軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

35 魔法使いさんの登場 ※リーディアSIDE

「魔法使いさん!」

柔らかい茶色の髪、鷲鼻にくりくりとした水色の瞳。穏やかな笑みを浮かべる、恰幅のいい体つきをした彼は、間違いなくマーカス=マティーニ男爵であった。

マーカスが子ども部屋に入ると、銀色義孫娘が泣きながら駆け寄ってきた。

いつもどおり、ふくよかな腹にぽふんと衝突したところで、マーカスはリーディアを抱き上げる。

「こんにちは、リーディア様」

「魔法使いさん! どうしてもっと早く来てくれなかったの? ママが大変なのよ!」

「おやおや、なんだかお待たせしてしまったみたいですね」

いつしかと同じような会話をしながらも、半泣きでしがみついてくる義孫娘に、マーカスは不思議そうな顔はしなかった。

心得たりと頷くと、リーディアに優しく問いかける。

「リーディア様。お渡しした首飾りは持っていますか?」

「持ってるよ」

「よかった。なら大丈夫ですよ。あのときの打合せは覚えていますね?」

「うん!」

「なら行きましょうか」

「ちょちょちょちょーーっと待ったぁ!」

扉の前に立ちはだかるのは、侍女サーシャである。

いつも伯爵家の侍女らしく丁寧な言葉遣いの彼女は、この非常事態に混乱しているため、どんどん言葉遣いが乱れてきている。

青い顔で仁王立ちをしているサーシャに、マーカスは困ったように微笑んだ。

「ええと、サーシャ殿でしたか。リーディア様を、マリアのところにお連れしたいのですが」

「い、いけません! マティーニ男爵閣下、マリア様からリーディアお嬢様はこの部屋にいるようにと!」

「うーん。あなたの職責も分かるのですが、リーディア様が行かないと、マリアとリカルド君を助けることができないんですよ」

「えっ?」

目を剥くサーシャに、マーカスはただ、困った顔のまま微笑んでいる。

そんなマーカスに、口を挟んだのはディエゴだ。

「助ける? 何かできることがあるのですか」

「君は……」

「ディエゴ=テオス=タラバンテ。草原の王、ケメス=テオス=タラバンテの二男です」

「ああ、あの子か。とても大きくなったね、いいことだ」

ニコニコと微笑むマーカスに、ディエゴはなんだか、包み込まれるような優しさを感じて、恥じらうように目線を下げる。

「リーディア様。首飾りを、ディエゴ君に見せてあげてくれますか?」

「! いいよ。はい、ディエゴ」

リーディアは、服の中に隠していた木彫りの首飾りを取り出すと、ディエゴの方に差し出す。

ディエゴはその首飾りに目を見開くと、慌ててマーカスの方を見た。

「どうしてこれが」

「これはね、十年前、私とマリアの将来を心配したタラバンテのご婦人が、木彫り職人の夫君に頼んで作ってくれたものだ。たしか、曽祖母がルビエールの出身と言っていたかな」

ディエゴは、タラバンテ族の木彫り職人の男を思い出す。

昔気質の、頑固な男だ。

草原の民以外に、軽々しくこの首飾りを彫るような男ではない。

木彫り職人は、皆そうだ。彼らが認めた相手しか、この首飾りを手にすることはできない。

「人の想いは繋がっています。君がリーディア様を想って、ここに来てくれたようにね」

「ぼ、僕は」

「君がここにいるということは、そういうことでしょう? 君のおかげで、説明の手間が省けました。大丈夫、きっと間に合いますよ」

穏やかに笑うマーカスに、ディエゴはじわりと視界が歪んで、慌てて目を拭った。

なんだろう。

どうしてこんなにも、胸が熱いのだろう。

「さて、そのためには、彼女を説得しないといけない訳だが」

そうしてマーカスがチラリと侍女サーシャを見ると、サーシャは苦虫を噛みつぶしたような顔で口を開いた。

「……奥様を、助けてくださるのですか」

「はい。間に合えば、ですが」

「侍女殿」

部屋中の視線を集める中、ストロベリーブロンドの彼女は涙目で叫ぶ。

「あーもう! 分かりましたよ! で、ですが、護衛も沢山連れていきますからね!!」

「サーシャ! ありがとうなのー!」

「ありがとうございます、侍女殿!」

「さあ、そうとなれば善は急げだ。行きますよ、リーディア様」

「魔法使いさん、急ぐのー!」

銀色運転士の指示の下、えっほえっほと駆けていくマーカスに、「あーっ、ちょっと! 勝手にいかないでください、皆追いかけて!」という侍女サーシャの声が響き、護衛達が慌てて追いかけていく。

ディエゴも足を踏み出そうとしたところで、彼の服の裾を掴んだ者がいた。

「! エルヴィラ……」

「エリーもよ! エリーも、一緒に行く!」

彼女は必死に、水色の瞳でディエゴに訴えかける。

このまま自分が置いていかれるかもしれないことを、彼女は分かっているのだ。

それでもついていきたいと、自分の意思を主張している。

ディエゴは、それがなんだかとても嬉しくて、思わず満面の笑みを浮かべた。

「うん。一緒に行こう、エルヴィラ。僕達の友人の戦いを見届けに」

「……! うん!!」

あまりに眩しい笑顔に、しばらく固まっていたエルヴィラは、ハッと我に返り、差し出された手をあわてて握りしめた。

「侍女殿」

「………………」

「頼みます」

「えーい、分かりましたよ! 二人一緒の方が、護衛もしやすいでしょう! 絶対に私達から離れないでくださいよ、エルヴィラちゃん!」

「わかったのよ!」

「侍女殿、ありがとう!」

快活に笑うディエゴと共に、エルヴィラは天使に置いていかれないよう、走り出した。

その瞳は、自分の手を引く黒髪の彼にずっと注がれていた。

胸がドキドキして、息が苦しいのは、きっと走っているからではない。

けれども、この気持ちの正体に気が付くのは、エルヴィラがもう少しだけ大人になってからのことのようだ。