軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

虐げられた人々

モルゲンシュテルン侯爵領の領民たちは、バスティアン・モルゲンシュテルン侯爵がウスベルク帝国に反旗を翻した事を知り、激しく動揺した。

当初は私財を荷馬車に乗せて、家族や従者と共に領地から逃げだす者さえ現れた。

このような混乱に動じることもなく、モルゲンシュテルン侯爵は全ての戦場に於いてウスベルク帝国騎士団を追い払い、自軍の優勢を領民たちに示した。

そうこうする内にも、ミッティア魔法王国から次々と援助物資や技術者が送られてきて、モルゲンシュテルン侯爵領は守りを堅牢にして行った。

噂を聞きつけた腕自慢の傭兵たちが一旗揚げようとルデック湾に集まり、モルゲンシュテルン侯爵軍の傘下に加わった。

当然のコトながら、近隣の弱小貴族たちも例外ではなかった。

魔導甲冑の勇壮な姿は、それだけの示威効果を戦場で発揮して見せた。

魔導甲冑は軍馬の二倍も背丈があり、矢だけではなく剣や槍を弾き返す頑丈な装甲に覆われ、大きな岩でさえ打ち砕く膂力を誇った。

大きくて強いモノが隊列を組んで前進すれば、弱小貴族たちの心など容易くへし折られてしまう。

ウスベルク帝国の貴族たちは強敵に命がけで立ち向かうほど、ウィルヘルム皇帝陛下に対する忠誠心を持ち合わせていなかった。

これは、『 調停者(クリスタ) 』がウスベルク帝国に課した役割のせいであった。

ウスベルク帝国の建国条件は、 屍呪之王(しじゅのおう) を帝都ウルリッヒの地下に封じ込め、周辺諸国からメジエール村を隠し通すことにあった。

帝国貴族たちは領地を管理するだけの存在なので、戦乱に於ける立身出世もなければ、他国から切り取った領地を割譲される機会にも恵まれなかった。

屍呪之王(しじゅのおう) さえ結界に封印しておけば、ウスベルク帝国が他国に侵略される心配はない。

平穏で怠惰な現状維持は、ただでさえ傲慢な貴族たちの心を徐々に腐らせた。

やがて理想を追求しない特権者は、賄賂で私腹を肥やすようになった。

それ故にウスベルク帝国の貴族にはろくでなしが多く、元老院さえも賄賂次第でミッティア魔法王国の介入を看過する始末だった。

彼らに 高貴なる者の義務(ノブレス・オブリージュ) を求めたところで、虚しくなるだけだ。

ウスベルク帝国内の戦局が小康状態に落ち着いても、散発的な戦闘に巻き込まれて被害をこうむる人々は増加していった。

戦争景気に浮かれる城塞内の商人連中と違って、モルゲンシュテルン侯爵領の農民は心安らかでいられなかった。

ウスベルク帝国の騎士団とモルゲンシュテルン侯爵軍が衝突する度に、巨大な魔動甲冑の進軍で耕作地はズタボロにされた。

容赦なく魔法武器を使用する傭兵たちに村々は焼き払われ、大切な農機具や家畜までも失ってしまった。

先祖伝来の土地や財産を守ろうとして命を落とす農夫も、決して少なくなかった。

結果として、モルゲンシュテルン侯爵領の農民たちは身分と耕作地を捨てた。

『帝都ウルリッヒに赴き、遊民保護管理事務所に助けを求めると良い!』

遊民保護局から派遣された役人が戦火に見舞われた村々を訪ね歩いて、そう農民たちに伝えたからである。

ウスベルク帝国では 屍呪之王(しじゅのおう) が排除された後も、その事実を隠すために遊民保護制度が残されていた。

従って、戸籍を無くした流民たちは帝都ウルリッヒの遊民保護管理事務所に申請すれば、最低限の生活保障を受けることができた。

だが、この役人はマルティン商会に雇われた、非正規の 宣伝係(メッセンジャー) だった。

彼はウスベルク帝国や農民のためではなく、マルティン商会の都合で働いていた。

ともあれ役人の言葉を信じた農民たちは、モルゲンシュテルン侯爵領から逃げだして帝都ウルリッヒを目指した。

そしてマルティン商会は、帝都ウルリッヒの遊民保護区域に溢れた難民たちを手配師に集めさせて、手際よく魔鉱石の採掘現場と精錬工場の建築現場に送った。

エドヴィン・マルティン老人は、これまでに貯えて来た帝国通貨を惜しみなくばら撒いて、労働力の確保に努めていた。

その過程で、遊民保護制度を利用しようと思いついたのだ。

全ては、魔鉱石の事業を成功させるためであった。

何倍にもなって戻ってくる筈の投資だから、惜しくはなかった。

故郷を失った農民たちの一部は、メジエール村の建築現場でも働かされていた。

彼らの労働環境は、かなり劣悪だった。

建築現場付近に仮設された住居の数は充分と言えず、粗末な建物に無理やり何家族もの遊民たちが押し込められていた。

衣食住と全てが不足していながら、彼らが過酷な労働に耐えられたのは、メルの働きによるところが大きかった。

どれだけこき使われて体力が削られようとも、翌朝にはすっかり元気を取り戻してしまうのだ。

メルが毎朝のように『浄化』を繰り返しているので、労働者たちは病気やケガから守られていた。

逆立ちしても、健康を損なうコトは出来ない。

むしろ流浪の民となった農民たちは、新たなる希望に胸を膨らませた。

メジエール村は、人を元気にするパワーで満ちていた。

『この村の住民になりたい!』

それが彼らに共通する夢だった。

メジエール村の妖精たちは、困窮した遊民たちを喜んで助けた。

建築現場で親を手伝う幼い子供は、既に妖精たちの存在を察知していた。

おそらく妖精と子供たちは、すぐにでも仲良しになるだろう。

ニックの家族は、魔鉱石の採掘スタッフが利用する邸宅を建築していた。

もと農民の両親には高度な建築知識など無いから、現場監督の指示で資材を運んだりするのが主な仕事だ。

ニックと妹のエミリは両親の手伝いだから、まともな給与など貰えなかった。

それでも仮設住居にいたら手に入らないパンなどが配給されるので、建築現場の手伝いに参加していた。

二人は幼い妹の面倒を見ながら、運び込まれたレンガなどを用途別に整理して積み上げていく。

「お兄ちゃん、積み過ぎるとカントクさんに叱られるよ」

「うん…。崩れるほど高くは積まないよ」

子供なので高くレンガを積み上げようとすれば、事故を起こす危険があった。

それでも重ねて積み上げるのが面白いので、ついつい高くしてしまう。

「エミリ姉ちゃん、お腹がヘッタ…」

小さなネリーが空腹を訴えた。

「ネリーは、さっきパンを食っただろ!」

「だって、ニック兄ちゃん…。ネリーは、お腹がへったんだモン!」

状況を理解できない小さな子に、少ないパンで我慢させるのは難しい。

父のジョゼフが荷車に積んだ家財道具や、荷車と荷車を引いていたロバのペペスも売り払われて路銀になった。

『帝都ウルリッヒに到着した時点で、その路銀も底を突いてしまった!』などとネリーに説明しても、徒に不安を煽って悲しませるだけだ。

無一文の遊民となったニックたちは、手に入ったモノで日々の遣り繰りをしなければいけない。

空腹なのは、ニックやエミリも同じだった。

両親だって同じだろう。

戦争だから仕方がないのだ。

ニックたちにしてみれば、自国内での紛争も他国との戦争も違いなんてなかった。

只々、迷惑なだけである。

◇◇◇◇

「ねぇ、メル。どうして 背嚢(デイパック) を背負ってきたの…?」

「お届け物です」

「ふーん」

手習い所で問いかけたタリサに、メルが答えた。

「知り合いでも出来たのかしら…?」

「ここへ来る途中でな…。ハラー空かしたお子さまが、いらっしゃいます」

「あーっ。分かった。帝都から流れて来た、労働者の子でしょ?」

「うん。ちっこいのが泣いてたから、餌づけします」

「うちの親は、余所者と話したらダメだって言ってたよ」

タリサの親は、冒険者ギルドのならず者たちに強い警戒心を抱いていた。

連中は粗暴で危険だから、当然の話である。

「そそっ…。メルちゃんは余所者と話しちゃダメだって、アビーさんから言われてないの…?」

ティナが不思議そうに訊ねた。

「うむっ。なにしろですね。ぼぉーけん者ギルドが、わらしの樹から見えるとこにあるんで、あいさつせんのもおかしいデショ…。だからぁー。ママは気をつけいと言うだけで、目を合わせたらアカンとは言いません。話すなとも、言われとらんどォー」

「おおっ…。オレも、メル姉と同じだ。冒険者ギルドと『竜の吐息』は、直ぐ近くだからなぁ。ビンス爺ちゃんにも、『あいさつだけしておきなさい』って言われた」

ダヴィ坊やの両親は宿屋を経営しているので、余所者の扱いに慣れていた。

それだけに冒険者ギルドのならず者たちと接するときには、細心の注意を払っているようだった。

「へぇー。怖くない?」

タリサは驚きの表情で、メルとダヴィ坊やを見つめた。

「うち…。フレッドおるやん。他にも、ぎょーさん人相の悪い客がきよるからなぁー。すっかり、慣れてしもぉーた」

メルは全く喋れなかった頃に、『酔いどれ亭』で冒険者より危険な傭兵たちに抱っこされてゴハンを貰っていた。

それ故に、強面のオッサンには半端ない耐性があった。

(僕はさぁー。乱暴なオッサンより、女の子にイジワルされる方が怖いよ)

ブチ切れて武器を振り回すオッサンなんて、ちっとも怖くなかった。

自分が傷つけられる未来なんて、欠片も想像できない。

幼児拳で、完膚なきまでに叩きのめす。

むしろタリサに『変な耳…』と囁かれる方が、余程こたえる。

完全復活までに、十日は掛かりそうな深手を負わされてしまうだろう。

(不思議だよなぁー。男連中には、耳を笑われても腹が立つだけなのに…。女の子からバカにされると、メッチャへこむんだよ。どうしてなのかなぁー?)

ラヴィニア姫から『嫌い!』と言われたら、二十日は寝込んでしまう自信があった。

相も変わらず、メンタルがおぼろ豆腐なメルだった。

「何にしても、毎日ゴハンを運ぶわけにはいかないでしょう。下手なことをして懐かれたりしたら、やめられなくなるんじゃない?」

「んっ?ティナは心配性ですね。わらし、目的があって餌づけします。絆されたりせんので、問題なぁーよ」

「そうなんだ…?」

「そうなんデス!」

メルは子供たちを魔法学校に誘うつもりだった。

アーロンには事前に打ち合わせてあった。

モルゲンシュテルン侯爵領から逃げだした農民たちの子供は、すべて魔法学校に収容するつもりだ。

メルの目的は一つである。

それは妖精と人の和合なのだ。