軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

思いがけぬ出会い

「なあ、アンタ。今更だけど…。どうして、こんなところに居るんだよ?」

ヤニックことヨーゼフ・ヘイム大尉は、全身からカレーの香りを漂わせるビンス老人に訊ねた。

「布教活動です」

ビンス老人が、にこやかな笑顔で答えた。

「いやいや…。いくら領都の 端(はずれ) とは言え、こんな場所で布教活動って、危ないだろ」

ビンス老人は、所有者が失踪して半壊した宿屋を勝手に使用していた。

その図々しさには、ヤニックも頭が下がる。

ヤニックが領都ルッカでの潜伏場所を探していたところ、ビンス老人を見つけてしまったのだ。

「困難があってこそ、遣り甲斐もあると言うもの…。それに精霊さまのお導きがあり、こうして皆さんとも再会できました。この隠れ家を提供して、僅かなりとも活動の助けとなるなら幸いです」

「ありがとうよ、ゲルハルディ。地下に潜伏することも覚悟していたが、快適に過ごさせて頂いている」

クリスタはテーブルに載せた置物を弄りながら、礼を言った。

古びて緑青が浮いた、強そうな騎兵像だ。

残念ながら、頭が捥げている。

「とんでもございません、調停者さま。このような粗末な小屋ではありますが、お寛ぎください」

メジエール村を離れたビンス老人はモルゲンシュテルン侯爵領に潜入し、虐げられている人々の逃走を手助けしていた。

カレーライスの炊き出しは、恐怖と虚無感に支配された者たちを立ち直らせる一助となっていた。

「不思議なもので、過酷な状況に置かれて心を病んだ弱者も、美味しい料理を食べると、忽ちの内に正気を取り戻すのです」

「へぇー。その手の現象は、分からないじゃないね。どんなときだろうと食事は大切だよな」

「いえいえ…。 美味しい(・・・・) ことこそが、何より大事なのです」

ビンス老人は、ことさらに【美味しい】を強調した。

「そうは言うけどさ。美食に拘るような状況かよ?」

「そうそう…。裏路地では、ガキどもが腐った芋を取り合っているぞ」

ジェナの横でカレーライスを食べていたマーティムとメルヴィルが、口を挟む。

「嘆かわしいことです」

「まったくだ」

ビンス老人とヤニックが、現状の悲惨さに表情を曇らせる。

領都ルッカは、弱者にとって地獄だ。

衣食住に困窮するだけでなく、面白半分で殺される危険があった。

ここでは倫理観の欠如した者こそが強者であり、理不尽な暴力による死など詰まらぬ日常風景の一コマに過ぎない。

「美食に拘る心意気が、挫けた者たちに城壁を越えさせるのです。一皿のカリーラースが、この穢れた土地から抜け出す勇気を与えてくれるのです」

「いくらなんでも、それはないだろ。だいぶん話を作っているぞ」

「ふっ、マーティムよ。聖職者ってのはなぁー。何でも、美談っぽく語るもんだぜ」

マーティムとメルヴィルは、眉に唾してビンス老人の話を聞き流した。

「キミたちはぁー、グチャグチャと煩いですよ。素直にビンスさんの話を聞けないなら、カレーを食べるな…!ビンスさん、オカワリをお願いします」

ジェナ・ハーヴェイがマーティムとメルヴィルを黙らせ、ビンス老人に空になった皿を突きだした。

「ところでクリスタさま。それは…?」

ビンス老人はジェナから皿を受け取り、クリスタが手にした騎兵像に関心を向けた。

「あーっ。これかい。これはメルが大切にしている宝物だよ」

「あらら…。首が折れてる」

ジェナは騎兵像の頭があるべき場所を指さした。

「ディートヘルムが遊んでいて、ポッキリやっちまったらしいね。そのとき捥げた頭は、行方知れずさ」

「メルには妖精の助けがあるだろ。妖精を使って探しても、見つからなかったのか!?」

ヤニックが当然の疑問を呈した。

「一生懸命になって探したらしいが、見つからなかったのさ。だから文字通り、この世から消えちまったんだろ」

「そんなこと、あるのかよ」

ヤニックは納得がいかない顔だ。

「悪魔チビと恐れられる妖精女王陛下も、愛する弟にやられたんじゃ、文句も言えまい」

「偏愛だな。偏愛。妖精女王陛下が信賞必罰の決まりを守らんとは、怪しからんな」

そう言いながらも、マーティムとメルヴィルは愉快そうだ。

メルが生き埋めにするのは、人殺しを屁とも思わない悪党に限られた。

その何でもない普通さが、好ましかった。

「あの子が、いつになく悲しそうにしておったでな。修理してやると、約束した」

「ほぉー。調停者さまは、そのようなものまで直せるのですか?」

ビンス老人が尊敬のまなざしで、クリスタを見た。

「ビンスよ。これはなぁ、とても古い品だ。長い歳月を経て、強力な霊素を宿している。呪物として扱うなら、手ごろな素材なのさ」

「なるほど…。単なる置物ではないと…」

「丁度よいので、ヨアヒムの頭部と融合させてやったのだが…」

そこでクリスタは、ヒョイと肩を竦めた。

「でも、頭は付いてないですよ」

ジェナも小首を傾げる。

「騎兵像が呪術を拒んだので、ちょっとばかし奇妙なことになってしまった」

青銅の騎兵像は、小脇に愚劣王ヨアヒムの頭部を抱えていた。

「うへっ、 首無し騎士(デュラハン) だぁー」

ジェナが騎兵像から視線を逸らせた。

小脇に抱えられたミニチュア・サイズの生首が、妙におどろおどろしかったからだ。

「なんだこれ…。ちっさいけど、こいつは確かに、ヨアヒムの顔じゃないか」

「スゲェー、くりそつだ。今にも、喋りだしそうだぜ。でもよぉー、薄気味が悪いよ」

クリスタの手元を覗き込んで、マーティムとメルヴィルが驚きの声を漏らした。

「メル坊の玩具として、ちと問題がないか…。苦悶に満ちた顔の、生首とか…。しかも大罪人、愚劣王ヨアヒムの生首だぞ…。そもそもどうして、こうなったんだ?」

ヤニックはヨアヒムの顔を見て、首を横に振った。

「おそらくは、騎兵像の霊がヨアヒムとの融合を嫌った結果だろう。こんな現象は、あたしも初めてなんで驚いてるよ」

「なるほど、それは中々に興味深い考察ですな。騎兵像に宿りし善なる霊が、邪悪な霊を強く拒んだと…」

ビンス老人は、ウンウンと頷いた。

「なあ、お二人さん…。そういう話はしていないぞ。俺がクリスタに提示した疑問は、どうして人類の敵をメル坊のオモチャに封じるのか…?って、話だ」

ヤニックが、クリスタに食って掛かった。

「なりゆき…?あたしは呪いの連鎖を終わらせるために、ヨアヒムを利用したかった。この首が捥げた騎兵像は、呪いの器に最適だった。あたしの手元に、これ以上の呪具がなかった…。理由は、そんなところかね」

「緊急避難的な間に合わせの選択だと…?しかしだなぁー。それをメル坊に手渡すのは、どうなんだ…?危険な呪物は、呪術師がきちんと管理すべきじゃないのか」

「問題ないね。メルなら、ヨアヒム程度の悪霊は鼻であしらうさ」

「そうなのかぁー?子供のオモチャに、呪われた置物とか絶対にいかんだろ。普通、怖くて泣くぞ!」

クリスタは訝しげな目つきで、ヤニックを眺めた。

「普通と言われても、何しろ相手はメルだからねぇー。あの子は、骨とか怪物とか、とにかく 悍(おぞ) ましげな玩具が大好きなんだよ。とくに 曰(いわ) く付きの呪物とか…。何年も傍で見ていて、アンタは気づかなかったのかい?」

「マジかよ…。なんだか、フレッドが不憫になるぜ」

「うん。アビーさんも、ときどき嘆いているよ」

ヤニックとジェナが、ため息を吐いた。

周囲が何を心配しようと、メルはメルだった。

TS乙女なので、やむなし。

「ところで、斎王さま…。そちらのお二方は…?」

ビンス老人が目顔で、マリーズ・レノアとマーカス・スコットの紹介を求めた。

ここまで食堂の隅に縮こまっていたマリーズとマーカスが、びくりと身体を震わせた。

「此度は拝顔の栄に浴し、恐悦至極に存じます。ゲルハルディ大司教さま。わたくしの名は、マリーズ・レノアと申します」

「自分は、マーカス・スコットであります」

マリーズとマーカスは、畏まって頭を下げた。

「ビンス老人。この二人は、ミッティア魔法王国の秘密工作員です」

斎王ドルレアックは、事もなさげな様子で二人の素性を打ち明けた。

「ほう、それはまた。何やら、事情がありそうな…」

「マリーズとマーカスには、我が姉へのメッセンジャーを務めてもらいます」

「ふむふむ、グウェンドリーヌ女王陛下への伝言ですか?」

「妖精女王陛下からの、正式な宣戦布告です」

斎王の口元に、楽しそうな笑みが浮かぶ。

「斎王さまも、実の姉君なのに何とも業の深いことで…」

「ビンス、きれいごとを言うんじゃないよ。あんたたち聖職者がどれだけ歴史を美化しようとも、事実は事実なのさ。暗黒時代を跨いでの、消すに消せない恨みつらみだからね。誰にだって、しょうもない個人的な恨みはあるさ」

「そうなのですか…?」

クリスタの言葉に、ビンスが反応を示した。

歴史の生き証人から過去の出来事を聞ける、滅多にないチャンスだ。

ここは姿勢を正して、しっかりと拝聴せねばなるまい。

「グウェンドリーヌはね。小さなころから、あたしの後を追いかけ回す子だった。アレを教えろ、コレを教えろって、とにかく喧しかった。何でも真似しようとして、本当に手を焼かされたもんだよ」

「調停者さまが、エルフ王国の女王であった時代は、そのようでありましたか…」

ビンス老人はエルフ族が栄華を極めた時代に思いを馳せ、目を細めた。

「暗黒時代を迎えてエルフ王国が瓦解すると、グウェンドリーヌは勝手にあたしの弟子を名乗って仲間を募った」

「そしてエルフ族を捨てた姉は、聖地グラナックから朽ちた世界樹を盗み出して、ミッティア魔法王国を造り上げたのです!」

クリスタの昔語りに言葉を連ねた斎王は、テーブルの上でこぶしを握った。

きつく握られた両こぶしは、想像の中で姉グウェンドリーヌの顔面に幾度となく振り下された。

だが現実には、声が届く距離に近づけたことさえなかった。

「まったく、忌々しい。小心者の癖に、虚栄心と悪知恵だけは人一倍で…。あの子は、どうしようもない厄介者だよ」

クリスタの眉間には、深い縦ジワが刻まれていた。

「ふーむ、なるほどぉー。ミッティア魔法王国の建国秘話ですな。決して民衆に語られることがない隠された歴史の真相とは、そのようでありましたか…」

調停者クリスタが殺したいほど憎んでいる弟子(自称?)とは、グウェンドリーヌのことであった。

それは事情通の間で囁かれる噂に過ぎなかったが、こうして直に話を聞けば『さもありなん』と頷くしかないビンスだった。