軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

マルティン商会

ミッティア魔法王国を本拠地とするデュクレール商会が、実のところウスベルク帝国の諜報機関であるように、帝都ウルリッヒに本部を構えるマルティン商会もまた、その実態はミッティア魔法王国の諜報機関であった。

表向きは大掛かりな開発事業など、派手な儲け話に目がないエドヴィン・マルティン会長だが、裏ではウスベルク帝国を弱体化させるために地味な努力を積み重ねていた。

遊民保護区域に巣食うヤクザたちや、冒険者ギルドを乗っ取った無頼者たちの背景には、例外なくマルティン商会の関与があった。

帝都ウルリッヒでマチアス聖智教会が勢力を拡大したのも、マルティン商会の資金援助と宣伝活動に因るモノだった。

当然のことながら、バスティアン・モルゲンシュテルン侯爵との結びつきも強い。

ウスベルク帝国に反旗を翻したモルゲンシュテルン侯爵領では、不足した物資や情報などをマルティン商会に依存していた。

安価に入手して、高く売りつける。

それが商売の基本である。

エドヴィンにすれば、諜報活動も大切な商売なのだ。

価値のある情報を売買して稼ぎに繋げるのは、商人にとって基本中の基本だった。

「まあ、遠慮せずに掛けたまえ…。まったく酷いなりじゃないか。作戦に失敗して、戦線離脱かね…?」

「失礼する」

草臥れた様子のヨーゼフが、どっかりとソファーに腰を下ろした。

エドヴィンから指摘されたように、ヨーゼフの身形はヨレヨレだった。

やせこけた顔は血色が悪く、無精ひげが生えて汚らしい。

衣類の裾は擦り切れ、皺だらけで煤けていた。

「みすぼらしい格好で済まない。ちょっと冒険者の真似事をしていた。そうは見えないか…?」

「それで…。ヨーゼフ・ヘイム大尉、ご用件を窺おうか」

「単刀直入に言おう。俺を支援しろ!」

「これまた横暴だな…。マルティン商会には、キミを助ける理由がない。本国からも、キミの部隊に対する支援要請は来ていない。もっとも、ヨーゼフ・ヘイム大尉と接触があったときは、報告するようにと、命令があったよ。もしかして、ミッティア魔法王国軍から逃亡中か…?」

マルティン商会本社の応接室で、ヨーゼフと言葉を交わすエドヴィン・マルティンは、意地悪そうな笑みを浮かべた。

「余計な詮索は無用だ…。何なら、ヨーゼフ・ヘイム大尉などと言う男は、とっくに死んだ。もう故郷など、忘れてしまった。家族との再会も、すっぱりと諦めたよ」

「そんな勝手な話は、通らんだろ」

「儲け話だ!フェアに行こうぜ」

ヨーゼフは懐から取りだした石ころをテーブルに載せた。

「これは…」

「純度の高い魔鉱石だ。くれてやるから、好きなだけ調べるがいい」

「確かに質は良さそうだが、ちっぽけな石コロに過ぎん」

「つい最近まで、冒険者の真似事をしていたと言っただろ。でっかい鉱脈を見つけたのさ…。船で運んできた塊も、欲しいならくれてやる。よぉーく考えてから、結論を出せ」

ヨーゼフがティーカップを手に取って、ソファーに寄り掛かった。

ふてぶてしいヨーゼフの態度は、負け犬の強がりに見えなかった。

まるで野性を取り戻した、狼のような目付きだった。

エドヴィンはヨーゼフの迫力に、気圧された。

「……っ。口の利きかたも知らぬ、若造が!」

「いい歳をした俺に向かって、若造ときたか…。アンタと比べられたら、どいつもこいつも若造じゃないか。いい加減に引退したらどうなんだよ、老い耄れジジイ…」

「ふんっ…。条件は…?」

「新しい俺の身分と、利益の一割だ…」

「くっ…。『共犯者になれ!』と、言うのだな。こんな安っぽい情報で…。オマエなどに頼らなくても、ヒントさえあれば情報は手に入る。迂闊な奴め。交渉は決裂だ。とっとと帰るがいい…。そうそう、ひとつ忠告しておこう。私は根っからの愛国者だ。急いで逃げた方がよい」

エドヴィンも、なかなかに強かな男だ。

交渉事に於いて相手の弱みに付け込むぐらい、屁とも思わない。

「魔鉱石の、デカイ鉱脈だぞ。作戦に失敗したヘッポコ大尉の行方なんざ、どぉーでも良かろう…。言っとくけどなぁー。俺が率いるチームでなければ、お宝までたどり着けない」

「やってみなければ、分からんだろ?」

「予言しておいてやる。次に交渉を持ち込んでくるのは、アンタの方だ。そのとき俺が要求する取り分は、儲けの二割としよう」

ヨーゼフはティーカップをテーブルに戻し、ゆっくりと立ち上がった。

「それじゃあ…。せいぜい頑張りな」

そして振り返ろうともせずに、応接室の扉を開けた。

「まて、ヨーゼフ…。話は終わっていないぞ」

「………ほぉ?」

「戻って来て、座ってくれ…。もう直ぐ昼だ。ランチを一緒にどうかね?」

エドヴィンの完全敗北だった。

実のところ魔鉱石の噂は幾度となく耳にしていたし、情報収集にまとまった資金も投じていた。

だが専門家で組織された調査隊は、タルブ川の上流まで魔鉱石の欠片を拾いながら遡行し、恵みの森に足を踏み入れたところでパタリと消息を絶つ。

何度試みても、結果は変わらなかった。

誰一人として戻って来ない。

「鉱脈は森の奥かね…?」

「焦るんじゃねぇよ。取り敢えず、ランチが先だ」

ヨーゼフがニヤリと笑った。

◇◇◇◇

ジェナ・ハーヴェイは、ミッティア魔法王国軍の落ちこぼれ魔法士だった。

エルフ族と人族のハーフで、魔法学と探査能力に秀でていたが、戦闘となるとからっきし弱かった。

それなのに齢三十半ば、エルフとしては若年故に喧嘩っ早く、上から目線で傲慢ときたら正規軍で使いどころもなく、もてあました魔法軍がヨーゼフ大尉のところに押し付けていった。

要するに厄介払いだ。

本国に工作員の補充を依頼していたヨーゼフ大尉としても、ジェナを敵地で放りだす訳にいかず、ずっと無駄飯を食わせていた。

そう…。

ジェナ・ハーヴェイは、ただのお荷物だった。

それが皮肉にも、秘密工作員の部隊が壊滅し、ミッティア魔法王国から追われる身となったとき、初めてジェナの能力が発揮された。

ジェナの偽装魔法があれば、追跡者の目を欺くのは容易かった。

探査能力はトラップを見つけだし、解除するために役立った。

果てはハッタリひとつで冒険者たちを配下に収め、お腹が減ったと魔鉱石の鉱脈探しに乗りだし、何重にも重ね掛けされた結界魔法を突破して、お宝までたどり着いた。

逸材だった。

ゴミかと思ったら、秘密兵器だった。

また、こうした冒険を経て、ヨーゼフはジェナの操作方法を身に着けた。

ブタも煽てれば木に登る。

ジェナは褒めれば出来る子だった。

殴って従わせる軍隊とは、肌が合わなかったのだ。

所謂、ツンデレである。

ヨーゼフは思う。

(三十を過ぎても、頭を撫でられるのが嬉しいのか…?)

ジェナの外見は、十代半ばの若い娘だ。

それでも、何かするたびに頭を撫でて貰いに来るのは、どうかと思う。

しかし、それで命令を遂行してくれるのだから、撫でない訳にはいかない。

もう頭だろうが尻だろうが、ジェナが撫でて欲しがるなら、幾らでも撫でてやろう。

どうせ母国には戻れない。

妻子と再会する望みも絶たれた。

ハーフエルフの頭を撫でたくらいで、目くじらを立てられる覚えなどない。

なにより生き延びるためには、それが必要なのだ。

ヨーゼフは覚悟を決めていた。

恥辱に塗れても、世の末を見届けてやると…。

(エーベルヴァイン城に生えたのは、精霊樹に違いない。しかも、あの堅牢な地下迷宮ときたら、邪霊どもの巣窟じゃないか…)

ヨーゼフの足元で、計り知れない何かが起きていた。

これまで信じてきた常識や世界が、ガラガラと音を立てて崩れ落ちるような何かだ。

フレンセン隊長は、昔語りの冒険譚でしかお目に掛かれないような邪霊たちに、ミッティア魔法王国の特殊部隊が壊滅させられたと報告した。

ヨーゼフに事情を話して聞かせたプロホノフ大使は、フレンセン隊長の報告を『あり得ない!』として退けた。

不愉快な薄ら笑いを浮かべながら。

だけど、ヨーゼフの考えは違った。

何となればヨーゼフもまた、多くの部下を地下迷宮に送り込み、失っていたからである。

そして今、恵みの森で太古の魔法に触れたヨーゼフは、常識自体を疑っていた。

(何がどうなっているのか、腰を据えて調べてみなけりゃ分からねぇ!)

ミッティア魔法王国はウスベルク帝国を支配下に置こうと目論んでいるのだが、もうどうなるか見当もつかない。

ヨーゼフだって何度も失敗するまでは、エーベルヴァイン城の地下迷宮攻略など容易いものだと決めつけていたのだ。

「何にせよ、部下たちには可哀想な事をした。あんなもんと闘って、勝てる訳がない」

「んっ…。そうそう」

ヨーゼフの横でジェナ・ハーヴェイが、両手に持った丸いものを食べていた。

「何だそれは…?」

「んっ。これはですねェー。お店で買った、おむすびと言うモノです」

「はぁー。変わった食べ物だな…」

「ヨーゼフ大尉殿。そこの道を右に曲がると、小さなお店があります。『猫まんま』と言う看板を掲げています。欲しければ、自分で買ってきてください」

ジェナはモグモグしながら、お店がある場所を指で示した。

「ランチは済ませた。代金はエドヴィン・マルティンの財布から支払わせた。高級なランチだったぜ」

「羨ましくありません。おそらく、わたしの食べている、おむすびの方が美味しいから…。お店の主人も、可愛かったし」

「何じゃそりゃ?」

「小っちゃい女の子なのに…。鼻の下に、髭をつけてるんです。横にネコがいて、代金を支払うと、お釣りをくれるんですよ」

お会計をする猫から、釣銭を受け取ったらしい。

とんでもなく怪しい話だった。

もう、どこから突っ込んでよいのか、まったく分からなかった。

「それっ。食べても大丈夫なのか…?」

「失礼ですね。ちゃんと、五十ペグ払って買ったんです。間違いなんか起きませんよ!」

「いや…。そうじゃなくてさ。妖怪とかの店じゃねぇのか?」

「あれぇー?ときどきヨーゼフ大尉殿って、子供っぽいことを仰るんですね」

ジェナがキャルンとした目で、ヨーゼフを見つめた。