軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ギルベルトの復讐

ゴットフリート・フォーゲルことロペスは、人族の外見的特徴を強く受け継いだハーフエルフである。

今年で二百歳を迎える。

植物に詳しく、調薬師としての腕も確かだ。

そのうえ精霊魔法が得意で、人心を操る術に長けていた。

ロペスが正式に所属しているのは、ミッティア魔法王国魔法軍諜報部である。

今は工作員としての身分を隠し、エドヴィン・マルティン老人のもとで扱いの難しい案件を請け負う便利屋に、身を窶していた。

二十年もの歳月をかけてエドヴィン・マルティン老人との信頼関係を築き、ようやく手にした立場である。

薔薇の館は、ロペスにとって大切な仕事場だった。

美女と酒、表には出せない儲け話、腐敗した特権者たちの社交場。

コッソリと麻薬を用い、念入りな洗脳を施すのに、これほど適した舞台もない。

ロペスは、人を自在に操る楽しさに酔う。

居丈高で偉そうな態度の帝国貴族どもが、ロペスの言葉を鵜吞みにして右へ左へと走りまわる。

毎日が、愉快で堪らなかった。

そう。

昨日までは…。

「おうっ。ゴッド…!」

「ゴットフリート・フォーゲルです。お客さま」

「やかぁしい。おまぁーは、ゴッドじゃ」

破廉恥で妙ちくりんな身なりをしたエルフの娘が、ロペスにフォークを突き付けた。

(なんて生意気なガキだ。エルフってヤツは、本当に始末に負えん)

ロペスの笑みが、 強張(こわば) った。

普通であれば、このような騒ぎなど起きるはずもなく、訳の分からぬクレーマーなど門前払いにされてお終いだ。

よしんば薔薇の館に足を踏み入れたとしても、そのまま裏口から叩きだされる。

質が悪ければ、それなりの処罰を与えてから魚のエサにする。

タルブ川にドボンだ。

それなのにユグドラシル王国代表とか言い張るエルフ娘が、何故かVIP用の応接室に居座り、高級なケーキを貪っている。

エルフ娘の横には、冒険者ギルドの腑抜け野郎が何食わぬ顔で控えていた。

(この男、ギルベルト・ヴォルフであったか…?辺境地域に冒険者を派遣するとかで、洗脳した覚えがある)

ロペスは洗脳が必要な相手には、必ず長期にわたって麻薬を使用させた。

薬を飲ませる口実など幾らでも用意できたし、女に強壮剤だと言わせれば断る客など居なかった。

ギルベルトを洗脳する際にも、大量の麻薬を使用していた。

帝都ウルリッヒを離れるときには、手土産として二年分の麻薬を持たせてやった。

それなのに…。

ギルベルトは麻薬中毒者に顕著な落ち着きのなさを見せず、行動を縛るためにロペスが植え付けたキーワードにも反応を示さなかった。

これらの事実から導かれる答えは、ひとつしかなかった。

(わたしの術が破られた…?)

あり得ないし、あってはならぬコトだった。

洗脳が解除されるなんて…。

ロペスは神経質そうに、ヒクヒクと口角を痙攣させた。

何にしても、ギルベルト・ヴォルフを生かして返すわけには行かなかった。

(しかし、この男は侮れん。下手をすると、わたしより強いかも知れない。危険だ…)

薔薇の館を警護する用心棒たちは、ギルベルトによって残らず叩きのめされてしまった。

何がどうして、こうなった?

ロペスの記憶によれば、以前のギルベルト・ヴォルフはお人好しで気の弱い魔法使いだった。

精霊魔法の腕はヘッポコで、人の上に立つ度量など欠片もなかった。

うだつが上がらない能なし冒険者に、自信を与えてやったのはロペスだ。

高価な麻薬を惜しみなく使い、おだて上手な美女を横に侍らせ、幾度となく耳元で魔法の言葉を囁いてやった。

『俺つぇぇ!』と…。

(だが…。本当に強くした覚えなどない…!)

催眠、暗示、洗脳の類で、魔法の技量が上がったなどという話は、聞いたこともなかった。

(いったい何があったのか…?)

ギルベルトは、信じられないほど魔法の腕を上げていた。

先程、用心棒たちを叩きのめした技術だけでも、もはや別人としか思えないレベルであった。

と言うか、達人である。

戦場であれば話も変わるだろうが、臨機応変さを求められる街中の乱闘だと、ミッティア魔法王国の魔導士たちでさえも倒されてしまう可能性があった。

ギルベルトの魔法は、魔法術式の組み立てに無駄がなく、的確で早い。

(正面から挑めば、おそらくはコイツに勝てないだろう。ここは相手のペースに合わせ、焦らずに洗脳を施すしかない…。ちっ…。人族のクセに、どうやって精霊魔法を研鑽したのだ?)

エルフの立場から人族を 蔑(さげす) み、人の立場からエルフ族を 嘲(あざけ) るのが、ロペスのスタイルだった。

抜け目のないロペスは、メルたちを歓待するような振りをしながら、既に手を打っていた。

VIP用の応接室で饗した茶や茶菓子には、強力な睡眠薬を仕込んである。

「ケップ…。ゴチになりました」

「お粗末さまです」

馬が倒れるほどの睡眠薬だ。

エルフの小娘など、ひとたまりもあるまい。

コロリとひっくり返って、二度と目を覚ますことはないだろう。

「ふぅー。それでやねぇー。おまぁーは冒険者をつこぉーて、メジエール村の乗っ取りを企みましたね。んでなぁー。あっこはユグドラシル王国の領土なので、そう言うコトをしたぁーアカンのや。領土侵犯で、侵略行為デショ…?」

「………はぁ」

ロペスは、じっとメルを見つめていた。

「なぁ、ギル。さっきからコイツ、何ガンつけとんねん?」

「それはですねェー。メルさまが寝てしまわれるのを待っているのです」

「はぁー?おいおい…。わらしなぁー、幼児ちゃうねんぞ。オヤツを食べても眠くならんから、ちゃんとしよ」

「メルさまが召し上がったケーキとお茶には、死ぬほどの睡眠薬が盛られていたのです」

「ふぉーっ!何じゃとぉー?そう言うことは、喰うまえに教えんかい!」

メルがソファーに反り返り、足をジタバタさせた。

対面でメルとギルベルトの会話を聞いていたロペスは、顔面蒼白だ。

「しかしですなぁー。私には薬など効きませんし、メルさまだってスキルに【無病息災】をお持ちです。毒魚や毒キノコでも、丸ごとイケる口ですよね?」

「気分の問題じゃぁー。毒を喰らうほど、ガッツキさんと思われとぉーない。乙女心じゃ!」

「いえいえ、知らずに召し上がったのですから…。メルさまを食いしん坊だと思う人なんて、おりませんよ」

「言いがかりだ!アナタたち、失礼にも程がありますぞ…」

ロペスがテーブルに身を乗り出して、叫んだ。

「ウォーッ!コイツ逆ギレしよった」

メルは顔を引きつらせて、のけぞった。

「そもそも、先程から何の話をされているのか、いっこうに理解できません。薔薇の館は、高位の貴族さまにお寛ぎいただくための社交場です。確かに、警備として冒険者を雇用することもございます。ですが…。聞いた覚えもない僻地にある村へ、冒険者を派遣したとか…。薔薇の館で雑務を任されている、わたしがですよ。何のために、そのような真似をする必要がございましょうか?おかしな話だとは、思いませんか…?」

「ウムッ、おかしな話じゃ」

「アナタのタスキに書いてある、ユグドラシル王国ですか…?どこに、そのような国があるのです。それは子どもに読み聞かせる、物語の話でしょう」

「ギル、コイツめんどい。立て板に水じゃ。わらし、言い負かされマシタ」

メルがションボリとした様子で、ギルベルトに泣きついた。

「言い負かされて、どうするのですか…?」

「ケーキも食べ終えたし、あとは任す。オッサン二人の時間じゃ…。言葉では伝えきれん思いを互いに確認し合ってな」

「なるほど…。許可が出たと受け取っても…?」

「毒を盛られたし…。もう、ええんちゃう」

メルは立ち上がると、ギルベルトのまえに置いてあったケーキを手でつかみ、ロペスの顔に押し付けた。

すかさずフォローに入ったギルベルトが、ロペスの身体を押さえつける。

「ぐおっ!」

メルが、グチュグチュ、ネリネリと、ロペスの顔にケーキを塗りたくった。

「ゴットフリート・フォーゲル…。おまぁーは、食べもんになぁー。こういうこと、したぁーアカンよ。罰当たるで…」

「むぐぐっ…」

ロペスは口を堅く引き結んで、メルの暴行に耐えた。

怒鳴りつけようとして口を開けば、睡眠薬入りのケーキが侵入してくる。

飲み込まずとも、口に含むだけで効果を発揮する薬だ。

「結界を張っておくで…。人は入って来ん。ここで騒いでも、外に音は漏れん。そんじゃ、わらしは帰るデショ。連絡はブブちゃんにな」

「妖精女王陛下、ありがとうございます」

ギルベルトは部屋を出ていくメルに、頭を下げた。

「ふごごごっ…」

「メルさまは、お帰りになった。ここからは、私の時間だ…。さて、ゴットフリートよ。先ずは、キサマの記憶と姿をもらい受けるとするか」

ギルベルトが、黒い革の手袋を外した。

手袋の下から骨になった手が、姿を現した。

「ひぃっ!」

「これかい…?キサマに盛られた麻薬を抜くのに、肉と内臓をたっぷりと捨てなければならなかった。とても残念で、悲しいことだ」

「あわわわっ…。このっ、化物が…」

ロペスは逃げようとしたが、思うように身体が動かなかった。

魔法のアンカーで、ソファーに縫い留められていたのだ。

「ふむっ。半分だ。半分だけ正解としよう…。私はね。ヒトと邪霊の境目に立っている。ヒトの立場から邪霊の力に憧れ、邪霊の立場からヒトの喜びに触れて嫉妬する。惨めで矮小な存在さ…。この切なさをほんの少しでもキサマに分けてやりたい!」

「ふぎゃぁー!」

骨と化したギルベルトの指が、ずぶずぶとロペスの頭に埋まっていく。

「なぁーに、そのうち痛みが喜びに変わるだろう。安心すると良い」

「やめ、やめっ、ヤメテクレェー!」

喚き散らすロペスの背後には、いつの間にかニキアスとドミトリが佇んでいた。