作品タイトル不明
第七十四話
その後、シンナ・バァルとフルゴーレ様は別々の部屋で聴取を受けてもらうことにして、私は一旦アデラ様にお時間をいただいて別室にいた。
フルゴーレ様が来ていることも彼女には最初から伝えてあったのだが、様子を見て彼女を呼び話し合いをするつもりだったのだ。
それがまさかテーブルが吹っ飛ぶ状況になるなんて誰が想像できただろうか?
「……そういえばアンナって強いのね?」
「あら、ヘレナ様はご存じなかったのですか? この子は元々戦闘兵ですよ」
「えっ」
「ヘレナ様の護衛を兼ねておりますので」
「そうだったのね……」
聴取、あるいは尋問に関してはイザヤが率先して請け負ってくれた。
そこにシュタニフ先生が何故か交じっていったのだけれど、何をするつもりなのか……。
とにかく、最初に聞いた話からいろいろと突っ込んで聞くことも、それの裏取りも含めて調査が必要であることから私が立ち会う必要はないのだろう。
とりあえず聞いた話を簡単にまとめると、それぞれに目的は違うが背後にユルヨがいるのは間違いない事実のようだ。
フルゴーレ様の商売が落ち目なのは、ただ単純に商売で失敗が出たことが原因だそう。
正確には、嫁いだ先の……奥様のご両親が信頼していた人間にお金を奪われ、そのせいで苦しくなったんだとか。
そのせいで奥様の心が弱くなり、川に身投げしかかったところを助けてくれたのがユルヨだった、と。
(……そもそもユルヨが経営が悪化するよう、手ぐすねを引いたという可能性もあるのよね……)
調査は難航するのだろうなと思う反面、あの男のことだからそれすら計算尽くなのかもしれないと考えると……ゾッとする。
まあそれよりも問題なのは、フルゴーレ様の奥様がユルヨに のめり込んで(・・・・・・) しまったことだ。
親切な旅人、そういう体で近づいた彼にフルゴーレ様もその後家族も感謝した。
まだ宿も取っていないと聞いて是非うちに、となるのも自然のことだったのかもしれない。
柔和な雰囲気と巧みな話術で、あっという間にユルヨは彼ら家族と親しくなり……気がつけば、貴族家のご令嬢たちがそうであったように、夫人は彼の手管に踊らされるようになった。
そのことでまた心を病ませる彼女に、ようやく事態に気づいたフルゴーレ様にユルヨは言ったのだ。
『奥方の話を広められたくないでしょう? これ以上の醜聞は、避けたいはずだ。あなたは奥様を愛してらっしゃるのだから。わたしもその愛情に敬意を払いたいと思っているんですよ』
全ては心が弱かった奥方が、愛する夫に負担を掛けたくなかっただけのこと。
自分はそれに乗っかって、ただ慰めただけ。
だから誰も悪くない。
自分が出て行き、二人が自分のことを忘れれば……それで二人は元通り。
『ただね、わたしもお願いをひとつ、聞いていただきたいんですよ』
商売が傾いていて、すっかり弱って年老いてしまった義父母。
泣いて己の行動を悔やみ、言い出せずにいたまま詫び続ける妻。
ユルヨさえ出て行ってくれるなら、周囲にそれらを知られずに……家族を守れるならば、とフルゴーレ様はそんな言葉に頷いてしまった。
周りに知られたくないそんな見栄と、家族に好奇の目を向けられたくないという、そんな当たり前の気持ち。
冷静であればユルヨを突き出して内密にことを進めることだってできたろうに、荒んでいた心と慌てる気持ちがその感覚を鈍らせるのだ。
それが、ユルヨのやり方であることを私もよく知っている。
「私の前にシンナ・バァルを寄越し、過去はついてまわるのだと知らしめるためだけに……」
「とんでもない男ね」
アデラ様は苦笑しながら、そっと目を伏せる。
フルゴーレ様を罪に問えるかといえば、そこまででもない。
危険人物を連れて来たと言えばそうかもしれないが、ある意味で逃亡者であるシンナ・バァルを連れてきたとも言えるし、彼は被害者でもあるし。
かといって、見過ごすことも難しい。
妻が、家族がと必死に訴える姿を見ると心が痛まないでもないが、私は領主の妻として毅然とした態度を求められている。
「アデラ様には申し訳ございませんが、フルゴーレ様に関してはアレンデール様がお戻りになるまで軟禁という形を取らせていただこうと思います」
「……ええ、仕方のない話だわ」
「ただ、フルゴーレ様のご家族に関してはイザヤに言って保護してもらえるよう取り計らうつもりです」
「ありがとう」
今、私にできるのはその程度だろう。
そしてあの男のことだから、もうきっと……とっくの昔にいなくなっているはずだ。
(残されたフルゴーレ様の奥様が、心を壊されていないといいけれど)
まだお目にかかったことのない女性だけれど。
少しだけ、やるせない気持ちになったのだった。