軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

4 神殿参り

とりあえず下町大通りを離れたわたし達は、次の視察予定地である神殿へと向かった。

エタノール王国には、世界の創造神を祀る神殿があるのだ。

政治的にもそこそこの権力を持っていて、内政に関しては第三者のような顔をしているけれども、戦や他国との交流など、国が外部と折衝する際には結構な頻度で介入してくる。

王国側が煙たがりそうなものだけれども、王国側としても神殿の存在を重宝していた。何しろ、創造神を祭る神殿は世界各国にあるので、神殿は精霊や他国の風習に関する知識が深いのだ。

隣国、スルシャール王国に関する情報も、おそらく大元は神殿が入手したものなのだろうと思う。

要するに、神殿は権力もその規模も、大変目立つ存在なのだ。

そのため、エタノール王国王都に存在する中央神殿は人々で大賑わいだった。

社交や商売のために王都にやって来た貴族や商人達だけでなく、国際会議目当ての旅行客達も、一度はここを詣でると言われている。

わたしは馬車から降り立ち、神殿の中央門からその外観を見上げた。

真っ白な石造りの巨大な建物が、下から青白い明かりで照らされている。荘厳な美しさを演出されたその姿に、わたしはほうと息を吐くと、出迎えの神官達がやってきた。

わたし達は自国の貴族なので、視察の案内役を付けてもらえるのだ。

「初めまして、リキュール伯爵家の皆様。私は二級神官をしております、ファリス=ファルスキーと申します。案内役を務めさせていただきます」

ファリスは、ダークブロンドの長髪が優しい印象を与える、親しみやすい男だった。

歳の頃は、わたしよりも少し年上だろうか。

わたし達夫婦が挨拶を済ませ、侍従侍女や護衛達も一通り顔合わせを済ませると、彼は戸惑ったような顔で、わたしの左下付近を見た。

そこには、わたしのスカートにしがみついている小さな伯爵令嬢がいるのだ。

屋台の狙い撃ちに失敗した銀色スナイパーは、しくしくと涙をこぼしながら、地面を見ている……。

「ええと、その。リキュール伯爵令嬢は、どうなさったのですか?」

「……実は、下町大通りで雪精霊が出て」

「ああ、なるほど」

リカルドが皆まで言わずとも、ファリスには状況がわかったらしい。

くすりと笑うと、膝をついて、涙の止まらない伯爵令嬢に目線を合わせた。

「リーディア様?」

「リーはっ……みっしょんに失敗した、だめな子なの……っ」

「ミッション?」

「屋台を三つ、選ぶはずだったの……最高のちょいすをする使命があったの……」

「なるほど。では不祥のわたくしめが、リーディア様に新たなるミッションを提案してもよろしいですか?」

「 あ(・) た(・) ら(・) な(・) る(・) みっしょん?」

「ファリスさん?」

ファリスは微笑みを維持したまま、懐から大手の白いハンカチを出す。

それを何度か閃かせながらリーディアに見せ、ふと思いついたようにそのハンカチを片手に巻きつけると――そこからなんと、白い小さな花が現れたではないか!

これ以上なく目を大きく見開いた伯爵令嬢は、もちもちのほっぺを上気させ、興奮した様子でその花をためすがめつ見ている。

「お兄ちゃんのハンカチから、真っ白なお花が生まれたの!」

「はい、そうです。……今この場で生まれるなんて、このお花はきっと、リーディア様にお会いするために生まれてきたに違いません……」

「リーに、会うために!」

「この花は差し上げます。……ただ、このお花にはお友達のお花が五人居て、それぞれ違った色をしているのです。神殿の各所に潜むお友達の色を、こっそり私に教えてくれませんか?」

「……お、教えたら、どうなるの?」

ドキドキが止まらない様子で白いお花を握りしめる銀色伯爵令嬢に、ファリスは心得たりと頷き、懐からチケットらしきものを取り出すと、ニヤリと笑う。

「嬉しくて、こちらの下町大通り屋台の輪投げ無料券を差し上げてしまいます」

「冒険の開始なのぉおおおおおおお!」

突如として冒険の開始を期した銀色冒険者は、雄叫びを上げながら、しゅたたたたたた、と神殿の廊下を駆け抜けた。

あまりにも素早いその初動に、わたしも侍従侍女も護衛達も、虚をつかれて出遅れてしまう。

しかし、父リカルドは愛娘の考えをすべて読んでいたらしい。

娘が駆け出すと同時に、彼はその長いリーチを使い、音もなく早足で動き出すと、銀色冒険者が長い神殿の廊下の角を曲がる前に捕獲した。彼女を抱き上げて、やはり早足でこちらに戻ってくる。「パパだめなのぉおおおおおお」という悲壮な声が近付いてきて、(ああ、ドップラー効果……)と思いながら、わたしは二人を出迎えた。

この間、なんと一分にも満たない。

隣で笑いを堪えている神官ファリスに、わたしは苦笑いでお礼と謝罪をした。

「ええと、ありがとうございます……その、廊下を走ってすみません……!」

「いえいえ。喜んでいただけたようで何よりです」

「本当に、すごく喜んでいるみたいです……。その、輪投げの無料券はよろしいのですか?」

「ああ、これは神殿が提供を受けて、旅行客の子ども達向けに配布しているものなのですよ。下町大通りは商店振興のために頑張っているようで」

なるほどと頷き、リカルドに視線を向けると、彼は捕獲され、不満たらたらの銀色疾走者をこんこんと宥めていた。

「パパ! リーは、冒険に出ないといけないのよ」

「その白い花のお友達を探すんだったな?」

「うん!」

「なら、パパと一緒に探したほうがいいだろう」

「えっ」

「パパのほうが、リーディアより背が高い。目線が高いから、沢山のものを見られるんだ」

「……パパが見つけちゃうの?」

「パパは目線が高いから、地面近くのものは、リーディアのほうがよく見えるはずだ。……どうしたらいいか、賢いリーディアは、もうわかっているな?」

「!!!」

銀色冒険者はパパの腕から床に降り立つと、「地面は、リーに任せて!」と、じっくり周囲を見渡しはじめた。

そろりそろりと、注意深く、牛歩で進んでいく銀色スナイパー。

この様子なら、転ぶことも、わたし達とはぐれることもなさそうだ。

わたしは(リカルド……やはり上手いわ……)と、その手腕に感服する。

リカルドは、『目線が高くて沢山のものを見られるけれども地面の近くのものはよく見えない』という、ちょっと意味不明な話をしていたのだけれども、順番にそれらしく説明したので、当の銀色スナイパーはその矛盾に気がついていないのだ。

気がついているのは、わたしと、誰よりも真面目なリカルド本人である。

わたしは知っているのだ。

切れ長で涼やかな紫色の瞳が、キョドキョドと不自然な動きでさまよっている。

彼は内心、焦っている。

わたしがニヨニヨとその様子を眺めていると、こちらを見たリカルドがハッとした顔をした後、じわじわと顔を赤らめていった。

「マリア」

「何も気がついていないわ」

「まだ何も言ってない」

「あら」

わたしが思わず笑うと、リカルドは少し拗ねたような顔をした。

わたしの夫は、とても可愛い人なのだ。

その腕をそっと手に取ると、なんだかんだ機嫌を直して嬉しそうにしているところも、とても可愛い。

その心踊る心地に、ふふっと微笑みながら、しっかりと身を寄せる。

「……そ、そういえば、お二人は新婚でしたね」

今度はわたしがハッとする番であった。

顔を赤らめたファリスが、気まずそうにこちらを見ている。

リキュール伯爵家の侍従侍女護衛達も――いや、彼らは何故か、生暖かい満足そうな笑顔でこちらを見ている。

わたしとリカルドは慌てて離れたけれども、その場の気まずい空気は当然ながら消え去らない。

とんだハプニングである!

ちなみに、このとき銀色スナイパーは、ギクシャクした空気を出す大人達の横で探索に励んでいた。

彼女は自由気ままな冒険者なのである……!

「と、ところで! ファリスさんは、子どもの扱いが上手いのですね!?」

「あっ、ええと、そうですね!? よくミゲルの――いやっ、ええと……ゆ、友人のところに行くのですが、あそこは子どもが多くて、自然と」

「……ミゲル?」

「ああ、はい。ミゲルと言うのは友人の名前で」

「ミゲル=マティーニ?」

リカルドの言葉に、ファリスは薄い藍色の目をぱちくりと瞬く。

「ミゲル=マティーニをご存じなのですか?」

リカルドがこちらを向いたので、わたしは恐る恐る頷く。

「ええと……ミゲル=マティーニは、私の二番目の兄です」