軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ドラゴンズ・ヘブン

水は高きより低きへ流れ落ちる。

同様にして穢れは、強者から弱者へと押しつけられる。

メルが知る限り、この世で最弱の存在と言えば悪霊である。

嫌われ者で、最弱。

何とも憐れな存在だった。

苦しくて寂しくて、生者に救いを求める。

それでも実害を及ぼすとなれば、避けられるのは仕方がない。

放置しておけば勝手に穢れを吸い寄せて、憑りついた相手に災厄を 齎(もたら) すのだ。

「けどなぁー。悪いことばかりじゃありませんよ。アータらの純化された穢れが、呪術の起動ぱわぁーになるんじゃ」

純化された穢れというのは言語的に矛盾がありそうだけれど、霊力をプラスの力と定めたときマイナス方向の力とされるのが穢れと考えれば、概ね正しい。

メルは帝都ウルリッヒの迷宮から溢れだした悪霊を浄化するさいに、穢れの活用方法を見出した。

そして鼻持ちならない貴族どもに、水虫の呪いをかけたのだ。

「計算外だったのは、アータらの感謝が花丸ポイントとして加算されるコトですわぁー」

悪霊は穢れの吸引装置であると同時に、浄化すると多量の花丸ポイントをくれた。

しかも悪霊を捕獲すれば現地の住民から感謝されるので、これまた花丸ポイントを稼げる。

『ありがとう』の二重取りだ。

花丸ポイントが、すごい勢いで増える。

それだけでなく、悪知恵の働くメルは帝都ウルリッヒの悪霊駆除をウィルヘルム皇帝陛下に申し出て、巨額の 資金(ペグ) をウスベルク帝国からせしめた。

悪霊は浄化によって消えたように見えるが、すぐに穢れを集めて再生する。

従って、何度でも稼げる。

「ハッキリ言って、ウハウハじゃ!」

こうなると嫌われ者の悪霊たちも、金の卵を産むガチョウとなる。

とても愛おしい。

そこでメルは、理不尽に背負わされた穢れが重くて浄化されない不遇な魂たちを集め、メジエール村に隣接する荒れ野で飼い始めた。

「わらしこそ、アータらには深ぁーく感謝しています。ありがとなぁー」

適切な時期を見極め、悪霊たちが集めた穢れを回収する。

それだけで、 穢素(あいそ) (呪いパワー)と花丸ポイントは集め放題。

家畜と違って、エサなんて要らない。

メジエール村で発生した穢れも、自動で荒れ野へと吸い寄せられる。

「何かのぉー。鎮魂ビジネス…?これは、不当な搾取なのでしょうか?」

輪廻転生装置がオーバーフローを起こしてから、悪霊は増加の一途をたどっていた。

花丸ポイントを稼ぎ、高濃度の穢れを蓄えるには、またとない好環境である。

メルの考えた鎮魂ビジネスは、まさに無から富を生み出す錬金術だ。

「しかし、アータらに転生してもらう日が、時々刻々と近づいております。鎮魂ビジネスを手放すのは、正直に言って心苦しい。お財布に、大ダメージじゃ。わらしは、アータらと離れたくありません」

悪霊たちはメルを儲けさせてくれるのだから、可愛くて当然だった。

でも、転生できる者たちを現世に引き留めたら、自分が悪者になってしまう。

そこは妖精女王陛下として、きっぱりと諦めるべきである。

「まあ、すっかりモフモフになってしもうて…。そこへ並べや」

霊視できる者には、禍々しい黒い 靄(モヤ) の集まりに見える。

真っ黒くて巨大な 転がる草(タンブルウィード) だ。

「並んで、並んで…。順番やぞ!」

それが幾つもメルの前に列を作る。

メルはニキアスとドミトリに用意させた呪物で、悪霊たちの穢れを吸い取る。

「ほぉーれ、ほれ。ガンガン行くで…!」

メルが手にした水晶髑髏は、ガツガツと歯を鳴らしながら悪霊の穢れを貪る。

黒い 靄(モヤ) に包まれた悪霊は、穢れを喰われて見る見るうちに縮んでいく。

穢れで黒光りし始めた水晶髑髏を新品と交換して、メルの作業は続けられる。

「うん。気分が軽ぅーなったろう。おまぁーは、そこに寝転がって腹を見せんかい!」

どちらが背中で、どちらが腹か分かるのは、メルくらいのものだろう。

見ようによっては、まんま羊の毛刈りだ。

相手は悪霊だけど…。

「輪廻転生装置が再起動すれば、アータらも新しい人生を授かります。長かった苦痛の日々に、おさらばできるんじゃ。最後のひと踏ん張り、ここはガッツリ気張りまひょか!!」

メルは悪霊たちをバスティアン・モルゲンシュテルン侯爵との戦いに参加させるつもりでいた。

何故なら悪霊たちの殆どが、 屍呪之王(しじゅのおう) を封じるために贄とされた犠牲者だったからだ。

『事の是非は兎も角として…。モルゲンシュテルン家が魔法博士に命じて、暗黒時代の後期に 屍呪之王(しじゅのおう) を放った』

クリスタは、そうメルに語った。

「やった当人が寿命で、この世に居らんのはしゃーない。せやけど、特権として呪いを引き継ぐというのは、どぉーにも理解できん」

そこまでして、権力の座を手放したくないのだろうか…。

呑気に料理を楽しみたいメルとしては、バスティアン・モルゲンシュテルン侯爵の執着が想像できなかった。

だけど我が道を塞ぐ障害の排除に、躊躇いはない。

「ラビーさんとメジエール村の魔法料理店で、ラブラブなスローライフ。それが、わらしの夢じゃ!」

進むべき未来は見えている。

妖精女王陛下としての責務を果たさなければ、美味しい明日にたどり着けない。

「呪われた家名を守るなど、アホらし…。どうして、モルゲンシュテルン家を存続させたんかのぉー?」

メルは余計な手間を増やしたバスティアンに、腹を立てた。

その先祖にも、腹を立てた。

全くもって、忌々しい。

「糞ったれが…。とっとと、滅びんかい!」

小鬼の顔になり、穢れで真っ黒に染まった水晶髑髏を足元に放る。

水晶髑髏が、カカカッ…!と笑った。

「待っとれよ、わからんちんどもめ…。わらしが編み出した、おとろしい呪術を食らわしたるからのぉー。 死の霧(デスフォッグ) を喰らって、泣き入れても知らんでぇー。ヒャッ、ヒャッ、ヒャッ」

穢れは可能な限り、そもそもの出どころへと帰すべきである。

それこそが傷ついた魂を癒す、最良の手段なのだ。

◇◇◇◇

竜が棲む島。

名付けてドラゴンズ・ヘブン。

ドラゴンズ・ヘブンには、メルとダヴィ坊やで、せっせと拵えた秘密基地がある。

カール爺さんの納屋を建て直したときに学んだ技術をフル活用して、本格的な秘密基地を建設した。

秘密基地の横には、ちゃんとした燻製小屋も用意してある。

温泉を利用した露天風呂は、メルの自慢だ。

まさにリゾート。

完成したら、幼児ーズの女子を招く。

メルとダヴィ坊やで計画した、サプライズだ。

だが今日は、大工仕事をしない。

ちょっとした、時間つぶしの釣りを磯で楽しむ。

「ねぇ、あなたたち…。そこでは魚なんて釣れないわ」

大きな岩に腰を下ろして釣り糸を垂れるメルとダヴィ坊やは、海面から顔を出したセイレーンに視線を向けた。

この島で、何度も見かけたセイレーンだ。

セイレーンは、死霊と邪妖精の 融合体(ミックス) である。

ミッティア魔法王国に売り飛ばされた奴隷娘たちが、沖合で海に投棄されて死亡。

死霊と化して海面を彷徨う間に邪妖精たちと複雑に混じり合い、蠱惑的なマーメイドの形を取った。

物悲しい歌声で水夫を惑わし、容赦なく海底へと引き込むセイレーン。

とても危険で恐ろしい妖怪だが、メルとダヴィ坊やにはちっとも関係なかった。

『どちらが強いか…?』と問われたなら、悩むまでもなく幼児ーズに軍配が上がるからだ。

「おまえ、あっちへ行けよ」

「わらしの前で、オッパイをひけらかすなや。腹立つわ!」

「ひどい。ここには魚が居ないって、教えて上げただけなのに…」

「どうして釣り人が、人魚の言葉を信じると思うんじゃ!?」

「そうだ。そうだ。おまえは、魚の味方だろ!」

釣果が無くて苛立つメルとダヴィ坊やは、寂しげなセイレーンを口汚く罵った。

「じゃあさぁー。お魚を獲って来たら、仲良くしてくれる?」

「大きゅーて、美味い魚なら考えんでもない」

「ホントに…?」

セイレーンはメルの言葉を聞くと、満面に笑みを浮かべた。

「メル姉。これと友だちになるんか…?てか全裸ですし、腰から下が 魚(うお) ですよ。こんなんと、友だちになれるのかぁー?」

「デブ。わらしらは、海釣りが上手くないやんか…。ぶっちゃけ、ド下手と申せましょう。このままでは、せっかくの燻製小屋も宝の持ち腐れ…」

「確かに…」

「デブは、美味い魚を食いとぉーないんか?」

「食いたい」

「ねぇねぇ…。お魚なら、わたしに任せてよ」

三人は互いに視線を交わすと、呆気なく合意に至った。

「やったぁー。陸のお友だちができた」

「まだ、お友だちにはなっとらん」

「問題ないよ。今すぐ、お魚を獲って来るぅー」

「いや。悪いけど、わらしらは時間がないんで…。次回にしよか」

メルはドラゴンズ・ヘブンで、フレッドたちの到着を待っていた。

今日は、村人たちを救出しにいく予定だった。

「エェーッ。次って、いつ?わたし、お喋りがしたいのに…」

セイレーンは不満そうに唇を尖らせた。

「三日後で…」

メルが答えた。

「三日後ね。約束だよ。お魚を用意しておくから」

「うむっ」

「わたしの名前は、ジュディット」

「…ッ。ジュディットって、お姫さまみたいな名前だな。オレはダヴィだ」

「わらしはメル」

「二人とも、よろしくね」

そう言って、ジュディットは海中に姿を消した。

メルとダヴィ坊やは、釣りの道具を片付けて磯から撤退した。

情けないことに、釣果ゼロである。

「釣りは、むつかしいわ」

「ふっ。男のロマンだからな」

「意味のない男女差別は、好かん!」

メルはダヴィ坊やの尻を蹴った。

広い海で、自分だけ言葉が喋れるのは、どんな気持ちだろうか…。

ジュディットに、たくさんの仲間が居ればよい。

ボッチでは辛かろう。

メルの眉がへにょりと垂れ下がり、八の字になった。

「はぁー。ミジエールには、セイレーンがギョウサン居るし…。斎王さまにでも、ちょっくら相談してみるか」

「だな。すごく寂しそうだったもんな」

「わらしは孤独で可哀想なヒトを見ると、アカン。ズンと胸に応えます」

飽くまでも上から目線だけれど、友だちになって上げたかった。

「しかし、全裸は困るぞ」

「……くっ。すべすべの美乳だったデス」

「うむっ。心配するな。メル姉も、そのうち育つ」

余計なお世話だった。