軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

幕間 アレンデールは不満だった

「妻が、日に日に俺だけの妻じゃなくなるこの感覚、わかるか……?」

「はいはい、いいからその書類にはんこくださいよオ領主様」

「イザヤ! お前、俺の幼馴染だろうが!!」

「知らねえよ、独り身に惚気聞かせてんじゃねえよコノヤロウ」

イザヤが無表情に言ってくるがそれでも俺だって文句を言いたいんだ、言いたいんだ!!

ヘレナと政略結婚から始まる恋愛っていうものをしているわけだが、そうなると妻が可愛くてめでたい気持ちが日に日に募るというのに今度は周囲がヘレナのいいところに気がついて放っておかないというか……。

いや勿論それはいいことなんだ、いいことだってわかっている。

わかっているが、俺との時間が減った。

これが正しい貴族の、領主夫婦の生活リズムだと言われればそうなんだが……仕事の合間と夕餉の時間、そして夜の就寝から朝まで。

「……前はもっと一緒だったのに」

ヘレナがあの離れに閉じこもっていて、俺がそこに押しかけて。

朝から晩までそこにいて、なんだかんだ言ってベッドに誘っていちゃつけたのに。

「ヘレナが圧倒的に足りない」

「アンタ今の状況わかっててそれ言ってます?」

「わかってる、わかってるけどさあ……」

ヘレナは、可愛い。

初めこそ前評判の『悪辣姫』を辺境伯という立場から警戒したけど、初めから見た目も可愛かったし初めて閨を共にした時震えていたのを見て守ってやりたいと思ったし。

(そもそもが俺の一目惚れだったのかもしれないんだよなあ)

あの時は少しずつ打ち解けて、彼女が噂とは違う人間で、俺が守ってやらなきゃ……という気持ちの方が強かったんだけど。

今じゃ彼女は〝俺のために〟領主夫人として活動するべく、怖がる気持ちを抑えて努力を重ねてくれている。

無理はしなくてもいいと言っても、正直助かっていることはたくさんあるしやる気が出ている時に待ったを掛けるのも、彼女の努力を無駄にしそうでいやだし。

「アールシュ様に話を聞いてもらえばいいじゃないですか」

「……そんなに一緒にいたいなら全部捨ててバッドゥーラに二人でくればいいじゃないかって言われた」

「うわあ」

確かに、魅力的な提案だと思ったよ。

アールシュは俺たちを気に入ってくれて、変に地位と名誉があるから責任が伴って大変なんだろうと同情すらしてくれた。

バッドゥーラに行けば彼の護衛騎士の一人として俺を重用して、夫婦二人で過ごす時間を今よりは持てるようにしてくれると言う。

多分、それは本当のことだ。

たくさんいる護衛騎士と、モレル領を守る一人の辺境伯じゃ責任が違って当然なのだ。

そして、その妻の役割も。

辺境伯は、広大な土地を与えられる。開拓と守護という重責と共に。

だがその分努力すればするほど、領民たちに返してやれる利益は大きい。

争いから逃れた民を守ることだって、できる。

(わかっては、いるんだよ)

俺は元々そういう立場になるのに相応しくなかったし、なりたいとも思わなかったから。

だから、なし崩しでならざるを得なかったこの地位に対してどうしても……やらなきゃいけないとわかっているから、領地の運営も頑張るし領民を守りたいと思うし、じいちゃんたちのやりたかったことを成し遂げたいとも思うけど。

それでもどこか、早く誰かに引き継いでしまいたいと思っている。

なんて自分勝手なんだろうと反省はするが、それでも心の奥底に、それがある。

(辺境伯じゃなかったらヘレナを妻にはできなかった。だけど、辺境伯だからヘレナに苦労をかけている)

いっそ、俺が辺境伯じゃなくて。あいつが王女じゃなければ。

お互い、似合わない地位が俺たちを苦しめているんだとどうしても思ってしまうのだ。

だからといって、それを『なかったことに』なんてできるわけもないし、投げ出せるはずもない。

なりたくてなったわけじゃないが、なった分の責任は果たさなければいけない。

「はーあ、せっかく可愛い嫁さん貰ってこれから幸せにと思ったってのに」

「十分幸せだろうが。……まあ、あれだ。今回の件が片付いたら、領民を前に結婚式をやり直したらどうだ」

「……それいいな」

「領内が落ち着いてりゃ少しくらい旅行に出ても問題ないだろう。もう少し信頼できる仲間が増えるといいんだが……身分もあるやつ」

「うーん」

俺自身が辺境伯になるまで貴族の付き合いなんてなかったためか、どうにも成り上がりの辺境伯、あるいは野蛮人という見方をされがちだった。

ヘレナが嫁いでくるまでそれでもいいとどこかで『辺境伯になりたくなかった』と不貞腐れていた俺自身が貴族としての付き合いを適当にしてしまったツケがここに来て出ている。

「……今度の夜会じゃもう少し、愛想を振りまいてみるさ」

「そうしてください、 旦那様(・・・) 」

笑っていつもの文官らしい返事をしてくるイザヤに不満を抱きつつ、俺は目の前の書類に向かうのだった。