軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十四話

「ここの書庫であちら側の端にあるのは娯楽系だな。邸内で働く使用人たちの子供を預かってもいるから、彼ら用に置いてある」

「まあ、子供たちを?」

「邸内で働く使用人たちにも自由に閲覧してもらえるよう、基本的に開放してある区画だ。流行り物の小説なんかもあるぞ。といっても、王都に比べれば届くのも遅いから少しだけ流行とはずれていると思うけど。それ以外にも国内の伝承を集めたものや、なんならレシピ本まであるから好きにとって見てみるといい」

笑う旦那様は、私にも好きなものを読んでいいと仰ってくださった。

私が本をジッと見ていたからだろうか。

本は、好きだ。

空想の世界では私のことを嫌う人はいなくて、甘やかしてもらったり頭を撫でてもらったり、誰よりも私を大切にしてくれる……そんな夢を見られるから。

(だけど……)

家庭教師を首にしておいて、自分は好き勝手に本を読んでいる……そんなふうに言われてからは、あまり手に取らなくなった。

王宮にある図書室は、とても静かで、たくさんの本があって、私を拒絶しない場所で安心できたことを思い出して少しだけ胸が苦しくなる。

「……ありがとうございます」

お礼を口にするのだけで精一杯。

きっとそれは不自然だったに違いないのに、旦那様は何も言わないでいてくれた。

本当に、優しい人。

私の手を取って二階へ上がる階段をエスコートしてくれる。

「二階に近隣の地図や地学、薬学、辞書などがあるんだ。他にも貴族年鑑やモレル領の歴史なんかもあるな。気が向いたときにでもその辺りは一度目を通しておくと今後社交の時に役立つかもしれないな」

「承知いたしました」

社交、ああ社交はやはりあるのかと思うと、少しばかり気が重い。

愛されることはないと宣言されたし、私もそれを期待してはいけないと頭では理解できているのに……最近ではどうしても心が落ち着かなくて、堂々と社交場で旦那様の横を歩くなんてできるのか自信が持てそうにない。

重くなった胸の内を悟られないように手近にあった貴族年鑑を取って眺めていると、侍女がやってきて旦那様に来客だと告げた。

「誰だ、まったく……」

「旦那様、私はこちらで本を見ておりますのでどうぞ行ってください。必要であれば同行いたしますが」

「いや。……そうだな、ヘレナはここでゆっくりしていてくれ。人払いはしてあるし、侍女を残していく」

「かしこまりました」

旦那様は私の頭を軽く撫でると颯爽と出て行った。

もしかして、私のことを年下として哀れむようにでもなったのだろうか。

だとすると少しだけ……胸が痛い。

「奥様、あの」

「……どうかしたの?」

「いえ、あの、不躾ながらお願いが……」

残された侍女はアンナよりも年若い、まだ少女という言葉が似合いそうな可憐な女の子だ。

ブルブル震えている姿は小動物のようで、私に怯えているのだろうと思うとなんだかとても可哀想になってしまった。

愛想がいいほうでもないというのは自覚しているし、安心させてあげられるような雰囲気も持ち合わせていない私は噂もあって、きっと世にも恐ろしい女だと思われているのだろう。

少なくとも、自国ではそうだったから。

アンナ(・・・) がとても怒ってくれていたのが懐かしい。

侍女が決意の籠もった目で私を見上げる。

「同僚のアンナから話を聞いて、奥様にどうしてもお願いしたいことがあったんです。でも、ずっと本邸にはいらっしゃらなかったから……」

「……そうね」

嫌われていることが初夜の旦那様からの言葉でわかっていた。

あの日、嫁いで来た私の身の回りを手伝ってくれたこのモレル家の侍女たちもよそよそしく、最低限の仕事をきっちりこなすだけだった。

最初から、わかっていたから傷つかない。

だけどここで暮らし初めて温かさを知ってしまったら、余計に歩み寄るなんてことは……私には、怖くてできない。

結局、私は閉じこもることしかできないのだ。

「でも! 今日本邸に来てくださったんなら、このままどうか旦那様のためにも移り住んでください!!」

気合いたっぷりにそう叫ぶように言われた内容が、静かな図書室に響く。

だけど、それはあまりにも予想外だった。

「……えっ」

何を言われたのか理解するまでに時間を要する私をよそに、彼女は 堰(せき) を切ったかのように喋り続ける。

「アンナから聞きました! お花が好きでとても物静かな方で、でも理知的で無駄遣いとか一切せずお礼を言ってくれたり小さな変化にも気づいてくださる優しい御方だって!」

「あ、あの……」

「 前の奥様(・・・・) とは大違いだって!!」

私は目を丸くする。

前の奥様、つまり辺境伯夫人。

(旦那様には、私よりも前に妻がいた……?)

そうか、と思った。ショックだった。

私は、旦那様を好ましく思っておきながら、彼のことを何一つ知ろうとしてこなかったのだ……と。