軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第四十五話

とてもありがたいことに、先生はモレル領に移り住んでも構わないとまで言ってくれた。

とはいえ、パトレイア国民である先生がいきなり国を越えて暮らすには、いろいろと手続きが必要なのだけれど……。

「大丈夫だヘレナ。アレンデール・モレルの名でケーニャ・モゴネルの移民を認めるし、それらの書類に関してもこちらで責任を持って請け負うこととしよう」

「アレン様……」

「しばらくはモレル家の邸宅で暮らしてもらいながら、学べばいい。できれば領地に学校を作る計画があるのでそちらにも従事してもらえるとありがたいんだが」

「それは願ってもないことですわ!」

アレンデール様は以前から、辺境区に作った学校をより良いものにしたいとお考えだったそうだ。

ただ、やはりいろいろとお金もかかるものだし、教育者たちを集めるというのも王都などの研究がしやすい土地でない以上難しいことも多いのだとか。

そのことを話すと先生も難しい顔をしていたから、多分その通りなんだろう。

(そうよね、王都には大きな図書館もあったし、研究所もあった。資料が必要であれば、そういう場所が近い方が望ましいものね……)

研究用の資料と一口に言っても、その価値はその道の人間にしか理解できないものだと思う。

私だって考古学の資料があったら面白いなと思うかもしれないけれど、別にそれに大枚をはたくくらいならばアレン様に美味しいものを召し上がっていただきたいと思ってしまうし……。

「地方から王都に学びに行くには、莫大な費用がかかる。それで学業を諦める人々がいるこの事実を、なんとかしたいと思っているんだ」

理想論でしかないとアレン様は笑う。

だけれど、私はそれを素敵なことだと思った。

学校と言っても、特定の曜日に教会で場所を用意して、教師もその日に手が空いている学のある人間が子供たちに読み書きや算術の基礎を教えていくものだという。

平民であればその程度でも十分だと考えられているらしいけれど、その読み書きや算術ですら、学びに来ない人も多いのが現状だ。

そこに子供たちを送り込めば子供たちは無学にならないとわかっていても、農業や他にも仕事のある人々は、日々の暮らしで人手が必要となり子供たちもそれを理解している。

家業を継ぐ立場の人々も、学よりも技術を学びたいということも少なくない。

「だけど、学があれば騙されることも減る。読み書きができて算術もできれば、侮られることも減る。それが彼らの生活を向上させる。だがこれは長い目で見る物事であって、今を精一杯生きている民は余裕がなければできない」

「……アレン様」

「俺は領主になりたいわけじゃなかったし、そこまで学が身についたわけじゃないが……そういう理屈は、じいちゃんが言ってたから覚えているんだ。これは、モレル辺境伯が代々望んでいたことでもあって……まあ、俺の代で叶えたいとかそういう大層な野望があるわけでもないし、できることをしたいってだけ」

優しい笑顔でそう言うアレン様は、きっとお爺様を思い出しているのだろう。

アレン様は、多くのことを教えてくれたという祖父を尊敬していると教えてくれたことがある。

(私も、お会いしてみたかった)

先生と視線が合った。

とても嬉しそうな笑みを浮かべた先生は、すっくと立ち上がる。

「であれば、わたしは子供たちに『学ぶことが楽しい』ことを教えられるよう努力いたしましょう。そして、大人たちには『役に立つことである』と知ってもらえるように。まずは一度自宅に戻り、荷をまとめたいと思います」

「……そうか、協力してもらえるならこんなにも心強いことはない」

「こんなにも素晴らしいことに参加できることが誇らしいですわ。幸い、お金がなくても研究をする方法には長けておりますの」

先生がお茶目に笑う。

これまで私のせいで苦労をかけてしまって、そのせいだろうかとハラハラとしていたら先生は笑って私の手を取った。

「……学者になったのは語学を研究したかったからですが、教師として物語の楽しさを伝えていけることはわたしにとって喜びです。その縁をくださり、ありがとうございます。ヘレナ様が、会いたいと仰ってくださったからこその縁ですわ」

「私が……?」

「そうです。わたしは学者ですが、人に教える喜びを知りました。それはヘレナ様に出会ったからなのです。そして、この地で教師の道にまた触れることができるのも、ヘレナ様のお導きですわ」

さあ忙しくなりますね。

そう笑った先生のお顔は、とても晴れ晴れとしていた。

慌ただしく、すぐに戻るからと言い置いて先生はパッと振り返り、私に一冊の本を渡してくれた。

「ずっと差し上げたかったのです。今となっては、幼稚なものと思われるかもしれませんが……この物語はとても楽しいのでヘレナ様にと」

「先生」

「今更と思われるでしょうが、それでも。あの日、お渡ししたかった本です」

去って行く先生を見送って、私は本を見つめた。

私の手の中にある、たった一冊の本。

子供向けの物語だろうそれは、あまり厚みもない本だ。

それでも、とてもずしりとした感触を私にしっかりと与えたのだった。