軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

7. 悪役令嬢の執事の本気

扉を開けた先に広がったのは、陸地にある海だった。

溺れてしまうのではと、ティアラローズは思わず手で口を覆ったけれど水はない。すぐ横をひらひらした尾ひれを持つ魚が泳ぎ、頬をくすぐっていく。

「すごい……海、というか、水がないのに魚が泳いでる」

空気で泳ぐことが出来ただろうかと、首を傾げる。そしてすぐに、そんなことは出来ないと自分の中で答えを出す。

――ここは、海の妖精王であるパール様の特別な場所なんだわ。

ほかの場所では、魚は空を泳いではいなかった。海水で優雅に泳ぐ魚しか目にしていなかったから、こんなことが出来るとは思ってもみなかったのだ。

可憐に泳ぐ魚を見ながら、ティアラローズは部屋の中をゆっくりと見回す。

綺麗な壁は、浜の砂と同じ綺麗な白色。ところどころに貝が埋まっていて、砂浜を連想させる。一定間隔で付けられているランプは珊瑚で作られており、淡く光り辺りを照らす。

アイボリーの大理石の上に敷かれているのは、深い青色のカーペット。金色の糸で丁寧に刺繍がされていて、見ているティアラローズを楽しませる。

そして、その先にあるもの――は。

「……あそこに、妖精王の指輪がある ?」

ティアラローズの視線は、部屋の最奥に向けられた。

がらんとしたこの場所にある 、たった一つの台座。細身の台の上には、レースがあしらわれたリングピロー。

――見るだけなら、大丈夫だよね。

ゆっくり足を進めて、ティアラローズは台座の前へとたどり着いた。きらきら光る指輪は、美しい――と、一言で表すには足りないほど。

薄く青みがかったプラチナに、真珠が一つ。その中を覗き込むと、こぽぽ と空気が生まれていて、特殊で貴重なものだということがわかる。

「これが、指輪……」

妖精王という名に相応しいと、ティアラローズは思う。

これを手に入れることの出来るヒロイン――アイシラがとても羨ましい。あまりの美しさに、何時間でも見ていられるのではないかと 思う。もちろん、そんなことをしたら帰るのが遅くなりアクアスティードに王城を抜け出したのがばれてしまうけれど。

「 この指輪を付けるとどうなるんだろう?」

『パール様のいとし子がここにくるのは、初めてやのう』

『指輪の効果を知らず、来たのかい?』

「え……?」

ふいに聞こえた声に、ティアラローズはびくりと体を震わせる。

だって、ここには自分以外誰もいなかったはずだから。

すぐに辺りを見回すが、人の姿はない。どこにいるのだろうと嫌な汗が背中を 伝い――ハッとする。この部屋にいるのは、ティアラローズを除くと二匹の魚だけだ。

――もしかして、魚が言葉を喋った?

妖精という存在がいるのだから、魚が空を飛んで喋っていてもまあ――不思議ではない。きっと。

「わたくしは、ティアラローズ・ラピス・マリンフォレストと申します」

ティアラローズは一歩下がり、二匹の魚に礼をする。

『マリンフォレスト! ああ、もしかしてこの国の王かえ?』

『パール様が祝福を贈ったのだから、ただの子というわけがあるわけない』

「い、いえ! わたくしは王ではございません!!」

とんでもない誤解をされ、ティアラローズは慌てて首を横に振る。自分がこの国の王など、ありえない。王太子であるアクアスティードの妃だと告げると、魚たちはなるほどと頷いた。

尾ひれをひらりとさせ、『最近の情報には疎くてね』と告げられる。

『我々はここから出ないし、情報も得ない。ここ数百年のことは、何も知らない』

「そうだったんですか……」

古いマリンフォレストしか 知らないと言いながら、今はどうかと魚が問いかける。

「わたくしは残念ながら昔のマリンフォレストを存じませんが、とても美しい国だと胸を張って言えます。国民も穏やかで、とても平和です」

『おお、そうかそうか。それはいいねぇ』

『ここが綺麗な国なのは、嬉しい』

楽しそうに泳ぐ魚は、ひとしきり喜んだあと怪訝な表情を作る。

『なら、どうしてここへ来た?』

「え?」

『ここは、パール様の指輪がある部屋。ティアラローズ、あなたはどうして指輪を求め、ここへ来た?』

「……っ!」

真剣みを帯びた魚たちの声に、まさか妖精王の隠しステージが気になったから見に来ただけなんですてへ☆ とは、さすがに言えない。言えるわけがない。

さてどうしようと、ティアラローズは困ったように微笑む。

『ああ、わかった』

『うん?』

『今の王を殺し、自らが国王になろうとしているのではないか?』

『ああ、そういうことかえ』

「違いますっ!!」

間違ってもそんなことは考えないし、したいとは思わない。王の座に興味はなく、この国のことを知りたくて調べていたらここへたどり着いたのだとティアラローズは告げる。

「隣国から嫁いできたわたくしに、とてもよくしてくださっています。そのようなことは、決して考えてはいません……」

いずれ王となるであろうアクアスティードを支えたいと、ティアラローズは必死に伝える。

『なんじゃ、つまらんの』

『面白い魂をしているから、それくらいのことをやってのけると思ったのに』

くすくすと笑う魚たちに、ティアラローズはため息をつく。

誰かを殺すくらいならば自分が死んだ方がましだと思うけれど、きっと自分が本来の悪役令嬢だったならば――それはまた、違ったのかもしれない。

――でも、わたくしは悪役令嬢として動いたりはしないもの!

「……面白い、魂?」

『普通の人間とは違う、なにか混ざった感じかの』

「…………」

きっと前世の記憶があるから、そのことだろうとティアラローズは考える。それ以外は変わったところも特にないので、あまり深く聞くのは得策ではないだろう。

なにより、自分で墓穴を掘ってしまいそうだとティアラローズは思った。

『自分でわかっているようだの。己が特殊であると』

「多少、ですが……」

『それを言うつもりはない、か』

魚の言葉に、ティアラローズは返事の代わりに微笑みを返す。

『ティアラローズ・ラピス・マリンフォレストと言ったか』

「はい」

『おぬし、この指輪を持っていくとええ』

魚の尾ひれが、ゆっくりと指輪の真珠をなぞる。

そして魚の言葉に、ティアラローズは目を見開く。まさか、ヒロインでない自分が持っていっていいと言われるとは思ってもみなかったのだ。

じっと、不思議な真珠のあしらわれた指輪を見る。

少し小さめのサイズは、おそらくピンキーリングなのだろう。女性であるパールらしいと、ティアラローズは思う。

――どうしたら、いい?

もちろん指輪は気になる。

でも、悪役令嬢である自分が持っていい代物ではないように思う。思うのだが――許可が下りるのであれば、自分で手にしてみたいという思いもある。

だってティアラローズは、この乙女ゲームが大好きだから。それ以上の理由なんてないし、いらない。

じっと指輪を見つめたまま動かないティアラローズを、魚が促す。

『パール様のいとし子であるおぬしには、その資格がある』

「……資格が、わたくしに?」

悪役令嬢なのに?

でも、確かに妖精王に祝福された時点で有資格者となる。であれば、ティアラローズが指輪を手に入れたとしても何ら問題はないのかもしれない。

「パール様の指輪……」

ティアラローズは意を決し、そっと指輪に手を伸ばす。

指先が触れると、ぞわりとした感覚に襲われる。まるで体中の血液が沸騰でもしてしまったのではないかと、自分の体をぎゅっと抱きしめた。

「……っ、はぁっ、は」

――はめてすらないのに、なんて力。

改めて王という存在の大きさに、ティアラローズは震える。

両の手で指輪を取り、ティアラローズはそれをそっと左手の小指にはめる。

じんわりと指輪から熱が広がって、それが体中に巡っていくのがわかる。まるで、この指輪に自分の体を作り替えられてしまったかのようだ。

『ふむ、よう馴染んでおるの』

「……?」

『そうよの……その指輪がおぬしに馴染むには、一日ほどかの?』

『ああ、それくらいだろう。一日経たないと、その指輪を外してはいけない』

どうしてそんな重要なことを、指輪をはめたあとに言うのだとティアラローズは焦る。しかし、それならば指輪を外さなければいいだけだ。

了承の返事をしようとすると、先ほどティアラローズが入ってきた扉がバンと音を立てて開く。

「ティアラ!」

「え!? あ、あ、あ、あ、あ、アクア様!! どうしてここに!」

「それは私の台詞だ」

息を切らしたアクアスティードが、ティアラローズの前に立つ。

エリオットの情報を元に、ここへたどり着いたのだ。海の妖精王に祝福された者しか入れない通路だったが、反対するエリオットに柔軟な対応しアクアスティード一人がここに来た。

「……ここは? というか、ティアラ、その指輪は?」

ひぃっ!

にっこりと微笑むアクアスティードに、ティアラローズは汗だらだらだ。隠し通路を抜けてきたはずなのに、どうしてこの場所がばれてしまったのだろうか。

自分の左手をぎゅっと包むようにしながら、海の妖精王の指輪であることを告げる。

『ほおおぉぉ、おぬしが次期国王かえ』

「魚……?」

『ここはパール様のいとし子しか来れぬ場所。まさか一人ではなく、二人も祝福を授かっていたとは驚きじゃな』

アクアスティードの周りをくるくる泳ぎながら、魚はけらけらと笑うように言う。

『ティアラローズの持つ指輪は、パール様の指輪。くれぐれも、大事にするがえ』

『もう我々が話すことはない。行くがいい、いとし子たち』

「あ、ありがとうございます……!」

ひゅおっと一陣の風が吹き、早く出ていけと言わんばかりに ティアラローズとアクアスティードの背を押す。魚の尾ひれがひらりと揺れ、それと同時に扉がしまっていく。

深々と頭を下げて、ティアラローズはここへ来ることが出来たことに感謝した。

◇ ◇ ◇

妖精王の隠しステージに来て、とてもわくわくして、心が躍ったのに――帰り道は、もう、どうしたらいいかわからないほど怖い。

ティアラローズの隣には、いい笑顔のアクアスティード。

笑顔だけれど機嫌が悪いのは間違いない が、どう機嫌を直せばいいのかわからない。

約束したのに、レヴィにそそのかされるように王城の隠し通路から抜け出してしまったのはティアラローズだ。

長い沈黙のあと、それを破ったのはアクアスティードだった。

「ティアラは、ここに妖精王の指輪があることを知っていた?」

「……っ」

答えは、イエスだ。

自国の王族が知り得ない情報を得ている、隣国の令嬢……なんて。今は妃だろうと、普通に考えたらそんなことはありえない。

けれど、隠し続けることもきっと難しいとティアラローズは思う。

「……アカリ様に、教えていただきました」

「アカリ嬢に? どうして彼女がそんなことを知って――ああ、聖なる祈りの力か」

「…………」

アクアスティードが都合よく解釈をしたので、ティアラローズは笑みを絶やさずに前を見ることにした。

ヒロインの持つ聖なる祈りの力は絶大で、いるだけで国が平和になり豊穣を約束させるほど。

「確かに、ティアラはアカリ嬢と仲がいい。でも、何かあれば私にも教えてほしかった」

「ごめんなさい、アクア様。……もう、勝手はいたしません」

「そうして。いくつ心臓があっても、足りそうにない」

ぐっとティアラローズの肩を引きよせ、アクアスティードが抱きしめる 。

心配したのだと言いながら、ティアラローズの無事を確かめるように触れていく。髪に、頬に、肩に、背中に。首筋に鼻先をうずめて、アクアスティードはくすりと笑う。

「ティアラから、潮の香りがする」

なんだか不思議だと、そういいながら優しく口づける。

「ん……。アクア様も、潮の香りがします。ここは、パール様の力で満ちていますから」

「そうだね。こんな場所があったなんて、知らなかった。さあ、出口だ。城に戻ったらたっぷり話したいことがあるから、今日は寝られない覚悟をしてて」

「…………はい」

少し前の甘かった雰囲気はどこにいってしまったのか、アクアスティードの黒い雰囲気にティアラローズはただただ頷くしかなかった。

――そういえば、レヴィはどうしたのかしら。

入り口で待っていてくれるはずだったけれど、アクアスティードが来たということはいないかもしれない。見つかってしまったという可能性もあるけれど、あの執事がそんなへまをするとは思えなかった。

「エリオットが入り口で待っているから」

「はい」

見えた入り口を指さしながら、アクアスティードは早く帰ろうと言う。ティアラローズも苦笑しつつ頷いて、レヴィには申し訳ないけれど今日はこのまま帰ろうと決める。

「早くフィリーネに紅茶を淹れてもらいたいです」

「ああ、ゆっくりしよ――!?」

アクアスティードがティアラローズの手を引きながら外へ出ると、倒れているエリオットの姿が目に映った。いったい何があったのかと、アクアスティードはティアラローズを背に庇いながら周囲を見渡す 。

だが、周りには誰もいない。辺りは日が落ち始め、少し暗い。夜目が効きにくいわけではないが、あまり長引かせるのは得策ではないとアクアスティードは考える。

「アクア様!」

「大丈夫。ティアラは私の後ろから出ないように――ッ!」

瞬間、重い一撃がアクアスティードに襲いかかる。

とっさに愛剣を掴み、攻撃をその鞘ごとそれを受け止めた。手がじんと痺れてしまったが、それに構っている余裕は残念ながら――ない。

「思っていたよりも、動きがいいですね」

「レヴィ!?」

アクアスティードに一撃を入れた反動で宙を跳んで、レヴィはそのまま静かに着地する 。きっちりと執事服を身に着けた男が、口元に弧を描いて目の前で立っている。

レヴィを睨みつけながら、アクアスティードは剣を抜く。乱れた呼吸を整え、相手の武器を確認するがその手には何も持たれていない。

――魔法?

でも、そんな気配はなかった。何かからくりでもあるのだろうかと、アクアスティードは考える。

「いただきますよ、それ」

「狙いは――ティアラ、か」

させるわけがない。

アクアスティードは地面を蹴り、一気にレヴィとの距離を詰める。相手が武器を持っていないのであれば、接近戦に持ち込んでしまうのがいいと判断した。

剣を振るうが、レヴィはそれを難なく躱してみせる。

――速い。

目で追うことは出来たが、そのスピードは自分以上だとアクアスティードは判断する。ならば魔法で足を止めればいいと、魔法を使おうとして――鋭いナイフが、アクアスティードめがけて飛んでくる。

「な……ッ!」

「別に接近戦が嫌いというわけではないんですけどね」

レヴィはそう言いながら、次々とナイフをアクアスティードへ向かい投げる。

「いったいどこに、武器を……」

剣でいなしながら、顔をしかめる。執事服のどこに、 あんなにもナイフを隠しておけるのだ。嫌な汗が流れ、アクアスティードは飛んでくるナイフを必死で叩き落とす。

ふざけるなと、そう思いアクアスティードは魔法を放つ。一方的に防戦ばかり、というのは自分には合わない。

得意とするのは、何も剣だけではないのだ。器用にナイフを躱し、こちらからも魔法で攻撃を加える。

少し、レヴィが苦しそうな表情を作る。

「……これなら、どうにかなるか」

「護衛に護られているだけの王子、というわけではないようですね」

レヴィが面倒そうに顔をしかめ、袖口から新しいナイフを手に取りアクアスティードへ向かって投げつける。いったいあとどれだけ仕込んでいるのだと嫌になるが、尽きるまですべてを躱せばいいとアクアスティードは結論付ける。

ナイフを剣で地面へ叩き落としながら、強力な攻撃魔法を放とうと意識を集中させていく。

だからこそ、気付かなかった 。

ナイフに紛れるようにして、レヴィが静かにアクアスティードへ近づいてきていたことに。

ハッとしたときにはもう、遅かった。ガッと強い一撃を腹に入れられて、アクアスティードはうずくまりその場に膝をつく。

「さて、と」

「!」

レヴィはくるりとティアラローズの方を向き、その視線を左手へ落とす。

狙いは、妖精王の指輪。

「きゃあぁっ」

「……ッ、ティアラ!」

アクアスティードの声が、入り江に響く 。

「やめて、レヴィ……! どうしてこんなこと、を」

「そんなの、オリヴィアを救いたいからです」

「……え?」

睨みつけるようにレヴィを見て、しかし返ってきた言葉を聞いてハッと目を見開く。

――続編の悪役令嬢が、何か事件に巻き込まれている?

オリヴィアに直接会ったことはないけれど、悪役令嬢という同じ境遇にいる令嬢だ。ティアラローズが気にかけてしまうのも、致し方ないだろう。

「でも、それなら……わたくしに何か相談してくれてもいいでしょう? 何か、力になることが出来るかもしれないもの」

だから落ち着いてと、ティアラローズはレヴィに話しかけるが――冷たい視線が、向けられるだけ。

「私は最短で、オリヴィアを助けるんです」

あなたとなれ合っているほど、余裕はないんですよ。

と、そういわれたような気がした。

目にも留まらぬ速さで、レヴィはティアラローズからその指輪を奪い取る。しかし指輪を手に入れても、レヴィの表情は変わらない。

「どうして……っ」

ティアラローズを一瞥し、レヴィはその場から姿を消した。