軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

幕間 己の感情に鈍いと他人がまず気づくのだ

「エアリス、あれはないだろう。辺境伯夫人が困っていらしたじゃないか」

「あら、あなたがそれを仰るの?」

わたくしがちらりと視線を向ければ、夫は苦笑するだけだ。

彼は最初からヘレナ様が無理をして淑女らしく振る舞っていることなどお見通しだったはず。

ヘレナ様の振る舞いは、完璧だ。

さすがに王女として育っただけあって、持って生まれた気品が違う。

そこに凜と佇むだけで絵になる女性というのは、まさにああいう方だと思う。

奇しくもおかしな評判と相俟って近寄りがたさがよりあの方を際立たせているのだ。

パトレイア王国には行ったことがないので社交場でのヘレナ様がどのようだったかまではわからないけれど、噂では華美な服装で姿を見せたと思ったらすぐにいなくなってしまうのだったかしら?

どうして誰も気にならなかったのかしらね?

それすらもユルヨ・ヴァッソンの手の平で遊ばれた結果だというならば、本当に恐ろしいこと!

「……あなたの目から見てあの方はいかが?」

「他国の言語で記された本を直接読めるのであれば、確かに頭の良い方なのだろうなと思うよ。身分で誰かを厭う様子も見られないし。ただ随分とご自身の感情に鈍感なご様子だから、下手をするとモレル辺境伯が暴れて大変かもしれないねえ」

「そうよね、やっぱりそうよね……」

ため息が出る。

今日初めて会った夫ですら、ヘレナ様がご自身の感情に疎いということに気がつくのだ。

あの方はきっと悪意を前に傷ついても、傷ついたことすら理解しないでいるかもしれない。

ヘレナ様のいじらしさや穏やかさを愛しく思う周囲はそれらから遠ざけたいと思って、過保護になりかねないのだ。

実際のところ、自分もその傾向にある。

夫が『我が子がいたら』という発言をしたことにハッとした。

わたくしたちは子に恵まれず、確かに もしも(・・・) わたくしたちの間に子がいればあの方と同じくらいの年齢だったかもしれない。

重ねたわけではない。

ただ、一生懸命に学び、小さな褒め言葉にすらそっと喜ぶその姿を見ていつの間にか母性がくすぐられていたのだろうと思う。

そのことに気がついたから、夫の言葉に乗っかって娘のように思うと宣言したのだ。

ただ、一時の感情に流されての話ではない。

わたくしだってそこまで愚かではないわ。

「……わたくしが親代わりになって、あの方の感情に疎いところもお育てしたいと思ったの。あの方の周囲は十分頼りになる方々がいると思うけれど、身内の……親代わりになるような立場の方はいらっしゃらないわ」

「……」

「モゴネル女史は独身だし、シュタニフ先生はやはり男性だし。辺境伯は夫として愛を誓い尽くしてくださってはいるけれど、それと親子の愛はまた別物でしょう?」

「そういう意味では我々も子がいないのだから、親子の愛というものを正しく理解しているとは言えないのではないかな?」

「そうね。その通りよ」

夫の指摘に私も頷く。

確かにその通りで、偉そうに何かを言える立場でもない。

わたくしたちは爵位の面でも下にいる人間であるべきだし、本来ならば親代わりだなんて偉そうなことを一国の王女に向けて発言すべきではないのだ。

「でもジャック」

「……わかった、わかったよエアリス」

夫だってユルヨ・ヴァッソンの名が出たことで、察しているはずだ。

すでに社交界で『悪辣姫』の噂は変わり始めている。

パトレイア王国に響く悪名は、作られたものだったのではないか。

パトレイア王家には問題があったのではないか。

詳(つまび) らかにこそされていないが、かの国では貴族たちの間が騒がしいという話がディノス国にまで聞こえてくるのだ。

「わたくしは、ヘレナ様を守って差し上げたいわ。あの方はね、可愛らしいの。それはもう、とても可愛らしいのよ!」

「……ぼくらが親代わりみたいな対応をしたら、それこそ困ってしまわないかな」

「勿論、偉そうなことを言うつもりはないわ! ただ、もっと寄り添って差し上げたいの。あの方の、わたくしが娘と思って接すると言った時の表情を見たでしょう? ああ、抱きしめてあげたかった!」

パトレイア王夫妻と、第四王女の間には距離がある。

詳細はわからないが当初は『悪辣姫』の性格ゆえに親子間も上手く行っていないと囁かれていたそれが今となっては疑わしいとしか言えない。

ただ、あの必死な様子が幼い子供のようでわたくしは見ていられないのだ。

どこからどう見ても美しく、完璧な淑女であるというのに、接すれば接するほど、 幼気(いたいけ) な子供のような内面を見る度に胸が痛むのだ。

「わたくし、あの方を産んでさしあげたかったわ」

「エアリス……」

「だからこれから、愛しみたいの。ね、お願いよジャック……」

親の愛を知らないままに育ったと、気づいてしまった。

子を愛しみたいと願い続けていたわたくしにとって、それは何よりも辛かった。

だから、愛したいのだ。

自分勝手なことだとしても。