軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

幼児ーズの悩み

クリスタの帰還を祝うパーティーは、魔法料理店のオープンテラスを開放して盛大に催された。

ソバも天ぷらも、あっという間に消えてなくなり、パーティーに参加した村人たちは、串に刺さったフライを摘まみながら食後の酒を楽しんでいた。

所謂(いわゆる) 、串揚げである。

たっぷりとソースが入った缶も、各テーブルに設置されていた。

「ババさま。楽しんどるか…?」

「勿論さ、メル。色々と、ありがとなぁー」

「ムッ。真正面から礼を言われると、何だか照れるわ…。やめてんか!」

「あははっ…。モジモジしとるメルも、可愛いのぉー」

クリスタは朗らかに笑った。

メルを見て萎縮してしまった斎王ドルレアックの姿は、クリスタの傷ついた心を癒した。

(何のことはない。あたしはユグドラシル聖樹教会の無意味な権威主義に、辟易としておったのか…)

斎王ドルレアックの一行と幼児ーズの衝突は、事件とも呼べない無難なオチを迎えたけれど、クリスタが千年近く腹に溜めてきた怒りは、きれいさっぱり洗い流されてしまった。

メルの暴力はシンプルで含みがなく、クリスタと斎王ドルレアックの 拗(こじ) れた関係を強引に正した。

詰まったパイプに、無理やり水を通すようなものだ。

パイプが脆弱であれば、水圧に負けて破裂しているところだ。

だが、そのようなことを気にしなければいけない場面ではなかったし、メルに繊細さを求めても無駄である。

壊れるとしたら、脆弱なくせに傲慢をかましたドミニク老師が悪い。

もし斎王ドルレアックが心を折られて立ち直れないのであれば、その程度の存在でしかなかったと言うことだ。

どちらにしても、メルが気にする必要はなかった。

(やっぱり精霊の子は、パワフルだねぇー。あたしも、びっくりだよ)

メルは瞬間湯沸かし器だった。

怒りを耐え忍んで、憎悪に育つまで熟成させるなんて、悠長な真似はしない。

前世で自己憐憫の無意味さを嫌と言うほど味わったから、気に食わなければ即座に噛みつく。

メルは粘着する穢れを嫌い、常に前方を見据えていた。

エルフが守ってきた習慣や権威など、妖精女王の立場からすれば邪魔くさいしがらみに過ぎない。

目についた足元の小石は、思い切り蹴り飛ばすのがメルの作法だった。

そこは子供デアル。

しつこく、遠くの方まで、カツンカツンと蹴とばして運ぶ。

そんなメルがラヴィニア姫を含む身内との関係でモチャモチャと思い悩むのは、みんなに好かれたいからであった。

メルは初めて育てる仲間意識を大切にしていたし、未経験ゆえに臆病で慎重だった。

その部分に関しては、年相応の子供たちより余程ビビりなのだ。

でも、それ以外の対人関係になると、竹を割ったように真っ直ぐである。

相手が皇帝陛下であろうと、すっぱり、きっぱり、切って捨てる。

事情によっては、敵対者の自尊心が灰になるまで焼いてから川に流すほど、徹底していた。

(メルは面倒くさがりのくせに、叩き始めると徹底しているんだよ)

子供は暴れだすと容赦がない。

だがメルの分かりやすい非寛容さは、統率者にとって必要な資質だった。

クリスタはエルフ王国の女王であったとき、臣下に寛容であろうとして裏切られた。

統率者の甘さは、つけ入られる隙でしかないのだ。

メジエール村を離れる際には、クリスタも冒険者ギルドのならず者たちを不安に思っていたのだけれど、帰って来てみれば綺麗に片付いていた。

フレッドの説明によると、メルがコテンパンにぶちのめしたらしい。

それこそ灰になるまで焼いてから、川に流したのだ。

所謂(いわゆる) 、オーバーキルである。

(何をやらかしたのかは、ひしゃげてしまったドミニク老師を見れば凡その見当がつく…。怖いもの知らずな冒険者どもに、とんでもない恐怖を植え付けたのじゃろう!)

クリスタが旅に出るまえより、メルはどっしりとして見えるようになった。

別に体重の話ではない。

(どうやら、覚悟が決まったようだね…)

メルは以前より存在感を増し、暴力を厭わない統率者の顔つきになっていた。

小さな少女なのに、ふとした折に見せる表情が男前だった。

クリスタがハッとさせられるほど、凛々しい。

メルは冒険者たちを傘下に収め、ボスになったのだ。

冒険野郎一番星は、ならず者たちのてっぺんに立つ兄貴分(少女だけど)だった。

クリスタが 寛(くつろ) ぐテーブルの隣で、斎王ドルレアックの一行は食べたことのない料理に舌鼓を打っていた。

「いやぁー。このようにしてユグドラシル聖樹教会の斎王さまと、言葉を交わせる日が来るとは…。私の感動は、とうてい言葉になりませぬ…。さあさあ皆さま、こちらも召し上がって下さい。美味しいですよ」

同じテーブルにチャッカリと入り込んだビンス老人は、パーティーが始まった時から斎王ドルレアックたちの接待を引き受けていた。

別にメルから頼まれたわけではない。

ビンス老人にとってユグドラシル聖樹教会は、信仰の 根幹(ルーツ) とも言える組織だった。

「ビンスよ…。 其方(そなた) はマチアス聖智教会の関係者だと申しておったな?」

「はいはい。ドミニク教導師さま、その通りでございます」

「マチアス聖智教会は、我らと相容れぬ一神教であろう…」

「よくご存じで…。しかしそれは、ミッティア魔法王国が公的に定めた組織の姿であり、内実は少しばかり違うのです」

「ふむっ。と言うと…?」

斎王ドルレアックは、ビンス老人の話に興味を引かれて訊ねた。

「元々の信仰は、『エルフの書』にあります。マチアス聖智教会に保管された『エルフの書』は写本ですが、非常に古いものです。オリジナルは聖地グラナックに存在すると、幼い頃に指導者から教えられました。我らの正体は精霊を崇める信徒の集まりでございまして、現象界にユグドラシル王国が誕生する日を心待ちにしております。マチアス聖智教会とは、我らが処世術で身に纏った衣に過ぎぬのです。一般信徒には、秘密にされておりますが…。『エルフの書』に記された予言を密かに語り継ぎ、精霊へ祈りを捧げるのが我らの勤めであります」

「そのような事実が隠されておったのか…」

「この村で精霊樹を目にしたとき、私は亡くなられた恩師の姿を思い出して、一晩中枕を濡らしました。恥ずかしながら、涙が止まらず…。兎にも角にも…。迷いの時代は、終わりを告げました。『エルフの書』に導かれ、私の人生は暖かな光で満たされたのです。いや。これからは、世界中が暖かな光で満たされることでしょう」

「ビンスよ。貴方の気持ちは、わたしにも理解できる。厳しく、救いのない暗黒時代に、エルフ族の心を支えてくれたのは、紛れもなく『エルフの書』であった…。斎王とて、衆生と何も変わらぬ。心が挫けそうになると、あの予言書を開いたよ。とっくに内容を暗記していると言うのに…。あの予言書は…。絶望の闇に佇むわたしを光が差す場所へと、優しく導いてくれた。あれは…。わたしにとって、唯一の希望だった」

斎王ドルレアックが遠くを見るように目を細めた。

「確かに…。『エルフの書』は、我らの希望でありました」

斎王ドルレアックとビンス老人の会話に、感銘を受けたドミニク老師が深く頷いた。

「……ぐっ!」

これを盗み見ていたクリスタは、口に含んだ酒を吹き出すまいと必死になって堪えた。

『エルフの書』とは、何をしても世界の滅亡を止められそうになかった暗黒時代に、現実逃避でクリスタが書き散らした願望まみれの夢物語だった。

それを予言書として祭壇に祀り、拝んでいる連中がいることは噂に聞いて何となく知っていた。

だが、斎王ドルレアックまでが、自分の落書きを有難がっていたとは…。

(なんてこったい。恥ずかしいったらないよ。こうなったら、もう…。真実は、墓場まで持って行くしかないね!)

メジエール村に精霊樹が生えるまで、単なる黒歴史に過ぎなかった『エルフの書』が、今はちょっとだけ誇らしいクリスタであった。

◇◇◇◇

斎王ドルレアックの右隣に座った巫女見習いのラシェルは、黙々と串揚げを頬張っていた。

ラシェルの心は初めての美味しいに、すっかり魅了されてしまった。

「これは、何のお肉かしら…?白くって、不思議なお肉ですね。んーっ。本当に、お肉なのかしら…?」

イカリングをモグモグしながら、ラシェルは幸せそうな顔になる。

(美味しいから、どうでもいいかぁー♪)

そう…。

料理の材料を気にしても仕方がない。

美味しいのだから、とんでもない材料が使われていても食べずにはおれない。

(斎王さまったら…。こんな美味しいものを食べているときに、ごちゃごちゃと何を話しているのかしら…?お料理に、失礼だと思うなぁー)

ジジイたちの小難しい話など、どうでもよかった。

暖かな光などと言う抽象的なモノでは、お腹が満たされないのだ。

年若いラシェルは、斎王ドルレアックが語る暗黒時代を経験していない。

ラシェルが知る限り、最初からエルフ族は衰退していたし、どこを探しても夢や希望なんて見つからなかった。

さびれて古ぼけた聖地グラナックの城塞で精霊さまに祈りを捧げ、己が置かれた境遇を呪ったりせず、慎ましく質素な暮らしを続けてきた。

他に選択肢など無かったからである。

生まれてこの方、美味しいものなど食べた覚えがないラシェルは、『飢えさえしなければ、それで幸せなのだ!』と信じていた。

つい先ほどまでは…。

希望と言うのなら、この素晴らしい料理を作ってくれた精霊の子を聖地グラナックに連れ帰りたかった。

この件について語り合おうとしない斎王ドルレアックやドミニク老師は、頭がおかしい。

歳を取りすぎて、馬鹿になったとしか思えない。

(世界を満たす暖かな光なんて、どぉーでもいいじゃない!)

ラシェルは夢想した。

もう毎日のように精霊の子を拝み倒して、美味しいゴハンを作ってもらい、夜はベッドで抱きしめて眠るのだ。

ようやく見つけた幸せを逃したりしないように…。

(だけどさぁー。そんなこと、できっこないよね…。メルさまは小さくて愛らしい少女だけど、妖精女王陛下なんだもん。はぁー。わたし…、聖地に帰りたくないなぁー。エグランティーヌ姉さまや巫女見習いの皆と、この村で楽しく暮らせたらいいのに…。何とかならないのかなぁー?)

ラシェルは、初めて希望を胸に抱いた。

それでも余計なことを口にしないのは、ラシェルが賢かったからである。

斎女(いつきめ) のエグランティーヌに、教義以外の大切なことをたくさん学んでいたからである。

ラシェルは、やるせなさそうに溜息を吐いた。

髭メガネをつけたメルは、トレイを片手にヒイヒイ言いながら、テーブルの合間を走りまわっていた。

幼児ーズの皆も、メルを手伝って大忙しである。

幼児ーズは一心同体の仲間だ。

誰かが困っていれば、笑顔で手伝ってくれる。

勿論、無償ではない。

幾ら親しくても、見返りは必要なのだ。

平等で対等な関係だからこそ、清く正しく見返りを要求する。

「貸し借りは、きちんと清算せなアカン。放っておけば、気づかんうちに上下関係を作ってしまうからな…」

八歳になり成長した幼児ーズのメンバーは、この夏を迎えて深刻な問題に直面していた。

水遊び用の 金盥(かなだらい) が狭くなってしまい、皆で浸かるとかなり鬱陶しい。

金盥はディートヘルムに払い下げられるコトとなった。

ゲラルト親方に頼めば大きな金盥を作って貰えるけれど、裏庭の空きスペースには限りがあった。

それに幼児ーズとしては、もう金盥での行水を卒業すべき時期に来ていた。

そろそろ小川デビューをすべき時期なのだ。

「なんとかせにゃならん…」

メルの視線が、斎王ドルレアックに向けられた。

斎王ドルレアックは、精霊樹に奉納する舞を披露していた。

「ほぉーん。キレイなもんやねェー」

メルは祭礼衣装で静かに踊る斎王ドルレアックに、魅入られた。

実に神秘的な舞である。

巫女見習いのラシェルとドミニク老師が奏でる 笙(しょう) の音に合わせて、斎王ドルレアックは優美に舞う。

時折、シャンと鈴の音が響く。

斎王ドルレアックの頭部に載せられた 金烏帽子(きんえぼし) が、舞の動作によってチラチラと篝火の光を反射した。

この世のものとは思えない、幽玄な舞だ。

「しかし…。こりゃまた、陰気な曲調だのぉー」

厳かな雰囲気を演出する曲は、どこか寂しげでノリが悪かった。

奉納の舞と聞きつけてワクワクしていた妖精たちが、ションボリとしてしまった。

斎王ドルレアックの洗練された美しい舞は、エルフ族や高貴な人々を感心させるかもしれないけれど、妖精たちを喜ばせなかった。

村人たちも口々に斎王ドルレアックの美しさを誉めそやしたが、微妙な顔をしていた。

手拍子が出来ない曲やダンスは、ノーグッドなのだ。

妖精たちがメルの傍に寄ってきて、 頻(しき) りとせっついた。

「これは、わらしが踊らんとアカンか…」

当然、カボチャ姫のダンスである。