作品タイトル不明
元婚約者と話し合いました
ホカホカ焼きたてのパンが、作り立てのスープが、新鮮な野菜が、切りたてのハムが、テーブルの上に並ぶ。
「まあ、美味しそう。ねえ、オーギュスト?」
カタリナは頬を緩ませ、向かいに座っている人物へと声をかけた。
しかし、オーギュストは浮かない顔。
「カタリナの世話をするのは僕の役目だったのに……」
「仕方ないでしょう。あなたは絶対安静で、私には家事スキルがないんだから」
「でも、あのリゾット……」
「あれは、数少ない私が作れる料理よ。毎日同じものを食べるわけにはいかないでしょう」
「そんなこと! 僕はカタリナが作ってくれるなら毎日でも食べるよ!」
「私が嫌なの」
「そんなあ……」
ぺしょ、としょげているオーギュストから視線を逸らす。彼はこの家に他人を入れるのを毎回嫌がるが、仕方ないのだ。こればかりは譲れない。家事もだが……彼の入浴介助はさすがのカタリナでも勘弁したかった。
めそめそオーギュストの耳に 医師(天) の声が降ってくる。
「おや、オーギュスト様の体のことでしたらもう大丈夫ですよ。今日で全快です」
彼の目に光が灯った。
「ということは、また僕がカタリナのお世話できるってことですね⁉」
「ええ、ご存分に」
途端にオーギュストの鼻息が荒くなる。
再びあの日々が始まるのか……と、カタリナは顔を引きつらせた。
今にも給仕したそうなオーギュストに待ったをかける。
「その前にきちんと話をしましょう。後回しにしていた大事な話があったでしょう?」
オーギュストがギクリと体を強張らせた。
人払いをし、カタリナは改めて口を開く。
「粗方のことは殿下から聞いているわ。ただ、それでも不明点が多い。情報を整理するためにも一から教えてちょうだい」
「全て吐いてもらうからね」という副音声はオーギュストにも届いたらしい。彼の顔は強張ったままだが、観念したように頷き返してきた。
「まず、どういう経緯で殿下から仕事をもらうようになったの?」
王太子はオーギュストから乞われて……と言っていたが、落ち着いて考えてみるとおかしい。
カタリナが知る限り、二人は顔見知り程度の仲だったはずだ。王太子はすでに学園を卒業した身だから、校内での接触はありえない。二人が会合するような社交パーティーも最近はなかった。オーギュストが無謀にも王城に突撃しに行った可能性は無きにしも非ずだが……さすがにそこまで非常識とは思いたくない。
「それは……」
口をもごもごしているオーギュスト。辛抱強く待っていると、しばらくして語り始めた。
「最初に接触してきたのは殿下の方からだったんだ。学園で例の騒ぎが起きた数日後、放課後いつも通り公爵家の馬車に乗って帰るつもりが、なぜか中には殿下がいて。しかも、僕の婚約破棄について詳しく聞きたいと言ってきた」
「……どんなことを聞かれたの?」
「えっと……確か、ミラのことを聞かれて……」
(ミラのことを? 貴族子息が七人も一人の男爵令嬢に振り回されたということで王家から探りが入ったのかしら……)
「それで?」と話の先を促す。
「次に『真実の愛』について聞かれたんだ。どうして『真実の愛』という言葉を使ったのか? って」
(『どうして』……ね)
「……なんて答えたの?」
「事実を。ただ、ミラの言葉を真似しただけだと。あと、例の本のことも。……あの本が元凶みたいなものだし。そういえば、殿下も妙にあの本に興味を示していたような……」
(例の恋愛小説のテーマは確か…… 王(・) 太(・) 子(・) と 男(・) 爵(・) 令(・) 嬢(・) の身分違いの『真実の愛』)
カタリナは溜息を吐く。
「それが理由ね……」
「え?」
「いいえ。こちらの話よ」
未だ婚約者が決まっていない 王(・) 太(・) 子(・) と、七人の男を虜にするほど魅力的な 男(・) 爵(・) 令(・) 嬢(・) 。
(ミラがどういうつもりで『真実の愛』という言葉を使っていたのかを探っていたのね。ミラ……というよりは男爵家が王家にまで手を伸ばそうとしているのではないかと疑って……公爵家まで手を出したんですもの……警戒してもおかしくない。そういう意味ではミラのあの思い切った行動は正解だったわね)
ミラはともかく、あの母親ならあわよくば……と考えそうだもの。とそこまで考えて、カタリナは思考を切り替えた。
「それで、そこからどうして殿下に無謀なお願いをしよう……なんてことになったのかしら?」
「そ、それは、その……途中から殿下がやたらカタリナのことを聞いてきたから……」
オーギュストの視線が逸れる。再びのもごもごタイム。
「はっきり喋ってちょうだい」
「う‟。殿下までカタリナに興味があるように見えてきて。殿下が相手ならそれこそ、もう僕に勝ち目はないって思って。だったら……」
次第にオーギュストの瞳からハイライトが消えていく。
「いっそカタリナを監禁してしまおう、って思ったんだ。誰も知らない場所に。そうすれば誰にも取られないから。殿下にも。そのためなら何でもするって。そう宣言したら……なぜか殿下は笑い始めて。なら、どれだけ本気かみせてみろって、今の仕事を紹介してくれたんだ。正直、失敗ばっかりで……今回も大ヘマしちゃったけど、それでも僕の本気……カタリナへの気持ちは認めてもらえた。それで殿下は、カタリナの監禁計画表を添削してくれたり、手助けしてくれたんだ」
嬉しそうに笑うオーギュストだが、カタリナの表情は硬い。
(殿下! この状況の半分くらいはあなたの責任では⁉)
面白半分で笑う王太子の顔が頭に浮かんで、イライラしてきた。
気持ちを落ち着かせようと深呼吸をする。
「……まあ、オーギュストの判断は結果としてよかったと思うわ」
「え?」
まさか褒められるとは思っていなかった。という反応のオーギュスト。
「そこで殿下の気を引けなければ、今頃私は殿下の婚約者……もしくは側近にされていたでしょうからね」
カタリナの言葉に青くなったり赤くなったりとせわしない。
「なら良かった! ち、ちなみに……監禁したことを怒ってはない? 恨んだり嫌いになったりはしてないって言ってたけど……」
「そうね……今は怒ってもいないわ」
「な、なら、僕ともう一度婚約してくれたり……」
緊張している様子の彼を見つめる。
「……いいわよ。というか、こうなってしまっては他の人と婚約する方が難しいでしょうし」
仕方ないという口調だが、それでもオーギュストは嬉しそうに笑う。
その様子にカタリナは首を捻った。
「もともとそのつもりで監禁したんではないの?」
「え?」と小首を傾げる彼を見て、カタリナは訝しむ。
「既成事実を作って再婚約を図ろうとしたのでは……」
「いや、さすがにそれは……。ただ、僕はずっとここでカタリナと二人で生きていこうと思っていただけで……」
照れくさそうに笑うオーギュストを見て、ゾッとした。
「ずっとって……どうしてそんな考えになるのよ」
「カタリナこそ何を言ってるのさ。監禁って犯罪だよ? 僕がしたことがバレたら、カタリナとの結婚なんて認めてもらえるわけないじゃないか」
「普通ならそうでしょうけど、この計画には王太子殿下がかかわっているのよ? その時点で、『監禁』はなかったことにされるわよ。適当な理由をつけて、最終的には結婚させられるに決まっているでしょう」
目を丸くするオーギュスト。言われて、気づいたらしい。
(監禁が犯罪っていう認識はあったのね。それでも決行した上に一生ここで私と暮らすつもりだったなんて……)
カタリナの思考が止まった。
「カタリナ、どうしたの?」
「……本当にただ、私と二人だけで一生ここで暮らすつもりだったの?」
困惑顔のカタリナに、オーギュストは首を傾げる。
「うんそうだよ。なんで?」
「なんでって……あなたが私に執着していることは知っていたけど、そこまでだったの? ただ、全てを元に戻すための手段として依存していただけじゃあ……。家を捨ててまでなんて……そんなのまるで『真実の愛』と同じじゃない」
「……カタリナ。やっぱり僕の気持ち伝わってなかったんだね?」
「気持ち?」
「結構分かりやすかったと思うんだけど」
じっと見つめられ、狼狽える。心当たりは……ある。
「もしかして……わ、私のことが好き……とか?」
(この質問、間違っていたらかなり恥ずかしいわね……って、なんでそんな驚いた顔をするの⁉ 私の勘違いだったの?)
「そこからなの⁉ いや、そういえば僕好きって伝えてなかったかも。……カタリナだもんね」
「何? 私がどうしたのよ。答えは教えてくれないの?」
真剣な顔でカタリナを見つめ返すオーギュスト。
(何だか……心臓がドキドキうるさいわ)
「カタリナ。よく聞いて」
「え、ええ」
「僕は、カタリナが好きだ。ううん。愛してる!」
目を丸くし、咄嗟に「うそよ!」と声を発していた。
「なんで嘘って決めつけるんだよ! どう考えても本気でしかないだろう! 監禁までしてるんだぞ⁉」
「だ、だってあなた全然私に手を出さなかったじゃない!」
「はいぃ⁉」
カタリナが顔を真っ赤にし、主張する。
「普通、監禁する時って無理やり関係を持つものじゃないの⁉ て、手籠めにして既成事実を作るのがセオリーでしょう? なのに貴方、お風呂の時でさえ何もしなかったじゃない。好きだったら我慢できず、そういうことしちゃうものじゃないの? 私キスすらされていないわよ⁉」
今度はオーギュストの顔が真っ赤に染まった。
「そ、そそそそそそれは、これ以上カタリナに嫌われたくなかったからに決まっているだろう! 僕がどれだけ我慢したと思ってっ……。長い監禁生活の中で、いつか、そうなれたらな……っていう淡い期待を奥底に押し込めて、頑張って紳士に振舞っていたのに!」
「なっ! オーギュストってばそんなこと考えてたの⁉」
「当たり前だろう⁉」
オーギュストの目に涙が溜まり始める。
「なんで僕はいつもここぞという時に判断をミスるんだ。一生懸命我慢したのに、そのせいで信じてもらえないなんて……。本当はカタリナの裸見たかったし、お〇〇〇揉みたかったし、全身に触れたかったし、なんなら一緒にお風呂に入ってそのまま……。ああ、目隠ししているカタリナに、意識を失っているカタリナに、何度口づけようと思ったことか。それさえも耐えたのにこんなの酷すぎるっ」
(ちょ、あの沈黙ってそういうことだったの……⁉ っていうか、かなり危なかったのね⁉)
両手で顔を覆い、さめざめと泣き始めるオーギュストに向ってカタリナは吠えた。
「な、何を破廉恥なことを言っているのよ!」
「だって……カタリナが信じてくれないから」
「うぐっ。そ、それは……」
「僕は本気でカタリナが好きだ。愛してるんだ。誰にも渡したくない。僕のものにならないなら、せめて閉じ込めて、誰のものにもならないようにしたいって思うくらい。信じてよ! これからはカタリナでも分かるようにはっきりアプローチするから! だから……だからどうか僕をお婿さんにしてください!」
オーギュスト渾身のプロポーズ。
「……いや、だから、結婚はするって。むしろ、してもらわないと困るわ」
と、カタリナは茹で上がったような顔で返す。
「責任取って、世界で一番幸せなお嫁さんにするから!」
「そ、それはともかく。一応言っておくけど、私……その……オーギュストと同じ熱量は返せないと思うわよ」
カタリナの言葉に、オーギュストは苦笑する。
「そんなの承知の上だよ。嫌われていないだけ、御の字」
と言いつつ、物凄く悲しそうな顔をしている。
そんな顔を見ていたら、考えるよりも先に言葉が飛び出していた。
「す、好きか嫌いかと聞かれたら……好きよ」
「え」
「オーギュストとの婚約が無くなった時……胸に小さな穴が空いたような気分になったわ。その程度には傷ついていたの。それに、いくら監禁されているからとはいえ、夫以外の男性の前で安易に裸を晒すほどふしだらな女ではないわ。あなただからその……許せたことなのよ。つ、つまり、あなたと夫婦生活を営んでもいいと思える程度には好意を抱いているってことなんだけど……」
精一杯のカタリナなりの返事。ちらり、と彼の様子を窺い……驚いた。
「オーギュスト……あなた、大丈夫?」
顔どころか、全身真っ赤だ。心配になるくらい。
目をうるうるさせたかと思えば、左手で心臓を押さえ、右手で鼻を覆った。
「カ、カタリナがエロ可愛すぎて胸が苦しっ……鼻血がっ」
「エロ⁉ ってちょっと!」
彼の骨ばった指の間からは赤いものが垂れ始め、カタリナは慌てて立ち上がったのだった。