作品タイトル不明
嵐のまえに餅パーティー
雪でキラキラと輝くメジエール村の中央広場に、こんもりした白いドームが姿を見せた。
アニマルキャップみたいな、可愛らしい雪のドームだ。
最初メルは、豚飼いの少年ティッキーから教わったカマクラを作っていた。
それが建築と破壊を繰り返すうちに、だんだんと工夫を凝らすようになって、現在に至る。
制作方法もガラリと変わり、積み上げた雪山の内部をくり抜くカマクラ方式は採用されなくなった。
今では、雪のブロックを積み重ねるイグルー方式だ。
雪面を好みの広さに掘り下げたら、周囲に雪のブロックを並べて積み重ねていく。
重ねるブロックに隙間ができないよう、セメント代わりの雪を盛っておく。
水を散布して暫く待てば、ガチンガチンに凍った頑丈な壁になる。
この作業を繰り返し、大きなドームを造り上げるのだ。
「ねえ、メルちゃん。ここの穴は…?」
メルとダヴィ坊やが背の届かない位置は、ジュディットに手伝ってもらった。
なんでもやりたがるジュディットは、すっかり幼児ーズに馴染んでいた。
見た目は年上だけれど、一緒に居ても違和感がない。
「そこは煙突がつくけぇー、塞いだぁアカンよぉー」
「ふーん」
風の妖精が協力してくれるので、密閉性を上げても換気は万全。
イグルーの中で発生した煙は、内部に留まらず煙突へと運ばれていく。
「うわぁー。ネェネ、ブタさん。トンキーだね」
「うむっ。トンキーです」
「まるい顔は、ちっさい頃のトンキーだな。アイツ、ごっつくなっちゃったから…」
「……うん。もうなんか、ペットではありません。どちらかと言うと、 怪獣(ホジラ) …?」
ホジラ、ホグジラとは、野生化して巨大に育ったイノブタを指す。
牛より大きなブタは、見たまんま怪獣だ。
メルが愛らしかったトンキーを思い浮かべ、遠い目になった。
「残念だ」
「残念デス」
ダヴィ坊やがメルの肩をポンと叩き、メルは小さく頷いた。
「で、精霊樹の実か…?」
「うん…。ブヒブヒ甘えて欲しがるから、食べさせすぎたわ…」
精霊樹の実は、計画性を持ってペットに与えましょう。
「メルちゃん、毛皮を貼り終わったよ。これでよい?」
「フォーッ、バッチリです。ジュディーさん、ありがとぉー」
「ネェネ、ダヴィ兄ちゃん…。できたの…?」
「おう、ディー。作業終了だぞ」
今年もメルとダヴィ坊やは、ディートヘルムに付き纏われながら大きなブタの 頭(アニマルキャップ) を完成させた。
アザラシを追い、何もない雪原にイグルーを作るイヌイットたちと違って、材料はふんだんにある。
雪面を掘り下げた居住スペースには、板を並べて床を作り、何枚もの毛皮を敷いてからクッションまで運び込む贅沢さだ。
分厚い毛皮を数枚ほど重ねて貼り付けた壁は、外気の寒さを通さない。
ブーツを脱いで寛げる空間。
イグルーの内部は魔法ランプで明るく照らされ、マジカル七輪に載せられたポットがチンチンと鳴り、白い湯気を立ちのぼらせていた。
「フフン。王さまの気分じゃ!」
「うむっ。木造の小屋と違って、格好よくできた」
「ネェネとダヴィ兄ちゃん、 そ(・) ごい」
「それを言うなら、すごいだぞ。でぃー」
ディートヘルムに褒められて、メルとダヴィ坊やは上機嫌だ。
「そろそろ日課を終えて、ラビーさんが来ます。温かなスープでも、用意しましょか」
「ばっちり内装も完了させたから、タリサとティナが来たって大丈夫。誰にも文句なんぞ言わせん!」
ダヴィ坊やは自信満々だ。
何も分かっていないジュディットだって、イグルーの居心地よさに満足気だった。
床に腰を下ろして、足を延ばせば、ふかふかで、フワフワで、ヌクヌクだ。
幼児ーズが全員そろっても寝転がれる、余裕の広さがある。
そして、【酔いどれ亭】の食堂より暖かい。
「わんわんわんわんわん…」
遠くから、 馬鹿犬(ハンテン) の吠える声が聞こえてきた。
「メルちゃん、こんにちはぁー」
然して待つこともなく、日課を完了させたラヴィニア姫が姿を見せた。
その腕には、ハンテンが抱かれている。
「いらたいませ。ベイビーリーフ号の調子は、如何?」
「もう、サイコーだよ。キンモチイイー」
「それは良かった」
「ドゥーゲルさんに、お礼を伝えなきゃ」
「それがええよ。ドゥーゲルが喜ぶ」
ラヴィニア姫が運転しているベイビーリーフ号(改)は、冬季仕様のラッセル車だ。
除雪用バンパーが装備された、クローラー車両である。
これでメジエール村の主だった通りを雪かきするのが、ラヴィニア姫の日課だった。
降り積もった新雪やアイスバーンも、無限軌道があればへっちゃらだ。
「くろぉらぁ…?最初に見たときは、不細工で何かなぁーと思ったけど。タイヤと違って、新雪に嵌らないの…。ビックリしちゃった!」
「ウンウン。そぉーなんですよ」
メルのライトニング・ベア(改)も、スノーモービルのような姿になっていた。
スピードは兎も角、 無限軌道(クローラー) の走破能力は半端ない。
と言うか、タイヤだと速攻でスタックする。
冬のメジエール村では、 橇(そり) かスキーが主な長距離移動の手段となる。
どちらにしても新雪は難儀であり、道路が踏み固めてあれば有難がられる。
メルとラヴィニア姫、それにハンテンは、精霊樹と縁の深い存在なので、常春の環境を愛する。
どちらかと言えば、カンカン照りで乾いていたり、寒かったりするのが苦手なのだ。
「ささ…。これ飲んで、温まりマショウ」
「ありがとぉー」
なのでラヴィニア姫は、メルからコーンポタージュ・スープのカップを受け取ると、マジカル七輪の傍に腰を下ろした。
「むっ!?」
その際に、メルの関心がハンテンに向けられた。
久しぶりに見たハンテンの額に、何やら立派な眉毛が…。
ユグドラシル王国より派遣されたエンジニア(妖精)たちにアップデートされて、ハンテンは凛々しくなっていた。
馬鹿犬は卒業だ。
バスティアン・モルゲンシュテルン侯爵との戦いは、これで準備万端整った。
「なあ、ラビーさん。ハンテンやけど…」
「あーっ。この子ねぇー。最近、ちょくちょく家出をするんで、捕まえてるの」
おそらくは、アップデートのために連れ去られていたのだろう。
「ほぉーん。もう、そんな心配は要らんと思いますヨ」
「そうなの…?」
「ほら、眉毛も立派になって…」
「えーっと、ハンテンに眉毛なんてないけど」
ラヴィニア姫が訝しげに首を傾げた。
「へっ?」
「メル姉、犬に眉毛はないぞ!」
ダヴィ坊やも、ラヴィニア姫に同意する。
どうやら、ハンテンの眉毛はメルにしか見えないようだった。
せっかく知性を身につけたのに、残念なことである。
「メルちゃん、捕まえたぁー」
「フォーッ!」
ボッチ人魚のジュディットがラヴィニア姫の真似をして、メルを抱っこした。
「「……ふぅーっ!」」
メルとハンテンは互いを見つめ合い、ため息を吐いた。
ペット扱いされる身分は辛い。
◇◇◇◇
「ようやっと、 泥沼(クヌート) が凍りよった」
メルがポツリと告げた。
クヌートは、モルゲンシュテルン侯爵領の東側に広がる湿地帯だ。
底なし沼とも呼ばれる湿地帯に、氷が張った。
悪魔王子(デーモンプリンス) からの報告だ。
ユグドラシル王国の監視システムは、現象界の重要な変化を見逃さない。
七つの目を持つ 黒鳥(ブラックバード) は、人跡未踏の極点や深海の様子でさえ概念界から見張っていた。
広大な沼沢地帯は、帝都侵攻を妨げる自然の要害だった。
モルゲンシュテルン侯爵領から重い魔導甲冑を運びたければ、広大なクヌート沼沢地帯を迂回する必要があった。
だが、泥地が完全に凍りついてしまえば、魔導甲冑を載せた新型ゴーレムで難なく移動できる。
「そしたら、侯爵の軍は動き出したのか?」
「うん。あと十日ほどで、ヴラシア平原は戦場になるデショウ」
メルはマジカル七輪で餅を焼きながら、ダヴィ坊やに答えた。
「ウィルヘルム皇帝陛下は…?」
「明日には、ヴラシア平原に陣を張ると思う」
「帝国軍は勝てるのかしら…?」
ラヴィニア姫はウィルヘルム皇帝陛下の愚痴を耳にしているので、心配そうだ。
「いやぁー。駄目デショ」
「えぇーっ!?」
「だから、オレとメル姉が行くんだ」
「そんなの、おかしいヨォー。戦争なんて…。帝国騎士団やフレッドさんたちに、任せたらいいじゃない」
「それが、そうもいかんのデス。これは、ユグドラシル王国の問題でありますから…。妖精女王陛下が顔を出さんと、格好がつきません」
メルが困ったような顔で言った。
「だったら…。あたしも行くよ」
「いやいや、ピックニックへ行くんとちゃいますよ。野蛮で、見苦しい戦争ですから…。ラビーさんには、チョット遠慮して欲しいワァー」
「野蛮だから連れて行けないなんて、理由にならないよ!ティナとタリサだって、一緒にくると思う」
「女の子は戦争なんて見ても、ちーとも面白ぉーないで」
「メルちゃんだって、女の子でしょ。そもそも、そういう問題じゃなくて…。幼児ーズは楽しいときも大変なときも、一緒なんです!!」
ラヴィニア姫が、真剣な顔で主張した。
「わらしが行けば、もぉー楽勝で終わりますから…。心配せずに、おとなしく待っててください」
「イヤです!」
どうにも、説得できそうになかった。
メルは焼いた餅をフライパンで炒め直し、焼き立てのベーコンとチーズを載せて皿に盛りつけた。
餅は色々な食べ方ができる。
軽く油で揚げれば、ベーコンやチーズとの相性もバッチリだ。
メルから皿を受け取ったディートヘルムとジュディットが、出来立てのところをフォークで刺して、フーフーしながら慎重にかぶりつく。
野生の人魚も、熱い餅を頬張ると口の中が大変なことになるのは、既に学習済みである。
「ほいひい…」
ジュディットは口をモグモグさせながら、メルの料理を称賛した。
「皮はサクッと、そんでもって中身がミョーンと伸びるぅー」
「あつあつ…。うめぇー」
ディートヘルムとダヴィ坊やも、大喜びだ。
「遠慮なく食え。ジャンジャン焼くで…」
メルは餅のサイズに合わせて切り揃えたベーコンをフライパンに並べた。
その横に、焼けた餅も並べる。
ベーコンが三枚に、餅が三個。
マジカル七輪とフライパンの大きさからして、一度に作れるのは三個まで。
餅とベーコンが焼ける。
蓋を被せたフライパンから、ジューッと音がした。
煎餅みたいに硬くなった焼き餅の表層が熱せられた油を吸い、こんがりとキツネ色に揚がる。
「これは美味しいけど…。絶対に太るよ、メルちゃん」
雪の季節を迎えて些か運動不足のラヴィニア姫は、乙女っぽい苦情を口にした。
「そしたら、ラビーさん。ごちそうさまですか…?」
「えっ!?ごちそうさまって…。とんでもない。オカワリしますヨ!」
それでも、『ベーコンチーズ餅を食べない!』と言う選択肢はなかった。
「どうせ食べるんだし、クヨクヨ悩んだりせんで楽しめばエエねん」
メルは気にしない。
寝るまえに揚げ物を食べても、罪悪感などない。
「わらしのポンポンなんて、ポッコシですわぁー」
TS乙女は些細な体形の変化なんて、ちっとも気にしていなかった。
正直に言えば、背が伸びないことに比べたら、ウエストサイズなんてどうでもよかった。
「メルー。来たよぉー」
「おじゃまします」
タリサとティナが顔を見せた。
「はいはい。寒い中、よぉーお越しやした」
「まあ、そこへ座れ」
「寒かったでしょ。メルちゃんの作った、スープがあるよ」
メル、ダヴィ坊や、ラヴィニア姫が、タリサとティナのために席を空ける。
ディートヘルムとジュディットは、ベーコンチーズ餅の食べすぎで寝転がっていた。
「あぁーっ。まぁた勝手に、美味しいものを食べてる」
真っ赤な頬をしたタリサが、ベーコンチーズ餅を指さした。
「それ…。わたくしにも、くださいな」
ティナもクッションに腰を下ろすなり、催促だ。
「ニャニャ。そう慌てんでも、アータらの分は用意してあります」
「おーっ、気が利くじゃん」
「ありがとう、メルちゃん。いただきます」
タリサとティナはコーンポタージュ・スープを飲み、ベーコンチーズ餅をパクパクと頬張った。
こうしてイグルーに集った幼児ーズの面々は、餅パーティーを続けるのだった。