軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

俺たち卒業しました

「こっ、これは…」

「見たところ、全滅ですね」

マリーズ・レノア中尉たちが11番倉庫に到着したとき、既に侵入者の姿はなかった。

倉庫内には視力を奪われてのたうつ兵士たちと、破壊された魔導甲冑の山が残されていた。

「さっきの光か?」

「まぁ、ねぇー。あれを直視させられたら、何も見えなくなりますって…」

マリーズは、床に置かれていた紙袋を手にした。

「バターの匂いがする」

マリーズの嗅覚は犬より優れている。

ミッティア魔法王国で受けた改造手術により、身につけた能力の一つだ。

「それは何でしょう…?」

「食べものなら、私より貴様の方が詳しかろう。ちょっと見てくれ」

「んっ、これは…。ぽっぷこーんとか言う、菓子ですね。最近、帝都ウルリッヒで流行りだとか…。何でもトウモロコシを熱して、パンパンと破裂させるらしいです」

「トウモロコシを熱しても、こうはならんだろ」

「粉にするものと、トウモロコシの品種が異なるようです。タルブ川を経由して、帝国の辺境地帯から運ばれてくると聞きました」

「奥地か…。確か…。ヨーゼフ・ヘイム大尉が姿を晦ませたのも、タルブ川の上流だったな…」

調停者クリスタの生存を伝えたヨーゼフ・ヘイム大尉は、タルブ川の上流にて消息を絶った。

当時ヨーゼフ・ヘイム大尉が率いるチームは、魔鉱石の採掘に関わっていたと言う。

マルティン商会の故エドヴィン・マルティン老人と絡んだ事件で、もはや詳細を調べようにも当事者が居ない。

現地に派遣された技術者や採掘現場の監督たちも、誰一人として戻ってこない。

魔鉱石の鉱床は、タルブ川の上流にあるらしい。

そして侵入者が持参したと思しき菓子も、原材料の産地はタルブ川の上流にあった。

「ああ、あーっ。俺たちの結界発生装置が、ズタボロです」

「これは酷い。動力ディスクだけで、10万ピクスの損失だ。完全に中身を抜かれてしまったら、修理のしようがない」

マリーズは破壊された結界発生装置を調べて、肩を落とした。

「逃走経路は、どうやら倉庫の屋根みたいです。取り敢えず、俺が登りましょう」

「私は後方支援だな。いつまでも屋根の上に隠れているとは思わんが、気配を感じたら援護しよう」

「ハハッ。敵が顔をだしたら、お願いします」

マーカスが測定器の表示を調べてから、倉庫の壁と向き合った。

マーカス・スコットの身体能力は、常人を遥かに超える。

一見して細身の優男にしか見えないのだが、軽く助走をつけて跳びあがり、見上げるほどの高さにへばりついた。

「くっ…。つかめそうな凹凸が、殆どありません。ちっ、いい壁だ」

「壁の品評は良いから…。さっさと登れ!」

「ハハッ」

マーカスの身体を支えているのは、微かな溝に引っかけた指先だけ。

そこから左右の腕を交互に動かして、あっという間に倉庫の壁を登り切った。

「中尉、屋根の上に不審者は居ません。ロープを投げます。身体をしっかりと固定してください」

「了解した」

「引っ張り上げますよ」

「よろしく頼む」

ロープで危なげなくマリーズを引き上げる膂力も、実に大したものだ。

ミッティア魔法王国の改造人間は、幼児ーズほどでないにしても妖精パワーを使えた。

マリーズ・レノア中尉は、改造人間で構成された実験的なチームを任されていた。

それは枢密院によって計画された、超人部隊のプロトタイプだった。

「屋根から屋根への移動なら、巡回の兵士に見つからない。連中は、随分と知恵が回りますね」

「私も、そう思う。だけど、匂いが途切れている」

「ここで…?」

「そう、ここで…」

そこは屋根の中央部分だった。

「ここから、飛んだんでしょうかね?」

「信じたくはないが、そうとしか思えない。やつらは空を飛べる。私たちより高く、遠くまで…。たぶん、鳥のように…」

「だったら、侵入も空からでしょう。そんな真似をされたら、俺たちだって守りようがない」

「うん。とっても厄介だ」

ウスベルク帝国には、超人を越える超人が存在するようだ。

「討ち取った首級をムカデのように連ねて夜空を舞う、災厄の魔女か…。こうなると調停者クリスタの伝説は、実話かも知れない」

「それじゃ中尉は、サラデウス爺さんの妄言を信じるのですか…?幼女が体当たりで、鋼の魔導甲冑を破壊したんですよ。さすがに、それはないでしょー」

「見たまんまの年齢とは、限るまい。それに、倉庫の魔導甲冑を見ただろう。あそこまで破壊できるのは、更に強力な魔導甲冑しかないと思っていた。だけど倉庫の床や壁は、殆ど破損していない。なにがしかの魔法で破壊したのだろう」

「バケモノですか?」

「分からん。実のところ八百歳を越える、妖女かも知れない。もしかすると、本国で噂のグレムリンかも知れない」

マリーズは、力なく首を横に振った。

ミッティア魔法王国では、魔道具を破壊する邪霊の存在が囁かれていた。

ある日突然、理由もなく魔道具が壊れるのだ。

『グレムリンの仕業に違いない!』

研究者たちは原因不明の故障を前にすると、グレムリンの名を口にする。

これらの不具合は調べるまでもなく、ピクスで居たくなくなった妖精たちにより、引き起こされたものだった。

だが、妖精の存在を否定しているミッティア魔法王国の研究者たちには、故障の原因が分からない。

「侵入者の正体は兎も角として、屋根の中央から飛び去ったことだけは確かだ」

「うへぇー。それを誰かに話せますか…?中尉が報告してくださいよ」

マーカスは測定器を革のケースに仕舞い、マリーズを見た。

「絶対にイヤだ。正気を疑われる」

倉庫の屋根に立ったマリーズ・レノア中尉とマーカス・スコット曹長は、月を見上げてため息を吐いた。

「困ったな」

「困りましたね」

これではオコンネル警邏隊隊長に、侵入者の逃走経路を報告できない。

◇◇◇◇

メルに助けられて任務を完了させたミケ王子は、意気揚々と帝都ウルリッヒの地下迷宮に赴き、 悪魔王子(デーモンプリンス) にカメラマンの精霊を届けた。

「ボクは、有言実行のケット・シーです。敵地の様子は、カメラマンの精霊がバッチリと撮影したよ」

「……ッ」

無残な姿となった相棒を見て、 悪魔王子(デーモンプリンス) が顔を引き攣らせた。

「彼の地では、激戦だったのか…?」

「あぁーっ。それなぁー」

「メルが 捥(も) ぎりました」

「 何故(なにゆえ) に…?」

カメラマンの精霊は指令室の机に置かれたまま、ぐったりとして動こうともしない。

どうやら精魂尽き果てた様子である。

「撮影に連れて行かなアカンのに、コイツ忌み地を飛べんデショ。持ち運びに不便やから、要らない部分は取り外したわ」

メルは、しれっとした顔で答えた。

「要らないって、それはヒドイ…。満身創痍じゃありませんか?!」

「本体機能に影響ないから、プロペラなくてもエエんとちゃうかい?」

「いやいや…。これでは芋虫にも劣る。そもそも、移動できませんよね!」

「カメラマンは、情報管理が主な仕事デショ。子分が動ければ、ボスは動かんでもいいデショ!」

「そんなバカな!」

悪魔王子(デーモンプリンス) が叫んだ。

「バカですとぉー?これは、聞き捨てなりませんね。だれが…。だれが、バカですかぁー!」

「いや、スミマセン。バカは、俺の口癖です。何なら、バカは俺です。妖精女王陛下に不敬を働き、誠に申し訳ない…。ですが、このままでは可哀想でしょう」

「フゥーン。そんなら、何とか致しましょう」

「カメラマンの精霊を元に戻して頂けるのですか…?」

「元に戻す…?そんなん知らんわぁー。元に戻せとか、アータは何処の小学生ですか…?何年何月、何時、何分、何秒とか言いだす、おこちゃまですかぁー?」

元に戻すことなど出来ないメルは、逆切れした。

「いえいえ…。元通りでなくとも、一向に構いません。何とか、動けるようにして頂ければ…」

「よぉー、分かった。とっておきの手段で、直したるわ」

メルがいきり立ち、カメラマンの精霊に葉っぱがついた枝をぶっ刺した。

メルの樹から授かった、霊験あらたかな枝だ。

カメラマンの精霊が、ビクンビクンと痙攣した。

「くっ…。何やら、苦しんでいるようです」

「いちいち煩いわぁー。ビクンビクンしとるんは、生きとる証拠デショ!」

「断末魔に見えるのですが…」

「気のせいデショ!」

こうなると直すではなく、治すが正しいのか…?

何にせよ、メカと有機体の融合である。

「まぁー、元に戻らんでも…。これ刺しとけば、何とかなるデショウ…!」

実にアバウトである。

精霊樹の枝を刺してどうなるのかは、メルにも分からないので仕方がなかった。

ただ効果のほどは、ラヴィニア姫やハンテンで実証済みだ。

「たぶん、新型に生まれ変われる。新型ボディーは、ピカピカじゃ!」

「はぁ、そうですか…。それは良かった」

ここは頷くしかない。

悪魔王子(デーモンプリンス) は、妖精女王陛下の家来なのだ。

家来とは、そう言うものである。

◇◇◇◇

ゴブリン部隊を率いるケクス隊長が、地下迷宮で訓練中の冒険者たちを広場に集めた。

バルガスを筆頭に、ならず者の冒険者たちは、ウスベルク帝国の近衛兵より精悍な顔つきをしていた。

それはヤニックことヨーゼフ・ヘイム大尉のチームも、同じだった。

死線を越えて鍛え上げられた、ユグドラシル王国の精鋭部隊である。

目つきや物腰はもとより、どっしりと落ち着いた雰囲気からして強そうだ。

訓練生たちは過酷な訓練を通して、不屈の戦士に成長したのだ。

「オマエら、立派になったギャ!」

ケクス隊長は居並ぶ生徒たちを見回して、静かに頷く。

冷静に死の恐怖と向き合い、あらゆるチャンスを見逃さず、がっちりと勝利をつかみ取る。

共に闘った仲間との信頼も築き上げ、真の冒険者へと成長を遂げた。

見上げたものである。

「若干名、どうかと思う者もいるが、そんなもんは誤差だギャ」

ケクス隊長が、ハーフエルフのジェナ・ハーヴェイをチラ見した。

「ジェナ、オマエのことだギャ。 深(ふか) ぁーく反省しろ!」

ヤニックの横で、ジェナが首をすくめた。

ジェナも充分に成長していたが、最後までエルフゆえの悪癖を正せなかった。

空気を読まず、如何なるときも自分勝手で、絶対に反省をしない。

まず反省の意味からして、少しも理解できていない。

それはエルフの種族特性なので、誰にも直しようがなかった。

「まあ、いいでしょう。ジェナの件は、周りがフォローすれば済む。この期に及んで、グチャグチャ言うのも未練がましいギャ…。オラたちでは力が足りず、ジェナに分からせられなかったのが心残りだギャ!」

訓練生たちはケクス隊長の言葉に、神妙な顔で頷いた。

「ちっ。貧乏くじかよ」

ヤニックは渋面だ。

感情的になったジェナを止めるのは、常にヤニックの役目だった。

それはもう、ジェナがヤニックに依存しているのだから、仕方がないコトであった。

命の危険に直面してビビると、何故か突進していくジェナ。

ヤニックには全く理解できない、闘争心旺盛なエルフ娘だった。

「最終試験も無事に終えて、オマエらは何とか合格点を収めた。よって本日をもち、地下迷宮訓練所を卒業とするギャ!」

ケクス隊長は演壇の上で、全員の卒業を告げた。

長い沈黙の後、パラパラと喜びの声が上がり、やがて地下広場に轟く大歓声となった。

その中には、チェイス、リノ、そしてサリムことフランツの姿もあった。

メルを襲ったチンピラたちも、すっかり剣呑な雰囲気が抜け落ちて、芯の強そうな好男子へと変わっていた。

セップは居ない。

セップはニキアスとドミトリに、お持ち帰りされた。

いずれ、薔薇の館を管理していたロペスと同じように、愛らしい骨人形になって戻って来ることだろう。

久しぶりに地下迷宮から解放されたバルガスは、地上へ出るなり日差しの眩しさに目を覆った。

「おい。暑いぞ。どうなってるんだ?」

外気は蒸し暑く、空を見上げれば巨大な積乱雲が見えた。

「畜生め。季節が夏になってやがる!」

「たしか…。アシたちが、悪魔チビに唆されて地下迷宮入りしたのは、秋の終わりころでしたよね」

「よく死なずに生き残った。俺っちは、俺っちを褒めてやりたい」

「なぁなぁ…。冒険者ギルドの制服を支給されたけどよぉー。これってギルドが、おいらたちを雇ってくれるのか…?」

「バカ野郎。俺たちは、冒険者ギルドの幹部候補だぞ。給料はウスベルク帝国から支払われるって、アーロンの野郎が言ってただろ!」

「アニキー。おいら地下迷宮で 扱(しご) かれすぎて、色々と覚えてないんだ。ゴブリンどもに何度も頭をカチ割られたから、そのせいかも知らん」

ダンジョン呆けだ。

ずっとダンジョン攻略に集中していたせいで、頭がボーッとしている。

「でもさぁー。アシは、帝国貴族が好きになれん。なんかウスベルク帝国に雇われるのは、気に喰わんです」

「けっ。もうウスベルク帝国は、悪魔チビの軍門に下ったんだよ。俺たちはユグドラシル王国に仕え、ウスベルク帝国から給料を受け取る。そういう仕組みだ」

「そうなんかぁー。ゴチャゴチャして、良く分からん。兄貴は、賢いなぁー」

「当然だろう!」

文句を言いながらも、ちょっと嬉しそうなバルガスだった。