作品タイトル不明
幕間 『あの子』の好きなものを姉姫たちは考える
パトレイア王国の第一王女と第二王女は、国内貴族に嫁いだこともありよく顔を合わせていた。
一つしか歳が変わらない彼女たちはとても仲が良い。
両親である国王夫妻からも可愛がられて育った彼女たちは、夫にも愛され幸せな結婚生活を送っている。
とはいえ、彼女たちが結婚したのは長男が生まれたからだ。
それまでは第一王女であるトーラが王太女として婿を取る方向であったのだ。
翌年、第二王女のミネアが生まれた。だから継承権は変わらない。
トーラが十才を迎えた節目の年、第三王女のサマンサが生まれた。やはり継承権は変わらない。
公爵家から婿を取る話になってはいたが、トーラは公爵家嫡男のことを好いていた。
さすがに彼を婿に迎えることは厳しい。
悲しいものだと、諦めていた中でサマンサの誕生から二年後、両親が、国が切望していた男児が生まれた。
こうしてトーラは王太女から外れ、その後望んでいた公爵家嫡男と無事に結ばれたのである。
ミネアも同様に、トーラに何かあった時のために婚約者がいなかった。
そのため男児の誕生と共に、彼女が密かに想いを寄せていた騎士団長(当時はまだ一介の騎士だった)と婚約することを許された。
サマンサは、留学してきた隣国の王太子に見初められての輿入れだ。
男児が生まれてからは、トーラもミネアも育児にかかりきりとなった両親に代わって執務に携わる日々で忙しかった。
それでも、自分たちは望む結婚をするのだからと喜んで手伝った。
地方への視察も国王に代わり行ったし、祭事も王族であればよいものは率先して彼女たちが行った。
全ては自分たちを王族の縛りから解放してくれた 弟のため(・・・・) だった。
「そういえばミネア、お母様から連絡がきたかしら?」
「ええ、そのことでお姉様に相談しようと思って……」
「あら。貴女も?」
つい最近、四番目の妹であるヘレナが嫁いでいった。
あまり関係性の良くない隣国の、辺境伯の妻となったと聞いた。
状況が状況だけに盛大な結婚式は挙げられないし、王族に連なる者は参列できないと国王夫妻からそう言われていた二人も納得していた。
特に外交を担う公爵家と、国防を担う騎士団長であるそれぞれの夫から『今件の小競り合いは全面的に我が国が悪かったから仕方ない』というような話を耳にしていたので、王族としての縛りから抜け出せなかった四番目の妹を大層哀れに思ったものだ。
「辺境地で あの子(・・・) が体調を崩したとかで、あちらからあの子の好む物を教えて欲しいと連絡がきたそうよ」
「そうね、大切にされているようでホッとしたわ。……でも、どうしてそんなことを聞くのかしら。 あの子(・・・) の侍女に聞けばいいでしょうに」
「それがね、お母様ったら当時取り乱して侍女を連れて行くことを許さなかったんですって」
「まあ!」
母親を非難するような言葉を発したミネアに、トーラは驚きを隠せない。
ミネアに対してではない。母親に対してだ。
それはごくごく普通のことだと言えた。
他国に嫁ぐ王女であるのに、侍女の一人も付けずに送り出す王妃がどこにいるというのだ。
まさかそんな愚かなことをしたのが自分たちの母親だとは!
「お見舞いの品を贈るようにとお母様は言ってきたのだけれど……品物を指定されたのではなくて?」
「ええ、わたくしの元には『あの子の好むお菓子』よ。貴女は?」
「こちらは『あの子の好む花』よ」
二人は気づかない。
同席する夫たちは、怪訝そうに顔を見合わせている。
彼女たちは同時にため息を吐き、そして同時に口を開いた。
「「ねえ、『あの子の好きな』(花)(お菓子)って何か知っている?」」
その言葉に、二人は同時に目を丸くする。
彼女たちの夫もまた、目を丸くした。
「あらやだ、お姉様もご存じないの?」
「いやだ、貴女の方が妹たちと接する機会が多いと思って……」
困惑する彼女たちに、騎士団長がそろりと公爵に目を向ける。
公爵は困惑したまま、口を開いた。
「そもそも」
そこでようやく、夫たちの困惑した表情に気づいた彼女たちは首を傾げた。
一体どうしたというのかという顔で自分たちを見る妻を見て、男たちもまた困惑を深める。
「……妹姫のことをどうしてずっと『あの子』と呼ぶんだ、君たちは」
「そうだ。妹姫の名を知らぬわけでもあるまいに」
その言葉に、姉妹はパッと顔を見合わせる。
そして言われたその内容に、そんなことはないと言おうとして自分たちの発言を振り返り、パッと口元を押さえた。
おかしな話だ。
どうして気づかなかったのか。
ヘレナ(・・・) と最後に言葉を交わしたのはいつだった?
あの子が笑った顔を思い出せるだろうか?
どんな顔をしていただろうか?
それすら思い出せない姉妹は、サッと顔色を悪くさせる。
彼女たちはようやく自分たちが妹のことを 何も(・・) 知らない、知ろうとしていなかったことに気づいたのだった。