作品タイトル不明
第七十五話
結果から言えば、ユルヨの姿はどこにもなかったそうだ。
イザヤによるとフルゴーレ様のお店は開いてもおらず、ただしぃんとして初めは無人か、あるいは罠かと思ったほどだったらしい。
室内に突然兵士たちが踏み入ったにもかかわらず、どこか虚ろな目をした老夫婦と、儚げな風貌の女性が静かに出迎えてくれたと聞いて誰もが困った顔をした。
その後わかったことだけれど、あの家の中で甘ったるい匂いがしていたそうだ。
鎮静作用のあるお香として大陸全土で広く使われているものだけれど、その薬効が強すぎて近年ディノス国では規制されている品だった。
彼らは酩酊状態だったらしい。
フルゴーレ様によると普段はそんな匂いはしていないし、食品などを扱うからあまりお香も焚くことがないと言っていた。
「毒物の検査も視野に入れた方がよろしいでしょうか」
「……ユルヨがシンナ・バァルを寄越したということは、その可能性も考えられるのよね」
「はい」
「そうね、フルゴーレ様のご家族だもの。ユルヨの痕跡を探るために彼らを保護、健康観察をした上で離れにフルゴーレ様と共に軟禁する形でどうかしら」
「かしこまりました。そのように」
アレンデール様はまだ戻られない。
アデラ様が家宰を取り仕切る私の補佐をしてくださって、とても助かったけれど……まだ何も解決していないのだと思うと、ため息が零れてしまった。
「少し、休憩をしたらどうかしら。最近顔色が良くないわ」
「アデラ様……」
「ほら、こんなに手も冷えて……」
「アデラ様こそ、ずっとここにいて私を助けてくださっているのに。私ばかり休憩をしては」
「ふふ、わたしは丈夫が取り柄だから大丈夫よ。帰ってきた時に貴女が痩せてしまったんじゃあアレンデールが閉じ込めてしまいそうでそちらの方が心配だわ!」
「まあ」
朗らかに笑ってくださるアデラ様のおかげで私も少しだけ笑うことができた。
だけれど、彼女に言われて思うのだ。
(いっそのこと、閉じ込められてしまいたい)
ずっとひとりぼっちには慣れていたけれど、アレンデール様と同じ部屋で過ごし、あの方に愛を囁かれるようになってからこんなに離れて過ごすのは初めてのことだから。
夫婦の寝室だと広いからと自分の部屋で眠っているけれど……それでも傍らがどうしても、寒くてたまらない。
(アレン様)
早く戻ってきてほしい、そう願わずにはいられない。
どうしたって無理なことがあることくらいわかってはいるのに、気持ちが早く早くと急かすのだ。
「……フルゴーレ様の奥様は、よくなられるかしら」
「わからないわ。こればかりは……医師と相談してだけれど。良い療養施設が見つかれば、わたしの方で手配をしたいと思うの。こればかりは兄妹として、最後の責任だと思うから」
「アデラ様」
「アレンデール様がお戻りになったら、これからのことを話していきたいと思うわ。ヘレナ様にも聞いていただきたいの」
「はい」
「でも今は少しお休みになりましょうね。今アンナに言ってお茶を持ってこさせましょう。横にならなくてもいいから、休憩は大事ですよ」
「……はい」
「町の孤児院や教会も、モゴネル先生が積極的に行動してくれて良い方向に向かっていると聞いています。大丈夫、全て良いようになってきています。安心してください」
アデラ様はそう言って私の背をさすってくれた。
私は、そんなに不安そうな顔ばかりしているのだろうか。
(王族としても、私個人としてもあまり表情は出ない方だと思っていたのだけれど)
気が緩んでいるのだろうか?
ここには私を悪く言う人があまりにもいないものだから。
誰もが良い人間であるなんてことは私も思わない。
だけれど、少なくともここにいる人たちは大丈夫と私は油断しきっているのだろう。
彼らを疑うわけではなくて、何が起きてもいいように心構えは常にしておかなくてはと思うのにどうしても気が緩んでしまう。
(いけないわ)
確かに気を張り詰めていては持続もできないのだろうし、アレン様がお戻りになった時に心配させてしまうなと私は反省する。
そうして、アデラ様に甘えて私は休憩を取ることにしたのだった。