作品タイトル不明
幕間 その頃皇子はご機嫌斜め
「アールシュ様、本国からの返信が届きました。ディノスの王太子経由で駐在大使という形を取る旨、連絡が来たそうです」
「そうか」
ドゥルーブの言葉に頷くアールシュの表情は、静かなものだ。
だがその目は不快そうにあらぬ方向を見ていることから、ドゥルーブは主人の機嫌の悪さを感じ取っていた。
(それはそうだろうな)
アールシュは友人であるアレンデールとヘレナのために、穏便な形でバッドゥーラに迎えようと思っていたのだ。
この国は彼らにとって狭く、また檻のようだと思ってのことだ。
だからといってバッドゥーラに縛り付けようというものではなく、帝国の言葉を解する二人にまず旅行気分で来てもらい、その上で彼らの意思を尊重したいと考えていたのだ。
いずれは駐在大使も必要になるかもしれないが、それは別にあの二人でなくてもいい。
そうであってくれれば友人として嬉しい、そういった気持ちがあるのは事実だが、それでもアールシュは皇子としての立場で権力を振りかざそうとはしていない。
ただ、アレンデールという男がこの地に対して愛情と、そして複雑な感情を抱いていることも理解していたからこそ密かに彼の伯母であるアデラと会い、そして彼女の意思も確かめた上でアレンデールと相談するつもりであったのだ。
「よくも台無しにしてくれた」
絞り出すように言うその声の低さに、ドゥルーブがそっと息を吐く。
何かしらの理由があってディノス国の王太子、レオポルドもこのような行動を取ったのだろう。
それもアールシュに相談せず、国王の裁可も待たず、秘密裏に。
その行動の裏には理由があるのだろうし、敵意は感じられない。
ただ、許しがたい行為であることは事実だった。
「……まあ、いい。アレンデールが理解をしてくれて助かった」
「ヘレナ様のおかげですかね」
「ああ。本国には彼らが過ごしやすくできるよう、極力配慮をするよう言っておいたか?」
「こちらの文化を一応可能な限り伝えましたが、まあそれはあちらに着いてからイザヤ殿とアンナ殿にご助力いただくしかないですなあ」
「あの二人を連れて行くことにディノス国が難色を示したら、今回の勝手な行動を理由に圧をかけるとしよう」
「それがよろしいかと」
「……アレンデールには負担を強いてしまったな」
わざとではないにしろ、こうなった一因は確かにこちらにもあるのだろうとドゥルーブも思うから否定はできない。
そういった流れを作ったのはアールシュで、それを理由があってレオポルドが利用した。
許せるかどうかは別としても、道筋を作ったのはアールシュなのだ。
いずれ必要になるからというだけでは友人の心に負担を強いたことに対して理由にならないと主人が考えていることを理解しているだけに、ドゥルーブも、なんと言っていいか少しだけ口ごもる。
「……バッドゥーラの寺院やその他、一般的には見られぬところをご案内すればきっとあの二人のことです、喜んでくださいますよ」
「そうか。そうだといいんだがなあ」
それこそ権力を笠に着て、というものではあるだろうが……バッドゥーラの皇帝も事情を知れば、息子の友のためにと快く秘宝も見せてくれるに違いない。
「しかし何故このような強攻策に出たのでしょうな」
「わからん。言葉を交わした回数は確かに少ないが、レオポルドという王子はそこまで愚かとは……あの第三王子のカルロだったか? アレの方が余程……ん? 待てよ、ドゥルーブ、お前第三王子の取り巻きだかなんかが騒いでいると言っていたな?」
「はい、新興貴族たちの間でアレンデール様が目立ったがゆえのことかと」
「……いかん。今日のアレンデールとヘレナは!?」
「視察に出ると」
「イザヤを呼べ。俺の読みが正しければあの二人の近くにユルヨが現れるぞ!」
聞こえない程小さく、苦々しくアールシュが悪態を呟く中でドゥルーブはモレル辺境伯邸を走り出す。
「ああくそ、どうして俺は気づかなかった。どうか無事でいてくれよ……!」