作品タイトル不明
妖精女王陛下は秘密兵器
妖精母艦メルの艦橋では、熟練のオペレーターたちが右往左往していた。
妖精空母打撃群は、旗艦メルの他にミケ王子やトンキー、ダヴィ坊やが加わり、格段に戦闘力を向上させた。
だが組織編制が行われた結果、手慣れていない妖精たちが艦橋に配置され、スムーズな操艦に支障を 来(きた) してしまったのだ。
「副司令……。霊力の放出が止まりません!?」
「バカか!上限設定を怠ったな。セーフティーを入れておけと、あれほど……」
「スミマセン、スミマセン」
メルが覚醒している間は、副司令官に指揮権が移る。
「マニュアル5の、項目14、28行目だ。霊力設定の入力手順が記載されている」
「はい。只今、確認します」
ルーキーが膨大なマニュアルから、自分に必要な操作方法を探す。
その間にも、メルから放出された霊力が、召喚されたニキアスとドミトリを巨大化させていく。
「インヴィンシブル・バードのゴーグルに、霊力が供給されていません」
「不味い。不味いぞ!」
「ゴーグルに備蓄された霊力が枯渇するまで、あと五分です」
妖精空母打撃群は、ガジガジ蟲の大群に囲まれている。
ここでインヴィンシブル・バードのゴーグルが霊力切れを起こせば、旗艦メルの暴走、又はフリーズの危険性もあった。
前々世で世界樹だったメルは、ガジガジ蟲に幹を食い荒らされて枯れた。
その記憶が今世での虫嫌いに影響している。
そう簡単にトラウマは消えない。
「そこを退け!」
「はっ、はい!!」
見かねた熟練者が、ルーキーを持ち場から追いやった。
「おい。自分の役目を放置して大丈夫なのか……?」
「オレの担当は視界の調整だ。フォーカス感度を限界まで下げたので、妖精女王陛下が蟲どもを視認することはない」
「……ッ。眼が見えぬでは、大変なことになるぞ!」
「心配ない。陛下はメガネっ子になったので、視界がぼやけるのには慣れていらっしゃる。目が霞んだくらいなら、パニックにはならんだろう」
「フムフム……。よい判断だ。幾らかの時間稼ぎにはなる」
ルーキーのミスは、熟練者がカバーしなければならない。
「妖精母艦メルに霊力をチャージします」
「摂食中枢を刺激する。強度6」
「口渇中枢を刺激する。同じく強度6」
熟練者たちは、底を突きかけた霊力の補充に意識を向けた。
妖精母艦メルの操艦は難しい。
精霊樹オリジンから誕生したメルは、脆弱なエルフ幼女だった。
これを急ぎ強化し、環境適応させるために、あれやこれやと機能を増設した結果が、50冊を超える膨大な 手引書(マニュアル) である。
日常モードと料理スキルで、凡そ20冊。
戦闘モードに30冊。
百科事典も吃驚のボリュームだ。
妖精母艦メルは強い。
それはもう、 手引書(マニュアル) の量に恥じぬ無敵さを誇る。
だけどルーキーが操作手順を間違えるのは、仕方のない話だった。
◇◇◇◇
「アゥー。なんか、目ぇーが霞んで来よった。寝不足かのぉー?」
トンキーの背で、メルが泣きごとを言った。
「ほんでもって、腹が減って、ノドも渇きました!」
「おっ。オヤツの時間か……!?」
「二人とも、もう夜ゴハンの時間だよ。しかも、ここは敵地。そして今は、ガジガジ蟲と交戦中です」
ミケ王子の突っ込みは、メルとダヴィ坊やに 無視(スルー) された。
「わらし、オヤツを頂きマス」
「よっしゃー!メル姉、オレにも頂戴」
「うわぁー。無茶苦茶だよ。これだから、子供のお守は嫌なんだ」
ミケ王子の嘆きは虚しい。
メルは愛用のポシェットから、重そうなビンを取り出した。
精霊樹の実をシロップ漬けにしたものが、ギッシリと詰まっている。
「ふっ、蓋が固い。グヌヌヌヌッ……。よおせぇーパウワー!」
カコカコと音を立て、蓋を外す。
「いたらきまぁーす」
霊力のチャージだ。
「精霊樹の実は、いつ食べても美味しいな」
「ウミャァー!」
三人(二人と一匹)はそれぞれ愛用のフォークを手に持ち、シロップ漬けの実をぶっ刺した。
忽ちビンは空っぽとなり、もう満足である。
「プギィ?」
「むっ。スマヌ。トンキーの分はない」
メルが気まずそうに言った。
「ブゥー、ブゥーッ!!」
仲間外れは良くない。
この一件が片付いたら、トンキーに詫びが必要になるだろう。
「何はともあれ、前進じゃ!」
「おおーっ!」
「ミャァー!!」
「ぷっ、ぷぎぃー!?」
こうして危うきを乗り越えた妖精空母打撃群は、目的地を目指して突き進むのだった。
過剰なまでの霊力を注がれたニキアスとドミトリは、大地に足をつけるなり手にしていた分厚い魔法書で、不細工な魔法生物を滅多打ちにした。
「ギシャァー!!」
「カカカカカカカカカッ……!!」
醜悪な虫どもは羊皮紙を丸めた棒や魔法書で叩き潰すのが、生前からの習わしだった。
危険なので、研究棟では魔法の行使が禁止されていた。
そもそも虫の駆除に魔法を使うなんて、勿体ない。
「グォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォーッ!」
バスティアンは加勢に駆けつけてくれたものと決めつけていた魔法博士たちに殴られ、悲鳴を上げた。
「ぐべっ。ゲホッ……。ナッ。ナゼ弟子ヲ叩クのですか!?」
思わずバスティアンの口から漏れた泣き言を聞きつけ、ニキアスとドミトリが首を傾げた。
もし弟子であるなら、このように不出来な魔法生物を生みだしたのだから、教育のために張り倒す。
――当然の話だ。
また赤の他人であっても、やはり不愉快だから張り倒す。
それだけでなく、妖精女王陛下にも退治せよと命じられているのだから、これまた当然の話であった。
――問題ない。
ニキアスとドミトリは自分たちが間違っていないことを確認し、互いに頷き合うと、又もや分厚い魔法書を振りかざした。
ドスン。ドスン!
「ウガァー!!!」
重い。
余りにも重すぎる打撃だ。
打たれるたびに巨大ガジガジ蟲の外殻は凹み、弾け飛び、ヘドロのような体液が噴き出した。
単なる物理攻撃とは思えない、内部まで浸透する不快な重力波。
それは数百年もの間、帝都ウルリッヒの地下迷宮で瘴気を浴び続けてきた、呪われし魔法書の重さだった。
含有念素量の限界値に達した魔法書は、それそのものが魔神に等しい呪物である。
燃えず破れず、鉛より重く、自己再生能力を備え持つ。
「おやおや……。魔法博士に、獲物を取られちまったね」
クリスタが残念そうな顔をした。
「ふんっ。ガツンと説教をしてやりたかったのだが、まあ良い。ニキアスとドミトリであれば、モルゲンシュテルン家の不出来な子孫を安心して託せる」
愚劣王ヨアヒムも、やむを得ぬと言った様子だ。
「うし。でっかい花丸をターゲットスコープに捕捉。まだ倒されておらん。生きジャ!」
七つの目を持つ 黒鳥(ブラックバード) が、強力な索敵スキルにより補正したターゲットスコープだ。
ただ、巨大ガジガジ蟲は魔法が届かないほど遠くにいたので、何のためのターゲットスコープか分からない。
それはエアブレットが届く距離のターゲットスコープと、色やデザインも違っていた。
通常のターゲットスコープは赤いけれど、巨大ガジガジ蟲をロックオンしたターゲットスコープは青だった。
何らかの攻撃手段があるように思えたけれど、ユグドラシル王国 国防総省(ペッタンコ) からの報告はなかった。
「やったなメル姉」
「なんとか間に合ったね!?」
「うんにゃ……。邪妖精さんたちに攻撃の指示は飛ばせゆが、わらしの攻撃として認めてもらえんかも」
メルは青いターゲットスコープをあれこれと調べながら、自信なさげに返答した。
「まじかぁー。そんならトンキーに急いでもらわないと」
「ボクのマグロが……。マグロの赤身が、メザシ三本になっちゃう!」
「いいやミケさん。このままだと、メザシではなく煮干しや」
「うわぁー!!」
ミケ王子が泣き叫んだ。
「んっ?」
そのときメルの左目に違和感が生じた。
「おおっ!」
一拍おいて。
領都ルッカは赤い光に包まれ、青白い閃光が走った。
一条の光線が、メルの左目と遠く離れた巨大ガジガジ蟲を結んだ。
ちゅどん!
巨大ガジガジ蟲の身体が、一気に膨らんで破裂した。
ニキアスとドミトリは弾け飛んだ巨大ガジガジ蟲の体液を浴びて、呆然としていた。
「何ですかぁー。今のは……?」
青銅騎士に抱えられていたマルグリットが、声を震わせた。
遥か遠くから放たれたレーザービームだった。
エルフ光線である。
「こりゃまた、とんでもない威力だね」
「妖精女王陛下か!?」
クリスタと愚劣王ヨアヒムも、顔を引き攣らせた。
巨大ガジガジ蟲は瞬時にして全HPを失い、メルの所有する花丸ポイントが激増した。
四散した汚物の中を泳ぐようにして逃げるバスティアンをニキアスが摘まみ上げた。
「ひぃっ!」
ゴットフリート・フォーゲルことロペスへの、お土産である。
薔薇の館を経営する総支配人として、帝都ウルリッヒで多くの帝国貴族たちを堕落させたロペスは、ニキアスとドミトリの弟子にされていた。
ニキアスとドミトリは、バスティアンをロペスの弟弟子にするつもりだった。
「おろろ……。わらし、何かやらかしましたか!?」
「ビックリしたなぁ……。メル姉の左目が、ビカッと光ったぞ!」
「わらしの目ぇですか?」
「ああっ。光ってた」
「大丈夫なの、メル。左目から煙が出てるよ」
「わらしの目ぇですか?」
「うん」
「プギィィィィィィィィィィィーッ!」
メルは霞む目をゴシゴシと擦った。
インヴィンシブル・バードのゴーグルはバラバラになり、飛び散っていた。
メルたちの周囲は、飛行するガジガジ蟲の大群に囲まれていた。
もはや、アイテムによる精神耐性の底上げはない。
「イヤーン!!」
メルが情けない声で鳴いた。
◇◇◇◇
「誰だぁー!?調整中のレーザー兵器を起動させたのは……」
妖精母艦メルの艦橋で、副司令官が怒鳴り声を上げた。
「あわわわわっ……。ゴメンナサイ。副司令官殿、私のミスであります。このボタンですね。うっかりして、操作パネルに肘をついていました」
ルーキーの肘が保護用のアクリルパネルを突き破り、赤いボタンを押していた。
それは 新兵器FUB(ファイナル・アルティメット・ビーム) の、発射ボタンだった。
通称、クイーンビームである。
「ほう……」
ブラックバードから転送された領都ルッカの解析画像を調べて、クイーンビームの威力と命中精度を確認した副司令官は、満足そうに頷いた。
想像以上の成果を得たことに、口元が緩む。
「完璧に、オーバーキルですな。しかし、こう言っては何ですが、クイーンビームの実用実験に成功しました。確かに、ルーキーにはペナルティーを与える必要があります。緊張感に欠けた勤務態度は、徹底的に正すべきでしょう。だが、この事故で失われたのは、インヴィンシブル・バードのゴーグルのみ。他方、手に入れたデータの価値は計り知れません」
「ふむふむ、なるほどなぁー。異世界では、こうした出来事を怪我の功名と言うらしい。実に楽天的で、我らに相応しい考え方だ……」
「はっ。言い得て妙ですな」
「うむ……。では諸君、唱和したまえ」
「ははっ!」
「終わり良ければ、総て良し!」
「「「「終わり良ければ、総て良し!」」」」
邪妖精たちは、妖精母艦メルをアニメのロボットみたいに仕立てようと目論んでいた。
巨大ロボットのパイロットになるユメを諦めたメルは、自らが幼女型決戦兵器に改造されて納得できるのだろうか?
「ぐぉぉぉーっ。わらしの呪われた左目がぁー。ウハハハハハッ……。ズキズキと邪眼が疼きよる!」
どうやら、問題なさそうである。