軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

黒太母

こども風呂で水着に着替えたメルは、仲間たちと争うようにして急な階段を上り、何度も何度もウォータースライダーを楽しんだ。

何しろ樹生であった前世では、憧れるだけで試す機会さえなかった夢の遊具なのだ。

少しばかり我を忘れても、仕方がない。

だけど、メルに手を引かれて付き合わされるマルグリットは、堪ったものじゃなかった。

いい加減に勘弁して下さいと、心の内で祈った。

タリサ、ティナ、ラヴィニア姫の三人は、メルのはしゃぎぶりに呆れ果て、先に部屋へ戻った。

メルたちが戻るより早く夕餉を済ませていたので、オネムの時間だ。

寝不足は美容の敵なのだ。

マルグリットも女子組と一緒に撤収したかったけれど、その立場が許さない。

メルの手下なので、『お先に失礼します』とは言えないのだ。

「フゥーッ。満足、満足。遊んだわー」

「わたくしは、どっと疲れました」

「お風呂の次は、メシだな。オレ、腹ペコ」

「うん。お腹が空いたよね」

板場の都合なんてどこ吹く風で、わがまま放題な二人と一匹だった。

マルグリットは、どこまでもメルに付き従うのみである。

ゴッコと割り切っても、メルの妹役は難儀なのだ。

夜も更け、宴席の豪華な料理は望むべくもなく、食堂の 卓子(テーブル) には重箱と吸い物の椀、香の物の小皿が並んだ。

温泉宿の夕餉としては、かなり地味な見た目である。

「グヌヌヌヌッ……。質素なり!」

「全部でこれだけか!?」

「お刺身がない」

「…………」

しかし、重箱の蓋を開けた途端、メルの不満げだった顔はパァーッと輝いた。

「うな重じゃ!」

「ん、メル姉。うな重とは……?」

「いい匂いがする」

「匂いは良いけれど、余りにも地味だと思いますわ。それに、見た目が(キショイ)……」

メルは卓子に置いてあった瓢箪の容器を手に持ち、うな重にパラパラと山椒を振りかけた。

「デブ……。うな重は、ご馳走です!」

「マジか?何だか茶色い板みたいなのが、ゴハンに載ってるだけだぞ。板と言うより、引っぺがした木の皮みたいに見える」

「おかずは、この板っぺらだけなのでしょうか……?彩りが無くて、ガッカリですわ」

「ウニャァァァァァーッ。ダヴィくん、マルーちゃん、侮ってはなりません。ボクの勘は、この料理が美味しいと言ってます」

メルとミケ王子が期待に満ちた様子で、うな重を食べた。

「うっまぁー!」

「これは堪りません。ゴハンに染みたタレと柔らかな具の味わいが、絶妙なハーモニーを奏で、ボクを幸せにしてくれるよ」

ミケ王子の目が、マジだった。

ドラゴンズヘブンの川で捕獲した天然うなぎのかば焼きである。

サハギンの板長が腕を振るった最高の料理だ。

美味いに決まっている。

「その具を 鰻(うなぎ) と申します。うなぎのかば焼き」

「かば焼き……。初めて聞く料理だ」

メルの説明を聞いて、ミケ王子が目を細めた。

魔法学校の献立に、うなぎのかば焼きを加えようと考えたのだ。

生徒たちの喜ぶ姿が見たい。

オイシイは皆の幸せだ。

「ふーん。これが 美味(うま) い?」

「うなぎのかば焼きですか……。そのような料理は、寡聞にして存じ上げません」

ダヴィ坊やとマルグリットは、まだ納得できずにいた。

うなぎの皮を睨み、苦り切った渋い顔だ。

「だがしかし……。メル姉が美味いと勧めるのだから、食わずばなるまい」

疑いの目で、メルとミケ王子を眺めていたダヴィ坊やが、箸を手にした。

お腹が減っていたのだ。

マルグリットも溜息を吐いてから、うな重と向き合った。

裏返すと目に入る灰色の皮を無視して、一気に食べるしかあるまい。

「何だコレは……」

うなぎを口にしたダヴィ坊やが、驚きの表情を浮かべた。

「メル姉……。ウマイ。こいつは美味い。美味いぞぉー」

「うむっ。そうなのデス。うな重は見栄えがアレだけど、メッチャ美味いのだ」

「見栄えなんて、どうでもいいさ。完璧な調和だよ。ボクは料理の真髄が、ここにあると思う」

ミケ王子が、うな重の美味しさを褒めまくる。

「オイシイ……」

想像もしていなかった美味しさに、マルグリットの口から感動の言葉が零れ落ちた。

「ほら。美味しかったでしょ。ボクはウソなんて言わないよ」

「あい……」

マルグリットはミケ王子の台詞にウンウンと頷きながら、うなぎのかば焼きを味わった。

甘いタレが染みたゴハンも、また絶品である。

山椒の香りも良い。

この料理の美味しさに、野暮な説明なんて必要なかった。

三人と一匹は、うな重を口一杯に頬張り、さっぱりとした肝吸いを啜る。

それから漬物をパリパリと噛む。

再び、うな重を頬張る。

無限ループだ。

もう箸が止まらない。

「はぁー。わらし、幸せデス」

「オレも……」

「ボクも……」

「わたくしも認めます。これは、至高の一品と申せましょう」

美味しい、うな重。

モルゲンシュテルン侯爵を倒し、輪廻転生システムを再起動させたので、ご褒美ご飯だった。

マルグリットは考える。

色々とメルに振り回された一日だったけれど、終わってみれば過去一で楽しかった。

ミッティア魔法王国のために働くより、可哀想な妖精たちを助ける方が、ズンと意義のある行為に思えた。

動力ディスクから解放された妖精たちの『アリガトウ』が、頭の中に木霊する。

敵を倒して心がホッコリしたのは、初めての経験だった。

「妖精女王陛下のお守かぁー。ユグドラシル王国の特攻隊長も、悪くないですね。否。悪くないどころか、とても誇らしくて、良い気分です」

マルグリットは自らの立場を吟味し、順風満帆であると結論した。

何より、汗を流した後のゴハンが美味しかった。

一方トンキーは、女将の真珠に 西瓜(スイカ) を貰った。

西瓜は大好物だった。

「ブヒィー。ブヒィー♪」

一個ではない。

ドーンと山積みの西瓜だ。

全部、トンキーの西瓜である。

独り占めだ。

良く冷えた西瓜は、シャクシャクしていて、甘くて、最高に美味しかった。

「くぴー。すぅー。くぴー。すぅー」

そんな仲間たちのことなど全く意に介さず、ハンテンは夢の中。

ラヴィニア姫に抱っこされて、気持ちよさそうにスヤスヤと眠っていた。

領都ルッカの戦いで、最も活躍したのは 屍呪之王(しじゅのおう) だ。

その達成感は鮮烈だった。

これまで 屍呪之王(しじゅのおう) を苦しめてきた過去は、キレイに浄化された。

今日ハンテンは、真の意味で生まれ変わったのだ。

正義の味方、ヒーローに……。

◇◇◇◇

「ええい。忌々しい!」

ベアトリーチェは、手にしたグラスを大きな鏡に投げつけた。

「だらしない顔で、笑いよってからに……」

美しく磨き上げられた大理石の床をガツガツと踏みつけて傷だらけにする。

柳眉を逆立てた美しい娘は、黒太母として名を知られていた。

更に付け加えるなら、クリスタの実子である。

「わらわの母御は、実の娘より市井のガキどもが大事か!?」

ベアトリーチェが叩き割った鏡は、ドラゴンズヘブンの浜辺でパーティーに参加するクリスタの姿を映していた。

あろうことか、クリスタは慈愛に満ちた眼差しを子供たちに向けた。

それが許せなかった。

ユグドラシル王国に支配されたドラゴンズヘブンの様子は、鏡の力を全開にしても、不鮮明な映像にしかならない。

それでも腹立たしい状況を知るには、充分だった。

「憎い。あのガキどもを奪って、ぶち殺してくれん!」

ベアトリーチェは実母から、優しくして貰った記憶がない。

クリスタは冷たく、父親は優しかった。

だが、父親が優しかったのは、ベアトリーチェを謀るためだった。

父親に騙された結果が、黒太母である。

醜い蟲どもと交わり、卵を産み続ける怪物に成り果てた。

呪術の素材として使われ、大切な何かを奪い取られ、異界に放逐された。

それ以来、ベアトリーチェは世界を呪い続けた。

「許せん!」

ベアトリーチェの身体がブクブクと膨れ、変容し、黒太母の禍々しい姿となる。

「許せん!」

クリスタは政務を理由にして、幼いベアトリーチェに愛情を注ごうとしなかった。

だから、エルフ国を滅亡へと導いてやった。

「許せん!」

クリスタはベアトリーチェの訴えに耳を貸さず、世界樹に祈りばかり捧げていた。

だからベアトリーチェは、ガジガジ蟲に世界樹を襲わせた。

「許しがたい!!」

この世界から精霊樹を一掃されたクリスタが苦悩する姿は、ベアトリーチェの慰めとなった。

それなのに……。

「あれほど痛めつけたのに……。なぜ、妖精郷が復活するのじゃ!?」

不公平だった。

「運命は、どれだけわらわを愚弄すれば、気が済むのじゃ!?」

理不尽だった。

あの冷酷な母親が、【調停者】を名乗るなど片腹痛い。

我が子の苦悩に気づこうともせず、いったい何を調停してると言うのだ。

「どいつもこいつも、わらわを嘲りよって……。こうなれば復讐をせねばなるまい」

そう。

復讐だ。

再び、暗黒時代を再現せねばなるまい。

「新たな復讐を……」

この世界から笑みを消し去らねば、溜飲が下がらない。

愚民どもの笑みは、支配者に恐怖してこびへつらう、卑屈な笑みだけで良い。

クリスタを絶望に突き落とす手立てが、何としても必要だった。

だが、状況は芳しくない。

「クリスタが育て上げた村に先兵を放ったが、殲滅された」

メルのキャラメルナッツを奪ったガジガジ蟲だ。

「あれ以来、わらわの勢力は押し返され、散々な有様だ」

ここは兵力を整え、折を見て巻き返しを図るべきだろう。

もっと子を産む必要があった。

「クリスタは図に乗り、攻めに出るだろう」

ヴェルマン海峡を奪われたのだ。

次の戦場は、ミッティア魔法王国に決まっていた。

「であれば、罠を仕掛けるとするか……」

勝利の瞬間、そこには油断が生じる。

精霊の子を名乗る、あの憎たらしいガキだって、油断くらいするだろう。

「よかろう。ミッティアはくれてやる。その代わりに、精霊の子をもらおう」

勝利を確信した瞬間、闇に飲まれる精霊の子。

「ゲヒヒヒヒヒヒヒッ……!」

その場に居ながら、何もできないクリスタの泣きっ面を想像し、黒太母は巨体を揺らして笑った。

「母御よ。わらわが絶望を教えてやろう」