軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

聖剣エクスカリボー

メジエール村の建築現場を訪ね歩き、遊民たちの仮設住宅を訪問したアーロンは、栄養失調になりかけた子供たちを十人ほど集めてきた。

余りにも唐突で前例のない誘いだから、アーロンの地位をもってしても遊民たちの説得には時間が掛かった。

むしろ相手が貴族であれば、もっと簡単に話は付いたのだろう。

親御さんの了承を得られるまでに、三日も掛かるケースさえあった。

『わたしは、皇帝陛下の相談役です!』と遊民たちに自己紹介しても、何のことだか分かってもらえなかった。

学校が存在しないのに、魔法学校の説明をするのは 嘸(さぞ) かし大変であったに違いない。

知らぬ者がアーロンを見たら、エルフのチャラ男でしかない。

うまい話を聞かされるほど、疑わしく思えてくる。

(アーロンって、威厳に欠けるんだよね…。身に纏っているオーラが、チャラいんだよ)

いつ如何なる時であろうと、アーロンに下されるメルの評価は辛口だった。

ラヴィニア姫との関係が影響しているのは、明白であった。

ラヴィニア姫の事となれば、メルの心は『酔いどれ亭』の外便所より狭い。

恋する男児(女の子だけど)の独占欲は、半端ないのだ。

メルは子供たちの生活環境を改善するために、全員を速やかに帝都ウルリッヒの魔法学校へ送り込むつもりでいた。

内乱で農地を失った親たちがメジエール村に生活基盤を作ろうとすれば、少なくとも数年は必要になる。

村人たちが全面的に援助しての、数年である。

その間、子供たちを預かるのに、魔法学校は最適な場所と言えた。

世の無慈悲を知った子供たちは、妖精たちに助けられて心を癒されるだろう。

また妖精たちも子供たちに感謝されて、はしゃぎまくるに違いない。

(よしよし…。互いに喜び合える関係は、ベストです!)

メルが仲人のオバチャンみたいな目つきで、ニヨニヨと笑った。

メルにしてみれば、お腹を空かせた子供たちがメジエール村に居ること自体、見過ごしにできない許すべからざる状況なのだ。

世界の全てを見て回るコトなど出来ないが、せめて手の届くところくらいは何とかしたいと思うメルであった。

メルは精霊樹の木陰でオープンテラスのテーブル席に着き、オデット(ダヴィ坊やのママ)と話すアーロンの姿を眺めていた。

「先程のグループが、最後だと思います。親御さんからは、サインを貰ってあります」

最後の子供たちを『竜の吐息』に預けたアーロンが、入学希望書類に記載された親のサインをメルに見せた。

キチンと保護者に納得してもらってから、子供たちを預かってきた証拠だ。

「でかした、アーロン!」

「お褒めに預かり、光栄です」

アーロンは、得意そうに胸を張った。

ご褒美の麦チョコをメルから手渡されて、ホクホク顔である。

「うむっ。今後の予定は…?」

「船が来るまでの十日間は、『竜の吐息』に部屋を借りて寝起きして貰います。先ほどオデットさんが、子供たちに食事を用意してくださいました。空き部屋が足りなかったので、少しばかり窮屈かも知れませんけれど…。マルティン商会が建てた、仮設住宅と比べたら…」

「そうやね…。あのボロ小屋は、無いわァー」

メルはウンウンと頷いた。

縄文時代の竪穴式住居の方が、ずっと清潔で立派に思える。

「おーい、冒険野郎一番星。マルティン商会から派遣された監督たちは、どうするよ?ガキだけ助けて、可哀想な親は放置かぁー?」

「バルガスくん…。ちゃんと監督たちに、悔い改めるよう説いているのデスカ?」

「あたぼぉーよ。毎日のように建築現場を回って、職場待遇の改善を要求したさ。爺さん(ビンス老人)も一緒に来て、ありがたい説教を聞かせてたぞ…。ちっとも相手にしてもらえなかったけどな…!でっ、どうするんだい?」

「現場監督たちの説得に乗り出してから、既に十日が過ぎました。もう、待つのにウンザリです…。ぶちのめしマショ!」

メルが背負っていた大剣を手にした。

その名もエクスカリボー。

チャンバラごっこ用の、やわらかい棒である。

ただし、これで殴られると大の男でも痛くて泣き叫ぶ。

ケガをさせない折檻棒として、非常に優秀な道具だった。

安心安全が売りの花丸トーイで発売された、洒落にならないジョークグッズである。

「おいっ、そのオモチャを俺に向けるんじゃねぇ!」

バルガスはエクスカリボーの柄を握ったメルから飛び離れ、毒虫を警戒するような目付きになった。

どれだけ痛い目に遭わされたのだろうか…?

バルガスに限らず冒険者ギルドの強者たちは、 冒険野郎一番星(メル) がエクスカリボーを構えるだけで、そそくさと逃げ去ってしまう。

冒険者たちは毎日のようにメルから剣術の試合をせがまれて、ボッコボコに打ちのめされたのだ。

まあ、メルを殺そうと目論んでいたのだから、そのくらいは仕方がない。

チャンバラごっこで死ぬほど痛い目に遭わされても、我慢するしかないだろう。

◇◇◇◇

マルティン商会からメジエール村に派遣されたエルネストは、素人の労働者をあてがわれて苛々していた。

そもそも、さほど腕の良い建築家でもないエルネストに、要領よく素人を指導する能力などなかった。

何より経験不足であるし、それを補ってくれる熟練職人との信頼関係も築いて来なかった。

言うなれば、気難しくて声が大きいだけの設計士崩れなのだ。

図面は読めるけれど、満足に段取りの差配もできない。

帝都ウルリッヒで仕事をしていた時には、職人たちが黙って肩代わりをしてくれた。

だが、腕の良い職人を率いる棟梁は、メジエール村に来るのを嫌った。

一方でエルネストにとって、メジエール村での仕事は出世のチャンスだった。

根拠もなく自己評価の高いエルネストは、職人たちがいなくても問題など無いと考えた。

(遊民の馬鹿どもめが…。まったく、使えやしねぇ!)

職人の世界は、エルネストのような人間に優しくなかった。

必要な努力をせず、他人の働きを当てにしてふんぞり返っているような男に、誰が付いてくると言うのか。

道理をわきまえた腕のよい職人ほど、エルネストを嫌って避けた。

(納期に遅れるほど、違約金が増えると言うのに…。このペースでは、俺の取り分が消えちまう…。それどころか、夜逃げをしなけりゃならん!)

すべてはエルネストのせいであり、自業自得なのだ。

それなのに遊民たちは、監督のエルネストに逆らうことが出来なかった。

はた迷惑な話である。

「そこの煉瓦は、そうじゃねぇって教えただろ!」

「ヒィッ!」

「きちんとやり直せ。終わるまで帰るんじゃねぇぞ。休憩もなしだ…。この、薄ノロが…」

「ギャァー!」

エルネストは腹を立てると、容赦なく遊民にムチを振るった。

子供たちが見ていても気にせずに、父親や母親を口汚く罵り、力任せに 打擲(ちょうちゃく) した。

(最近になって…。冒険者ギルドのバルガスが、職場待遇の改善をどうのこうのと喧しい。全くもって腹が立つ。毎日毎日、邪魔をしに来やがって…。他人様の仕事に、口を挟むなと言いたい!)

冒険者ギルドのある方角に目を向けると、昼下がりの田舎道をやってくる人影が、エルネストの視界に入った。

バルガスだった。

「ちっ、今日も来やがった。んーっ?何だ…?でかい豚に乗ったガキが、一緒じゃないか。爺の説教を止めにして、今度はガキを使っての泣き落としかぁー?」

エルネストが、ウンザリとした様子で肩を落とした。

「おいっ。おまぁーが、ここの責任者か?」

「はぁっ?」

エルネストは発言者の顔をまじまじと見つめ、言葉を失った。

十歳にも満たない娘が、大きな豚に跨っていた。

よく見れば、絶世の美少女である。

そして耳がエルフだった。

美少女の跨る豚に、チョットだけ耳が似ていた。

その美少女が、ヤクザのような口調で絡んできたのだ。

ちぐはぐすぎて言葉を失うのも、仕方がないことであった。

聞き間違いか…?

「職場待遇の改善を求められて拒絶しおった現場監督は、おまぁーで相違ないか?」

「おっ、おう…。それがどうした……?てかヨォー。何で部外者に、職場待遇の改善を要求されにゃあならんのだ!」

聞き間違いではなかった。

目の前の美少女は、残念なヤクザ者だった。

「仕事のパートナーにムチを振るうような、勘違いしたパワハラ野郎は許せません。悔い改めないのであらば…。ぶっくらすどぉー!」

「ぱ・わ・は・ら…?言ってる意味が分からねェー。おいっ、バルガス!何なんだ、この妙ちくりんなちびは…」

「失礼なことを言うんじゃない。この方は俺たちの冒険者ギルドで一番強い、冒険野郎一番星さまだぞ」

「ふざけんじゃねぇぞ。笑かしに来たんか。ゴラァー。ちっこい娘だからと言って、こちとら手加減なんざしねぇからな!」

エルネストが乗馬用のムチを振って、ヒュンヒュンと音を鳴らした。

「おいおい…。思い切り、舐められてるぞ」

「いつものことら…。いちいち気にしとったら、キリないわぁー」

トンキーから滑り降りたメルが、ムチを構えたエルネストと対峙した。

「おいっ、監督さんよ。テメェーはマルティン商会の威光を笠に着て、ツッパリまくりだ。だけどヨォー。止めといた方がいいぜ。冒険野郎一番星さまは、これっぱかしも権力者に 忖度(そんたく) しねぇからな…。何しろ、ウィルヘルム皇帝陛下の相談役を顎で使ってやがる…。相手が悪かったと思って、あきらめな」

バルガスが面白そうに笑った。

「冒険者ごときが…。他人さまの作業現場で、世迷言をほざくんじゃねえよ…。おい、チビ。ケツをひん剥いて、ムチで打ってやるから…。こっちへ来やがれ!」

エルネストは声を荒げ、野獣のように牙を剥いた。

本気でメルのかぼちゃパンツを脱がせ、ムチで叩くつもりでいる。

当人に自覚はないようだが、そっち系の変態だった。

「成敗…!」

先手必勝とばかりに、メルがエルネストの膝をエクスカリボーで打ち据えた。

小さな子供には遠すぎる間合いを一息に詰め、地面から伸び上がるようにして放たれた打撃だ。

隙を突かれたエルネストには、迎え撃つことも避けることも出来なかった。

「うっ、ぎゃぁー!」

エルネストの脳に、膝を打ち砕かれたダメージ情報がもたらされる。

それは立っていることを許さないような、激痛だった。

打たれた場所にダメージなど無いのだが、痛みは痛みである。

偽情報であろうとも、ホンモノの痛みに違いない。

「ぐぎぎ…っ。何をしやがった…?くそガキがぁー」

「まぁーだ、悪態を吐きおるか。さっさと、遊民の皆さんに謝れ。この、不届き者めっ…。折檻じゃ。折檻、折檻…!」

メルは蹲ったエルネストに、エクスカリボーの連打を浴びせた。

頭に肩に脇腹に、バスバスと小気味の良い音を立て、エクスカリボーがヒットする。

「ぎょぇぇぇぇぇぇぇぇぇ…っ!イタッ。痛い…。ふひぃー!」

もはや、全身の骨が折れたような痛みであろう。

メルが追撃するので、エルネストは気絶することさえできない。

現場で働かされていた遊民たちは言うに及ばず、バルガスも顔を引きつらせてドン引きだった。

「相変わらず、おっかねぇーガキだ…」

バルガスが小さな声で呟いた。

「んっ?何か言うたか…」

「いいや。何も言ってないぞ」

バルガスはピクピクと動くメルのエルフ耳に視線を注いでから、白を切った。

「いいや。何か聞こえたわ」

エルフの耳は地獄耳。

迂闊なことは呟けなかった。

「だから、何も言ってない!」

「ほぉーか。ほんじゃま、続けましょか」

メルはエルネストに向き直り、小鬼の形相でエクスカリボーを振り下ろした。

「ひぃ。ふぎゃぁーっ。やめろ、ヤメテクレェー。この、人殺しぃー!」

エルネストはメルから遠ざかろうとして、地面を這った。

「どこへ行こうと言うんじゃ?おまぁーの宿は、知っとる。逃げ帰っても、無駄じゃ。この村におる限り、どこに隠れようと見つけ出してボコったるわ!」

「こっちに来んな…。あっ、悪魔…。悪魔ちび…!」

エルネストの口を突いて出たのは、奇しくもバルガスがメルに与えた二つ名。

『悪魔チビ』だった。

「はぁはぁ…。腕がしんどいわ…。これは運動不足じゃな…。しかし…。おまぁーは、なんで謝らん…?」

「メル…。普段から、威張り散らしている男はヨォー。よっぽどのことがなけりゃ、素直に謝れないものなんだ…」

「そう言うもんかい?」

「ひぃひぃ…。ばぁーか。こちとら…。ガキの言うことなんざ、聞けるかよ…。そんな真似をしたら、だぁーれも俺について来なくなっちまう」

涙を流し、よだれを垂らし、尿を漏らしてまで謝ろうとせず。

エルネストは、這いずって逃げようとした。

だが、それを許すメルではなかった。

小鬼の顏になって追い回す。

「その無様を晒しておいて、よぉー言うわ。まぁ、ええ…。気骨があるんは、悪くない。だけどなぁー。わらしは、この後も、四ケ所の現場を回らなアカンのや。おまぁーだけに、のんびりと時間は掛けられん。よって今日のところは、あと三発で終いじゃ…。それっ。折檻、折檻、折檻…!」

「ぷぎぃーっ!」

エクスカリボーによる仕上げの殴打で、エルネストは全身を痙攣させた。

「言っとくがなぁー。おまぁーが謝るまで、仕置きは終わらんヨ。わらしは、明日も来る。明後日も、明々後日も…。毎日じゃ!」

「おい、メル…。監督さんは、もう気絶してるぜ。聞こえてねェーよ」

「そっか…。そりゃ、しゃぁーないのぉー」

メルはトンキーの背に跨り、次の建築現場へ向かうよう、指示を出した。

「あーたたちは、家に帰りんしゃい。今日はもう、作業にならんデショ」

メルが立ち去る際に、遊民の作業員たちを見まわして言った。

エルネストに雇われている遊民たちには、返事のしようもなかった。

ただ茫然と立ち尽くして、メルとバルガスが遠ざかっていくのを見送るのみだ。

暫くして、遊民たちの一人がエルネストに近づき、小声で呼びかけながら肩を揺すった。

しかしエルネストは、一向に目を覚まそうとしなかった。

「ほっとけよ…」

「ああっ、そうだな」

「わざわざ自分から、面倒を呼び込むことはない」

「うん、その通りだ」

「はぁー。取り 敢(あ) えず、身体を休めようぜ」

脈があり、息をしているので、遊民たちはエルネストを放置することに決めた。

エルネストと関わりを持ちたい人間など、この場には一人も居なかった。

「とんでもない 娘(こ) だな」

「おいらは、目のまえで起きたことが信じられねぇ」

「村人に聞いたけどさぁー。あれは、精霊の子だって話だ」

「精霊の子ねぇー?」

遊民たちには、精霊の子が何か分からなかった。

だけど少なくとも、ムチで自分たちを脅すエルネスト監督より、おっかないことだけは確かだった。

そして、どうやら精霊の子は、自分たちの味方をしてくれるようだ。

そう考えると、何やら嬉しくなってくる遊民たちであった。