軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

18 リカルドの心残り

リカルドの迫真の哀しげな演技(演技よね?)に、王族の皆様はオロオロと慌てふためいている。

「う、うむ。奥方とは、半年前に式を挙げたんだったな?」

「はい。ですがそれは、女性達に悩まされている私のために、とにかく婚姻を早めるべきであると妻が申し出てくれたもので……妻は初婚だというのに、準備の時間も短く……そう、ドレスも吊りものにアレンジを加えたもので」

「まあ、なんてことなの……!」

急に声を発したのは、エドガー国王陛下の隣にいらっしゃるシェリル王妃殿下である。

ハニーブロンドに青色の瞳、四十代後半らしからぬ若々しさを保つ彼女は、信じられないことを聞いたような顔で、口元を押さえている。

そして、わたしは見逃さなかった。

リカルドが一瞬、獲物がかかったとばかりに、にやりと口元を緩めていた!

「ご親族だけで、慎ましやかな式を行ったのね?」

「はい。……いえ、私の親族は呼ぶことができませんでした。父方の親族は居ませんし、母方の親族は遠くルビエール辺境伯領に居ましたから」

「なんですって!? お、奥様のご親族は」

「そちらも、急なことでしたので、その……」

「ど、どうなったのです!?」

「シ、シェリル、落ち着きなさい」

「戦犯のあなたは黙っていなさい!」

「……」

「それで、リキュール伯爵!?」

「マリアの父と、一番上の兄は参列できたのですが……他の兄二人は……」

「なんてことなの……!!」

悔しげに目を伏せるリカルドに、目に涙を浮かべるシェリル王妃殿下。エドガー国王陛下は沈黙し、ウィリアム王太子は青ざめ、スザンヌ王太子妃殿下も口元を押さえている。

広い応接室は、リカルドの手によって恐ろしいほどの悲壮な空気で満ちていた。

ついていけないのは、わたしただ一人である。

そ、そんなに大変なことだったかしら?

わたし、そんなに気にしていないんだけど。

そもそも結婚するつもりもなかったし、一応、実家が前々から用意していた花嫁衣装も着て、記念撮影もしたし。

しかし、とてもそんなことを言える雰囲気ではない。

「実は、とある筋から、私達夫婦の仲を他国に知らしめたほうが、エタノール王国にとってもいいのではないか、という助言をいただきまして」

「! リキュール伯爵、何故それを」

「それで、もしよければ、お願いしたいのです」

「皆まで言わずともわかっていましてよ、リキュール伯爵」

「シェリル?」

「ありがとう存じます。私といたしましても、大切な妻を心ゆくまで飾りたいという想いを常日頃から抱えていまして」

「な、なるほどわかったぞ。われら王家の力で一年後にでも、改めて二人の結婚式を」

「あなた。一年後までお二人に、子どもを作らず待っていろとでも?」

「いや。違うんだ。うむ、わかった。私は黙ろう」

「それがいいと思いますわ」

「それで、実は妻の今日の服なのですが」

「デザイナー・ローズリンシャの作品ね?」

「ご慧眼、恐れ入ります」

「最近わたくしも注目していたのよ。半年ほど前から、ローズリンシャのデザインは飛躍的に質が上がりましたからね。なにやら、小さな銀髪の 女神(ミューズ) を得たという噂でしたけれど……」

「お耳が早くていらっしゃる」

「ふふ。いいわ、彼女のスケジュールもわたくしが確保いたしましょう」

「それは心強い」

したり顔で頷くリカルドとシェリル王妃殿下。

そして二人は、にこやかな笑みでわたしを見る。

わ、わたし、どうなっちゃうのかしら。

何をさせられるの。

「リキュール伯爵。そしてリキュール伯爵夫人。エタノール王国の王妃であるわたくしが、あなた方二人を、今年の王国カタログの表紙に載せましょう」

王国カタログ。

それは、エタノール王国最高峰のデザイナー達が、シェリル王妃殿下監修の下で作る、ファッションカタログだ。

四半期に一度発行されるそれは、王国中の貴族の元に届けられる。

送り先は永代貴族であると一代貴族であるとを問わず、男女の別を問わない。

これは国家公認のカタログであり、他の雑誌やカタログとは一線を画する存在なのだ。

リーディアの再従姉のエルヴィラちゃんはこのカタログが大好きで、端のほうがくたびれるまで、いつも楽しそうに眺めていた。

この王国カタログに作品を載せるということは、デザイナーとしての栄華を約束されたに等しい栄光なのである。

そして当然ながら、その服を着るモデルも、選び抜かれた美男美女達だ。

そこに、わたしとリカルドが載る?

いや、リカルドはいい。

なんの問題もない。

わたし?

こんな平凡なわたしを、載せてしまうの!?

「リ、リカルド、待って。わたし、あの」

「今年は特別に、わたくしのコメント付きで、二人を紹介する記事を掲載しましょう。新婚の二人は、王妃の目から見ても熱愛夫婦であると」

「ああ、それはいいな。それならば、今後リキュール伯爵に言い寄る令嬢も居なくなるだろう」

「ありがとう存じます、王妃殿下。国王陛下」

「ちょ、ちょっとお待ちくださいませ。わたしがその、王国カタログに掲載されるなんて、そんな」

「マリア。私達は熱愛夫婦ではないのか……?」

「そういうことじゃなくてね? 待って、そんな悲しそうな顔をしないで」

「うむ。なんという熱愛夫婦だ。私もコメントを付してもいい。この真実を明るみに出そう」

「こ、国王陛下……!?」

「リキュール伯爵夫人。わたくしの力で、あなたを花嫁衣装以上に飾り立ててみせますからね」

「王妃殿下!? あの、いえ、わたしはそんな、お構いなく」

「何を言うのです。わたくし達のせいで、あなたの一生に一度の晴れ舞台を簡素なものにしてしまったのだから、当然のことですよ」

「そんな、もったいないお気遣いでございます」

「マリア。お礼や謝罪というのは、断るより、ありがとうと受け入れるほうが相手は嬉しいものだ」

「それ、よくメルヴィス兄さんが言ってるやつね? 受け売りよね!?」

「私はマリアと公式の熱愛夫婦になりたい」

「非公式ってあるのかしら!?」

「リキュール伯爵夫人。私は国王として、臣下を守らねばならない立場なのに、忠義を尽くしてくれる夫人の夫に大変な迷惑をかけてしまった。夫妻のために、何か力になりたいのだ」

「こ、国王陛下……!」

エドガー国王陛下の心に来る嘆願に、わたしはよたよたと後ずさる。

なんということなの。

どうしたらいいの。

頼みの夫は、「マリアはいつも愛らしく美しいが、飾り立てた姿も楽しみだ」と全力でお花畑モードで、その姿を見たエドガー国王陛下は「よかった……本当によかった……」と目に涙を滲ませ、エドワード王弟殿下はお腹を抱えて後ろを向き、プルプルと震えている。

結局、シェリル王妃殿下の「若い時に美しく飾った姿を夫の記憶に残しておくべきよ」という囁きに負けたわたしは、王国カタログ掲載を受諾してしまった。

悔しさいっぱいで夫を見上げると、夫は心底嬉しそうな顔でわたしを見ている。

「リカルド、ひどいわ。先に言ってくれてもいいのに」

「言ったら阻止するだろう?」

「全力でね」

「マリアに全力で根回しをされたら、私は多分敵わないから、これでいいんだ」

「褒めたってだめよ」

「マリア」

わたしがぷいと横を向くと、リカルドはわたしの耳元にそっと口を寄せてきた。

「本当にありがとう」

耳から溶けてしまいそうな色気の滲むハスキーボイス、そしてきっと、この言葉に含まれているのは、今回のことだけではない。

わたしが顔を真っ赤にして立ち尽くしていると、シェリル王妃殿下が、「今のは記事に載せるべきね」と青色の瞳を爛々と輝かせた。

こうなってしまうと、わたしはもう、「も、もうやめてください……!」と顔を覆うことしかできなかったのである。

~✿~✿~✿~

こうして、国王謁見の時間は終わり、国王夫妻にエドワード王弟殿下、そしてウィリアム王太子は、次の仕事があると言って部屋を出ていった。

残されたのは、子ども達を迎えに行くわたし達夫妻と、黒髪のスザンヌ王太子妃殿下である。

「スザンヌ殿下。本日はお時間を取っていただきまして、ありがとう存じます」

「……ええ」

「私達は娘の居る部屋まで行きますが、せっかくですからご一緒しますか?」

「イーゼル殿下も、同じお部屋にいらっしゃるのですよね」

「……あ、あの。実は、お願いがあるのです」

「お願い?」

「その……リキュール伯爵夫人、に……」

「わたしにですか?」

深い紺色、美しい夜空を模した瞳が、長いまつ毛の奥でゆらゆらとさまよっている。

しかし、覚悟を決めたのか、キッと顔を上げ、熱のある視線でわたしを見た。

それはまるで、いつかわたしを扉の影から見ていた、銀色スナイパーのごとき、熱い視線だ。

「私、夫人と二人で、お話ししたいんです」

「えっ? あの、ええっ?」

「だめ、でしょうか……」

項垂れたその姿は、まるでおやつを禁止されたときの何処かのスナイパーのようだった。

相手は大人の女性だというのに、なんだか放っておけなくて、ついわたしはリカルドを見る。

すると、彼が頷いてくれたので、わたしは妃殿下に向き直った。

「もちろん、お受けいたしますわ。ぜひお話ししましょう」

「! リ、リキュール伯爵夫人……」

「今日このあとは難しいですが、ぜひ、近日中に。日程を合わせましょうか」

「はい! ……夫人、どうもありがとう」

恥じらうような、どことなくいとけないその笑顔に、なんだかわたしは心を鷲掴みにされるようだった。

これは不敬かもしれないのだけれど……スザンヌ殿下、もしかしてめちゃくちゃ可愛い人……!?

こうしてわたし達は、スザンヌ殿下と楽しくおしゃべりしながら、愛娘達の居る子ども部屋に向かった。

そう。

全力でみっしょんを遂行しようとしている、真面目系スナイパーの居るお部屋に……。