悪役令嬢ですが、恋愛イベント加速装置はやめさせていただきます
作者: 菖蒲月
本文
私が階段から落ちたのは、別に誰かに突き落とされたからではない。
単純に、ヒロインに嫌がらせをしようとして、自分で足を滑らせただけという…。
最近では良くあるパターンのヤツですわね。
「きゃああああっ!!」
ふわりと身体が浮く感覚。
次の瞬間には、階段下の踊り場に頭を強く打ち付けていた。
周囲から悲鳴が上がる。
「アメリア様!」
「大丈夫ですか!?」
「誰か先生を!」
ああ、うるさいわね…。
それが、私――アメリア・ローゼンベルク侯爵令嬢が意識を失う直前の最後の感想だった。
◇◇◇
「……最悪だわ。」
目を覚ました瞬間、私は天井を見上げながら呟いた。
頭がとんでもなく痛いけど、それどころではなく、状況は思ったより最悪だと気付いたのだ。
何故なら私は思い出してしまったから…。
ここが前世でプレイしていた乙女ゲーム『花冠の誓い』の世界で。
(ゲームタイトルが安直よね…。でもキャラデザが好みだったから衝動的に買っちゃったのよ。)
自分が、主人公をいじめ抜いた挙げ句、卒業パーティーで断罪される悪役令嬢アメリア・ローゼンベルクであるということを。
……いやまあ、ここまでは王道よね。
乙女ゲーム転生ものとして、よくある話だと思うわ。
まあ、なんで私が悪役令嬢なのかとか、乙女ゲームじゃなくてRPGが良かったなとか、思うことは色々とあるんだけれど。
それにしても…
「……何なのかしらね、あの茶番。」
思い出したゲームシナリオを振り返って、私は真顔になった。
そもそも、あのシナリオは妙だったのだ。
ヒロインであるリリア(平民から男爵令嬢となった)が転校してくる。
ヒロインの貴族らしからぬ行いに、主に女生徒からのヘイトが集まる。
攻略対象達が彼女を庇う。
悪役令嬢であるアメリアが嫉妬して嫌がらせをする。
さらに攻略対象達がヒロインを守る。
……これを延々繰り返す。
「いやいや、気持ち悪っ!!…本当に何なの?」
前世では普通に楽しんでいた気もするが、実際にその立場になってみると、あまりにも…あまりにも!馬鹿らしい。
まず人の恋愛模様に自分が組み込まれていることが気持ち悪くてしようがない。
それに、嫌がらせの効率も悪すぎる!
わざわざ人前でやれば、当然こちらの印象が悪くなるし…。
攻略対象達は、それを見てヒロインへの好感度を上げる、つまり…。
「悪役令嬢なんて、恋愛イベント加速装置じゃない…。」
馬鹿なのだろうか。
いや、馬鹿だったわ。
実際、ゲーム内のアメリアは感情的で視野が狭い令嬢として描かれていたもの。
今の私は違う、勝手に都合よく使われる装置として、居続ける気は一切無いわ。
そんな勝手に割り振られた役割は、止めさせて貰うとしましょう。
「お姉様?」
ノックの後、可愛い妹のエレノアがそっと部屋を覗き込む。
「お加減はいかがですか?」
「ええ、大丈夫よ。入ってらっしゃい。」
「本当に?かなり強く頭を打ったと聞きましたけれど……。」
心配そうに寄ってくる妹に、私は苦笑した。
そうよね…この世界はゲームの世界に近いけれど、ここで生きている人間はちゃんと存在しているわ。
家族も。
使用人も。
友人達も。
しかも、悪役令嬢と言われる私だって、家族に疎まれているわけでも、甘やかすだけのある意味虐待の様な育ち方をして捻くれた訳でも無いのだ。
そんな中で、わざわざ『悪役』を演じる意味が、私にはどうしても理解できなかった。
◇◇◇
数日後、私は心配する家族を宥めて、無事に学園への復帰を果たした。
登校した瞬間、周囲の空気が微妙にざわつく。
まあ当然よね…。
私は攻略対象の一人であり、この国の第二王子であるレオルド殿下の婚約者ですもの。
そして、リリアをいじめる悪役令嬢として有名でもあるわね。
まあ、もうそんな割に合わない役割はしないけど。
「アメリア様!」
取り巻きの令嬢達が駆け寄ってくる。
彼女たちだって、『取り巻きの令嬢達』ってゲームでは一括りにされてる。
でも、1人1人に個性もあって、利害だけでアメリアに侍っているわけでは無いことは、接している私が一番よく分かっている。
私が加速装置の役割を放棄するだけじゃだめね。
彼女たちが一方的に責められるような状況もちゃんと回避しないと!
「お怪我は大丈夫でしたの?」
「ええ、問題ないわ。心配をお掛けしてごめんなさいね。お見舞いの品やお手紙、とても嬉しかったですわ。」
「それは、良かったですわ!お元気そうなお姿が見られて安心いたしました。……ところで、今日もリリア嬢が…」
「ああ、その話なのだけれど…。」
私は彼女達の言葉を遮った。
「今後、リリア嬢への嫌がらせはおやめなさい。」
一瞬、空気が止まった。
「……え?」
「聞こえなかったかしら?」
「い、いえ……ですが、あの女は婚約者であるアメリア様を差し置いて、殿下に馴れ馴れしく……!」
「ええ、そうね。」
私は頷く。
「でも、貴女達が騒げば騒ぐほど、殿下達は彼女を庇うでしょう?」
「それは……。」
「つまり、貴女達は彼らが盛り上がるための、恋愛イベントのお手伝いをしているだけなのよ。」
「れ、恋愛イベントの手伝い……?」
「そう!こちらが悪役になればなるほど、向こうは悲劇のヒロインとして輝く。そして殿下達はそれを庇うヒーローという立ち位置が出来上がる。それが正しい注意や警告だったのだとしても、相手の都合良く解釈されて、こちらだけが悪者にされるのよ。」
令嬢達は困惑した顔を見合わせる。
まあ無理もないわね。
彼女達は『悪役令嬢の取り巻き』として動いているだけで、全体を俯瞰して見ている訳では無いのだもの。
「それに。」
私は小さく息を吐いた。
「わざわざ他人の恋路を盛り上げるために、自分の評判を落とすなんて馬鹿らしいでしょう?本当に貫きたい思いがあるのなら、こちらを悪者にしなくたって勝手に盛り上がるでしょうから、放っておきましょう。」
◇◇◇
アメリアや取り巻きの令嬢達が、リリア嬢への嫌がらせをしなくなった。
すると、すぐに学園の空気が少しずつ変わり始めた。
まず困惑したのは、ヒロインであるリリア嬢だろう。
これまでなら、私の取り巻き令嬢達が何かしら理由を見つけては突っかかっていた。
そしてその度に攻略対象達が庇うことで、イベントが発生していたのだ。
だが、何も起こらない。
廊下ですれ違っても。
お茶会で顔を合わせても。
私も取り巻きの令嬢達も、普通に挨拶をするだけだった。
「ごきげんよう、リリア嬢。」
「えっ……あ、はい……。」
向こうが警戒して身構えているのが丸分かりで、少し気の毒に思う。
だけど、わざわざ嫌がらせをしてあげる義理も無いので放置一択で良いわね。
むしろ、面倒なのは攻略対象達の方でしたわね。
「アメリア。」
ある日の昼休み。
中庭で令嬢達と紅茶を飲んでいた私の元に、レオルド殿下とその側近達がやって来る。
「最近、妙に大人しいな。」
「そうですか?」
「リリアに嫌がらせをしなくなっただろう。」
私は紅茶を一口飲む。
「その方が殿下には都合が宜しいのでは?」
「……。」
殿下は何故か微妙な顔をした。
今更何を言ってるのかしらね。
もう貴方たちの都合の良い役割はやりませんわよ。
「君は、彼女が気にならないのか?」
「気になるとは?」
「私が彼女と話していても。」
「特には、気になりませんわね。」
それは紛れもない本心だった。
ゲーム知識がある以上、彼がリリア嬢と交流するのはイベント進行上当然だと分かっているし、それを嫌だと思うほどの思い入れも無いしね。
というより、浮気男とか最悪だし、リリア嬢に謹んで進呈したいくらいだわ。
「わざわざ騒ぎ立てるほどのことではありませんわ。」
「……君は随分変わったようだ。」
「そうかしら。殿下が私の何をご存じなのかは知りませんが…」
私はカップを置く。
「ただ、自分から当て馬役を引き受けるほど、暇ではなくなっただけです。」
◇◇◇
その日以降、攻略対象達の様子もおかしくなり始めた。
理由は単純だ。
イベントが発生しないので好感度が上がらないせいだろう。
例えば、リリアが重い教材を抱えて困っていても。
以前なら、私の取り巻きが邪魔をし、それを攻略対象が助ける。
そんな流れで、イベントとして好感度を上げることが出来ていたが、今は違ってきている。
重そうに教材を抱えているリリアを見たアメリアが
「重そうね。」
私は普通に近くの男子生徒を呼び止めた。
「そこの貴方、彼女大変そうだわ。運ぶのを手伝って差し上げたら如何かしら。」
「え?…あ、はい!リリア嬢、お手伝いします!」
それで終わるので、「平和ね~」と満足げに去って行くアメリア。
しかし、アメリアの指示で助けて貰ったリリアや、それを見ていた攻略対象達は何故か複雑そうな顔をしていた。
こういった出来事が続いたため、乙女ゲームとしてのイベントは全く進展しなくなっていたのだ。
「アメリア嬢。」
生徒会室へ向かう途中、攻略対象の一人で殿下の側近でもある宰相子息のユリウスが声を掛けてくる。
「最近、リリア嬢への態度が変わりましたね。」
「そうかしら。」
「以前の貴女なら、もっと露骨に彼女に敵意を向けていたでしょう。」
「その方が貴方たちも盛り上がれたかしら?」
「……いえ。」
彼は少し考え込むように目を細めた。
「ただ、不思議だと思っただけです。」
「簡単な話ですわ。」
私は肩を竦める。
いちいち説明してやるのも面倒だけど、今後も絡まれるのも嫌だし、貴方たちの都合の良い役割はやらないと宣言しておいた方が良いかしらね。
「嫌がらせをしたところで、得をするのは向こうですもの。」
「得?」
「庇われるでしょう?」
「ああ……。」
「こちらは悪評を得て、向こうは同情と好感を得る。あまりにも割に合わないわ。」
ユリウスは数秒沈黙した後、吹き出した。
「……なるほど。そういう考え方をするのですか。」
「普通じゃないかしら?誰だって損な役割を自分から求めたりしませんもの。」
「普通ですか…。少なくとも、以前のアメリア嬢はしませんでしたね。」
まあ、確かにそうかもしれないわね。
私が前世の記憶を思い出さなければ、愚かなアメリアは彼らに悪役令嬢の役を押しつけられて、卒業パーティーで断罪されてたと思うもの。
それも、もう関係ないけどね。
人を悪役に仕立ててないで、自分の恋愛くらい自分で面倒みなさいよ。
◇◇◇
それからしばらくして、ついに事件が起きた。
もっとも、私は最初から起きると思っていたけれど。
「アメリア様!」
ある日の放課後、取り巻きの令嬢の一人であるクラリスが泣きそうな顔で駆け込んできた。
「大変です!リリア嬢が階段から落ちたと……!」
「……あら。」
私は書類から顔を上げる。
「それで?」
「それでって……!?」
「誰かに突き落とされたの?」
「い、いえ……どうやら足を滑らせたようで……。」
「では事故でしょう。」
「ですが!周囲が『アメリア様の嫌がらせでは』と……!」
私は思わず天井を仰いだ。
強制力ってヤツなのかしらね…これだから嫌なのだ。
何もしていなくても、勝手に悪役扱いされる。
これで以前のように嫌がらせをしていたら、完全に犯人扱いは免れなかっただっただろう。
「まったく…面倒ね。」
私が呟いた瞬間、ノックも無く勢いよく扉が開いた。
「アメリア!」
飛び込んできたのはレオルド殿下だった。
その後ろにはユリウス達も居る。
「リリアに何をした!?」
いきなり飛び込んで来て、いきなりソレか…と呆れるが、こちらが慌てる必要な何もないので、
「何もしていませんわね。」
「何もしていない訳がないだろう!周囲の者達が……。」
「周囲の者達が、何でしょう?」
私は冷静に返した。
「いや…周囲の者がアメリアの嫌がらせでは無いかと話していたから…。」
「私の嫌がらせだという証拠は?」
「それは……。」
「そもそも、私は最近彼女に接触すらしていませんわ。」
そう…こんなこともあろうかと、私は徹底していたのだ。
嫌がらせをしない。
接触も最低限に留める。
取り巻きの令嬢達が暴走しないように止める。
つまり
「今回の件、私を犯人扱いするには少々無理がありますわね。」
攻略対象達は黙り込んでしまった。
当然よね、彼ら自身が一番よく分かっているはずだもの。
最近の私は、以前とは違って殿下にもリリア嬢にも関心がないと。
「……アメリア嬢、失礼しました。」
先に口を開いたのはユリウスだった。
「感情的に動くべきではありませんでしたね。」
「ユリウス!」
「事実です、殿下。」
ユリウスは静かに続ける。
「最近のアメリア嬢は、むしろ周囲を止めていました。」
「……。」
レオルド殿下は苦い顔をした。
どうやらようやく、自分達が『悪役令嬢』という 役(・) 割(・) を前提に物事を見ていたことに気づいたらしい。
殿下達も『攻略対象』というゲームの役割の元に動いていただけなのかもしれない。
でも、私や取り巻きの令嬢達がゲームとは違う言動をすることで行動を変えられたのだから、そういった部分でのシナリオ強制力みたいなのは無かったはずよ。
だから、結局は殿下達がリリア嬢を好きになって、『好きな子を苛めるな~!!』って暴れていたのは、婚約者として不誠実なクズ以外の何者でも無かったってことよね。
うん、普通に気持ち悪いわね。
◇◇◇
結局、リリアは軽い捻挫だけで済んだようだ。
さらに後日、彼女本人がこう証言した。
「本当に足を滑らせただけの事故だったんです…。」
そのお陰で騒ぎは収束した訳だが…私は別の意味で疲れていた。
「最近、妙に見られている気がするのだけれど。」
中庭で紅茶を飲みながら呟けば、隣に座っていたクラリスが苦笑する。
「ふふふ、それは勘違いではありませんわ。」
「どういうこと?」
「アメリア様、最近すごく格好良いのですもの。」
何よそれは…私は自分のしたいように行動しているだけなのに。
「意味が分からないわ。」
「以前より余裕がありますもの。」
余裕…そうかしら?
単純に、勝手に割り振られた役割から降りただけなのだけれど…。
「それに。」
クラリスは小声で、けれど何処か可笑しそうに続けた。
「最近、殿下方もアメリア様を気にしておられますし。ふふっ」
「……え?」
思っても見ないことを言われて、思わず表情が引き攣った。
「ちょっと待って。」
「え?」
「まさかとは思うけれど、『悪役令嬢が急に大人しくなったから気になり始めた』とか、そういう安直な流れではないでしょうね?」
「……。」
クラリスが視線を逸らした。
いやいやいや、無いわぁ…と胸の内でため息を吐く。
婚約者がいるのに他の令嬢と親しくしておいて、それで婚約者が離れたら、今度はそっちが気になるって…。
そんな男達は願い下げよ!
「本当にやめてほしいわ。」
私は深々とため息を吐く。
どうやら悪役令嬢が居なくなっても、乙女ゲーム世界は勝手にイベントを発生させたがるものらしい。
「……面倒だわ。」
心の底からそう呟く私を見て。
クラリスは楽しそうに笑ったのだった。