んでいた。

「…………ッ!」

なかなかに気分が良い。

「どうですか、メルさまの民たちに手を振って上げますか?」

「うーん。ちょっと挨拶したいかな」

「窓を開けたら、逃げたりしませんか?」

「逃げる言うたら、開けてくれへんのやろ?」

「開けません」

「わらしは逃げたりせんヨ」

クラウディアの指示で窓が開けられると、メルは右へ左へと座席を移動し、歓迎してくれる民に手を振った。

そうしている内に、段々と不安になってくる。

「上品な手の振り方って、これでエエんかの……。ちゃんと出来とるか分からへん」

望むと望まざるとに関わらず、メルは生まれた時から運命的に妖精女王陛下なのだ。

やはりロイヤルな作法から逃げるのは、無理っぽかった。

「ムムムッ……。ここは 健気(けなげ) な民どものためにも、踏ん張らなアカンか……」

兄のことを馬鹿にはできない。

メルもまたクラウディアの手のひらで、コロコロと転がされていた。

日が落ちて宮殿のある町に到着すると、城壁に『大歓迎。妖精女王陛下!!』の横断幕。

そして、『陛下。陛下!』の大合唱。

「みんな、ありがとぉー。わらし、立派な女王さまになる。ちゃんと行儀作法を習うから、皆も応援してね」

感動の余り、メルは涙目で叫んでいた。

既に気分は異世界アイドル。

「どうやら上手く行きましたね」

「はい。ご機嫌を直して頂けたようです」

「誇りなさい。おまえたちの努力がなくば、この結果もなかったでしょう」

「ありがとうございます」

妖精女王陛下を迎えるために国中を走り回った侍女たちは、ハンドサインで互いの健闘を称え合う。

「はぁー。ヤレヤレですね」

流石はメルの教育係。

その備えと仕込みに抜かりはなかった。

「頑張るヨー。わらし、頑張るからねぇー!」

今やメルは、やる気満々である。