作品タイトル不明
呪われた男
今世に暗黒時代を呼び戻す。
その計画を耳にすれば、誰もが正気を疑うような夢を叶えんとする、呪われた男がいた。
バスティアン・モルゲンシュテルン侯爵、その人である。
バスティアンは 屍呪之王(しじゅのおう) の管理者であると言う特権的な地位を利用し、ウスベルク帝国の屋台骨を腐らせた。
ウィルヘルム皇帝や側近たちが対処する隙を寸毫たりとも与えず、元老院議会に所属する貴族たちの過半数を手際よく懐柔した。
その上でマチアス聖智教会の施設を帝都ウルリッヒに乱立させ、ミッティア魔法王国の工作員に活動拠点を与え、禁忌とされる魔法具や麻薬の販売に手を貸した。
闇組織に資金を流し、人身売買を奨励し、帝都ウルリッヒを腐敗させたのもバスティアンである。
バスティアンは弱きものを選び、純朴かつ勤勉な民に理不尽極まる苦難を与え、謀り、虐げ、追い詰めて破滅させた。
そのすべては、呪素を得る為であった。
世を恨み、怨嗟を抱えて死んだ者たちの霊魂は、良質な呪素を放つ。
呪術師バスティアンにとって、この呪素こそが欠かすことのできないエナジーである。
ガジガジ蟲の群は大量の呪素を保管し、濃縮させるための生きた器だった。
「これだけの呪素があれば、満願成就も絵空事ではない!」
こうして貯めに貯めた呪素が、ヴランゲル城の地下より放たれた。
ウスベルク帝国やミッティア魔法王国など、恐れるに足らず。
「ふっ。雑魚どもめ」
誰にも止められるはずがないと、バスティアンは高を括っていた。
現象界の事例に照らすなら、それも間違いではない。
だがしかし……。
この事態を手ぐすね引いて待ち構えるものたちが居た。
ユグドラシル王国 国防総省(ペッタンコ) 中央管制センターに集まった、妖精たちだ。
「妖精母艦メルを旗艦とする空母打撃群が、ガジガジ蟲と交戦状態に入りました」
「オリフベル沼沢地上空に、大量の呪素が発生しています」
「領都ルッカの瘴気濃度、加速度的に上昇中!」
「おおっ。 屍呪之王(しじゅのおう) (改)が、効率よく呪素を転送しています。こいつは兵呪改良チームのお手柄ですね」
「いいぞ……。その調子だハンテン。がんがん 横取り(インターセプト) してやれ!」
「うぉーっ。イケイケ、ハンテン!!」
実験なしの現場投入で、どうしても不安を拭えなかった開発チームの面々が、喜びの声を上げた。
「悍ましい邪精霊が、我らの希望の星となった」
「犬なのに、忠義なことよのぉー」
「実に地味ですが、まさに記念すべき瞬間ですな」
「ああ。概念界と現象界を結び付けた神秘の力に感謝しよう。ことが無事に終わった暁には、皆で、この奇跡を 寿(ことほ) ごうではないか」
土の長老に、異議を唱えるものは居なかった。
「記念するなら、記念碑が必要だよな」
異界の渋谷スクランブル交差点には、忠義な犬の銅像が立っていると言う。
それに倣って、ハンテンにも記念碑的な像を作ってやろう。
開発チームのリーダーは、そんなことを夢想した。
『うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーん!!』
屍呪之王(しじゅのおう) が痛ましい霊魂たちを集めようと、力の限り遠吠えする。
彷徨える霊魂たちの迷いを断つ、魂の咆哮だった。
『さあ、こちらへ来い。己の内に抱え込んだ、重い荷を下ろすがよい。ワレに恨みを託し、転生せよ!』
長い長い間、忌まわしい兵呪として恐れられてきた 屍呪之王(しじゅのおう) は、 魂魄集積装置(スピリット・アキュムレータ) を起動させる補助具へと生まれ変わった。
屍呪之王(しじゅのおう) (改)は頼もしい力で高密度の呪素を吸収し、 魂魄集積装置(スピリット・アキュムレータ) に転送していく。
「まもなく 魂魄集積装置(スピリット・アキュムレータ) の起動条件を満たします。カウントダウン……」
「………………5、4、3、2、1、0。始動します」
「 魂魄集積装置(スピリット・アキュムレータ) 、スタート!」
「……………………」
中央から順に、大規模積層型魔法陣が起動していく。
回転し、重なり合い、回路を形成し、一瞬だけ光を放つと、更なる外周を構築し始める。
「確認せよ!」
「モニターに異常なし。各術式、正常に作動中。出力、安定域に到達します」
「これより、輪廻転生システムを再生させる。現象界レベルにて、魔法術式を展開!」
「パスを開きます」
「概念界と現象界の境界面に、穴を穿ちます。 方尖塔(オベリスク) を起点として、転生ゲートが固定されました。成功です」
「「「「「おおぉーっ!!!」」」」
湾岸施設、11番倉庫に、光の柱が立った。
「おおっ。何だあれは……!?敵の攻撃か?」
鈍色の雲を貫く眩い光に目を細め、ウィルヘルム皇帝陛下が叫んだ。
「いいえ、陛下。あの光に邪な気配は感じられません」
これにアーロンが応じる。
「ならばアーロンよ。あれはメルさまの計略か?」
「おそらく……」
「何とも頼りない答えだな」
「少なくとも攻撃魔法の類ではないようですが、確かなところは分かりません。妖精女王陛下は……。そのぉー。説明するのが苦手なので……」
「聞いておらんと……」
「はぁ。お恥ずかしい限りです」
「フゥーム。幼児であらば、さもありなん」
ウィルヘルム皇帝陛下は、嬉しそうに顔を輝かせた。
「そうなんですよ。なにをお訊ねしても、無視されてしまいまして……」
ウィルヘルム皇帝陛下の斜め後ろに従い馬を駆るアーロンは、手綱を操りながらモゴモゴと言い訳をした。
どこか懐かしい雰囲気のある光の柱が気に掛かり、先程から落ち着かない。
ソワソワと心が浮き立つ。
(だが、まさかなぁー。アレは完全に失われたと、クリスタさまも仰っていたし……)
かつて魔法博士たちに修復は不可能だと断念させた、輪廻転生システム。
その輪廻転生システムに、どことなく様子が似ているのだ。
透き通るような、光の色合いが……。
「メルー。光の柱が立った」
トンキーの背で、ミケ王子が11番倉庫のある方角を指さした。
「おぅ。ちと早い気もすぅーが、おおむね予定通りジャ!」
「メル姉。あれが、死んだ人を生まれ変わらせる木か……?只の柱みたいだ」
ダヴィ坊やが首を傾げた。
「あっこから、でかぁーい樹ぃーになりマス。これで去年の夏に亡くなったオットー爺ちゃんも、赤さんに生まれ変わろうモン」
「あーっ。オレらのことを叱りつけてばかりいた、あのクソ爺……」
「オットー爺。メジエール村に生まれてくるかなぁー?いちおう、ユグドラシルの出生管理センターには、ご近所でと頼んであるんやけど」
「エェーッ。メル姉は、オットー爺がタイプなのか?」
「ふっ。タイプとか、何を言うてますの……。ちゃいますがな……。オットー爺ちゃんが赤さんに生まれ変わりよったら、これまでの仕返しで可愛がりマス」
メルは赤ちゃんが大好きだった。
口うるさく面倒を見てくれたオットー爺さんには、それなりの恩義もある。
妖精女王陛下の 要請(わがまま) が通り、オットー爺さんがメジエール村に転生したのなら、両親に許しを得てからおしめを替えるつもりでいた。
そして未来永劫、『わらしが、おしめを替えて上げたですよ』と繰り返して聞かせるのだ。
「…………っ。恐ろしくて、迂闊には死ねない」
ダヴィ坊やはオットー爺さんに、同情した。
「メル、フレッドさんが死んだら……?」
ミケ王子が不安そうな顔で訊ねた。
「お父かぁー。あれはなぁ。殺されても死なんタイプやろ。這いずってでも、まぁまのとこへ帰りそうやねん。けど……。もし死によったら、生まれ変わった赤さんは、わらしが愛情をこめて育てちゃるわ」
「ウゲェー」
フレッドには聞かせられない、最低な来世だった。
「はいよー、トンキー! 墓所の巨人(コープスタイタン) が破壊した囲壁を乗り越えて、領都ルッカへ突入ジャ!」
「プギィィィィィィィィィィィーッ!」
メルたち一行は、ギャーギャー騒ぎながら領都ルッカへ突進した。
その間、空母打撃群のキルゾーンに入った魔導甲冑やガジガジ蟲は、例外なく邪妖精の攻撃部隊に狙い撃ちされ、爆散した。
インヴィンシブル・バードのゴーグルを装着したメルの視界に花丸マークの花弁が飛び散り、花吹雪のようにヒラヒラと舞った。
「でかした。おまーら、祝福。祝福しちゃるでぇー!」
メルは晴れの舞台に血色も良く、ますます意気軒昂である。
「なんとまあ、これが狙いかい!?」
いつまで待とうと消えようとしない光の柱を眺め、調停者クリスタが呆れたように呟いた。
「ムムッ。生命樹か……!!」
愚劣王ヨアヒムも驚きを隠せなかった。
何となれば、失われた輪廻転生システム、生命樹の再生は、人々の尽きせぬ悲願であったからだ。
「ユグドラシルの意図が判った以上は、こうして待機している必要もなし」
「如何にも」
「では、われらも後始末に参るとしましょう」
「やれやれ。これで漸く、古の定めに殉じようとせぬ子孫を叱りつけることができる」
「……………………」
「なんだ?不満そうな顔だな」
「いや。少しばかりバスティアンを不憫に思っただけさ」
調停者クリスタにとって、やはり人の王は愚劣王だった。
祖先が残した負債を喜んで引き受ける子孫が、どこにいると言うのか……?
それなのに、己のやらかしを棚に上げて、どこまでも上から目線だ。
もはや、お笑い種であった。
バスティアン・モルゲンシュテルン侯爵は望楼の窓辺に立ち、湾岸施設に生じた光の柱を睨みつけていた。
「何故だ。どうして、今このとき、この場所に……」
強く握りしめたこぶしが、フルフルと震える。
「この期に及んで、生命樹だとぉー。ふざけるな!断じて認めることなど出来ぬわ!!」
それは全く理不尽な話であったが、世界を滅ぼさんと願うバスティアンの勤勉さによって生じた奇跡なのだ。
せっせとバスティアンが貯め込んだ呪素を肥料として、生命樹は芽吹いた。
それこそが嘘偽りのない真実であった。
バスティアンの努力がなくば、今もまだ世界は緩やかに滅びへと向かっていただろう。
「がぁー!まだだ。まだ終わってはいない。祖先より引き継いだ、偉大なる魔法博士の秘術。我が心の師、ニキアスとドミトリの呪術を見せてくれん。おい、オマエたち。全てを我に捧げよ」
「ははぁー」
「御意に」
バスティアンを囲む変異した騎士団の面々が、自らの手で己の首を刈り落とした。
バスティアンは古びた呪術書を頭上に掲げ、 魂魄集積装置(スピリット・アキュムレータ) が奪い去っていくより早く、周囲に漂う呪素を吸収していった。
ドーンと大音響を発し、ヴランゲル城が土煙に覆われた。
「おや。何事でしょう?」
襲い掛かってくる蟲人間を斬り捨てながら、マルグリットは音のした方を見やった。
「嫌な気配ですわ」
医療棟から湧き出た蟲人間たちは、途轍もなく狂暴で強かった。
だが、メルに邪妖精を貸し与えられたマルグリットの強さは、蟲人間たちを軽く凌駕した。
崩壊するヴランゲル城を観察しながらでも、危なげなく蟲人間の攻撃をかいくぐり、可愛らしい剣を振りまわす。
怪人とも呼ぶべきモンスターたちの姿は、驚くに当たらない。
改造人間だったマルグリットは、身近に似たような姿の兵を見慣れていた。
マルグリットが心から恐怖しているのは、メルの折檻だけである。
生埋めアゲインだ。
「グゲゲゲッ……」
「ヒギィー!」
数本の脚が千切れ飛び、柔らかな腹節を曝したところへ、すかさず剣の切っ先を突き入れる。
吹きだす黄土色の体液を避けて、回り込むように移動する。
「ふわぁー。何ですかアレは……」
土煙の向こうに姿を現した怪物が、マルグリットを驚かせた。
そいつは 屍呪之王(しじゅのおう) より遥かに大きな、ガジガジ蟲だった。
「キッショー。ガジガジ 王(キング) ですわ」
怖いもの知らずのマルグリットでも、可能であるなら避けて通りたい敵だった。