軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第六十八話

「お待たせいたしました。アレンデール様の妻となりました、ヘレナです」

「……初めまして、ヘレナ様。わたしはアデラと申します。先々代のモレル辺境伯の娘でございます」

「ご挨拶をどうも。本日はどのようなご用向きで?」

「嫁ぎ先の商家の都合でこちらまで足を運ぶことがございましたので、甥に一目会えたらと思ったのですが……何のお約束もせずに申し訳ございません」

にこりと微笑むアデラ様は、どことなくアレンデール様と眼差しが似ている。

そしてこの人の様子は、どこか……パトレイア国よりもディノス国でよく感じる視線に似ていた。

(ああ、そうか。この人は私を観察しているのだわ)

アデラ様は給仕に来たアンナにも懐かしそうな眼差しを向けていた。

私はアンナが茶を置いて部屋の隅に下がったのを確認する。

「……それで、お眼鏡に適ったでしょうか」

「まあ、そのような」

「この場にいるのはアンナだけですわ。ですから、どうぞ正直なお気持ちでお話しくださいませ」

「……どうやらアレンデールはよい妻を得たようで、安心いたしました」

ふっと微笑んだアデラ様はその場で立ち上がり、私に向かって深々と頭を下げる。

思わず驚く私をよそに、彼女は言った。

「辺境伯夫人に対し、大変失礼な態度をとりましたことお詫び申し上げます。ですがどうかわたしの話に耳を傾けていただきたく、厚かましくもお願いいたします」

「アデラ様……」

力強い声だなと思った。

別に張り上げたり、気負った何かがあるわけではないのに。

正しく、この女性には人を惹き付けるものがあるのだと思った。

少なくとも私はそう感じたのだ。

(ああ、そうか、こういうことか)

以前……ほんの少しだけだけれど、この館を昔から知る庭師が言っていたのを思い出した。

アデラお嬢様が一番旦那様に似ていらした、そう零した庭師に私はそうなのかと言うしかできなかったのだけれど。

「どうぞお座りになって、アデラ様。どうしてこのような振る舞いをなさったのか、その理由をお聞かせくださるのでしょう?」

「はい、勿論ですわ。……本当ならば、アレンデールにも聞いてもらいたかったのですが……」

「大事なお話なのですね?」

「さようです。そして、緊急を要すると判断いたしました」

アデラ様の目はどこまでも真剣で、私も姿勢を正す。

アンナも私たちの様子にもう一杯、お茶を淹れてくれた。

「……どこからお話しするべきか。まずはわたしの兄たちの話からにいたしましょう。関係性がわからなければ、伝わるものも伝わりませんので」

「ええ……」

アデラ様は少し考えてから、話してくれた。

アデラ様の上に兄が二人、弟が一人。それはすでに私も知っている。

長男であるベニヌス様は、穏やかで優しい気質の持ち主。

次男であるフルゴーレ様は才気溢れる方で、行商人の娘に一目惚れして結婚を決めた。

三男である、アレンデール様の父であるイーラ様は短気だが力強かった。

「父は本当はね、フルゴーレ兄様に跡目を継いでもらいたかったのよ。わたしが男ならわたしを選んでいたと笑っていたけれど……ベニヌス兄様は優しくて穏やかで、領民と確かに上手くやれたと思うけれどお体が弱かったの」

「……」

「けれどフルゴーレ兄様は行商人のお嬢さんと恋に落ち、わたしたち兄妹はそれを祝福した。兄は持ち前の才覚で、店を構えるほどになりました。隣の領にあるのだけれど、食品を主に扱っているのですが」

「……はい、伺っております」

「でも、わたしもそうだけれど、商人の世界って厳しいわ。つい最近、兄の店が経営破綻に陥っていて、もう隠せないほどになっていると他の商人仲間伝いに耳にしたのです」

一声掛けてくれれば、そうアデラ様は思ったそうだ。

彼女が嫁いだ先はまた別の領の商人で、そちらは規模こそ大きくはないものの堅実な経営を続ける地元に根付いた店だけに、それなりの蓄えがあるという。

危なくなる前に声をかけてもらえれば、何かしら手助けできたかもしれないと思いつつアデラ様はフルゴーレ様のところへ足を向け、そして今日その足でここに来たのだ。

「私もフルゴーレ兄様も、辺境伯という地位に興味はなかった。言い方は悪いけれど、ベニヌス兄様に押し付けた形になるわね。そしてその結果、アレンデール様にも押し付けることになってしまった……」

「……」

「とまあ、辺境伯という地位に対して辺境伯の子供たちがどうだったかという話なのだけれど、ここまではいいでしょうか?」

「はい」

「ありがとうございます。フルゴーレ兄様ですが、おそらく近日中にモレル辺境伯家に接触してくることでしょう。わたしが赴いて経営について訪ねたところ、詳しくは濁しておりましたがアレンデールを頼るようなことを口にしていました。それだけならおかしな話ではないのですが……いえ、十分おかしいのだけれど」

家を出ていった人間が、元の貴族家を頼るというのは外聞もよくないためあまり好まれる方法ではないとアデラ様は言い切った。

商人としても、これまでモレル家との縁を大切に商売をしていたというわけでもないのにそれでは周りから小馬鹿にされるかもしれないと。

それらを踏まえて、何故今更なのか。

しかもアデラ様が訪ねて来ても答えないのは意地なのか、それとも別に意図があるのか。

「それにちょっとした伝手がわたしにもありまして。……最近、この屋敷でダチュラの花が贈られ、それがよくないとされたことがあったとか?」

「……よく、ご存じで」

「ふふ、警戒させてしまったでしょうか? すみません。実はアレンデールから相談を受けていたのです。わたしが嫁いでから、花を中心に女性への贈り物を多く扱うようにしているものですから……」

「まあ」

「それでですね、フルゴーレ兄様の店に これまで(・・・・) 扱っていなかった(・・・・・・・・) 花が店先にあったんですよ。ダチュラの花がね!」

アデラ様は悲しげに目を伏せた。

ああ、あの男の毒は、アレンデール様の大切なものにまで及ぶのか。

私の中で、何かがざわりと蠢いたのだった。