作品タイトル不明
7 得体の知れない侍女
「先人たちからは、あの魔法陣は飾りのようなものだと聞いていました。少なくともこの二百年以内に起動した履歴はないようです」
資料を見ながらそう話してくれたのは、二級神官ファリスである。
神殿参りを途中で中断したわたし達は、取り急ぎファリスの案内に従い、神殿内の応接室で話をしているのだ。
その場に居るのは、リキュール伯爵一家と使用人達、そして神官達である。
神殿勢は、二級神官のファリスだけでなく、一級神官の面々や神殿長まで出そろっていた。
「それで。お若い精霊博士によると、これは 夢花(ナイトフェアリー) という生物であると?」
錚々たる面々の視線を一身に浴びたのは、我が家のピンクブロンドの侍女サーシャだ。
「せ、精霊博士だなんて、そんな。皆さんはこの綿毛、見たことないんですか?」
「そもそも 夢魔(ナイトメア) もその幼体も精霊です。精霊大公が精霊界と人間界の通行を管理するようになってからというもの、見かけることはなくなったはずですが」
「あー、えっと、エタノール王国ではそうなんですね!? 私は他国の出身ですから、近所でよく見かけたんですよ、あはは」
白々しい笑いをこぼす若き侍女に、一同の目線は厳しい。
寒々しく凍る空気の中、小さな銀色娘だけが、緑色のふわふわに向かって一生懸命話しかけていた。
もちろん、彼女とふわふわが接触しないよう、大人たちの肉壁により距離を取った上のことである。
「ふわふわさん、どこからきたの?」
「ぴ」
「ぴってところなの?」
「ぴ!」
「どんなところなの?」
「ぴよっぴ」
「ぴよっぴ?」
「ぴよっぴ!」
「ママ、わかんない」
「そ、そうねえ!? ママもわからないかな!」
「……そう、なの?」
愛娘のキラキラした純粋な瞳を向けられ、わたしが首を横に振る。
すると、銀色スナイパーがしゅん、と期待を裏切られたような沈んだ顔をした。
心を射抜く罪悪感に、わたしはウッと胸元を抑える。
実は先日、一家でエタノール王国北方にあるルビエール辺境伯領に行ってからというもの、リーディアの中で『知らない言葉といえばママ!』という強い認識が出来上がってしまったのだ。
確かに、わたしはいくつか外国語を習得している。
父マーカス=マティーニの旅道楽に長く付き合っていたので、自然と身に着いたのだ。
だから、王国北方に住む草原の民とだって、現地の言葉で簡単な会話くらいならすることができる。
そして、外国語で会話をするわたしを見たリーディアは最近、自分が話をしたい相手との間に言語の壁を感じた瞬間、わたしの方を期待に満ちた瞳で射抜いてくるようになったのだ。
相手が鳥や犬、猫といった動物達であっても、である。
正直、重い。
ママがたとえどんなに頑張ったとしても、動物さん達とは会話できないからね!?
わたしが冷や汗をかいていると、神殿長が書類を片手にため息を吐いた。
「王国軍に問い合わせもしましたが、 夢花(ナイトフェアリー) という精霊に関する取扱いについては詳細がわからないそうです」
「空軍が雪精霊を追い払っている姿を見たが、 夢花(ナイトフェアリー) に関してはそういった事例は蓄積されていないのか?」
「私もリキュール伯爵閣下と同じことを思ったので尋ねてみたのですが、雪精霊と違って目撃情報自体が少ないそうです。ただ、その。書籍を探ってみたところ、短いですが記述のあるものもありまして」
「うん?」
リカルドが促すと、神殿長の視線を受けたファリスが、とある古めかしい本を取り出す。
タイトルは、『私と精霊の歴史』。
そこには、 夢花(ナイトフェアリー) について、たった数行だけれども、記述されている部分があった。
『グリゴール歴九百三十二年、 夢魔(ナイトメア) 及びその幼体 夢花(ナイトフェアリー) が蔓延。精霊大公を主導に、その多くを精霊界に戻した。当時の精霊大公は黒髪であったため、事を成すことができたようだ。それ以来、 夢魔(ナイトメア) をこの国で見かけることはほとんどなくなってしまった。私は寂しい。』
私は寂しい?
「グレゴール歴九百三十二年というと、約千年前ですか」
「はい。この本に書かれていることが本当だとすると、我がエタノール王国にはここ千年、 夢魔(ナイトメア) 及びその幼体 夢花(ナイトフェアリー) が居ないことになります。だとすれば、それらに関する情報は皆無に近いかと」
「精霊大公を頼ることはできないのですか? まさに今、かの御仁を頼るべきときであると思うのですが」
リカルドの言葉に、神殿勢がぎくりとした後、一様に渋い顔をする。
精霊大公というのは、エタノール王国の公爵位を持つ貴族のことだ。
ただ、彼らの一族については、多くのことが伏せられている。
高位貴族であるリカルドですら、その詳細を知らないのだ。
特に、彼らはここ数年、社交にも表れていないと聞く。
王族や神殿ならば、その実態を知っているのだろうけれども……。
そう思ってわたし達が神殿勢を見ていると、彼らは目をさまよわせながら、誰が何を言うのかを押し付け合っているように見えた。
「……精霊大公は、今はその……」
「侍女殿は、他に何か知っていることはないのですか?」
「ああ、そうだな。まずはそれを聞いておこう」
言葉を濁す神殿長に、二級神官ファリスが言葉をかぶせてくる。
下位の者が上の者の言葉を遮ることは基本的にあってはならないことだが、神殿長は安心したような顔でさらに言葉をかぶせていた。
精霊大公に、何かあるのだろうか?
そう思案していると、神殿組の期待のまなざしを一身に受けた侍女サーシャが、涙目でわたしの方を見ていた。
うん。だから、こちらを見ても何も助けられないからね!?
「……私が知ってることなんて、そんなに多くありません。しかも、これは別に私が物知りとかではなくて、近所でよく見かけていたから知ってるだけなんですけどね!?」
「そういうことにしておきましょう」
「ちょっと、嘘みたいに言わないでくださいよ!」
「だいたい、侍女殿はどこの国の出身なのですか」
「……」
「侍女殿?」
「南西の、ほう……?」
「……」
しらーっとした空気の中、サーシャは手元を見つめて俯いており、ファリスはリカルドを見る。
こんな得体のしれない侍女を雇っていて大丈夫なのかという視線だ。
わたしも思わず、リカルドを見ると、彼は言葉を選ぶようにしながら話し始めた。
「彼女は五年前から私の家で雇っている侍女だ」
「五年前というと、未成年のときからなのですね」
「うん。そのときは父が――先代リキュール伯爵が存命で、父が彼女を雇ったんだ」
五年前といえば、リカルドは二十七歳。
リーディアも生まれていて、ちょうど彼の前妻カーラが家を出奔した直後の時期だ。
リカルドは三十歳を過ぎた頃に代替わりをする予定で、この頃には既にリキュール伯爵家の実権はほとんどリカルドに移っており、リカルドの父はそれを監修する立場で動いていた。
だというのに、リカルドの父ロイド=リキュールは、ある日リカルドに無断で、家に一人の侍女を雇った。
それが、ピンクブロンドの髪に海色の瞳がチャーミングな、当時十五歳のサーシャである。
「私も驚いて父に話を聞いたんだが、そのとき父が言っていたんだ」
その言葉に、うつむいていたサーシャがおそるおそる顔を上げる。
「……前リキュール伯爵閣下が」
「ある人から預かった事情のある子で、ちょっと変なことを知っていることもあるかもしれないが」
「変なこと!?」
「とてもいい子なので、大事にしてあげてほしいと」
リカルドの言葉に、サーシャは大きく目を見開いた後、じわりと涙を浮かべる。
そんな彼女に、リカルドは優しく頷いた。
「私もこの五年間、君を見てきた。信用に足る人物だと思っている。……だからファリス殿、私の家で彼女を雇っていることに問題はありませんよ。私は父の人を見る目と、私自身が見てきた彼女を信じています」
ぽろぽろと涙をこぼしているサーシャに、わたしは思わず彼女の肩に手を添えた。
その様子を見て、ファリスも「これは余計な差し出口だったようです。申し訳ありませんでした」と苦笑している。
こうして、侍女サーシャはぽつりぽつりと話し始めた。
彼女曰く、 夢花(ナイトフェアリー) は 夢魔(ナイトメア) の幼体。
子どもの楽しい夢を食べて、まっとうで健康な 夢魔(ナイトメア) に育っていく。
夢魔(ナイトメア) まで育ち上れば、自力で精霊界に帰ることができる。
しかし、人の悪意に染まり続けると、人に悪夢を見せる魔物に育ちあがるとのこと。
「私の国では、 夢花(ナイトフェアリー) が現れたら、子ども達で共寝の取り合いをしていました。楽しい夢を見せてくれるので」
侍女サーシャの言葉に、一同がリーディアを見ると、急に注目を集めた銀色アイドルはバァーン!と、北方ルビエール王国で覚えたヒトデポーズで皆を出迎える。
「リーも楽しい夢を見たよ! お菓子いっぱいなの!」
にこにこ満面の笑みを浮かべるリキュール伯爵令嬢に、大人たちは顔を見合わせる。
「リーディア。そういえば、もうめまいはしないの? からだは大丈夫?」
「うん!」
「……。リカルド、魔力酔いっていうのはこんなに早く回復するものなの?」
「いや、まさか……」
わたしがどうしたものかとリカルドを見ると、リカルドは困ったような顔でファリスを見る。
この綿毛の力で、リーディアは元気になったということなのだろうか。
ファリスは今にも頭を抱えこんでしまいそうな様子で、サーシャに尋ねた。
「ちなみに、侍女殿。 夢花(ナイトフェアリー) を今すぐ精霊界に返すには?」
「知りません。必要がないので」
「なぜ?」
「精霊界に返したら、子ども達全員から口を利いてもらえなくなります」
その言葉がとどめになり、 夢花(ナイトフェアリー) はリーディアのペットに就任することとなった。
初めてのペットに、銀色伯爵令嬢は大興奮である。
「名前はミミにする!」
そして帰り際、銀色伯爵令嬢はある事実に気が付いた。
「し、白いお花のお友達を、一人しか見つけなかったの!」
当然ながら、輪投げ無料チケットももらっていない。
馬車の中で、蒼白な顔でわたしの膝に張り付く銀色娘に、彼女の頭の上にいる緑色の綿毛も「ぴ! ぴ!」と声を上げながら慌てた様子で羽をパタパタさせている。
しかし、ぬかりはないのだ。
わたしがリカルドを見ると、彼はすべて心得たとの表情で頷き、胸元から輪投げチケットを取り出した。
銀色伯爵令嬢の表情が華やいで、青ざめていた顔色がみるみるうちによくなる。
「パパ!」
「……リーディアは、ファリス殿のミッションを成功させなかったな」
「!?」
「なのに、これを何もなしに渡してしまうのはな。ファリス殿も、さぞがっかりするだろう」
「……!!!」
もちもちほっぺをツヤツヤさせていたところから、またしても血の気が引いた蒼白な顔に戻る銀色伯爵令嬢。
忙しい彼女に、わたしが彼女のほっぺをふにふにしたところ、すがるような紫色の宝石がこちらを見てきた。
「ママ!!」
「パパがね、新しいみっしょんを用意してくれたんだけど。リーはどうする?」
ぱぁっとほころんだ顔に、わたしは思わずくすくす笑ってしまう。
彼女は、高報酬のみっしょんを断るような請負人ではないのだ。
こうして、失敗続きの銀色スナイパーは、 あ(・) た(・) ら(・) な(・) る(・) みっしょんに挑戦することになった。
下町大通りに居る間、パパかママの手をしっかり握っているという、大切なみっしょんである。