作品タイトル不明
ドワーフ族との契約
ハルフォーン山脈の中腹付近にある、ドワーフ族の集落。
この一帯を活性化させるために、十日ほどの日数が必要だった。
根雪が融け、凍結した表土は 泥濘(ぬかるみ) と化した。
毎日のように繰り返されたメルの浄化で、この地に淀んでいた穢れは消し去られた。
妖精を呼び、大地を緑に染めるときが来たのだ。
「では…。妖精さんたちを呼ぶどぉー!」
「おけっ!」
メルとラヴィニア姫は、力強く妖精の角笛を吹いた。
『プオォォォォォォォォォォォォォォーッ!』
晴れ渡った空に、次々と光の粒が生まれる。
黄、赤、緑、青と、鮮やかな光を放って、妖精たちが舞い踊った。
大気にパワーが満ちる。
ドリアードが緑の指を使うために必要な、霊力だ。
「邪妖精なら、呼ぶまでもないけどなぁー。わらしのとこに、わんさかおるで…」
「アハハ…!邪妖精さんたちに任せたら、ハンテンみたいな子が走りまわる世界になっちゃうよ」
「それなぁー。最初っから、決まりを守る気がないもん。勇者も近寄れん、最悪の魔境になるわぁー」
荘厳な大自然の中で、岩の上に立つ茶色い着ぐるみ姿の二人が神々しい。
上空から二人を目指して、小さな影が舞い降りた。
「おっ?カメラマンの精霊、来よったか…」
「子機デェース。探査機X77号デェース。ようやっと活動可能な霊気レベルに達したので、派遣されて来ました」
「ユグドラシル王国 国防総省(ペッタンコ) の指示か…?」
「いいえ。ボスの命令です」
「カメラマンの精霊…?」
「そそっ。ボスの命令で、この地域の監視を任されました。世界の全てを監視下に置き、完璧なる管理社会を実現するのがボクたちの夢デス!」
雪原に合わせた迷彩塗装のドローンが、得意そうに反り返った。
「アカン。それっ、公言すると嫌われるヤツ!」
「けどけど…。妖精女王陛下は、この世界に君臨されるお方。ボクたちも愚民どもを導くために、頑張らないといけないんデス」
「うはぁー。おまぁーら、いらん動画の見過ぎじゃ。ちと、反省せい!」
メルはエクスカリボーで、探査機X77号を張り倒した。
「げふっ!」
「このアホんだらぁー。愚民とか言うなや、ボケェー。尽くし尽くされ、森羅万象に感謝せよ!!」
「ヒィーッ!」
和樹(メルの兄)が送ってくれるデーターは、面白くて役に立つけれど滅茶クチャだった。
無垢な妖精や精霊たちの中には、【世界征服】などの単語にかぶれるバカがいて、ときどき暴走する。
「知識と経験が足らんのだから、しゃーないわ。ユグドラシルも現象界の影響を受けて、王権だしのぉー」
かく言うメルも、妖精たちと大差なかった。
ネット社会の爛れっぷりと比べたら、邪妖精や邪精霊たちでさえ純粋なのだ。
歴史を学ばずして、思想や信仰に触れるべからず。
メルは己の無知に自覚があるだけだ。
「カメラマンの精霊に言っとけ…。おまぁーは、動画を見るの禁止じゃ!」
「はぃぃーっ!」
探査機X77号は、泥濘に這いつくばって許しを請うた。
「はぁはぁ…。まったく、あかんたれどもが…」
イデオロギーは、思考を蝕むウイルスだ。
免疫(知識)を持たずに触れると、発症する恐れがある。
厨二病を…。
親分のメルとしては、気づくたびにヒャッハーたちの手綱を引き締めなければならない。
神輿に乗せられてボケッとして居たら、いつの間にか独裁者にされていたとか。
泣くに泣けない話である。
【世界征服】なんて、面倒くさいに決まっていた。
「わらしは仲良しさんと、美味しいを楽しみたいだけデス。先走って、余計な真似をしないでね!」
妖精女王陛下は、激おこぷんぷん丸だった。
「メルちゃん。何を怒ってるの…?」
「未来のことを考えたら、なぁーんか気が重くなりました。正直に言うと、とてぇーも不安デス」
「もしかして、ミッティア魔法王国に負けそうなの…?」
「ぜんぜん、負ける気がしません。むしろ、妖精女王陛下な自分がイヤ…。妖精女王とか、いったい何すんねん?」
「だったら…。皆を幸せにするぅー」
ラヴィニア姫は、ニカッと笑った。
(僕を信用されても、すごく困るんだけど…!)
メルはラヴィニア姫が眩しくて、視線を逸らした。
◇◇◇◇
出来ることから始めよう。
と言う訳で、ラヴィニア姫とコルネリア姫が、泥濘に苔を生やした。
見渡す限りの泥地が、忽ち苔の絨毯に覆われていく。
次いで、ぽよぽよと草が生えてきた。
「すげぇな、おい。緑だ」
「この 娘(こ) たちは、ドリュアスだからね。植物に関しては、任せておけば間違いないよ」
驚きに目を見張るドゥーゲルに、クリスタが説明した。
「おらたちの凍てついた大地に、緑が生えるとは…」
髭面のドゥーゲルが、感涙にむせぶ。
ドゥーゲルの背後に並ぶドワーフ族の面々も、変わりゆく景色に心を奪われていた。
皆、信じがたい奇跡をまえにして、言葉もでない。
ドリアードの魔法は大地に草木を生やし、生物たちが暮らす環境の土台を作り上げた。
「おっし。次は、わらしの番じゃ…。おいでませ、トレントさぁーん!」
メルが腕を振り上げ、トレントの集団を召喚した。
草原に出現した巨大な魔法陣から、続々とトレントが現れる。
トレントたちはノシノシと歩いて己の位置を定めると、地中深くまで根を下ろして動かなくなった。
それぞれが異なる樹木へと姿を変え、ニョキニョキと枝葉を茂らせる。
「色々な実が生るどぉー。とうざの食料は、確保できるはず」
「それでは、精霊樹の苗を植えましょう」
コルネリア姫は草原を進み、アグニの息吹が漏れ出す場所に精霊樹の苗を植えた。
「四の姫よ。力を合わせて…」
「はい!」
ドリアードの魔力が、精霊樹に活力を与えた。
精霊樹が、グングンと成長していく。
幹は太く逞しく、樹高もトレントたちを追い抜く。
「 火神(アグニ) が力を貸してくれとる。一気に、異界ゲートを開こう!」
「仰せのままに、妖精女王陛下」
「頑張るよ!」
「わらしも、微力ながら手伝わせて頂きマス」
メルが精霊樹の幹に、手を置いた。
「どっせぇーい!」
精霊樹が、ズンと膨れ上がる。
一発だった。
一瞬にして異界ゲートが開いた。
「あれ?」
「あーっ!」
「どういうことなのぉー?」
ただ…。
ちょっとだけ幹が捻じれた。
どことなく邪悪な雰囲気を漂わせる、禍々しい精霊樹になってしまった。
「わらしの魂が、穢れとるんかのぉ…?」
「これはぁー。精霊樹の構成素に、邪妖精が混ざりましたね」
「もぉー、メルちゃん。何してるのよぉー!」
「ゴメンナサイ!」
メルは土下座した。
探査機X77号は、この一部始終を記録していた。
カメラマンの精霊たちが収集してきた妖精女王陛下のデーターは、膨大な量になる。
中でも【しくじりメルさま】の項目は、充実していた。
だが謝罪シーンは、非常に少なかった。
土下座なんて、初めてである。
妖精女王陛下の土下座は、お宝になった。
カメラマンの精霊は、探査機X77号から転送されてきたデーターを鍵付きフォルダーに保存した。
◇◇◇◇
「ゴレムなぁー。暗黒時代にはコイツらで、ドッカンドッカン敵をぶっ飛ばしたもんよ」
「動かして…!」
「いやいや。そりゃあ、無理ってもんよ」
「はぁーん?動かんのか…?」
「ああっ。動かねぇ!」
ドワーフ族の長ドゥーゲルは、偉そうに腕組みをして反り返った。
「くっ…。腹立つから、ふんぞり返るのはやめんかい。威張るなら、ゴレムを動かしてくれろ!」
「どれもこれも、ぶっ壊れとる。修理したくても、必要な材料がない。メル坊が駄々をこねたって、駄目だぁー」
「材料って、なんじゃい?」
「けっ。ちみっ子に職人の話を聞かせても、意味なんかねぇよ」
「そんなもん…。話してみんと、分からんデショ?」
メルはドゥーゲルの肘をつかんで、ぐいぐいと揺さぶった。
「おまえ、しつっこいなぁー」
ドワーフの洞窟住居には、貴重な魔道具などを保管している広大な空間があった。
そこに並んだ勇壮なゴレムを睨み、メルは諦めきれずに地団太を踏んだ。
「なぁなぁ…。何が足らんのよぉ?」
ぶっちゃければ、ロボが欲しくて極寒の地を訪れたのだ。
お土産なしでは帰れない。
「足りねぇーのは、魔鉱石だ!」
「ほっ…?」
「ほれっ、教えてやったぞ。けっ。どぉーせメル坊には、魔鉱石がなにかも分かりゃせんだろ…」
「これかぁー」
メルがデイパックを逆さにした。
ガラゴロと音を立て、石ころが地面に落ちる。
「おおっ。そいつはまさしく…。魔鉱石じゃねぇか!」
「メジエール村の特産品じゃ!」
「まじかよ」
「これをやるから、ゴレムを動かせ!」
メルはミッティア魔法王国のゴレムに、競争心を抱いていた。
ただ戦争に勝つだけでは、ダメだ。
格好よいロボで勝たなければ、納得いかない。
「ぐぬぬ…。これっぽちじゃ、ぜんぜん足りねぇ!」
「良し分かった。職人どもを連れて、メジエール村に来んしゃい」
「はぁーっ?」
「新型ゴレムを一からこさえてもらうわ。イヤとは言わさんどぉー!」
「ドワーフは職人だぜ。仕事は自分で選ぶんだよ。そこは譲れねぇーな!」
メルの要求に、ドゥーゲルが腹を立てた。
「報酬はあるで…」
又もや、メルがデイパックを逆さに振った。
ころころと精霊樹の実が、転がりだす。
「はわわわっ…。そいつは、精霊樹の実かよ?」
「おまぁーらに選択肢は、ないデショ。よぉーく、考えてみましょ。環境は改善されたけれど、未だに種族滅亡の瀬戸際ですねぇ」
「くっ…」
「わらしのパパンとママンは、この実を食べました。そんでもって、弟のディーをこさえた。効果のほどは、保証します。ドワーフ族にも、子どもが出来るデショ」
「だけどヨォー。精霊樹なら、メル坊たちが植えてくれただろ」
ドゥーゲルは、怪訝そうに言い返した。
「あの樹には生らん。実が生るのは、オリジンだけじゃ。精霊樹の王さま 世界樹(ユグドラシル) にしか、実は生りません」
メルがニヤリと笑った。
「オホン…。あー、そのぉー。分かった。妖精女王陛下のために、ゴレムを作ってやろうじゃないか!」
「よし、ドゥーゲル。取り敢えず、精霊樹の実ぃー食え!」
メルとドゥーゲルが、がっちりと握手を交わした。